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第十章 躍進する物語とハッピーエンド

八百屋お七とごはんさん(その1) ※全4部

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 この世で死んだモノのたましいはにいく。
 正しくはっていうんだ。
 それで、にいったあとは、いろんな死後の国にいく。
 天国とかじごくとか、ごくらくとか、とこよとか、ヴァルハラとか!
 あ、転生してにもどってくる人もいっぱいいるよ。
 ごくらくとか天国とかにいくにはをいっぱいして、ポイントをためなきゃいけないからね。
 もういっしゅうして、ポイントをいっぱいためるんだ。
 でも、気をつけてね。
 をいっぱいすると、こわーい死神さんにじごくとかHellヘルにつれていかれるからね。
 それが世界の決まりルール
 
 今日も死神さんは遠足の先生みたいにハタをふって、たましいをへつれていく。
 だけど、中にはまいごになっちゃったり、ダダをこねてへいかない人もいるんだ。
 ボクはそんな人たちをへいくおてつだいをしている。
 ルールは守らなくっちゃだめだよね。

 でも、ルールを守らない人にもいろんな理由があるみたい。
 とか心のこりとか、うらみつらみってこわーいのもあるよ。
 あとは……たいせつなやくそくとか……。

 ボクは紫君しーくん
 ヤマタノオロチと”やをとめ”の女神の子!
 ボクのはママとおそろいの鎮魂ちんこん
 
◇◇◇◇

 「たーすーけーてー! たーまーこーさーん!」

 ドアのベルもならさずにお店に入ってきたのは、ヒラヒラでまっくろなかっこうのおねえちゃん。
 うわー、おっきいカマ!
 あれってデスサイズっていうんだよね。
 橙依とーいおにいちゃんがプラモでおしえてくれた。
 
 「あ、アズラさんこんばんは。そんなに慌ててどうされました?」
 「珠子お姉ちゃん、おともだち?」
 「ええ、夏にあたしが迷い込んだ幽霊列車で知り合った”死神車掌”のアズラさんです。地上で仕事をするときは備品の鎌が支給されるって話でしたから、今日は地上勤務ですか?」

 あー、死神さんか。
 バスガイドさんみたいにたましいを連れていったり、わるーいたましいをカマでばっさりやる”あやかし”だよね。
 
 「たすけてほしいんです! あたしではもう、どうしようもなくってー、なくってぇー!」

 死神のアズラさんはカウンターテーブルでオヨヨ。
 めずらしいね、死神がなくなんて。
 死神さんってとっても強いんだよ。
 橙依とーいおにいちゃんが言ってたけど、

 『……死神は”死”の属性。死属性持ちは自分が姿を見せなければ、他者から見られることも感じられることもない。そして即死攻撃を繰り出してくる。戦わないほうがいい。チート』

 なんだって。

 死神が見える人もあやかしもめったにいないんだって。
 ボクは見えるよ! エッヘン!
 この前、パワーアップしたからね!

 「まあ落ち着いて凍梨とうりでもいかがです」
 「これは……毒リンゴですか!?」

 珠子おねえちゃんが出したのはまっ白なおさらの上のまっ黒リンゴ。

 「白雪ひめが食べそうなリンゴ! これなーに? 本物のどくリンゴ?」

 ボクはジャンプでカウンターにぴょこん。

 「違いますよ。毒リンゴじゃありません。これは凍らせた梨、中国のデザートで凍梨とうりです。読んで字の如く凍らせた梨です。中国の東北部では冬の伝統的な食べ物です。はい、トンッ」

 おねえちゃんがどくリンゴ、じゃなかったこおったカチンコチンのナシのまん中を指でトンッ。
 パタタタタ

 「あー、すごーい! 食べやすい形になったー!」
 「ふふふ、事前にくし切りにして、くっつけておいたの。これって結構、包丁技術がいるんだから」
 
 おねえちゃんは、むねをはってエッヘン。

 「これっておいしいのかしら?」
 「皮は黒かったけど、中は白いよ。ボクはへーき、いっただきまーす」

 ちょっとつまみぐいみたいだけど、おねえちゃんが何もいわないからいっか。
 いっただきまーす。
 ボクのとなりで死神のおねーちゃんもいっしょにカチコチのナシをパクッ。
 
 ザクッ、シャリッ
 シャリッ、ジュワッ

 「あまーい! シャーベットみたーい! おいしー!」

 これって、あれだよね、半分こおっているやつだよね。
 カチコチかと思ったけど、シャリっとしていてアイスバーみたいにザクッとしたかんじ。
 そしてお口でとけた実からはつめたーいジュースがジュワー。

 「あまいです! これって普通の梨よりずっと甘い! それに半分凍っているからシャーベットみたい。梨のシャリシャリ感とは違った食感が最高!」
 「この凍梨は梨を凍らせることで糖度が上がるんですよ。フレッシュな梨の糖度は12度前後ですが、この凍梨は15度近くになります。これは冬はマイナス20℃にもなる中国東北部の昔からの知恵なのです。秋に収穫した梨を屋外で保存することで、皮は色は真っ黒に、そして味は最っ高に変わるんです」

 へー、マイナス20℃ってあれだよね。
 れいとうこより寒いってことだよね。

 「さらにビックリ! この凍梨を常温で完全に解凍したものがこちら! はいっ! プロレスラー!」

 おねえちゃんが、まっ黒なナシを手でギュッ。
 するとそこから、ジュバーっとナシのジュース。

 「すごーい! おねえちゃんゴリラー!」
 「んもう、ゴリラじゃありませんってば。これにはちゃんと秘密があって、凍らせたことで、梨の細胞内の水分が膨張して細胞を壊すの。それを解凍することでスポンジのように柔らかくなるってわけ。高野豆腐と似たようなものよ」

 へー、そうなんだ。

 「そして、梨のジュースに凍ったままの凍梨のくし切りとひとつ、そしてリンゴのブランデー”カルヴァドス”を注げば……、はいっ珠子特製カクテル! 梨と林檎がペアになったAppleアップルPeatペアPairペアの完成ですっ! さ、どうぞ」

 そう言っておねえちゃんは軽くひと回ししたグラスをボクと死神のおねちゃんの前にトン、トン。
 うーん、いいにおーい。
 リンゴのお酒のにおいと、あまーいカチコチのナシジュースのかおり。

 コクッ
 コクン
 
 「あ、これすきー、だいすきー!」
 「ふあっ! おいしいっ!」

 ボクはこのカクテル”アップルペアペア”をのんでニコニコ。
 さっきまでこまった顔の死神のおねえちゃんもニッコリ。

 「ナシのジュースとリンゴのおさけがまじってるのに、まじってない。ひと口でふたつのあじー」
 「これって梨の爽やかな甘味とカルヴァドスの濃厚な甘味が口のなかで代わる代わるやってきて、それでいて口当たりはスッキリ! こんなの初めて!」
 「秘密はシェイクではなく軽くステアで出した所ですね。凍梨のジュースとカルヴァドスが完全に混じり合わず、そのふたつの層が交互に味わえるんですよ。珠子流料理割烹は息もかせぬ二段攻撃!」
 「やーらーれーたー」
 「ふぅー、やられちゃったぁ」

 ボクは珠子おねえちゃんのスペシャルカクテルにぐえー。
 死神もおねちゃんも、ちょっと上を向けてニコニコのやられ顔。

 「どうですアズラさん。少しは落ち着かれましたか?」
 「はい、ひと息つきました。すみまんせん、いきなり取り乱して出現してしまって」
 「それで、いったいどうされたのですか? あたしに助けを求めるだなんて。またイールさんと揉めたりしたんですか?」
 「いえ、イールさんとの関係は良好です。今、問題なのは死神研修の課題なんです」
 
 けんしゅう? かだい?
 じゅぎょうとしゅくだいみたいなものかな?
 
 「研修とはこれまた会社的な。それでその課題ってどういったものなのですか?」
 「死神研修は死神の資格を維持する研修です。あなたたち人間の社会での教員免許更新のようなものです。この研修をクリアしないと……」
 「しないと?」
 「クリアするまで追加研修を受け続ける羽目になっちゃうんですぅ~!」

 そういって死神のおねえちゃんはヨヨヨ。
 あー、しゅくだいをやらないと、いのこりじゅぎょうになっちゃうんだね。
 それはたいへんだねー

 「なんだ、その程度ですか」
 「その程度じゃないです! 追加研修中は各種手当も付かなくなって、給料も基本給にまで下がっちゃうんですよ!」
 「はぁ」
 「『はぁ』じゃありません! いいですか! 死神は神手不足なんです! 人間が大量に増えたせいで魂を幽世かくりよに導く業務はてんやわんや! あたしひとりが欠けただけで現世うつしよの魂は大渋滞! 死者の魂で地上が大混乱になってしまうんですよ! 人身事故で電車が止まった中央線の駅のホームみたいに!」
 「それは……ちょっと困りますね」

 あー、ボクしってる。
 じんしんじこがあると、駅がいっぱいいっぱいになるんだよね。
 おこっている人とかあわててる人とかが、いーっぱい。

 「ちょっとですか……、わかりました! お礼を用意しましょう! というか、こうなると思って用意していました。現代のお金はありませんが金目の物ならあります。これでいかがですか?」

 死神のおねえちゃんがカウンターの上においたのは金のコイン。
 
 「あー、それって宝ばこに入ってるやつー! ボクはじめてみたー!」

 金のコインチョコはボクも好きなおやつだけど、これってきっと珠子おねえちゃんが好きなやつ。

 「地上の平和を守るのは料理人の務め! この珠子、微力ながらお助けしましょう!」
 「それでこそ珠子さんですっ!」

 珠子おねえちゃんがガシッと死神のおねえちゃんの手を取り、おめめがメラメラ。
 まったく、おねえちゃんったらゲンキンなんだから。
 でも、おもしろそー!

◇◇◇◇

 「それで、課題というのはどんなものなんです?」
 「むずかしいの? ぶんすうのわりざんくらい?」
 「そんなレベルじゃありません! 今まで誰もクリアしたことがないくらいですっ!」
 「それじゃ、死神のおねえちゃんがいちばんのりだね。やったぁ!」

 いちばんっていいよね。
 
 「前向きなボクがうらやましいです……」
 「まったく、こうなったのはアズラさんの自業自得じごうじとくでしょうに」
 「あ、イールさん。こんばんはー」
 「こんばんは珠子さん。お久しぶりですわ」

 またひとりおねえちゃんがやってきた。
 外国の人みたいな金のクルクルなかみがた。
 あれって、あれだよね、たてロールってやつだよね。

 「イールさん、研修課題は終わったのですか?」
 「ええ、ついさっきトンネルの悪い地縛霊をズバッと。サリーさんとエルさんも終わらせたって聞きましたわ」

 たてロールのおねえちゃんがデスサイズをヒュン。

 「えー、それじゃ課題が出来てないのって、あたしだけー。いいなー、悪霊だったら強引に刈り取れるのに」
 「アズラが悪いのよ。ま、諦めて追加研修を受けることね」

 たてロールのおねえちゃんがフフン。
 
 「うーん、あたしよく事情がわかっていないんですが……」
 「ボクもわかんないよー」

 かだいって、わるーいじばくれいとかをやっつければいいのかな?
 
 「課題は地上に不法滞留している魂を幽世かくりよへと連れてくことですわ。でも、無差別ではなく、死神研修教官が指定したリストからひとりを選んで担当しますの」

 そう言って、たてロールのお姉ちゃんは1まいの紙をペラッ。
 
 「あーそれしってる。”てはいしょ”ってやつでしょ。海ぞくとか、アウトローとかの。マンガとかアニメでみたー」

 紙にはお顔の写真と名前、あと数字。
 
 「そうですわ。長年地上に留まり続ける人の魂の手配書。わたくしたち死神の仕事のひとつは規則ルールを破って地上に留まり続ける魂の送葬そうそうがありますの。普段はその業務を担当していない死神も送葬の腕がびないように10年に1度、実務研修がありますの」
 「なるほど、アズラさんに渡った手配書はものすごく強くて危険な悪霊なんですね」
 「そっちの方がずっとマシです~! 力づくでならどんなに楽か!」

 珠子お姉ちゃんの言葉に死神のお姉ちゃんがお首をフルフル。

 「どういうことです?」
 「規則ルールがあるんです。鎌で刈っていい魂は生前や死後に一定以上の悪行を成した魂だけなんです。そうじゃない魂は説得して幽世かくりよまでお越し頂く決まりなんです」
 「ちなみに悪霊としての強さなら、わたしくが刈ったのがリストの中で一番でしたの。ふふふ、実はあまり強い悪霊はリストに入っておりませんのよ。そういうのは悪霊刈りを業務にしている方の仕事ですから。ま、所詮しょせんは研修ですわ」
 
 たてロールのお姉ちゃんはフフフン。

 「なるほど、力づく以外の方法でアズラさんのリストの方を成仏頂かないといけないってことですね」
 「そうです。お願いです、助けて下さい!」
 「それならあたしより適任がいますよ。紫君しーくんの鎮魂の権能ちからなら、お茶の子さいさいですよ。ねっ」
 「はーい!」

 おねえちゃんの声にボクは大きくおへんじ。
 
 「えっ!? あの失われし八稚女やをとめの鎮魂の権能ちからを持っているんですか? この子が!?」
 「うん!」
 「言われてみれば、そこはかとなく権能ちからを感じます……。ね、ねぇボク、お菓子あげるからお姉さんの仕事を手伝ってくれない?」
 
 死神のお姉ちゃんのポケットからペロペロキャンディがニュッ。
 
 「……アズラ、あんたヤバイお姉さんみたいよ」
 「そうですね。ちょっと犯罪チックです」

 たてロールのお姉ちゃんはフゥとためいきをついて、珠子おねえちゃんがフフとわらった。
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