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第九章 夢想する物語とハッピーエンド
置行堀(おいてけぼり)とバカになる料理(後編)
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◇◇◇◇
「違いましたか」
「ちげえよ」
「すると、赤好さんは、どうしてこんな不思議な名前の料理を買ってきたんでしょうね。”バカのアホばっか炒め”と”バカリャウグラタン”と……、あとはなんでしたっけ?
そう言って黒龍が首をかしげる。
「トマトと茗荷のサラダですよ。そう言えば『茗荷を食べると物忘れする』って格言がありましたね。仏陀の弟子で物忘れの名人、周利槃特の墓に茗荷が生えたことが由来でしたっけ」
シャクッシャクッと茗荷を食べながら、あかなめが言う。
「ひょとすると、赤好さんは、この料理を食べた偽雨女さんがバカになったり、化けるのを忘れてしまって耳と尻尾でも出すのではないかと思って買ってきたんじゃないかしら」
つらら女さんは鋭いな。
そいつは半分当たりだぜ。
「まっさかー」
「そんなことあるわけ……」
そう言いながらも、黒龍とあかなめの首がふたりの雨女さんへクルッと向く。
「すみませんが、茗荷が物忘れを起こすというのは迷信だと思います」
「残念ですが、それは俗信ですね」
平然とふたりの雨女さんは茗荷のサラダを食べる。
ま、そうだろうよ。
だけどな、俺の策はそうじゃないのさ
そう思いながら、俺もシャクッと茗荷の歯ざわりを堪能する。
「ですよねー」
「そんなに簡単にいくはずが……」
そう言いながらクルリと首をこちらに向けたふたりの顔が驚きに染まる。
だろうよ。
だってさ、狸の耳と尻尾を出しているのは俺の方なんだから。
「しゃ……、赤好さん、その耳と尻尾は」
「ん、俺の姿が何か変か?」
俺は頭と腰を使ってケモ耳と尻尾を動かす。
「まさか、赤好さんもニセモノ……」
そう黒龍がつぶやいた時、
「しまったポン! さっきのスキにひとりで先に行かれたポン!」
雨女さんが、いや偽雨女さんがピョンと立ち上がり、タタタと駆け出す。
「つらら女さん!」
「はいっ!」
フゥーと彼女が白く煌めく息を吹くと、偽雨女さんの足下の水溜まりが氷へと化す。
ツルッ! ベシャーー!
「ほいっと、うっかり狸、一丁上がり」
俺はスタスタと歩き、氷の上に倒れ込み正体を現した狸の尻尾をムンズを掴む。
「しゃ、赤好さんですよね。狸じゃないですよね」
「ああ、こいつはパーティグッズさ。さっきの買い出しの時に買った」
俺はベリッとケモ耳と尻尾を取る。
苦労したんだぜ、あかなめと黒龍が雨女さんたちを覗き込んた時、その頭の陰で彼女たちに見えないように、このパーティグッズを装備したのは。
「だ、だましたんだポン! ホントはひとりで先に行ってなんかなかったんだポン!」
「ああそうさ。この耳と尻尾はお前を勘違いさせるためのアイテムさ。お前の目的は俺を出発させないことだろ。俺を替え玉だと思ったら、なりふり構わず本物の俺を捜しに行くだろうと思ってな」
俺の手からぶら下げられたマヌケな子狸はジタバタと暴れる。
「俺がこいつらを騙してまで先に出発するはずないだろ。こいつらにおいてけぼりを食らわすなんてしないさ」
「わたくしもそう思いましたから気付きましたのよ。赤好さんの耳と尻尾はそのための演出だと」
「あんがとな、つらら女さん。俺の意図を汲みとってくれて」
「気付いたのはギリギリでしたけどね」
彼女はそう言ってクスリと笑う。
「流石は赤好さん! 信じてました!」
黒龍、お前8割くらい疑っていただろ。
「で、赤好さん、その狸どうします?」
「残念ですが、大悪龍王の手下だとしたら許すわけにはいきませんわね」
本物の雨女さんが傘を手に俺たちに近づく。
うーん、実の所、俺はこいつは大悪龍王とは関係ないと確信しているんだけどな。
だけど、アイツをあぶり出さなきゃいけないのも事実。
ったく、しょうがねぇなぁ。
「ああ、”おいてけぼりを食う”にちなんで、この置行堀喰っちまうのもいいだろうなぁ」
俺はとびっきり邪悪な顔で逆さ釣りの子狸の顔を覗き込む。
「あら、わたくし狸のルイベって食べたことなくって、どんな味なのかしら」
ルイベは鮭などの魚を冷凍にして刺身で食べる料理だ。
俺の手の下にぶら下がる子狸がブルブルと震える。
つらら女さんも役者だな。
「ひひひ、うまそうだな」
「くふふ、おいしそう、ですね」
俺たちの不気味な嗤い声が雨の公園に響き渡る。
そろそろかな。
「まって! おねがい! ホリくんを食べないで」
公園の遊具の中から小さい影が飛び出して、俺の前で叫ぶ。
こいつは大悪龍王の配下でないのは明白さ。
「やっぱお前だったか。家で留守番してろってメモを残しただろ」
「だって、ボクひとりだけおいてけぼりだなんてイヤだもん!」
影の主は、俺の予想通りだった。
末の弟、紫君だ。
◇◇◇◇
「いくったら、いく! 珠子おねえちゃんを助けにいきたいー!」
「ダメったらダメだ! 遊びじゃないんだぞ!」
俺は聞き分けのない弟に三度のダメ出しをする。
「へー、ホリ君って、あやをかし学園の初等部なんだ」
「はいポン。しーくんのクラスメイトだポン!」
「だから、わたしたちのことを詳しく知っていたり、お箸の使い方が上手かったのね」
「お姉さんたちのことは、しーくんからよく聞いてたからだポン! かわいくてじゅんじょーなおねえさんだって」
「まあ、なんていいこ!」
「よしよし、しちゃいましょ」
置行堀のやつは、女性陣にモフモフされている。
小動物ってやつは羨ましいね。
その存在だけでチヤホヤされるんだからさ。
「ホリ君はどうして西に行きたいのですか?」
「化けタヌキたちのふるさとは四国だポン! そこが、だいあくりゅうおうのせいで、むちゃくちゃになったって聞いたポン! 助けにいかなきゃだポン」
「立派な理由じゃないですか。ねぇ赤好さん、連れてってあげましょうよ」
「ほら! こくりゅうのお兄さんも、ああ言ってるじゃないか」
黒龍のバカが、ろくでもないことを。
「誰かを助けに行きたいって理由は立派だが、こいつらの安全を守りたいってのも立派な理由だ。俺は折れないぞ」
「あ、ほら! 赤好さんには相手の幸、不幸を見極める能力があるって言ってたじゃありませんか。あれでこの子たちを見て見ましょうよ。連れていって不幸になりそうだったら引き返すってのはどうですか?」
この大バカ。
俺の能力をペラペラしゃべんなよ。
どこに大悪龍王の手下が潜んでるかわかんねぇってのによ。
ま、その能力で、偽雨女の正体が大悪龍王の手下じゃないってことに気付けたんだけどな。
俺が偽雨女さんを捕まえて、そいつが大悪龍王の手下だったら、痛めつけてでも情報を引き出そうと思っていたのに、偽雨女さんに不幸の気配は視えなかった。
それで俺は、この狸は大悪龍王の手下なんかじゃないってわかったのさ。
すると、それ以外で俺たちに着いて行きたい理由があるヤツを想像すれば、おのずと正体はわかったってわけさ。
「そんなスゴイ能力があったんですか?」
「ま、まあな。だけど、運命ってのは気まぐれなんだぜ。さっきまで不幸の気配があったやつが、幸福の気配に変わることは往々にしてあるのさ。もちろんその逆もな」
ん?
逆のケースってのは滅多にないな。
いや、こと人や”あやかし”を対象にした時は、一度も見てないかもしれない。
ラッキーアイテムはわかるのによ。
俺は能力を使って、みんなを視る。
幸福も不幸も視えない。
つまり、どっちにも転ぶってことか。
「おや? 赤好さん、今、その能力を使いました?」
こいつは余計な時にだけ鋭いな。
「ああ、幸いにも不幸の気配は視えない。だけど、いつ変わるか分からない。だからダメだ」
「えー、いいじゃんかー。赤好お兄ちゃん。ダメそうになったら、すぐに帰るからさー」
そう言って、この末の弟は俺のシャツの裾をグイグイと引っ張る。
「そうだ! その弟さんに私たちが行こうとしている所は危ないって教えればいいんじゃありませんか。具体的には腕相撲とかで。赤好さんに勝てないようだったら、まだ力不足なのでお留守番ってことにしましょうよ」
黒龍の弩馬鹿!
お前は知らないだろうがな! こいつは兄弟の中で2番目に妖力がつええんだよ!
「わかったー! それでいいよー! さあ、お兄ちゃん、やろっ!」
末の弟はテーブルに手を置き、腕相撲のポーズを取る。
「さあ、赤好さん! 兄の威厳を見せて下さい!」
「お、おう」
俺はみんなの視線を受けながらテーブルへと向かう。
俺は負けた。
わざと負けたことにした。
◇◇◇◇
「すごーい、たかーい、はやーい」
「ドラゴンにのるのは初めてだポン!」
俺たち一同は、新たな仲間に末の弟と置行堀の狸を加えて夜空を翔ぶ。
本来の龍の姿となった黒龍の背に乗って。
目的地は京都の大江山。
思ったより遅くなっちまったな。
昼過ぎには出発できると思ってたが、夜になっちまった。
珠子さんが心配だが、焦るわけにはいかない。
焦りは判断力を鈍らせる。
それは俺の能力と相性が悪い。
俺は能力を使って自分を視る。
よし、まだ俺の身に不幸は視えない。
それはつまり、今の俺の選択は、まだ大丈夫という証さ。
珠子さんの身に万一の事があったら、俺は間違いなく不幸になるだろうからな。
大江山に着く前に連絡しておくか。
俺はスマホを取り出して茨木童子さんに電話をかける。
雨雲の少し上を並走するおかげで、地上から龍の姿になった黒龍の姿は見えないが、電波は届く。
便利な時代になったもんだ。
トゥルルルルル、
『だれやー! こんなくっそ忙しい時にー!』
「俺さ、赤好さ。今、そっちに向かっている」
電話口の裏からガタガタ、ドスドスと足音が聞こえる。
どうやら立て込んでいるようだ。
『えっ!? もうそっちにまで大悪龍王の妖気が広がっとんの!? 避難しに来るならはよせんと、こっちは逃げ込んでくる”あやかし”たちで、てんやわんやや』
”あやかし”が逃げ込んでいる!?
あっちは、そんなに危険地帯になってるってのか!?
プップッ、プップッ
キャッチホンの音が聞こえる。
誰だよ、こんな時に。
黄貴の兄貴……。
「わりぃ、兄貴から着信だ。またかけ直す」
『ちょっち待ってな。切れる前に伝えとく。狐に、女狐の玉藻に気いつけや』
プッ
その言葉を最後に茨木童子さんとの通話が切れ、黄貴の兄貴に切り替わる。
『赤好、メールを見たぞ。女中が夢の中に居るらしいな』
「ああ、夢の中の珠子さんの料理を食べてリピーターになりたいって人間から店に電話があった。兄貴は今どこだ?」
『愛媛の松山だ。赤好はどこにおる? 他の兄弟たちは?』
「名古屋上空あたりさ。紫君は隣にいるが、他の兄弟たちは知らねぇ。先に京都方面に出発しちまったからな」
『紫君は眠っておらぬだろうな!? 寝ていたら叩き起こせ!』
「どうした兄貴? 兄貴が声を荒げるだなんて珍しい」
『眠りは大悪龍王の罠だ! 大悪龍王の支配下で眠ったら、ヤツの支配する夢の世界に引きずり込まれるぞ!』
なんだって!?
俺は横を見る。
末の弟はおやつに持って来た錦糸町名物の置行堀の、狸の人形焼きをうまそうに食べている。
「大丈夫だぜ、紫君はおやつを……」
その時、俺は視てしまった。
不幸の、いや何か恐ろしい気配が前方の街を覆うように進行しているのを。
俺の眼にはそれが街を飲み込む火砕流のように視えた。
「黒龍! 上昇と方向転換! すぐにだ!」
「え? 赤好さん、それでは電波が届かなく……」
「いいから早く! ここも、もうやべぇ!!」
俺は黒龍の角をグイっと海側に引っ張る。
あの煙のような気は海には進んでいない。
「赤好さん、何か良くないモノでも視えたのですか?」
「ああ、おそらく大悪龍王の術か結界か何かがな。陸路はダメだ、海路から進もう」
「わかりました。どこへ行きましょうか?」
茨木童子さんの様子からすると、京都も安全じゃなさそうだな。
「まずは松山の黄貴の兄貴と合流しよう。瀬戸内は……ヤバそうだから、少し遠回りになるが、太平洋側から豊後水道回りでな。頼むぜ」
「了解しました」
潮風を受けて黒龍が海原を進む。
そして俺はスマホが何も音を出していない事に気付く。
電波は圏外になっていた。
◇◇◇◇
「ういーっく、いい感じに酔っ払ってきたぜ」
「……緑乱兄さん、そんなに呑んで大丈夫?」
「へーき、へーき、これくらいがちょうどいいのさ」
俺っちは今、音信不通になった嬢ちゃんを探しに大阪に来ている。
一緒に居るのは橙依君とその友達さ。
俺っちに友がいないってわけじゃないぜ、俺っちだっていたんだぜ、昔はな。
いや、止めとこう、それより今は嬢ちゃんを助けに行かないとな。
「でも、こんな作戦で大丈夫でござるか。いくら赤好の兄君から珠子殿が夢の世界に居るみたいだと連絡があったとはいえ、同じ夢に行けるのでござろうか」
「……他に手がかりがないからしょうがない」
赤好兄からメールが着た時は、そりゃ驚いた。
なんせ、嬢ちゃんは夢の中に居るって話だからね。
しかも、その夢には他のヤツも入れるって話じゃねぇか。
んじゃ、俺が夢の中で嬢ちゃんに会って、居場所を聞こうって作戦になったってわけさ。
でも夢の中で逢うだなんて……
「おいお前、今、『夢で逢えたらだなんてロマンチックだねぇ』と思っただろう」
おおっと、橙依君の友達の覚に心を読まれちまった。
こいつはちょっと恥ずかしいね。
「さて、俺っちは眠るとするから、後はよろしくな。あ、これは慈道と築善尼の連絡先な。面倒ごとが起きたらこいつらに押し付けちまえよ」
「……わかった」
俺っちはメモを橙依君に渡し、ホテルのベッドに横になる。
出来れば、仏さんの導きがあらんことを。
嬢ちゃんや、可愛い女の子に逢えることを想って……。
俺は眠りに着いた。
「違いましたか」
「ちげえよ」
「すると、赤好さんは、どうしてこんな不思議な名前の料理を買ってきたんでしょうね。”バカのアホばっか炒め”と”バカリャウグラタン”と……、あとはなんでしたっけ?
そう言って黒龍が首をかしげる。
「トマトと茗荷のサラダですよ。そう言えば『茗荷を食べると物忘れする』って格言がありましたね。仏陀の弟子で物忘れの名人、周利槃特の墓に茗荷が生えたことが由来でしたっけ」
シャクッシャクッと茗荷を食べながら、あかなめが言う。
「ひょとすると、赤好さんは、この料理を食べた偽雨女さんがバカになったり、化けるのを忘れてしまって耳と尻尾でも出すのではないかと思って買ってきたんじゃないかしら」
つらら女さんは鋭いな。
そいつは半分当たりだぜ。
「まっさかー」
「そんなことあるわけ……」
そう言いながらも、黒龍とあかなめの首がふたりの雨女さんへクルッと向く。
「すみませんが、茗荷が物忘れを起こすというのは迷信だと思います」
「残念ですが、それは俗信ですね」
平然とふたりの雨女さんは茗荷のサラダを食べる。
ま、そうだろうよ。
だけどな、俺の策はそうじゃないのさ
そう思いながら、俺もシャクッと茗荷の歯ざわりを堪能する。
「ですよねー」
「そんなに簡単にいくはずが……」
そう言いながらクルリと首をこちらに向けたふたりの顔が驚きに染まる。
だろうよ。
だってさ、狸の耳と尻尾を出しているのは俺の方なんだから。
「しゃ……、赤好さん、その耳と尻尾は」
「ん、俺の姿が何か変か?」
俺は頭と腰を使ってケモ耳と尻尾を動かす。
「まさか、赤好さんもニセモノ……」
そう黒龍がつぶやいた時、
「しまったポン! さっきのスキにひとりで先に行かれたポン!」
雨女さんが、いや偽雨女さんがピョンと立ち上がり、タタタと駆け出す。
「つらら女さん!」
「はいっ!」
フゥーと彼女が白く煌めく息を吹くと、偽雨女さんの足下の水溜まりが氷へと化す。
ツルッ! ベシャーー!
「ほいっと、うっかり狸、一丁上がり」
俺はスタスタと歩き、氷の上に倒れ込み正体を現した狸の尻尾をムンズを掴む。
「しゃ、赤好さんですよね。狸じゃないですよね」
「ああ、こいつはパーティグッズさ。さっきの買い出しの時に買った」
俺はベリッとケモ耳と尻尾を取る。
苦労したんだぜ、あかなめと黒龍が雨女さんたちを覗き込んた時、その頭の陰で彼女たちに見えないように、このパーティグッズを装備したのは。
「だ、だましたんだポン! ホントはひとりで先に行ってなんかなかったんだポン!」
「ああそうさ。この耳と尻尾はお前を勘違いさせるためのアイテムさ。お前の目的は俺を出発させないことだろ。俺を替え玉だと思ったら、なりふり構わず本物の俺を捜しに行くだろうと思ってな」
俺の手からぶら下げられたマヌケな子狸はジタバタと暴れる。
「俺がこいつらを騙してまで先に出発するはずないだろ。こいつらにおいてけぼりを食らわすなんてしないさ」
「わたくしもそう思いましたから気付きましたのよ。赤好さんの耳と尻尾はそのための演出だと」
「あんがとな、つらら女さん。俺の意図を汲みとってくれて」
「気付いたのはギリギリでしたけどね」
彼女はそう言ってクスリと笑う。
「流石は赤好さん! 信じてました!」
黒龍、お前8割くらい疑っていただろ。
「で、赤好さん、その狸どうします?」
「残念ですが、大悪龍王の手下だとしたら許すわけにはいきませんわね」
本物の雨女さんが傘を手に俺たちに近づく。
うーん、実の所、俺はこいつは大悪龍王とは関係ないと確信しているんだけどな。
だけど、アイツをあぶり出さなきゃいけないのも事実。
ったく、しょうがねぇなぁ。
「ああ、”おいてけぼりを食う”にちなんで、この置行堀喰っちまうのもいいだろうなぁ」
俺はとびっきり邪悪な顔で逆さ釣りの子狸の顔を覗き込む。
「あら、わたくし狸のルイベって食べたことなくって、どんな味なのかしら」
ルイベは鮭などの魚を冷凍にして刺身で食べる料理だ。
俺の手の下にぶら下がる子狸がブルブルと震える。
つらら女さんも役者だな。
「ひひひ、うまそうだな」
「くふふ、おいしそう、ですね」
俺たちの不気味な嗤い声が雨の公園に響き渡る。
そろそろかな。
「まって! おねがい! ホリくんを食べないで」
公園の遊具の中から小さい影が飛び出して、俺の前で叫ぶ。
こいつは大悪龍王の配下でないのは明白さ。
「やっぱお前だったか。家で留守番してろってメモを残しただろ」
「だって、ボクひとりだけおいてけぼりだなんてイヤだもん!」
影の主は、俺の予想通りだった。
末の弟、紫君だ。
◇◇◇◇
「いくったら、いく! 珠子おねえちゃんを助けにいきたいー!」
「ダメったらダメだ! 遊びじゃないんだぞ!」
俺は聞き分けのない弟に三度のダメ出しをする。
「へー、ホリ君って、あやをかし学園の初等部なんだ」
「はいポン。しーくんのクラスメイトだポン!」
「だから、わたしたちのことを詳しく知っていたり、お箸の使い方が上手かったのね」
「お姉さんたちのことは、しーくんからよく聞いてたからだポン! かわいくてじゅんじょーなおねえさんだって」
「まあ、なんていいこ!」
「よしよし、しちゃいましょ」
置行堀のやつは、女性陣にモフモフされている。
小動物ってやつは羨ましいね。
その存在だけでチヤホヤされるんだからさ。
「ホリ君はどうして西に行きたいのですか?」
「化けタヌキたちのふるさとは四国だポン! そこが、だいあくりゅうおうのせいで、むちゃくちゃになったって聞いたポン! 助けにいかなきゃだポン」
「立派な理由じゃないですか。ねぇ赤好さん、連れてってあげましょうよ」
「ほら! こくりゅうのお兄さんも、ああ言ってるじゃないか」
黒龍のバカが、ろくでもないことを。
「誰かを助けに行きたいって理由は立派だが、こいつらの安全を守りたいってのも立派な理由だ。俺は折れないぞ」
「あ、ほら! 赤好さんには相手の幸、不幸を見極める能力があるって言ってたじゃありませんか。あれでこの子たちを見て見ましょうよ。連れていって不幸になりそうだったら引き返すってのはどうですか?」
この大バカ。
俺の能力をペラペラしゃべんなよ。
どこに大悪龍王の手下が潜んでるかわかんねぇってのによ。
ま、その能力で、偽雨女の正体が大悪龍王の手下じゃないってことに気付けたんだけどな。
俺が偽雨女さんを捕まえて、そいつが大悪龍王の手下だったら、痛めつけてでも情報を引き出そうと思っていたのに、偽雨女さんに不幸の気配は視えなかった。
それで俺は、この狸は大悪龍王の手下なんかじゃないってわかったのさ。
すると、それ以外で俺たちに着いて行きたい理由があるヤツを想像すれば、おのずと正体はわかったってわけさ。
「そんなスゴイ能力があったんですか?」
「ま、まあな。だけど、運命ってのは気まぐれなんだぜ。さっきまで不幸の気配があったやつが、幸福の気配に変わることは往々にしてあるのさ。もちろんその逆もな」
ん?
逆のケースってのは滅多にないな。
いや、こと人や”あやかし”を対象にした時は、一度も見てないかもしれない。
ラッキーアイテムはわかるのによ。
俺は能力を使って、みんなを視る。
幸福も不幸も視えない。
つまり、どっちにも転ぶってことか。
「おや? 赤好さん、今、その能力を使いました?」
こいつは余計な時にだけ鋭いな。
「ああ、幸いにも不幸の気配は視えない。だけど、いつ変わるか分からない。だからダメだ」
「えー、いいじゃんかー。赤好お兄ちゃん。ダメそうになったら、すぐに帰るからさー」
そう言って、この末の弟は俺のシャツの裾をグイグイと引っ張る。
「そうだ! その弟さんに私たちが行こうとしている所は危ないって教えればいいんじゃありませんか。具体的には腕相撲とかで。赤好さんに勝てないようだったら、まだ力不足なのでお留守番ってことにしましょうよ」
黒龍の弩馬鹿!
お前は知らないだろうがな! こいつは兄弟の中で2番目に妖力がつええんだよ!
「わかったー! それでいいよー! さあ、お兄ちゃん、やろっ!」
末の弟はテーブルに手を置き、腕相撲のポーズを取る。
「さあ、赤好さん! 兄の威厳を見せて下さい!」
「お、おう」
俺はみんなの視線を受けながらテーブルへと向かう。
俺は負けた。
わざと負けたことにした。
◇◇◇◇
「すごーい、たかーい、はやーい」
「ドラゴンにのるのは初めてだポン!」
俺たち一同は、新たな仲間に末の弟と置行堀の狸を加えて夜空を翔ぶ。
本来の龍の姿となった黒龍の背に乗って。
目的地は京都の大江山。
思ったより遅くなっちまったな。
昼過ぎには出発できると思ってたが、夜になっちまった。
珠子さんが心配だが、焦るわけにはいかない。
焦りは判断力を鈍らせる。
それは俺の能力と相性が悪い。
俺は能力を使って自分を視る。
よし、まだ俺の身に不幸は視えない。
それはつまり、今の俺の選択は、まだ大丈夫という証さ。
珠子さんの身に万一の事があったら、俺は間違いなく不幸になるだろうからな。
大江山に着く前に連絡しておくか。
俺はスマホを取り出して茨木童子さんに電話をかける。
雨雲の少し上を並走するおかげで、地上から龍の姿になった黒龍の姿は見えないが、電波は届く。
便利な時代になったもんだ。
トゥルルルルル、
『だれやー! こんなくっそ忙しい時にー!』
「俺さ、赤好さ。今、そっちに向かっている」
電話口の裏からガタガタ、ドスドスと足音が聞こえる。
どうやら立て込んでいるようだ。
『えっ!? もうそっちにまで大悪龍王の妖気が広がっとんの!? 避難しに来るならはよせんと、こっちは逃げ込んでくる”あやかし”たちで、てんやわんやや』
”あやかし”が逃げ込んでいる!?
あっちは、そんなに危険地帯になってるってのか!?
プップッ、プップッ
キャッチホンの音が聞こえる。
誰だよ、こんな時に。
黄貴の兄貴……。
「わりぃ、兄貴から着信だ。またかけ直す」
『ちょっち待ってな。切れる前に伝えとく。狐に、女狐の玉藻に気いつけや』
プッ
その言葉を最後に茨木童子さんとの通話が切れ、黄貴の兄貴に切り替わる。
『赤好、メールを見たぞ。女中が夢の中に居るらしいな』
「ああ、夢の中の珠子さんの料理を食べてリピーターになりたいって人間から店に電話があった。兄貴は今どこだ?」
『愛媛の松山だ。赤好はどこにおる? 他の兄弟たちは?』
「名古屋上空あたりさ。紫君は隣にいるが、他の兄弟たちは知らねぇ。先に京都方面に出発しちまったからな」
『紫君は眠っておらぬだろうな!? 寝ていたら叩き起こせ!』
「どうした兄貴? 兄貴が声を荒げるだなんて珍しい」
『眠りは大悪龍王の罠だ! 大悪龍王の支配下で眠ったら、ヤツの支配する夢の世界に引きずり込まれるぞ!』
なんだって!?
俺は横を見る。
末の弟はおやつに持って来た錦糸町名物の置行堀の、狸の人形焼きをうまそうに食べている。
「大丈夫だぜ、紫君はおやつを……」
その時、俺は視てしまった。
不幸の、いや何か恐ろしい気配が前方の街を覆うように進行しているのを。
俺の眼にはそれが街を飲み込む火砕流のように視えた。
「黒龍! 上昇と方向転換! すぐにだ!」
「え? 赤好さん、それでは電波が届かなく……」
「いいから早く! ここも、もうやべぇ!!」
俺は黒龍の角をグイっと海側に引っ張る。
あの煙のような気は海には進んでいない。
「赤好さん、何か良くないモノでも視えたのですか?」
「ああ、おそらく大悪龍王の術か結界か何かがな。陸路はダメだ、海路から進もう」
「わかりました。どこへ行きましょうか?」
茨木童子さんの様子からすると、京都も安全じゃなさそうだな。
「まずは松山の黄貴の兄貴と合流しよう。瀬戸内は……ヤバそうだから、少し遠回りになるが、太平洋側から豊後水道回りでな。頼むぜ」
「了解しました」
潮風を受けて黒龍が海原を進む。
そして俺はスマホが何も音を出していない事に気付く。
電波は圏外になっていた。
◇◇◇◇
「ういーっく、いい感じに酔っ払ってきたぜ」
「……緑乱兄さん、そんなに呑んで大丈夫?」
「へーき、へーき、これくらいがちょうどいいのさ」
俺っちは今、音信不通になった嬢ちゃんを探しに大阪に来ている。
一緒に居るのは橙依君とその友達さ。
俺っちに友がいないってわけじゃないぜ、俺っちだっていたんだぜ、昔はな。
いや、止めとこう、それより今は嬢ちゃんを助けに行かないとな。
「でも、こんな作戦で大丈夫でござるか。いくら赤好の兄君から珠子殿が夢の世界に居るみたいだと連絡があったとはいえ、同じ夢に行けるのでござろうか」
「……他に手がかりがないからしょうがない」
赤好兄からメールが着た時は、そりゃ驚いた。
なんせ、嬢ちゃんは夢の中に居るって話だからね。
しかも、その夢には他のヤツも入れるって話じゃねぇか。
んじゃ、俺が夢の中で嬢ちゃんに会って、居場所を聞こうって作戦になったってわけさ。
でも夢の中で逢うだなんて……
「おいお前、今、『夢で逢えたらだなんてロマンチックだねぇ』と思っただろう」
おおっと、橙依君の友達の覚に心を読まれちまった。
こいつはちょっと恥ずかしいね。
「さて、俺っちは眠るとするから、後はよろしくな。あ、これは慈道と築善尼の連絡先な。面倒ごとが起きたらこいつらに押し付けちまえよ」
「……わかった」
俺っちはメモを橙依君に渡し、ホテルのベッドに横になる。
出来れば、仏さんの導きがあらんことを。
嬢ちゃんや、可愛い女の子に逢えることを想って……。
俺は眠りに着いた。
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旧題:着ぐるみ転生
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会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
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