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第八章 動転する物語とハッピーエンド
実方雀とアワビモドキ(その5) ※全5部
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◇◇◇◇
「ど、どういうことです!? そもそも、このバカマツタケやアワビモドキを使った料理を作って欲しいって言ってきたのは緑乱さんでしたでしょ」
「もちろんさ。だけどな、嬢ちゃんは根本的な勘違いをしているぜ」
「何をです? あたしは”偽物であっても本物に勝てる”、そして偽物の十六夜姫さんに自信を付けてもらおうと……」
俺はそれを全否定するように首を振る。
まったくなっちゃいない、そんな風に。
「違うんだ嬢ちゃん。考えてもみなよ、バカマツタケとかアワビモドキとかっている名前そのものがおかしくねぇか」
そして、俺は一呼吸おいて言葉を続ける。
「そいつは人間が勝手に付けた名前だぜ」
そのひと言に嬢ちゃんの顔がハッとなる。
ついでに出来る弟や実方たちも。
末の弟は……ありゃわかってねぇな。
「ようやくわかったみたいだな。そう、バカもモドキも人間が勝手に付けた分類上の名前さ。これが美味いのは、これそのものが美味いからさ。他のヤツからどう呼ばれているとか、本物とか偽物とか関係ねぇ。そこには、ただ美味いという真実しかないのさ。そう、実方さんたちの娘への想いは真実だったから、十六夜姫ちゃんは生まれた。そして、十六夜姫ちゃんが父を慕っているのも真実さ。彼女は本物の十六夜姫に勝ちたいとも倒したいとも望んじゃいねぇよ。彼女はただ、彼女自身の気持ちを伝えたいと願っているだけさ。そうだろ」
俺の言葉を聞いて、十六夜姫ちゃんの顔がパァァと明るくなった。
きっとそれは、本物の十六夜姫も出せないような素敵な笑顔さ。
「おじさまの言った通りです。わたくしは父様たちをお慕いしておりますが、十六夜姫様を越えたいとか、なり替わりたいとは考えておりません。いいえ、それは決してならぬことと理解しております。わたくしはただ、わたくしを生んで下さいました父様たちに尊敬と感謝を伝えたいだけです。この心からの真実を」
山々を抜ける澄み渡る風のような声で十六夜姫ちゃんは自分の気持ちを正直に伝える。
その響きは真実そのもの。
もし、これを疑うような男がいたら、そいつの耳は腐っていると断定できるぜ。
そして、それは当然の如く、実方たちにも通じたってことは明白さ。
ふたりの目から大粒の涙が見えてるからよ。
「い、十六夜……、自分が悪かった。本物の娘ではないと聞いた時にあんな態度を取ってしまって。だが、もうそんな事はしない。お前もまた、自分の本当の娘であるのだから」
「そうでち! 十六夜は十六夜でち! 娘の十六夜とは違う存在で、ウチの大切な娘でち!」
「父君! お父様!」
そういって、ここにある真の家族はひしと抱き合う。
やれやれ、ちょいと手間取ったが、これでやっとハッピーエンドかね。
嬢ちゃんもこの美しい家族愛の前にハンカチを取り出してるし、めでたしめでたしってとこ……。
おや、嬢ちゃんが涙を拭いた後に何か考え込んでるな。
ろくでもないことじゃなければいいんだが……。
…
……
……ダメだな。
あのデレデレグフフな顔は絶対ろくでもないことを考えてるみたいだ。
ま、藪蛇にならんよう、ほっとこう。
「珠子さんどうかしましたか? この感動的なシーンには似つかわしくない顔をしていますが」クイッ
あちゃー、出来る弟が藪をつつきやがった。
こいつは、よく気が付く出来る弟なんだが、疑問をすぐに明かそうとする素直さと探求心が強すぎていけねぇ。
「え、考えてませんよ! 考えてません! あの十六夜姫さんは美形男子とイケメンの間に生まれた、ぐへへな子だなんて、全く考えていませんから!」
そんな嬢ちゃんの秘蔵BL本のような展開に、出来る弟と俺っちはふぅと呆れ気味の溜息。
ほら、堕落の蛇が出やがっただろ。
ま、でも、十六夜姫ちゃんが笑ってるからいいか。
きっとこの顔も、真実の笑顔だからな。
◇◇◇◇
この秋口は名月の季節。
月だけを友に一杯やるのも風情があるってもんさ。
俺っちは昼間の疲れでぐっすり眠っているみんなを部屋に残し、ひとり宿の屋上で酒を飲む。
いや、ひとりじゃなくなったな。
「まだ寝てなかったのかい。お前さんも東京へのお使いで疲れているだろうに」
「あの程度は私にとって些事です。それより緑乱兄さん、さっきは見事でした。十六夜姫さんの心をあんなにも理解していたとは」クイッ
屋上に加わったのは出来る弟の蒼明。
蒼明はゆっくりと屋根の上を歩いてくると、俺っちの隣に腰を下ろした。
妖怪王候補としての仕事もあるだろうに、いったいいつ休んでいるんだろうかね。
「まぐれさ、まぐれ。たまたまそうじゃねぇかと想像しただけさ」
実の所は違うけどな。
「いえ、まぐれにしては見事過ぎます。まるで、正解を知っていたかのようでしたよ」
「……何が言いたい」
やっべぇなぁ。
こいつ勘づいているっぽいぞ。
「そうですね……そう問われたなら、こう返しましょう。兄さん、あなたは今、何週目ですか?」
「1週目に決まってるさ。同じ日を繰り返せるあの日をもう一度は橙依君の専売特許だからな」
酒をチビリと呑んで、俺っちはあくまでも平静を装う。
「もうひとつ返しましょう」
返さなくていい。
「珠子さんの料理に関する知見はかなりのものです。それを使って相手の心を掴む術も。少なくとも”あやかし”の私たちではとても及ばないでしょう」
「だねぇ。嬢ちゃんの料理ともてなしで癒されたり、元気が出るようになった”あやかし”は大勢いるぜ」
「その通りです。ですが、その珠子さんに料理ともてなしの面で何度もアドバイスした兄を私は知っています。河童の件しかり、乙姫の件しかり、雷獣の件しかり、そして今日、実方雀と十六夜姫の一件でも」
おいおい、そんなにこまけぇことを憶えてたのかよ。
しかもそれに関連付けるだなんて、勘が良いにも程があるぜ。
「私が聞きたいのはこれです。緑乱兄さん、貴方は過去に誰かからこれらの答えを聞いていたのではないですか?」
「だからそんな権能なんて俺っちは持っていないっての。そいつは橙依君の専売特許って言っただろ」
「今、その特許を持っているのは橙依君ですが、その特許を取得したのは誰でしょうかね」
やっべぇなぁ、完全にバレてるかもしれねぇぞ
「私は橙依君から聞いたのです。彼が母親から受け継いだ権能は祝詞の権能だと。誰かからの捧げものを受け取り、それを誰かに捧げる権能だと」
そうかい、俺っちの気付かない所で橙依君は目覚めてたのかい。
嬉しかったんだろうな、誰かに話しちまうくらいにな。
「単刀直入に聞きましょう。緑乱兄さん、貴方は母親から受け継いだ権能を橙依君に捧げてませんか?」
あちゃー! ビンゴ!
ここまで言われちゃ、誤魔化せそうにねぇ。
しゃーない、観念するとするか。
俺っちのこの行動の結果がどう転ぶかは俺っちもわからない。
いや、わからないことがこの権能の本質。
迷い惑う権能こそ俺っちが母ちゃんから受け継いだもの。
「そうさ、俺が受け継いだ権能は、今は橙依君が持っている」
「その権能の名は?」
「”迷廊”の権能。廊は回廊の廊な。迷いながら時間と空間の法則を捻じ曲げ、世界を繋ぎ、決してたどり着けない正解へ進み続ける厄介な権能さ」
すんげぇ権能みたいに思えるが”決して正解にたどり着けない”ってとこがこの権能の微妙な所さ。
迷いこそが本質、だから正解には決して届かない。
正解に届いたとしても『本当にこれが正解なのか?』って疑問がつきまとっちまうのさ。
母ちゃんはこれで自分ごと八岐大蛇を出口のない迷いの迷宮に封じようとしたらしいが、失敗したらしい。
父ちゃんはどうやって、これに勝ったんだろうかねぇ。
「ありがとう兄さん。聞きたいことは以上です」クイッ
俺の答えに満足したのか、出来過ぎの弟は腰を上げる。
「待てよ。他に聞くことがあったりはしないのかい? 例えば、お前さんの母親の権能とか」
「いいえ、結構です。それは自分自身で目覚めないと意味が無い。兄さんらしく言えば、正解にたどり着かないと思いますので」
そう言ってこの出来過ぎの弟は月光をキラリと眼鏡に反射させて立ち去った。
まったく、愛想が無いというか、自分の世界で完結しがちというか……。
だけど……わかってるじゃねぇか。
「ど、どういうことです!? そもそも、このバカマツタケやアワビモドキを使った料理を作って欲しいって言ってきたのは緑乱さんでしたでしょ」
「もちろんさ。だけどな、嬢ちゃんは根本的な勘違いをしているぜ」
「何をです? あたしは”偽物であっても本物に勝てる”、そして偽物の十六夜姫さんに自信を付けてもらおうと……」
俺はそれを全否定するように首を振る。
まったくなっちゃいない、そんな風に。
「違うんだ嬢ちゃん。考えてもみなよ、バカマツタケとかアワビモドキとかっている名前そのものがおかしくねぇか」
そして、俺は一呼吸おいて言葉を続ける。
「そいつは人間が勝手に付けた名前だぜ」
そのひと言に嬢ちゃんの顔がハッとなる。
ついでに出来る弟や実方たちも。
末の弟は……ありゃわかってねぇな。
「ようやくわかったみたいだな。そう、バカもモドキも人間が勝手に付けた分類上の名前さ。これが美味いのは、これそのものが美味いからさ。他のヤツからどう呼ばれているとか、本物とか偽物とか関係ねぇ。そこには、ただ美味いという真実しかないのさ。そう、実方さんたちの娘への想いは真実だったから、十六夜姫ちゃんは生まれた。そして、十六夜姫ちゃんが父を慕っているのも真実さ。彼女は本物の十六夜姫に勝ちたいとも倒したいとも望んじゃいねぇよ。彼女はただ、彼女自身の気持ちを伝えたいと願っているだけさ。そうだろ」
俺の言葉を聞いて、十六夜姫ちゃんの顔がパァァと明るくなった。
きっとそれは、本物の十六夜姫も出せないような素敵な笑顔さ。
「おじさまの言った通りです。わたくしは父様たちをお慕いしておりますが、十六夜姫様を越えたいとか、なり替わりたいとは考えておりません。いいえ、それは決してならぬことと理解しております。わたくしはただ、わたくしを生んで下さいました父様たちに尊敬と感謝を伝えたいだけです。この心からの真実を」
山々を抜ける澄み渡る風のような声で十六夜姫ちゃんは自分の気持ちを正直に伝える。
その響きは真実そのもの。
もし、これを疑うような男がいたら、そいつの耳は腐っていると断定できるぜ。
そして、それは当然の如く、実方たちにも通じたってことは明白さ。
ふたりの目から大粒の涙が見えてるからよ。
「い、十六夜……、自分が悪かった。本物の娘ではないと聞いた時にあんな態度を取ってしまって。だが、もうそんな事はしない。お前もまた、自分の本当の娘であるのだから」
「そうでち! 十六夜は十六夜でち! 娘の十六夜とは違う存在で、ウチの大切な娘でち!」
「父君! お父様!」
そういって、ここにある真の家族はひしと抱き合う。
やれやれ、ちょいと手間取ったが、これでやっとハッピーエンドかね。
嬢ちゃんもこの美しい家族愛の前にハンカチを取り出してるし、めでたしめでたしってとこ……。
おや、嬢ちゃんが涙を拭いた後に何か考え込んでるな。
ろくでもないことじゃなければいいんだが……。
…
……
……ダメだな。
あのデレデレグフフな顔は絶対ろくでもないことを考えてるみたいだ。
ま、藪蛇にならんよう、ほっとこう。
「珠子さんどうかしましたか? この感動的なシーンには似つかわしくない顔をしていますが」クイッ
あちゃー、出来る弟が藪をつつきやがった。
こいつは、よく気が付く出来る弟なんだが、疑問をすぐに明かそうとする素直さと探求心が強すぎていけねぇ。
「え、考えてませんよ! 考えてません! あの十六夜姫さんは美形男子とイケメンの間に生まれた、ぐへへな子だなんて、全く考えていませんから!」
そんな嬢ちゃんの秘蔵BL本のような展開に、出来る弟と俺っちはふぅと呆れ気味の溜息。
ほら、堕落の蛇が出やがっただろ。
ま、でも、十六夜姫ちゃんが笑ってるからいいか。
きっとこの顔も、真実の笑顔だからな。
◇◇◇◇
この秋口は名月の季節。
月だけを友に一杯やるのも風情があるってもんさ。
俺っちは昼間の疲れでぐっすり眠っているみんなを部屋に残し、ひとり宿の屋上で酒を飲む。
いや、ひとりじゃなくなったな。
「まだ寝てなかったのかい。お前さんも東京へのお使いで疲れているだろうに」
「あの程度は私にとって些事です。それより緑乱兄さん、さっきは見事でした。十六夜姫さんの心をあんなにも理解していたとは」クイッ
屋上に加わったのは出来る弟の蒼明。
蒼明はゆっくりと屋根の上を歩いてくると、俺っちの隣に腰を下ろした。
妖怪王候補としての仕事もあるだろうに、いったいいつ休んでいるんだろうかね。
「まぐれさ、まぐれ。たまたまそうじゃねぇかと想像しただけさ」
実の所は違うけどな。
「いえ、まぐれにしては見事過ぎます。まるで、正解を知っていたかのようでしたよ」
「……何が言いたい」
やっべぇなぁ。
こいつ勘づいているっぽいぞ。
「そうですね……そう問われたなら、こう返しましょう。兄さん、あなたは今、何週目ですか?」
「1週目に決まってるさ。同じ日を繰り返せるあの日をもう一度は橙依君の専売特許だからな」
酒をチビリと呑んで、俺っちはあくまでも平静を装う。
「もうひとつ返しましょう」
返さなくていい。
「珠子さんの料理に関する知見はかなりのものです。それを使って相手の心を掴む術も。少なくとも”あやかし”の私たちではとても及ばないでしょう」
「だねぇ。嬢ちゃんの料理ともてなしで癒されたり、元気が出るようになった”あやかし”は大勢いるぜ」
「その通りです。ですが、その珠子さんに料理ともてなしの面で何度もアドバイスした兄を私は知っています。河童の件しかり、乙姫の件しかり、雷獣の件しかり、そして今日、実方雀と十六夜姫の一件でも」
おいおい、そんなにこまけぇことを憶えてたのかよ。
しかもそれに関連付けるだなんて、勘が良いにも程があるぜ。
「私が聞きたいのはこれです。緑乱兄さん、貴方は過去に誰かからこれらの答えを聞いていたのではないですか?」
「だからそんな権能なんて俺っちは持っていないっての。そいつは橙依君の専売特許って言っただろ」
「今、その特許を持っているのは橙依君ですが、その特許を取得したのは誰でしょうかね」
やっべぇなぁ、完全にバレてるかもしれねぇぞ
「私は橙依君から聞いたのです。彼が母親から受け継いだ権能は祝詞の権能だと。誰かからの捧げものを受け取り、それを誰かに捧げる権能だと」
そうかい、俺っちの気付かない所で橙依君は目覚めてたのかい。
嬉しかったんだろうな、誰かに話しちまうくらいにな。
「単刀直入に聞きましょう。緑乱兄さん、貴方は母親から受け継いだ権能を橙依君に捧げてませんか?」
あちゃー! ビンゴ!
ここまで言われちゃ、誤魔化せそうにねぇ。
しゃーない、観念するとするか。
俺っちのこの行動の結果がどう転ぶかは俺っちもわからない。
いや、わからないことがこの権能の本質。
迷い惑う権能こそ俺っちが母ちゃんから受け継いだもの。
「そうさ、俺が受け継いだ権能は、今は橙依君が持っている」
「その権能の名は?」
「”迷廊”の権能。廊は回廊の廊な。迷いながら時間と空間の法則を捻じ曲げ、世界を繋ぎ、決してたどり着けない正解へ進み続ける厄介な権能さ」
すんげぇ権能みたいに思えるが”決して正解にたどり着けない”ってとこがこの権能の微妙な所さ。
迷いこそが本質、だから正解には決して届かない。
正解に届いたとしても『本当にこれが正解なのか?』って疑問がつきまとっちまうのさ。
母ちゃんはこれで自分ごと八岐大蛇を出口のない迷いの迷宮に封じようとしたらしいが、失敗したらしい。
父ちゃんはどうやって、これに勝ったんだろうかねぇ。
「ありがとう兄さん。聞きたいことは以上です」クイッ
俺の答えに満足したのか、出来過ぎの弟は腰を上げる。
「待てよ。他に聞くことがあったりはしないのかい? 例えば、お前さんの母親の権能とか」
「いいえ、結構です。それは自分自身で目覚めないと意味が無い。兄さんらしく言えば、正解にたどり着かないと思いますので」
そう言ってこの出来過ぎの弟は月光をキラリと眼鏡に反射させて立ち去った。
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