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第八章 動転する物語とハッピーエンド

実方雀とアワビモドキ(その1) ※全5部

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 人は迷うもの、”あやかし”は惑うもの、その心はいつも行先が知れぬ回廊かいろうを歩いているようなもの。

 「ええい! 偽物のくせにちょこざいな!」

 占星術、星占いでよくあるだろ”星は運命を導いてくれる”って。
 それには一理あるかもしれねぇ、星の動きは正確だからよ。

 「本家だからって威張るんじゃないでちよ! こっちの方が今風のゆるキャラっぽくって女の子受けはいいんでち!」

 だけど、俺っちはそれには同意できないね。
 人間の尺度じゃわからんかもしれねぇが、星の動きだって数百年もすれば変わるものさ。
 それに何より人間自身が言っているだろ、この地球は惑星だって。
 まどう星の上に俺たちゃいるんだ。
 迷わない方がおかしいぜ。

 「くそう! 京にこの人ありとうたわれた自分と互角とは! やるじゃないか偽物の私!」
 「偽物だからって甘くみるからでち! ウチも起源は同じ藤原実方なんでちから!」

 俺っちたちの前で皮のボールがポーンポーンと宙を舞う。
 俺っちたちは蹴鞠の最中。
 
 「えー、どっちがどっちー?」
 「同じ顔ですから、こう入れ替わると区別が付きにくいですね」
 「姿形ではなく、気配で追うのです。神気の方が実方さん(神)かっこかみで、妖気の方が実方さん(雀)かっこすずめです」クイッ
 「そんな器用なことできるわけないじゃないですか! というか、目より気配で相手を察知するなんて橙依とーい君の読んでる漫画みたいなことはできません!」
 
 ここは宮城県、名取市。
 俺の名は緑乱りょくらん、俺っちたちは実方雀の護衛任務ってやつで、ここにある藤原実方の墓に到着したのさ。
 そこで待っていたのは出来る弟と、実方雀(人間形態)に瓜二つの男だった。

◆◆◆◆

 「久しいな自分よ」

 平安貴族風の衣装に烏帽子えぼしを被った、実方雀の人間形態にそっくりな男は実方雀を見て口を開く。

 「ああ、10年ぶりでちね……私よ」

 そう言うと、実方雀もポンッっと音を立て、人間の姿へ。
 やっぱそっくりだな。
 違うのは烏帽子の有無くらいか。
 ふたつの同じ顔が並び立つ間で嬢ちゃんの顔は右往左往。

 「ええと、双子さんですか?」
 「「違う」でち」

 省エネモードなのか、それともキャラ付けなのか、実方雀(人間形態)は語尾に”でち”を付けて答える。

 「親子とかご兄弟でいらっしゃったり?」
 「「違う、こいつと血縁なぞ虫唾が走る」でち」
 「つまり……」

 嬢ちゃんは否定の答えを二度受けると少し考えるそぶりを見せ、
 
 「2Pカラー?」
 
 橙依とーい君のやってる格闘ゲームのような言葉と一緒にふたりを指さした。

 「「ちっがーう!!」でちー!」

 出来る弟はやれやれと肩をすくめた。

◆◆◆◆

 「なるほど! こっちの実方さんは死後にまつられて神となった方の実方さんですか」
 「その通りです。普段は青森の廣田ひろた神社にて芸道や縁結びの加護を授けています」
 「へー、ご立派な仕事をされているのですね」

 蒼明そうめいとやってきた方の実方さんが自身について語る。
 
 「ふーん、死後に神格化された方の実方さんねぇ。で、こっちが妖怪化した方の実方さんってか」
 「これは分け御霊というものですね。この陸奥みちのくで没した実方さんの魂は、一方では神格化され、もう一方では雀となって京へ戻り、結果として分裂してしまったのでしょう。偉人では稀にあると聞きます」クイッ
 「うん、めずらしいけど、そういうのもあるよ」
 「そうなんですか。だったらどっちも実方さんなんですね。なーんだ、不穏な雰囲気でしたから、ちょっと心配しましたよ」
 「違う。自分は雀の姿などに身をやつしてなどいない。自分こそが藤原実方朝臣ふじわらのさねかたあそんでその人である。自分こそが”本家”です」
 「違うでち。ウチは最期まで京に戻る事を願っていたでち。たとえ雀の姿になろうともそれを果たした私こそが正四位下しょうしいげ、元陸奥守むつのかみ、”元祖”藤原実方その人でち」

 そう言い合うふたりの視線が火花を散らす。
 
 「なんだかご当地ラーメン屋のどの店が本物か争いみたいになっていますね。そのうち”正調”藤原実方さんでも現れるんじゃないでしょうか」
 「ははは、ありそうだな。それで何を始めるってんだい?」

 俺っちの問いを聞いた実方(神)は、その烏帽子を脱ぎ、自らの墓前に沿える。

 「この烏帽子こそ、本物の藤原実方の証。これを争奪する戦いが、今始まるのだ!」
 「そうでち! 10年に一度の”実方決定戦”でち!」

 そう言って、ふたり見事な左右対称シンメトリーでポーズを決める。
 口ではののしりあっても、やっぱ同一人物、気があいまくりじゃねぇか。
 でもまぁ、実方雀がこに来たがってた理由がやっと明らかになったな。
 10年に一度の”実方決定戦”のためだったってわけさ。
 が言ってた通りだぜ。
 
 「ふふふ、今回はいつもとは違うぞ。自分には強力な協力者がいるのだからな! 蒼明そうめいさん、お願いします!」
 「やれやれ、実方さん(神)が私に助力を求めるだなんて、何か裏があるのでは思いましたが……、意外と他愛ない理由だったのですね」クイッ
 「いやぁ、他の神や神使の方々には『自分との戦いくらい自分でやれ』と言われてしまって」
 「いいですよ。約束は守りますから。でも、今日だけですから」クイッ

 妖怪と神は住む世界が違う。
 敵対しているわけじゃないが、仲がいいってわけでもない。
 どうやらこの出来る弟は、神とのコネを付けるために協力したみたいだな。
 するってぇと……
 
 「こっちだって負けないでちよ! 頼れる助っ人を連れてきたでち!」
 
 やっぱこうなるよな。

 「えー、珠子ギルドが請けた任務は、ここまでの護衛なんですけどー!」
 
 正直どうしたものかという表情で嬢ちゃんは頭をかく。
 
 「お願いだから私を助けて欲しいでち。ウチには君しかいないのでち! 礼ならいかようにもするでち!」
 「はっ!? はわ~~!!」

 平安時代でも美形と名高い実方雀(人間形態)の懇願に嬢ちゃんの顔が赤くなる。

 「いや、そんな雀より自分の方に味方しておくれ。自分なら人間形態時間無制限、出血大サービスで美しい君を愛でよう」
 「ほっ!? ほわわ~~!!」

 京の都、随一の色男とうたわれた、実方(雀)と実方(神)のサービスに嬢ちゃんの顔は真っ赤さ。

 「おねえちゃん、おかおまっか~」
 「まったくだらしない顔です」クイッ

 ギュムっとふたりに挟まれて、嬢ちゃんはイケメンバーガー状態だね。
 その、デレェとした顔にゃ、弟たちが呆れるのも無理ないさ。

 「残念ですが、10年前と同様に、こっちの実方さん(神)かっこかみの勝利は間違いないでしょう。この私が味方なのですから。珠子さんはそっちの実方さん(雀)かっこすずめの味方をして下さい。そうでないと勝負にもなりませんから」クイッ
 「あー、言いましたね。よっし、心が決まりました! あたしはこっちのカッコ可愛い実方雀さんの味方になることにしました! 紫君しーくん緑乱りょくらんさんも一緒にこの鬼畜眼鏡をやっつけましょう!」
 「わかった! ボクがんばる!」

 嬢ちゃんの誘いに素直な末の弟は同意を唱える。
 だけどよ、わりぃな。
 俺っちは知っている、この話をハッピーエンドにするには、ここでどっちの味方してもダメだってことを。

 「俺っちはパス。適当に見物とか観光とかしてるから、適当にやってくれ」
 「え~。まあ、おじさんに期待しただけ損した気分ですが、いいでしょう! この実方雀さんと紫君しーくんとあたしが相手ですっ! それで勝負の内容は!?」

 意気軒昂いきけんこうに嬢ちゃんはそう言うけどさ、きっと後悔するぜ。
 この勝負ってのがまた……長いって話なのさ。

◆◆◆◆
◇◇◇◇

 そうして始まった”実方決定戦”。
 その11本目、蹴鞠けまり対決がやっと終わった。
 結果は引き分け。

 「ねぇ、どうして”負けた方が勝負の内容を決めて、勝ち数の差が3に開いた時点で決着”なんてルールにしたんですか~」
 「ボクつかれた~」
 「や、やれやれ、この程度でを上げるとは……だ、だらしないですね」くっくいぃ~

 あれから、かれこれ6時間。和歌に料理に実方クイズ、双六にお手玉、ちっちぇ弓での射的に投扇興とうせんきょう、カードゲームにオセロ、スマホの採点アプリを使ったカラオケ対決ときたら、今度はサッカーみたいな蹴鞠とくらぁ。
 だけどよ、実方(神)も実方(雀)も元は同じ魂。
 そんなに差が付きゃしないさ。
 11戦、3勝、3敗、5引き分け。
 
 「ちょ、ちょっと休憩して、続きはまた明日でち!」
 「い、いいですね! 自分もそう思っていた所ですよ」

 翼で息をする実方(雀)と実方(神)が意気投合したように言う。
 今日はそろそろ終わりかね。

 「明日、また12時にここに集合でち! 明日こそウチが本物だって証明してやるでちよ!」
 「いいえ! 本物は自分です! 明日こそ決着の時です!」
 
 ふたりはそう言うと、パタンと疲れたように地面に突っ伏した。

 「あたしももうダメ~」
 「ボクもつーかーれーたー」

 その隣では嬢ちゃんと紫君しーくんも地面にバタンキューさ。
 やれやれ、俺っちの出番かね。
 俺っちはよっこいしょっと腰を上げ3名とと一羽を抱え上げる。

 「緑乱りょくらん兄さん」くぃ~
 「ん、どうした? お前さんも運んでほしいのかい? 嬢ちゃんとの宮城名物ずんだ料理フルコース対決はこたえたみたいだからな」

 慣れんことをすると疲れるのは当然のことさ。
 この出来る弟は戦闘なら何時間だろうと何日だろうと平気だろうが、料理対決ってなると勝手が違うからねぇ。

 「いいえ大丈夫です。それより、兄さんはこうなることがわかってたのですか?」
 「ま、なんとなくな。己との対決なんて響きはカッコイイが、実際はこんなもんさ。んじゃ、また明日な」
 
 そう言って俺っちは手を振って宿への道を進む。

 「わかって、いたのですか……」

 そんな俺っちの背後から蒼明そうめいの呟きが聞こえた。
 おお、怖え怖え。
 ひょっとしたら、俺っちの秘密に気付いているかな。
 やっぱ、出来る弟ってのは油断ならないね。
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