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第八章 動転する物語とハッピーエンド

馬鹿と馬方蕎麦(その3) ※全8部

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◇◇◇◇

 次の日、僕は昨日の出来事を渡雷たちに話した。
 みんな蕎麦で行くことには同意してくれたけど、どうやって勝つかは気になっているみたい。
 天邪鬼の天野が同意したのは、勝ち目の無い戦いで勝とうとするのが気に入ったからかな。
 僕も同意。
 ジャイアントキリングは男のロマン。
 そして、僕は蕎麦での出店を申請。
 
 「それじゃ、橙依とーいの家に行って作戦を考えようぜ。お前の兄さんの話も聞いてな」
 「あの昼行燈ひるあんどんっぽい兄上でござろう。大丈夫でござろうか」
 「ああいうのが実は冴えてるんだぜ。きっと」

 そんな会話をしながら僕らは『酒処 七王子』への道を進む。
 林の間から家が見えて来た時、佐藤が「プッ」と吹き出した。

 「……どうしたの?」
 「プッ、ハハハッ、いや、なんでもないさ。いや、お前んの兄ちゃんは最高だな」

 どうやら家の誰かの心を読んだらしい。

 カラン

 扉を開けて居住館に入ると、そこには大きな袋が多数。
 廊下からリビングまで山積み。
 そして、リビングで頭を抱えている赤好しゃっこう兄さんの姿。

 「よ、よう。早かったな」

 そういう赤好しゃっこう兄さんの顔は、心底うんざりしたような顔。
 ものすごい後悔が露見。

 「……どうしたの? それにこの袋は?」
 「そいつはな……」

 ガサッ

 その時、袋の合間から誰かが立ち上がった。

 「フハハハハハ! よくぞ帰ってきたな我が弟よ! だが、遅かったようだな!」
 
 楽しそうに高笑いをする黄貴こうき兄さんをチラリと見て、赤好しゃっこう兄さんはひと言、

 「この袋は蕎麦の実さ。新そばのな」
 
 と呆れたようにつぶやいた。

 「その通り! 百獣の王は兎にも全力を尽くす! ここら一帯の新そばの実は我の財で全て買い占めたぞ! フハハハハ! この時期の名物の新そばが手に入らず、味の劣化した蕎麦の実を使わざるを得なければ我らの店に到底かなうまい! フハハハハハ!」

 なにその料理漫画の悪役仕草。
 そう思う僕の隣で、

 「おい、橙依とーい。お前、『これって漫画で見た展開だー』って思っただろう」
 
 とっても愉快そうに佐藤が声をかけてきた。

◇◇◇◇

 「ハハハハ! この騒動の原因はそれだったんですか。これだからこの業界は面白い」
 「そんな高笑いすんなよ。これでも俺たちゃピンチなんだぜ」

 あの後、僕たちは蕎麦袋の山の谷間から現れた緑乱りょくらん兄さんに誘われて新宿へ。
 なんだか高そうなお店に連れ込まれた。
 聞くと「俺っちがたまに世話になる店さ。うめぇぞ」って、兄さんはここの板前さんと仲が良いらしい。
 そこで僕たちは食べている、板前さんのお手本蕎麦を。

 ズルズルズルゥ

 ここは寿司店なのに蕎麦もある、なんでもありの店。
 新そば有マス。

 「だめだー! このコシ! 口の中で刺激する弾力! 悔しいっ! でも、かんじゃう!」モムモム
 「うまいでござる! うまいでござる! 感動でござる!」
 「こいつはもう蕎麦じゃない! マズ過ぎる! もう他の蕎麦が食べられねぇ!」
 
 お高いお店だけあって、味も絶品。
 佐藤も渡雷も、天邪鬼の天野でさえも称えざるを得ない美味。

 「……すごい、おいしい。これが新そばの味」

 昨日、馬鹿むましかが打った蕎麦なんて目じゃない。
 あの時は凄く美味しいって思ったけど、これはそれを遥かに凌駕。
 蕎麦の風味が麺をすするごとに鼻を抜け、鮮烈なインパクト。
 これを味わったら今まで食べてた蕎麦じゃ物足りない。

 「うめぇだろ。ここのあんちゃんの腕は新宿一だからな」
 「ハハハ、この前の日本一より大分スケールダウンしましたね」
 「でも否定はしないんだろ。お前さんの師匠の店は銀座だからな」
 
 緑乱りょくらん兄さんの言葉に板前さんは笑顔で応答。

 「それでどうだい? 新そばを入手するあてはあるかい?」
 「難しいですね。うちにも製粉済の新そばはありますが、来週の学園祭には不向きでしょう。蕎麦の”3たて”じゃなくなりますから」

 3たて?

 「蕎麦の格言のひとつさ。”挽きたて”、”打ちたて”、”ゆでたて”の3つで”3たて”さ」

 僕の心を読んだ佐藤が”3たて”について説明。

 「おや、お若いのによく勉強されてる。予習はバッチリてことですね」
 「これぐらい当然さ。さらに”獲れたて”を加えて”4たて”。最五さいごに夫をたてて”5たて”ってね。旦那さん」
 「こりゃスゴイ! 私の心でも読んだと思えるくらい、いなせな返しですね」

 読んだと思えるくらい、じゃなくて、きっと読んでる。

 「更科さらしな粉なら良いのを提供出来るのですが……」
 「蕎麦を挽いた時に出る最初の粉だな。口当たりが良く色も白くて見栄えがいいが、甘皮ごと挽いた”挽きぐるみ”で打つ蕎麦に比べ風味に劣ると」
 「本当にお詳しいですね。その通りです。更科系の蕎麦はクセが少なて食べやすく切れにくいという魅力はあるのですが、新そばの旬と比較すると……」
 「見劣りするってか」
 「ええ、まだ緑の甘皮の色が出た新そばは、どんな食通をも唸らせますから」
 「まさか、あんな漫画みたいな真似をされちまうとは……こりゃ困ったね」
 「ええ、少量ならば手に入れられると思いますが、学園祭で振舞うには量が足りないと思います。ツユの素になる”かえし”も良いのをご提供できるんですが……困りましたね」

 そう言って、ふたりは首をかしげる、斜めに。
 だけど、僕はずっと考えていた、ここに来るまで。
 漫画みたいな展開なら、こっちも似たもので対抗。

 「……大丈夫。僕に策がある漫画みたいな展開なら、をぶつければいい」
 「なるほど、貞子さだこ VS 伽椰子かやこみたいに『バケモンには化け物をぶつけんだよ!』みたいな展開ってか」

 さすがは僕と趣味を同じくする親友。
 僕の心の表面だけでなく、奥底まで読んだみたい。

 「それで、って何だい? 教えてくれよ」
 「……それは特撮!」

 僕は自信をもって叫ぶ。
 ふふん、きっとみんなは今ごろ僕の言葉を理解できなくて困った顔のはず。
 脈絡みゃくらくがなさそうな言葉をぶつけて、それからの説明で説得力を増すのは珠子姉さんも良く使う手。
 僕の予想通り、僕の心を読める佐藤以外はこれからの説明を待ちわびる表情。
 あれ? 佐藤が僕の方じゃなくて隣を見ながら驚愕きょうがく
 その視線の先は真面目な顔で何かを考えている板前さん。

 「お、おい、橙依とーい! こ、こいつバケモンだ。料理の腕も頭の回転も珠子さんの上をいく。ちくしょう! 人間ってのは何て恐ろしいんだ!」

 へ? なにさとりの物語の運命サガみたいなこと言ってるの?
 
 「なるほど! 君が言いたいのはタイムレンジャー16話『そばにある夢』ですね!」
 「はあぁぁぁ~!?」

 僕の口から変な声が噴出。

 「なんだいそりゃ?」
 「そういうエピソードがあるんですよ。タイムグリーンが真夏で蕎麦の味が悪くなる時期に南半球のオーストラリア産の蕎麦粉を手に入れて美味しい蕎麦を作るって話が」

 そ、その通りだけど、なんであの”特撮”というキーワードからそれが連想できるの!?

 「いやぁ、漫画みたいな展開に漫画でぶつけるなら美味しんぼの『真夏のソバ』という同じくオーストラリア産の蕎麦粉で作った蕎麦で解決する話があるんですけど、あれの掲載時期はバブル時代ですから、ちょっと古いですよね。ちなみにアニメ版美味しんぼにはそのエピソードはありません。あ、元々は実際のお店の話ですね。オーストラリアのタスマニア島で白鳥製粉の社長が契約農場で蕎麦の栽培を開始したことに端を発します。その蕎麦粉を使って『そば処 新ばし』では真夏でも美味しい蕎麦を提供するようになったという話ですよ」

 板前さんの口から次々とあふれる情報、というか蘊蓄うんちく

 「あんちゃんは、ようそんな事まで知ってんな。タスマニア産の蕎麦粉は料理人だからわからなくもねぇが、その話が使われた料理漫画から、果ては全く関係ない特撮まで何で知ってんだよ」
 「これくらいは板前のたしなみですよ。お客さんとの会話も重要ですしね」

 そうなの?
 僕の心の問いに佐藤は首を振って否定する。
 ああ、この板前さんの趣味ね。

 「……で、でも僕のアイディアの通り、そのオーストラリア産の蕎麦を使えば、この新そばにだって……」

 あれ? まだ佐藤が首を振り続けている。

 「うーん、厳しいことを言いますが、それではダメですね。ゲームっぽく言えば『惰弱だじゃく! 情弱じょうじゃくぅー!』といった所でしょうか」

 板前さんはノリノリになって言う、スマホゲーのどっかのファラオみたいな口調で。
 おかしい……わけがわからないよ。
 珠子姉さんも、たまに頭がおかしいと思う時があるけど、この人はそれ以上。
 それとも、料理人ってみんなこうなの?
 そんな僕の心の疑問に、

 ふぅ~
 
 佐藤は溜息と首を振ることで応えた。

◇◇◇◇

 「説明しよう!」

 どこかのナレーターのような口調で板前さんが宣言。
 最初のイメージからちょっと違った変な人だけど、この人の腕は確か。
 説明を聞かざるを得ない。

 「……教えて、どうしてミレニアム戦隊とかバブルグルメ漫画で、夏に劣化する蕎麦の解決策として紹介されたオーストラリア産の蕎麦がダメかを」
 「そこっ! そこですっ! ミレニアムとかバブルとか! いったいいつの話をしているんです? ミレニアムからは約20年、バブルからは約30年経過しています。情報が古いんですよ!」
 「……なるほど」
 「言われてみばそうでござるな」
 「20年くらいあっという間だからなぁ」

 ”あやかし”にとって20年はちょっとこの前のイメージ。
 100年でまずまず、1000年でいっちょ前、それが”あやかし”の基準。

 「蕎麦は春き夏収穫の”夏そば”と、夏き秋収穫の”秋そば”があり、新そばと言えば”秋そば”でした。”夏そば”は”秋そば”より味が劣るとされ、”秋そば”が通の間では評価されてきたのです」

 オタク特有の早口で板前さんは説明を継続。

 「かつて、8月は”夏そば”すら市場に出る前でしたので、味が劣化すると江戸時代から言われていました。その対策のひとつとして季節が逆転する南半球に目をつけた先人の努力には敬意を表しますが、答えはそれだけではありません」
 「別のやり方で夏の蕎麦の劣化を防ごうとしたヤツもいたってことか」
 「緑乱りょくらん様のおっりゃる通り! 幸いなことに日本は南北に長く、山地も多いです。耕作地の選定とと品種改良でそれを乗り越えました。今では7月末収穫で8月には市場に出る蕎麦の栽培が広がっているのです。これなら買い占められていないはずですよ」
 「でもよ、それじゃ収穫時期の早い”夏そば”じゃねぇか? ”夏そば”は”秋そば”に劣るんだろ?」
 「そこで耕作地と品種の選定が活かされるのですよ。具体的には北海道で栽培される”キタワセソバ”を長野で栽培することで”夏そば”であっても”秋そば”に劣らない味が出せるようになったのです! これで私たちは8月でも美味しい蕎麦を食べれるようになったとさ。めでたしめでたし」」

 そう言って、うんうんとうなずきながら板前さんは物語を締めた。

 「でも今は10月だぜ」
 「そうでござる。それに夏に獲れた、その”夏そば”では、第四のたて”獲れたて”の分、馬鹿むましか殿の”秋そば”に劣るのではござらんか?」
 
 …
 ……
 
 「そこに気付くとは……やはり天才か」
 「……だめじゃん」
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