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第八章 動転する物語とハッピーエンド
安達ケ原の鬼婆とどぶ汁(その6) ※全6部
しおりを挟むおねえちゃんの”どぶ汁”ってメニューにボクたちはちょっと不安になった。
「”どぶ汁”は言葉の響きは悪そうですが味は絶品ですよ。では、調理開始といきましょう! おじさん……じゃなかった、あなた綺麗な水を用意して下さい。今からさばきますから」
りょこう中でも珠子おねえちゃんはお料理の道具を忘れない。
バッグの中からほうちょうセットとまな板を取り出すと、その上にアンコウをどーんとおく。
アンコウってちょっとぶきみだよね。
「アンコウと言えば吊るし切りが有名ですが、このサイズならまな板でも十分にさばけます。まずはヒレをズダーンと落とし、この大きな口まわりに切り込みを入れて、皮をズルーっとむきまーす」
すごーい! せなかとおなかの皮がペリペリペリってむけた。
「あとは肛門から刃を入れて、中の内臓を取り出して部位でわけまーす。布と呼ばれる卵巣、水袋とよばれる胃、そしてこれが肝心、肝だけに! あん肝の登場でーす! 生き胆ですよおかあさん!」
「お、おう……手際がええのう」
おねえちゃんの手はアンコウの血でまっかっか。
だけどすっごくいいえがお。
おばあちゃんはちょっと引いているかも。
「あとは身をおろせば完了! でもちょっとお待ちあれ、頭に頬肉が残っていますねぇ。ここは柳肉とも呼ばれ、とってもおいしいんです。ここを忘れてはいけません!」
皮がむかれてピンク色の顔になったアンコウの顔におねえちゃんはようしゃなくほうちょうをさす。
ズシャズシャと楽しそうに。
「さて、アンコウと言えば”アンコウの七つ道具”とよばれるヒレ、エラ、皮、卵巣、胃、肉、肝が有名ですが、ヒレとエラは上級者向けなので、その代わりに頬肉をいれましょう! はいかんせー! 思ったよりもかんたーん!」
まな板の上にのっているのは、ピンク色の身と黒っぽいヒレと皮、ちょっと赤ピンクのないぞうと、白っぽいキモ。
うえー、ちょっとグロテスク。
アンコウの見た目もそうだったけど、なかみもあんまりおいしそうじゃない。
でも、ボクはヒメだからあれを食べなきゃいけないんだよね。
びょうきをなおすために。
「野菜も用意してっと……、さて! これからが”どぶ汁”の調理開始ですっ!」
こんなのはせつめいふよう、そんなあざやかな手つきでおねえちゃんはハクサイとネギをカットして同じようにならべた。
「まずは肝の半分を土鍋で乾煎りして崩していきまーす。生き胆とは生きた動物から取った内臓の意味なので、生食する必要はありませーん。というか、アンコウの内臓はアニサキスがいるので生食はNGです」
「へぇ、本当にドブっぽい色なんだな」
どなべの中でくずれてそぼろみたいになっていくアンキモの色はちょっと赤めの土の色。
あんまりおいしそうじゃない。
「これからもーっとドブ色になりますよ。はい、ここで酒少々と味噌を入れてさらに混ぜて、半ペーストみたいにします」
うわっ!? もっとおいしくなさそうになった。
「続けて、びろーんと薄い卵巣と丸い袋の胃袋と皮、そして切り身と頬肉を食べやすい大きさにカットしてお鍋に投入! 肝の味噌ペーストをまぶすようにまぜまーす」
どなべの中はぐにょぐにょうねうねした生き胆でいっぱい。
ボクは切り身だけにしたいなー。
「さっ、生き胆と身から出た水分でちょっと鍋っぽくなってきたので、さらに鍋っぽくするために白菜とネギを入れます。ほいっ、野菜の水分で完全に鍋になりましたね。ここで!」
おねえちゃんは満面の笑みで残った半分のアンキモをもちあげる。
「やっぱアンコウといえばあん肝! ですが! 内臓や身と違って崩れやすいので最後に入れて軽く混ぜます。そして蓋をして弱火で少々待てば……」
フタの穴から湯気がシュッシュッっと出てきた所で、おねえちゃんはフタをパッと開く。
お鍋の中からたくさんの湯気が広がった。
「うわぁ」
そのおなべはボクの知っているなべ料理とはちがって、見た目は本当にドブみたい。
「これが姫の病を治すちゅう”どぶ汁”かね? 確かに薬効がありそうな見た目じゃが……」
「その名の通りドブみたいですね。土気色の粘りのある液体が所々盛り上がっていて、ちょっと野菜の緑が見え隠れする所とか……」
「嬢ちゃんの話だと、上級者向けにはこれにエラとヒレが入るんだろ。まさに生ごみが捨てられたドブじゃねぇか」
みんなの感想はけっこうひどい。
でも、ボクもみんなと同じ。
あまり食べたくないなー。
「んもう、鬼婆さんも実方さんも緑乱おじさんまで、ひどい言いざまですね。いいでーす、これはあたしと姫で食べちゃいますから」
んふっんふっふっ、とはな歌を歌いながらおねえちゃんはお皿によそうけど、ちょっとにげたい。
「はい姫、あーん」
おねえちゃんが姫のボクにむかってドブ色のなにかをむける。
あーん、してくれなきゃ、きっとにげてた。
パクッ
お口の中に広がったのはおいしいおみその味。
ううん、ドロドロだけどおみそ味のおいしさのかたまり。
そして中からあらわれたのへ、きっと切り身。
かむとくずれるおさかなの身が、くずれるごとにおみそ味のおいしさと合体してさらに大きくなる。
橙依おにいちゃんといっしょに見たアニメみたいに、お口の中で合体ロボがグレート合体したみたい!
「おいし~、これ、お口の中がしあわせになる~」
あ、いけない、しゃべっちゃいけないのにしゃべっちゃった。
「姫がしゃべった!」
あ、そうだった! ここでしゃべるんだった。
だけど、そんなボクの役をわすれるくらいおいしかった。
「これがあん子……ではなく! アンコウの生き胆の効果ですっ! 美味しさで心のリミッターすら解除しちゃうんですよ!! これが、さねか……ではなく、易者さんに教えてもらった効果ですよ、おかっちゃん!!」
おねえちゃんはボク以上に役をわすれてるね。
「そして、トドメの肝です! さっ、しーく……姫! これを食べれば姫の口がきけない病なんて吹っ飛んじゃいますよ!」
あーんとボクに向けられたのはドブにおおわれたなにか。
ドブのすきまからちょっと赤白いものがみえる。
さいしょにこれを向けられたら、きっと食べたくなくなるような見た目。
でも、ボクはこのドブがとってもおいしいものだって、もうしってる。
パクッ
……こんどはちがった。
おいしいおみそあじの中から出てきたのは、すごーいおいしさのかたまりだった!
さっきのがグレート合体だとしたら、パーフェクト合体くらい!!
「うわぁー! すっっごく、すっごっく、おいしぃ~! もっともっと!」
「はいはい、わかりました」
ボクのお口に次々とおなべの具が入ってくる。
どれもすっごくおいしい。
皮はプルプルしていて、らんそうやいぶくろはかむとおいしいおみそあじがなかにもいっぱい。
おやさいはシャキッとしていてお口の中がちょっとすっきり。
そして、ホホ肉はギュギュっとはごたえがあって、切り身とちがってお肉なおいしさがつまってる。
「おおっ!? 見た目はあれだが、こいつはうめぇなぁ!」
「ええ、水を全然使っていないので、アンコウの旨みと野菜の旨みをドブが全部吸収しているんですよ」
「こら姫の心が動くのも当然じゃな! 婆もうまい! うまい! って叫びたいくらいじゃ!」
いつのまにかみんなも”どぶ汁”にむちゅう。
さいしょはあんまり食べたそうじゃなかったのにね。
あれ? おねえちゃんがなんだか、ふっふっふっ、ってわらってるよ。
これって、何かよからぬことをたくらんでる顔だね。
「そんな所にトドメとばかりに登場ですっ! じゃーん、白いおにぎりと日本酒ー!」
おねえちゃんのリュックの中からラップにつつまれたおにぎりがポンポンと取り出され、さらには日本酒がドンッっとおかれる。
「この”どぶ汁”は確かに美味しいです! でも、旨みのアンキモとしょっぱめの味噌を加えた濃厚ペーストで食材をあえる、ついには旨み満載の肝でアンキモをあえるという禁断の旨み合体を果たしたものを食べ続けると、どーしても舌が鈍ります。そこで、それをリセットしてくれるのが冷たいおにぎりですっ! 冷たさは濃厚な味を抑えてくれますから。たとえ冷たくても福島の新米を使ったおにぎりはおいしいっ!」
パーっと光りかがやくような白いおにぎりをおねえちゃんが高くかかげる。
「やったー! おにぎりだー! ちょうどたべたくなってたところ!」
この”どぶ汁”はおいしいけど、ちょっと口の中が塩からくなっちゃった。
ボクはラップをくるんとむいて、おにぎりをパクッ。
「うわー、このおにぎりおいしいー」
おこめのあまさは塩からさにバッチリ。
「こらほんまにお米を握っただけじゃな。塩すらふっとらん。そやけどそれがええ」
「お米はウチも大好物でチュン!」
このおにぎりと”どぶ汁”の組み合わせはとってもスゴイ。
パーフェクト合体がギガンティックファイナル合体になったみたい。
あまりのおいしさに人間スズメさんもスズメさんの時のしゃべりになってる。
「そしてこれが嬢ちゃん……、いやハニーが買いたかった酒、『千功成』か。ふぅ~、ためいきがでちゃうね。うっとりしちゃってさ」
おにいちゃんはひとあしさきにお酒をキュッ。
「へっへっへっ、この檜物屋酒造店 の千功成はかつては幻の酒とされていましてね。この二本松の地場でしか売られていなかったんですよ。今は通販で買えます、が! 知らないと検索すら出来ませんよね~。ふぅ~」
そういっておねえちゃんもお酒をのんでためいき。
おいしそう。
「なんでぃ、そんな物欲しそうな顔をして。お前さんは日本酒はあまり好きじゃなかっただろ」
おにいちゃんの言う通り、ボクは日本酒はあまり好きじゃない。
もっとミルク系とかクリーム系とかの甘いお酒が好き。
だけど、あまりにもおいしそうだから……
「そうだけど、ちょっとのんでみたいなー」
「そうなの。じゃ、ハイどうぞ」
おねえちゃんがボクにもトトトとお酒をついでくれたので、ボクはおにいちゃんのまねをしてキュッとそれをのむ。
「うわぁ~、おくちのなかにおいしさがひろがった~」
お酒がボクのベロをおよぐと、そこからあの”どぶ汁”のおいしさがもういちどよみがえって、ノドへとながれていく。
そして、ベロの上には、ほんのりあまくてすっぱいお酒のあじ。
これはもう! おいしさの全部乗せ合体だね!
「ええ味じゃ。ええ意味での溜息が出る」
おばあちゃんもお酒をのんで、ふぅ。
「この千功成の名はこの二本松藩主の丹羽家のかつての主君、豊臣秀吉の馬印”千成瓢箪”にちなんで付けられたものじゃ。千の功績が成るようにと」
お酒をじっと見たあと、おばあちゃん顔を上げてボクたちの目をまっすぐ見ながら話し始めた。
「二本松藩の初代藩主、丹羽光重はかづで羽柴秀吉と肩を並べた織田家の武将、丹羽長秀の孫じゃ。丹羽長秀は織田家の中で米五郎左ども呼ばれ、米のように日々欠かせない者として重用されておったそうじゃ。この地さ生まれた婆のようにな」
あれ?
「ねぇ、鬼婆さんが今、言いましたよね。この地に生まれたって……」
珠子お姉ちゃんが今までとちがう何かに気づいたように言った。
「ああ、婆はこの地で生まれだ。いや、今、こごで生まれたと言った方が正しいがの。ありがどな、こだ鬼婆のだめに芝居までうってぐれで」
おばあちゃんはそう言うと、ボクたちに向かって深々と頭を下げた。
やっぱり!
「目覚めたってのかい!? 自我に!」
「そうです紫君の能力で思念体だったおばあさんが”あやかし”に目覚めた瞬間ですよ! やったー! 紫君ったらスゴーイ!!」
おねえちゃんがおててをボクに向けてあげたので、ボクもあげて、ハイタッチ。
「思えば出口のねぇ迷路延々どまわってるような感じじゃった。ただ、語られ続けた昔話の通りに旅人に幻さ見せで怖がらせるだげの存在、それが婆じゃった。じゃが、それ優しいおめさん方ど、この料理が目覚めさせでぐれだ。思わず声がでるぐらいの美味でな」
おばあちゃんはズズッっと”どぶ汁”の汁をのんで、ニコッとわらう。
ボクもわかる。
これは旅人をだます、おしばいのえがおじゃなくて、本当のえがお。
「ありがとう。優しい子。姫……ではなく、君の優しさで婆は鬼婆になれだ。安達ケ原の鬼婆に」
おばあちゃんはボクの頭にそっと手をのせナデナデ。
「ねぇ、おばあちゃんはこれからも鬼婆をつづけるの?」
「この安達ケ原には鬼婆がいなくてはならんじゃろ。かつて、米五郎左と呼ばれた丹羽家の先祖のようにな。婆はこの地に欠かすごとができねぇもんじゃ」
おばあちゃんはそう言うと、ボクのあたまをワシワシとして、
「ま、これからはお前さんたちを見習って、へっだぐそな演技で人間をおどろかすとすっぺ。ちょっとゆがいにも見えるくらいにな」
ボクたちに向かってほうちょうをふりあげた。
「ぐわぁ~、あだちがはらのおにばばじゃぞ~」と笑顔で言いながら。
◇◇◇◇
「いよっ、おめさんたぢ。昨日の鮟鱇はどうだったけ?」
次の日、ボクたちが駅へ向かうとちゅうでお店のおじさんに声をかけられた。
「とってもおいしかったですよー! いい仕入れしていますね。あたしたちはこれから宮城に向かいます」
「そっか。とごろで時間があったら、まだ紙芝居でもみでいがねぇがい? 死んだばさまが夢枕に立って、新しい紙芝居描げって言うもんでさ、新作作ったんだ。二本松名物の”イカにんじん”でもづまみながらさ」
そう言ってお店のおじさんが細切のイカとニンジンをにたもんをさしだす。
「一昨日、おめさんたぢに言われだのど、夢枕のばさまの話参考にしてさ、今日は話のストーリさ変えで、易者の占いを岩手が聞ぎ間違えちまってさ、実はあんこ……おおっと、こごがら先は”イカにんじん”買ってぐれねぇどな」
お店のおじさんの言葉にボクたちは顔をみあわせてわらう。
「そのストーリは大体予想がつきます。それはハッピーエンドのお話ですよね」
「だよねー」
「だろうなぁ」
ボクたちの言葉にお店のおじさんは目をパチクリ。
「おっ、鋭いね。そう、ハッピーエンドがいいって言でたから、ハッピーエンドにしてみただ」
「うーん、時間があれば聞きたい所ですが、旅行の予定も狂っちゃいましたので今日は遠慮しておきます。旅のお供に”いか人参”だけ買っていきますね」
「そっが、まいどありっ! またよっでぐれよ」
「バイバーイ、またねー!」
お店のおじさんに手をふって、ボクたちは駅へ。
「今回は紫君が大活躍だったな。まさか鎮魂の権能が成仏以外にも使えるとは」
「まったくでち」
「ホント、スゴかったです。さすが紫君!」
「えっへん!」
おにいちゃんとおねえちゃんがほめてくれて、ボクはちょっとじまーん。
「この能力ってお前さんたちの想像よりずっと強いでちよ。なんせ、魂の宿ってないものに魂を与えて、そこにちょっと工夫をすれば自分の味方にできちゃうんでちから。そこらへんのアイテムから付喪神を創り出したり、他にも嵐や洪水みたいな魂の無い自然現象でも鎮められるんではないでちか。魂を以って万物を鎮める。まさに鎮魂でちね」
つくもがみってあれだよね、黄貴おにいちゃんの所のせとたいしょうみたいな”あやかし”だよね。
ボクはそれがつくれるのかな?
それができたら楽しそう!
「おっ、そいつはすっげぇな。さすが鎮魂の巫女の子だぜ!」
「ふぅ、弟たちはこんなにスゴイのにお前さんときたら」
スズメさんはおにいちゃんのかたでためいき。
「前にも言ったじゃねぇか。俺っちの弟は俺っちよりずっとスゴイってな」
スズメさんは、またためいきをついた。
「でもよ、あの鬼婆ちゃんはこれからどんな話を演じるんだろうな」
「きっと、ゆかいでおもしろくておいしい話だよ」
「そうですね。昔話から生まれた安達ケ原の鬼婆さんの将来は、きっとこれから伝えられる話で変わっていくと思います。おとぎ話も時代とともに詳細が変わってきていますからね。例えば、シンデレラは継母と継姉を殺さずに仲直りしますし、桃太郎も鬼を殺さずに仲良しさんになっちゃうパターンだってあります」
あ、なんかそんな話を橙依おにいちゃんが読んでた『本当はこわい童話』みたいなので見た。
昔のお話って、もっとグログロだったんだって。
「もしかしたら、数百年後の安達ケ原の鬼婆の話は……、オニアンコウを求めて! 脅威の健脚! 安達ケ原の鬼婆、姫のために阿武隈山地を越え、港からアンコウを持って走る! って話になっているかもしれませんね」
「そいつは鬼でちね。マラソンの鬼でち」
スズメさんの言葉にボクたちは「「「ハハハ」」」とわらった。
あのおばあちゃんはこれからも旅人にまぼろしを見せ続ける。
でもだいじょうぶ、もう悲しい話をくりかえすのはここでおしまい。
これからは『まちがいだと気づいたおばあちゃんは、姫と娘といつまでも、みんなでなかよくくらしましたとさ』ってお話がはじまるんだ。
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