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第六章 対決する物語とハッピーエンド
絡新婦(じょろうぐも)とブラッドソーセージ(その3) ※全5部
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◆◆◆◆
「どうであったかな? 私のゲテモノ料理は」
「味はどれも美味しかったわ。そして、段々とゲテモノ度が上がっていく展開もね。ごーかくよ。90点をあげるわ」
「意外と辛口だな。私としてはこの料理は満点になってもおかしくないと思っていたのだが」
彼女の言う通り、最後の料理はスゴかったわ。満点を上げたくなっちゃうなるくらい、だけどね。
「うふふ、これがあなたのオリジナルの料理だったら満点をあげたかもね。一応、人間の文献から再現したからちょっとだけ減点したの」
「そうか、では次は満点を目指すとしよう」
「ええ、次の輪廻でね」
アタシはおもむろに立ち上がると、アタシの殺す権能を掌に込める。
「最期に聞かせて。あなたがどうして”あやかし”であることを止め、人間に生まれ変わりたいかを」
アタシの問いに彼女は一瞬、その八つの目を閉じる、まるで、遠い何かを思い出すように。
「そうだな。最期に誰かに私の話を聞かせておいた方が良いかもしれんな。いや、私はこの”あやかし”の生に未練はない。だ、それでもこの私がどのように生きたか、そして、どうして死のうと思ったのかを誰かに聞いて欲しい」
「ええ、アタシもあなたが首尾よく生まれ変わったのを確認したら、同じような悩みを抱えている”あやかし”を導くわ」
アタシの返事を聞くと、彼女はその乱れた着物の中から、ひとつのしゃれこうべを取り出しなで始めた。
少し愛おしそうに。
「では、聞いてくれ。私の……恋だったかもしれない物語を……」
あらやだ、ロマンチック。
◆◆◆◆
「こいつの名は弥太。身体が丈夫なだけが取り柄の、純朴な村の男だった」
しゃれこうべを撫でながら、彼女は語り始める。
「私はかつて伊豆の浄蓮の滝を縄張りとしていて、この姿で男をたぶらかし、その生き血を吸って生きていた。血を吸われた男は、やがてやせ細り死ぬ。弥太もそうなるはずだった」
「絡新婦のよくある手口ね」
「そうだ、だが、私は姿形を化けることは出来ても、心を操る術を持たない。だから、行くあてのない女として弥太の家に保護されるふりをして潜り込んだ」
おとぎ話では美女に化けた”あやかし”が『お嫁さんにして下さい』って訪れる話はいっぱいあるけど、それって善良な”あやかし”ばっかりじゃないのよね。
「その頃、私は何度も男をしゃぶり殺していたことから、退魔の僧たちに追われていて傷ついていた。傷を癒すためには生き血が要る。だが、弥太をすぐにしゃぶり殺せば居場所が退魔の僧にばれる。だから私は、弥太をゆっくりと飼い殺すことにした」
「飼い殺すって、数日で生き血を吸い尽くすんじゃなく、その弥太って人の回復に合わせて少しずつ血を吸っったってこと?」
「そうだ、月に二度程度だ。あの時の私は生き延びるのに必死だった。弥太がやせ細ってしまったら村の噂になる。だから、精の付くものを食べさせたり、同衾などして弥太の体調管理に努めた」
彼女の料理の腕は中々だったわ。
その起源はそこだったのかもしれないわね。
「へぇ、お嫁さんみたいね」
「ああ、やがて弥太は私を女房にするとまで言いふらすようになり。私も形の上でそれを受け入れた。出逢ってから1年ほどたった頃の話だ」
「形の上ってことは、やがてしゃぶり殺すつもりだったの?」
「ああ、私の妖力も回復してきたので、ここらで弥太を食い殺して逃げようと思っていた」
あらやだ、ちょい悪どこじゃないわね。
「だが、ある日、祝言の下見にと村の祭司が家を訪れ、私の正体は見破られた。村はもう大騒ぎさ。やれ高僧を呼べだの、陰陽師を呼べだの、大蜘蛛退治の侍が近場に来ているだの」
「それで、あなたは弥太を食い殺して逃げたの?」
「いや、そんな暇はなかった。食い残しは惜しいが私は身一つで逃げた。だがな、愚かなこの男は、弥太は私を追って来たのだ。女房を、私と守るのだとほざきおって」
「あら、それって純愛?」
「弥太にとってはそうだったのだろう。滝に逃げ込んだ私を追って弥太も滝に飛び込んだ。私の正体なぞ、すっかり露見していたにも関わらずな」
そう言って彼女は着物を大きくはだけ、変化を解く。
八つの瞳に縞模様の身体、そして六本の足、二本の腕。
それは巨大な蜘蛛の頭の部分から女の上半身が飛び出ているような姿だったの。
「その姿を見せても、その弥太って男はあなたについていったの?」
「ああ、弥太は愚かな男だった。『お前さんのような働き者で美しい女が悪い”あやかし”なはずがない』と、この姿すら美しいと言ってくれた。ああ、その言葉は少し嬉しかったぞ」
「女の子だもんね。アタシもわかるわ」
アタシの言葉に彼女はクスリと笑う。
「ああ、そうだな。私を女として見てくれたのはお前が二番目だ」
「そう、今までの男は見る目がなかったのね」
「そうだな。そして、私と弥太は追手から逃げ始めた。北は寒いので嫌だとふたりの意見が一致したので、南に逃げ、この肥後の国まで逃げのびたのだ」
「それでふたりの間に恋と愛が芽生えたってわけね。あらやだ、素敵じゃない」
種族を超えた愛の逃避行!
うーん、ロマンチック!
「いや、その時の私は弥太のことを非常食か家畜くらいだと思っていたぞ」
「へ? なにそれ? あなた、最初に恋の話っていったじゃない」
「恋かもしれなかった話だ」
彼女はそこに念を押すように言う。
「ここに流れ着いた私たちは平和に暮らした。その平和は最期まで破られることはなかった。私は弥太の健康に気を使い、月に二度血を吸った。その頃は今とは違い、金など都で使えるだけのもので、自然からの恵みだけで生きていけたのだ。ざっと50年が過ぎて、弥太は老い、最期の時を迎えようとしていた」
「そうね! それで彼を失って初めて恋心に目覚めたのね! うんうん、まずまずロマンチック」
大切な物を失って初めて気づく恋心!
それって素敵なことじゃない。
「いや、その時点での私は次の獲物をどうしようかとのんびりと考えていたぞ。幸いにも50年間で私の妖力はかなり増大していたからな」
「まだひっぱるの!?」
んもう、なんだか続きはCMの後でみたいだわ。
「最期に愚かな弥太は『生まれ変わっても必ずお前と結ばれる。だから、俺が死んだらこの身体を全て食べてくれ』と言い残して死んだ。私はその通りに弥太の身体を喰い尽くした、骨も残さずにな。このしゃれこうべだけを除いて」
しゃれこうべを撫で続けながら、彼女は遠い目をする。
昔を思い出すかのように。
「最初は記念に取っておくくらいの気持ちだった。だが、私の身体に異変が起きたのはそれから間もなくのころだった」
「どんな異変なの?」
「人間が食えなくなった。人間を食おうとすると『こいつは弥太の生まれ変わりかもしれない』という考えが頭をよぎってしまい、牙が止まる。少しの血くらいならばと吸っても『味が弥太と違う』と体が受け付けなくなってしまった。なあ、これは恋や愛の類なのだろうか?」
その問いにアタシは言葉を詰まらせる。
それはきっと恋で愛なのだと思う。
好きな相手を食べれなくなってしまうのは、その相手を大切に想う気持ち。
だけど、同時に好きな相手を食べてしまいたいというのも愛なのかも。
あらやだ、あたし好みの光と闇の混沌。
「わからないわ。だけど、それを確かめたい気持ちが、あなたが生まれ変わりたいという気持ちの源なんじゃないかと思うわ」
「そうだな。こんな気持ちのままでは何も進まない。あれから千年、私は人間社会の中に溶け込み、その気持ちの正体を知ろうとした。数多くの文献を読み漁り、時には人間に協力もした。だがこの心の正体は未だわからぬ」
「わからないことだらけね。それで首尾よく生まれ変われたら、あなたは再び弥太ちゃんと結ばれたいと思っているのかしら?」
…
……
ほんの少しの沈黙、その間に彼女はしゃれこうべをギュっと抱きしめる。
「やはり誰かに私の物語を語るのはいいな。気持ちの整理がついた。やはり私は再び弥太と結ばれたいと思っている。そして、それは捕食者としての生の本能というよりも、女としての性の欲望からみたいだ」
「あら、その理由は?」
「彼を想うと腹が鳴らずに胸が高鳴る」
あらやだ、可愛らしい。
「そして、このままだと弥太の生まれ変わりと結ばれる未来もないだろう。ほら、私はこんな醜い姿だからな」
そう言って彼女はその蜘蛛の半身をくるりと一回転させる。
蜘蛛の肉体に女の身体。
それは、”あやかし”の目から見ると普通に、人間の目から見ると奇異に見えるかもしれない。
だけど、アタシはそれが、彼女の在り方が、とても美しく見えた。
「いいえ、あなたは美しいわ」
「それはお前が”あやかし”だからだろう。少なくとも人間は蜘蛛を見ると悲鳴を上げ、嫌悪感を示すものだ」
「違うわ、あなた人間の社会に溶け込んだって言ってたでしょ。なら、蜘蛛がモチーフのファッションやアクセサリーだって沢山見たはずよ。人間が本当に蜘蛛を嫌っていれば、そんなことにはなっていないはずよ」
蜘蛛に蛇、蠍に虫、大半の人間はそれらを嫌うけど、同時に大好きっていう人間も多い。
そして、それを嫌っていても、そのデザインは大好きという人間はもっと多いのよ。
「そうか、私は美しいのか」
「ええ、アタシはそう思うし、そう思う人間も沢山いたと思うわ」
「……ありがとう、最期に少し心が晴れた。さあ、やってくれ」
「あら、これで思い直したりしないの?」
「良い女は一度決めたことは覆さないものだ。それに、やはり私は弥太を愛していたのだろう。その気持ちに気付いたならもはや止められぬ。再び出逢える可能性がどれだけ低かろうと、私は弥太と結ばれる未来を探すわ」
その言葉の最後は、彼女が女だったことを示していた。
その顔は恋と愛と未来を夢見る女の子の顔だった。
彼女は最期に笑って逝った。
死を眼前にして笑っていけるなんて、ホント、あなたってアタシ好みだったわ。
その日、アタシは童貞を捨てた。
今から約20年以上前の夏の日の思い出の話よ。
◆◆◆◆
「どうであったかな? 私のゲテモノ料理は」
「味はどれも美味しかったわ。そして、段々とゲテモノ度が上がっていく展開もね。ごーかくよ。90点をあげるわ」
「意外と辛口だな。私としてはこの料理は満点になってもおかしくないと思っていたのだが」
彼女の言う通り、最後の料理はスゴかったわ。満点を上げたくなっちゃうなるくらい、だけどね。
「うふふ、これがあなたのオリジナルの料理だったら満点をあげたかもね。一応、人間の文献から再現したからちょっとだけ減点したの」
「そうか、では次は満点を目指すとしよう」
「ええ、次の輪廻でね」
アタシはおもむろに立ち上がると、アタシの殺す権能を掌に込める。
「最期に聞かせて。あなたがどうして”あやかし”であることを止め、人間に生まれ変わりたいかを」
アタシの問いに彼女は一瞬、その八つの目を閉じる、まるで、遠い何かを思い出すように。
「そうだな。最期に誰かに私の話を聞かせておいた方が良いかもしれんな。いや、私はこの”あやかし”の生に未練はない。だ、それでもこの私がどのように生きたか、そして、どうして死のうと思ったのかを誰かに聞いて欲しい」
「ええ、アタシもあなたが首尾よく生まれ変わったのを確認したら、同じような悩みを抱えている”あやかし”を導くわ」
アタシの返事を聞くと、彼女はその乱れた着物の中から、ひとつのしゃれこうべを取り出しなで始めた。
少し愛おしそうに。
「では、聞いてくれ。私の……恋だったかもしれない物語を……」
あらやだ、ロマンチック。
◆◆◆◆
「こいつの名は弥太。身体が丈夫なだけが取り柄の、純朴な村の男だった」
しゃれこうべを撫でながら、彼女は語り始める。
「私はかつて伊豆の浄蓮の滝を縄張りとしていて、この姿で男をたぶらかし、その生き血を吸って生きていた。血を吸われた男は、やがてやせ細り死ぬ。弥太もそうなるはずだった」
「絡新婦のよくある手口ね」
「そうだ、だが、私は姿形を化けることは出来ても、心を操る術を持たない。だから、行くあてのない女として弥太の家に保護されるふりをして潜り込んだ」
おとぎ話では美女に化けた”あやかし”が『お嫁さんにして下さい』って訪れる話はいっぱいあるけど、それって善良な”あやかし”ばっかりじゃないのよね。
「その頃、私は何度も男をしゃぶり殺していたことから、退魔の僧たちに追われていて傷ついていた。傷を癒すためには生き血が要る。だが、弥太をすぐにしゃぶり殺せば居場所が退魔の僧にばれる。だから私は、弥太をゆっくりと飼い殺すことにした」
「飼い殺すって、数日で生き血を吸い尽くすんじゃなく、その弥太って人の回復に合わせて少しずつ血を吸っったってこと?」
「そうだ、月に二度程度だ。あの時の私は生き延びるのに必死だった。弥太がやせ細ってしまったら村の噂になる。だから、精の付くものを食べさせたり、同衾などして弥太の体調管理に努めた」
彼女の料理の腕は中々だったわ。
その起源はそこだったのかもしれないわね。
「へぇ、お嫁さんみたいね」
「ああ、やがて弥太は私を女房にするとまで言いふらすようになり。私も形の上でそれを受け入れた。出逢ってから1年ほどたった頃の話だ」
「形の上ってことは、やがてしゃぶり殺すつもりだったの?」
「ああ、私の妖力も回復してきたので、ここらで弥太を食い殺して逃げようと思っていた」
あらやだ、ちょい悪どこじゃないわね。
「だが、ある日、祝言の下見にと村の祭司が家を訪れ、私の正体は見破られた。村はもう大騒ぎさ。やれ高僧を呼べだの、陰陽師を呼べだの、大蜘蛛退治の侍が近場に来ているだの」
「それで、あなたは弥太を食い殺して逃げたの?」
「いや、そんな暇はなかった。食い残しは惜しいが私は身一つで逃げた。だがな、愚かなこの男は、弥太は私を追って来たのだ。女房を、私と守るのだとほざきおって」
「あら、それって純愛?」
「弥太にとってはそうだったのだろう。滝に逃げ込んだ私を追って弥太も滝に飛び込んだ。私の正体なぞ、すっかり露見していたにも関わらずな」
そう言って彼女は着物を大きくはだけ、変化を解く。
八つの瞳に縞模様の身体、そして六本の足、二本の腕。
それは巨大な蜘蛛の頭の部分から女の上半身が飛び出ているような姿だったの。
「その姿を見せても、その弥太って男はあなたについていったの?」
「ああ、弥太は愚かな男だった。『お前さんのような働き者で美しい女が悪い”あやかし”なはずがない』と、この姿すら美しいと言ってくれた。ああ、その言葉は少し嬉しかったぞ」
「女の子だもんね。アタシもわかるわ」
アタシの言葉に彼女はクスリと笑う。
「ああ、そうだな。私を女として見てくれたのはお前が二番目だ」
「そう、今までの男は見る目がなかったのね」
「そうだな。そして、私と弥太は追手から逃げ始めた。北は寒いので嫌だとふたりの意見が一致したので、南に逃げ、この肥後の国まで逃げのびたのだ」
「それでふたりの間に恋と愛が芽生えたってわけね。あらやだ、素敵じゃない」
種族を超えた愛の逃避行!
うーん、ロマンチック!
「いや、その時の私は弥太のことを非常食か家畜くらいだと思っていたぞ」
「へ? なにそれ? あなた、最初に恋の話っていったじゃない」
「恋かもしれなかった話だ」
彼女はそこに念を押すように言う。
「ここに流れ着いた私たちは平和に暮らした。その平和は最期まで破られることはなかった。私は弥太の健康に気を使い、月に二度血を吸った。その頃は今とは違い、金など都で使えるだけのもので、自然からの恵みだけで生きていけたのだ。ざっと50年が過ぎて、弥太は老い、最期の時を迎えようとしていた」
「そうね! それで彼を失って初めて恋心に目覚めたのね! うんうん、まずまずロマンチック」
大切な物を失って初めて気づく恋心!
それって素敵なことじゃない。
「いや、その時点での私は次の獲物をどうしようかとのんびりと考えていたぞ。幸いにも50年間で私の妖力はかなり増大していたからな」
「まだひっぱるの!?」
んもう、なんだか続きはCMの後でみたいだわ。
「最期に愚かな弥太は『生まれ変わっても必ずお前と結ばれる。だから、俺が死んだらこの身体を全て食べてくれ』と言い残して死んだ。私はその通りに弥太の身体を喰い尽くした、骨も残さずにな。このしゃれこうべだけを除いて」
しゃれこうべを撫で続けながら、彼女は遠い目をする。
昔を思い出すかのように。
「最初は記念に取っておくくらいの気持ちだった。だが、私の身体に異変が起きたのはそれから間もなくのころだった」
「どんな異変なの?」
「人間が食えなくなった。人間を食おうとすると『こいつは弥太の生まれ変わりかもしれない』という考えが頭をよぎってしまい、牙が止まる。少しの血くらいならばと吸っても『味が弥太と違う』と体が受け付けなくなってしまった。なあ、これは恋や愛の類なのだろうか?」
その問いにアタシは言葉を詰まらせる。
それはきっと恋で愛なのだと思う。
好きな相手を食べれなくなってしまうのは、その相手を大切に想う気持ち。
だけど、同時に好きな相手を食べてしまいたいというのも愛なのかも。
あらやだ、あたし好みの光と闇の混沌。
「わからないわ。だけど、それを確かめたい気持ちが、あなたが生まれ変わりたいという気持ちの源なんじゃないかと思うわ」
「そうだな。こんな気持ちのままでは何も進まない。あれから千年、私は人間社会の中に溶け込み、その気持ちの正体を知ろうとした。数多くの文献を読み漁り、時には人間に協力もした。だがこの心の正体は未だわからぬ」
「わからないことだらけね。それで首尾よく生まれ変われたら、あなたは再び弥太ちゃんと結ばれたいと思っているのかしら?」
…
……
ほんの少しの沈黙、その間に彼女はしゃれこうべをギュっと抱きしめる。
「やはり誰かに私の物語を語るのはいいな。気持ちの整理がついた。やはり私は再び弥太と結ばれたいと思っている。そして、それは捕食者としての生の本能というよりも、女としての性の欲望からみたいだ」
「あら、その理由は?」
「彼を想うと腹が鳴らずに胸が高鳴る」
あらやだ、可愛らしい。
「そして、このままだと弥太の生まれ変わりと結ばれる未来もないだろう。ほら、私はこんな醜い姿だからな」
そう言って彼女はその蜘蛛の半身をくるりと一回転させる。
蜘蛛の肉体に女の身体。
それは、”あやかし”の目から見ると普通に、人間の目から見ると奇異に見えるかもしれない。
だけど、アタシはそれが、彼女の在り方が、とても美しく見えた。
「いいえ、あなたは美しいわ」
「それはお前が”あやかし”だからだろう。少なくとも人間は蜘蛛を見ると悲鳴を上げ、嫌悪感を示すものだ」
「違うわ、あなた人間の社会に溶け込んだって言ってたでしょ。なら、蜘蛛がモチーフのファッションやアクセサリーだって沢山見たはずよ。人間が本当に蜘蛛を嫌っていれば、そんなことにはなっていないはずよ」
蜘蛛に蛇、蠍に虫、大半の人間はそれらを嫌うけど、同時に大好きっていう人間も多い。
そして、それを嫌っていても、そのデザインは大好きという人間はもっと多いのよ。
「そうか、私は美しいのか」
「ええ、アタシはそう思うし、そう思う人間も沢山いたと思うわ」
「……ありがとう、最期に少し心が晴れた。さあ、やってくれ」
「あら、これで思い直したりしないの?」
「良い女は一度決めたことは覆さないものだ。それに、やはり私は弥太を愛していたのだろう。その気持ちに気付いたならもはや止められぬ。再び出逢える可能性がどれだけ低かろうと、私は弥太と結ばれる未来を探すわ」
その言葉の最後は、彼女が女だったことを示していた。
その顔は恋と愛と未来を夢見る女の子の顔だった。
彼女は最期に笑って逝った。
死を眼前にして笑っていけるなんて、ホント、あなたってアタシ好みだったわ。
その日、アタシは童貞を捨てた。
今から約20年以上前の夏の日の思い出の話よ。
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