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第六章 対決する物語とハッピーエンド

黒姫伝説とタン(その1)※全4部

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 ※作者注:このお話はフィクションです。

 愛よりも、金よりも、名声よりも、われに真実を与えよ

 アメリカの田舎で自然派生活を送ったヤツが書いた本に載っていた言葉だ。
 名は確か、ヘンリー・デイビッド・ソロー。
 タイトルは『ウォーデン森林の生活』だったかな。

 この世は嘘だらけだぜ。
 形だけの愛、裏帳簿の金、虚構の名声、そんなんばかりさ。
 ”あやかし”の方が純情派の比率は多いかもしれないぜ。

 この物語はそんな嘘で塗り固められた、ひとりの、いや一組の恋の物語さ。
 その嘘だらけの中で俺は、俺だけが真実にたどり着く。

 そして、俺は知ることになる。
 真実は時に残酷だってことに。

 ああ、ちなみにこの話は嘘で嘘だらけだから、そこんとこよろしく。

◇◇◇◇
 
 『そんなの無理ですっ! 赤好しゃっこうさん、あたしを何だと思っているんですか?』
 「俺だけの好色一代女」
 『あたしは赤好しゃっこうさんだけのものでも、エロエロラブマシーンでもありません!』

 そんな世紀末に流行った歌のタイトルを伴って、電話ごしにムキキーという珠子さんの叫び声が聞こえてくる。

 「いやいや、すまん、すまん。それで、やっぱり無理なのかい?」
 『そりゃ無理に決まってます。料理は万能でも魔法でもないんですよ。”前世の記憶を思い出す料理”なんで作れません!』

 ”前世の記憶を思い出す料理”

 それが今回、俺がとある”あやかし”から求められた料理。
 数多くのグルメサイトを検索しても、そんなメニューは載っていない。
 ひょっとしたら摩訶不思議な珠子さんなら何とかなるかと思ったが、やっぱり無理だったか。

 『でも、どうしてそんなオーダーが来たのですか?』
 「おっ、それじゃぁ、相談に乗ってくれるのかい?」
 『まあ、事情を聞いてみないことには何とも言えませんから。それに赤好しゃっこうさんの相談ってことは、どなたかの恋の物語なんでしょ。あるあるー! 興味あるー!』

 女の子を引き付けるネタに誰かの恋バナってのは鉄板でね。
 胸板鉄板な珠子さんも例外じゃないってことみたいだ。

 「それじゃあ、ちょいと聞いてくれ。これは俺がドムドムドムバーガーで女子高生の噂話を聞いていた時のことなんだが……」
 

◇◇◇◇

 「えー、メイったら通りすがりの男の人を一目惚れさせたのー!?」
 「うんうん、その人はあたしを見るなり『君こそ私の前世からの運命の人だ』って抱きしめてきたの」

 ここは日本のどこにでもあるハンバーガーチェーン”ドムドムドムバーガー”の一店舗。

 ”大地の恵み! ガイアバーガー!”
 ”やさしい口あたり! マッシュポテト!”
 ”さわやか白ぶどう味! オルテガドリンク!”
 
 このトリプルドムセットが人気の店だ。

 このバーガー屋は弟の橙依とーい紫君しーくんがお気に入りで、俺もたまに利用する。
 ま、この前の”『酒処 七王子』ガス爆発事件”のせいで、今は宿無しで、兄貴も金が入り用だからさ、少しは金を節約しなきゃと思っているわけさ。
 東京は不夜城、こんな夜遅くでもドムの女子高生ってのはいるもんで、そんな黄色い声が聞こえてくりゃ、耳をすましたくなるってものさ。
 当然だろ。

 「それでどうしたの? その彼と付き合ったの?」
 「そんなわけないじゃない。抱き付かれたから、首根っこつかんでチャランボで沈めたわよ」

 『うわー、ぜってー嘘。んなムエタイの首相撲の膝蹴り技チャランボを使う女子高生なんているわけない』なんて言わないでくれよ、ホントなんだからさ。

 だけど、俺は気付いたのさ。
 そのメイと呼ばれていた黒ギャル風のJKに熱い視線を送るひとりの男に。
 メイって女の子のビジュアルは魅力的さ、街中で男の目をきつけてもおかしくないくらいにはさ。
 だけどね、その男は全身が黒づくめのサングラス姿だったんだよ。
 こりゃ気にならない方がおかしいだろ、今は夏だぜ。
 しかも、そいつからは”あやかし”の気配がするじゃないか。
 だから俺は、その黒ギャルJKが家路に帰ろうと席を立った後、そのをつけることにしたのさ。
 おいおい、『うわー、ストーカーみたーい』って、随分な言い草だな。
 だけど、俺の予感は的中したみたいさ。
 だって黒ギャルをつけているのは俺だけじゃなく、その黒づくめ男もそうだったのだから。

 東京はいたる所に街灯があるとはいえ、住宅街に入ると流石に人通りが少なくなる。
 駅からちょいと離れた黒ギャルJKの家もそんな所にあってさ、俺は気配を消すのに少し苦労しながらふたりの後をつけたね。
 我ながら見事な気配の消し方だったと思うよ。
 だけどね、その黒づくめ男はそうじゃなかったみたいだ。

 「もう! なんなのあなた! 昨日からずっとあたしのことをつけまわして!」
 「黒姫くろひめ! 僕だ! 君と何度も愛を誓い合った黒龍こくりゅうだ!」

 黒ギャルJKが電柱のかげに隠れていた黒づくめ男を指さし、男はそこから一歩道に出ると、何だかスピリチュアルな事を叫んのさ。

 「あんたなんて知らないって言ったでしょ!」
 「だけど、僕はおぼえているんだ! まるで昨日のことみたいに!」
 「そんな500年以上も昔のことなんて知らないわよ! あたしが憶えているのはこの前、あなたにチャランボを叩き込んだことよ!」

 そう言って黒ギャルJKは膝を上下させながらファイティングポーズを取る。
 
 「君がくれるのなら、どんな衝撃だって痛くない!」

 黒づくめの男は黒ギャルに近づき、そしてふたりはもみ合いになる。
 こりゃダメだ。
 そう思って俺はふたりの中に割って入る。

 「止めろ! 彼女が嫌がっているだろ!」
 「なんだお前は! 僕の邪魔をしないでくれ!」
 
 黒づくめの男の力は思ったよりも強かった。
 少なくとも、俺が本気を出しかねないくらいにはさ。
 
 「あきらめな、彼女はお前なんて眼中にないってさ!」
 「そんなことはない! やっと巡り会えたんだ! ここで諦めるなんて僕にはできない!」
 
 夜中といえども、ここは住宅街だ。
 野太い男の声が響けば、犬は『ワォオーン!!』と鳴くし、窓に明かりが灯る。
 このままだと、警察に通報があるかもと思ったね。
 しょうがない、力づくで……
 俺がそう考え始めた時、

 バッシャーン

 熱くなった俺たちの頭に水がぶっかけられた。

 「パパ!」
 
 黒ギャルJKの視線の先にあるのは壮年の男性。
 きっと彼女の父親だ。

 「またお前か! 昨日からうちの前をウロウロして! とっとと帰れ!」

 その男性は空のバケツをゴンゴンと叩きながら叫んだ。
 あー、こりゃ警察が来るのは間違いないな。

 「そんな! 政盛様、今度こそ娘さんを僕に下さい!」
 「政盛なんて名は知らん!」
 「おい、お前、ちょっと黙れ!」
 「うるさい! 関係ないやつは黙ってろ! この童貞龍!」

 俺はカチンときた。

 「うるせぇ! 水をぶっかけられた時点で俺も関係者なんだよ! いいから! こっちにこい!」

 男の首を全力で掴み、俺は力づくで、そいつを引きずりながらその場を去る。

 「二度とくるな! お前なんぞに二度も娘をやらんぞ!」

 そして、俺たちの背から親父さんの怒鳴り声と警察のサイレンの音が聞こえてきたのさ。

 その後どうなったかって?
 そりゃもう殴り合いの大喧嘩よ。
 どっちが勝ったかって?
 いいじゃないか、そんなこと。
 少なくとも、俺は生きている。
 なんでTV電話モードに切り替えないのかって?
 サマーバケーションで綺麗になった珠子さんを見るなら、やっぱ直接見た方が楽しみだからさ。
 嘘じゃないぜ。

◇◇◇◇

 オーイオイオイ、オーイオイオイ

 居酒屋に鳴き声が響き渡る。
 こいつが美人の姉ちゃんだったら夜景の綺麗なBarにでも連れて行く所だが、こいつは野郎だ。
 居酒屋で十分。

 「ほれ、涙をふきなよ。男が涙を見せていいのは惚れた相手を落とす時と落とした時だぜ」
 「あ、ありがとうございます。ううっ、ぐずっ」

 これが現役JKの涙だったらシルクのハンカチでも渡す所だが、こいつは野郎だ。
 街中でもらった無料ティッシュで十分。
 それに……

 ビィーン、ブシュ!

 こんな時は鼻をかまれるのもお約束ってね。
 あの大喧嘩の後、俺はあの黒ギャルJKとは無関係で、このままだとお前の恋路が危なくなるから割って入ったと説明したら、こいつはキョトンと『それは……失礼しました』と冷静さを取り戻した。
 こいつはちょっと頭に血が上りやすいタイプかな。

 「何から何まで申し訳ありません。僕の勘違いで暴力をふるったばかりか、相談にのってもらえるなんて……」
 「いいってことよ、少なくともここならドムの女子高生に聞かれることはないからさ。事情を話してみな。俺に出来ることなら手助けするぜ。ちょっとしたお礼の約束と引き換えにな」
 「そうですか!」

 俺の言葉にこいつの顔が一瞬輝き、

 「それで、そのお礼の約束というのは……」

 その数秒後に暗くなった。
 なんだろ、過去に何か嫌なことでもあったのか。
 
 「それはささやかなものさ、お前さんの悩みってのは恋愛関係だろ。だったら、同じ形で返してくれればいい。お礼の約束ってのは、あとで俺の恋を応援してくれるだけでいいさ」
 「ああ、そんなことですか」
 「そんなことってのはいただけないな。この恋愛問題が重たい問題ってのは、一番よくわかっているだろうに」

 俺が思うに恋は何よりも難しい。
 力や札束で強引に意中の女を手に入れても、そんなものに価値はないと思うからだ。

 「おっしゃる通りです。あなた……失礼ですがお名前をうかがっても……」
 「赤好しゃっこうさ、八王子の大蛇の三男と言えばわかるかい」
 「ああ! あの『酒処 七王子』にんでいる妖怪王候補の東の大蛇の方々ですね」

 妖怪王候補って何だよ。
 いつの間にそんな話になってんだか。
 こりゃ黄貴こうきの兄貴か蒼明そうめいのやつのせいだな。
 
 「僕は黒龍こくりゅう、信州、大沼池の黒龍です」

 龍種りゅうしゅだったのか、どうりで腕っぷしが強いわけだ。

 「それで、さっきの黒ギャルJKとはどういう関係だい? 運命がどうたらとか言ってたが」
 「赤好しゃっこうさん! あなたを見込んでお話します! 彼女は僕の前世の恋人で姫で妻なんです!」
 
 その山々を震わせるような大声が周囲の人間の視線を呼ぶ。
 ちょっと可哀想な人を見る目なのは気にしない。
 
 「声が大きい、少しは落ち着きなよ。それで彼女は……そういえば、彼女の名前って知ってるか?」
 「はい、彼女は黒姫くろひめ。奇しくも、僕と同じ黒がついている名前です。これはもう運命!」
 
 やや興奮気味に黒龍が言う。
 
 「いやいや、違うだろ。あの子はメイって呼ばれていたぜ」
 
 ドムドムドムバーガーでの彼女とその友人の会話を思い出し、俺は言う。

 「あっ、失礼しました。黒姫は彼女の前世の名前です。現在の彼女の名は”黒火くろひ めい”! やっぱり黒がついています。これはもう運命を超えた宿命!」
 「そ、そうかい……」

 勢いに押され、俺は少し距離をおく。
 しかし、こいつは龍種だ。
 味方にしておいて損はない。
 
 「わかった、俺が力になるぜ」
 「わかってくれましたか!」
 「ちょいと確認だが、その黒姫さんとやらとお前はラブラブだったと思っていいんだな」
 
 人と”あやかし”の前世からの恋ってのはありふれているが厄介だ。
 ”あやかし”の大半は死なない。
 現世うつしよで死んでも、幽世かくりよで休息を取れば復活する。
 その間に記憶は失われたりしない。
 だけど、人間は違う。
 人は死後に転生して、また現世に生まれることもままある。
 だけど、その際に前世の記憶の大半は失われてしまうって話だ。
 その記憶を思い出すこともあれば、忘れたまま一生を終えることもよくある。
 だから、記憶を思い出すには、少なくとも前世で相当のえにしが必要なことは間違いない。
 
 「はい! 僕が彼女が年老いて天寿を迎えた時、来世でも必ず結ばれると約束しました! 今でもその時のことは鮮明に憶えています。彼女の最後の願いを僕は聞き入れ、彼女は『今度こそ約束をまっとうする』と誓ってくれました! 嘘じゃないです!」
 
 ふーん、なら話は早いな。

 「オッケー、俺の頼もしくも愉快な恋のターゲットがそういうことは慣れていてね。ちょっくら頼んでみる」
 「東の大蛇の恋の相手といえば、『酒処 七王子』の名物料理人、珠子さんのことですか!? 何やら料理で何でも解決してしまうと聞いています」

 名物な珠子さんは、そんな噂になっているのか……
 ま、あながち間違いじゃないけどさ。

 「そうさ、彼女なら”前世の記憶を思い出す料理”ってのを作れるに違いないさ。そいつを黒姫、いや黒火 命くろひ めいちゃんに食べさせりゃ、一気に解決ってね」
 「そんな魔法のような料理があるのですか!?」
 「ああ、まかせておけ!」

 そう言って俺は胸を叩き、今に至るってわけさ。
 どうだい、わかってくれたかい珠子さん。
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