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第六章 対決する物語とハッピーエンド

三尾の毒龍と酒をふんだんに使った料理(その2) ※全5部

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◇◇◇◇

 俺っちは気長に待つつもりだったが、雀は数時間で戻ってきやがった。
 仕事熱心だねぇ。

 「ホホホ、貴方様の言う通りでしたわ。あの珠子という人間の女、酒呑童子のみならず、その配下の者たち全てからの信頼を勝ち得ているみたいですわね」

 おやま、さすがは嬢ちゃんだ。
 
 「だろ? 俺っちは嘘と坊さんの頭はゆったことがないんだ」
 「ホホホ、面白い冗談ですこと。ですが、良い情報だこと。あの娘を拉致して術で貴方様だけの人形になるようにして差し出せばよろしいのですね。ホホホ、容易たやすいこと」

 ふぅー

 俺っちは大きな溜息をつき、首を横に振る。

 「ダメだダメだ、お前さんは何もわかっちゃいない。そんなことを俺っちは望んでないし、そんなことをしたら兄弟たち、さらに酒呑童子も加えた一同にフルボッコでおじゃんよ。お前さんの主の大悪龍王とやらも肝に命じた方がいいぜ。もし、嬢ちゃんを人質に妖怪王の座を得ようとしたら、妖怪王にはなれるだろうが、あっという間に叛逆はんぎゃくの憂き目にうってね」

 ここはちょいと強く言っておかにゃらなんかね。
 少々疲れるが、久しぶりに妖力ちからを高めるとするかね。
 
 カタッガタタッ

 俺の妖力ちからの高まりと共に膳の食器が揺れ、建物自身が鳴動する。
 館の中から「なんだ!? 地震か!?」、「キャー」といった人間たちの声も聞こえてくる。
 
 「ふぅ。ま、そういうこった。俺っちたちは基本的に気ままに動くが、嬢ちゃんが絡んだなら意思がひとつになる。あの酒呑童子もそうかもしれんな。それを敵に回すのは悪手の極みってね」
 「わ、わかりました。肝に肝にめいじておきましょう」

 三体の女は口元を押さえるのも止めて、唾を飲み込みながらうなづく。

 「ホ、ホホホ、流石は100年前に妖怪王の一歩手前まで達したと称される貴方様。そのお力は今でも健在ですのね」

 いやー、実の所、今の俺っちだとハッタリを効かすくらいしか出来ないんだな、これが。
 ま、あえて言う必要もないってね。

 「ホホホ、それで助力とは具体的にどうすればいいんですの? 欲しいんでしょ、あの珠子とかいう人間が」
 「なぁに、話は簡単さ。普通に人間の女を口説くのと同じ方法で嬢ちゃんの心を手に入れる。これなら兄弟たちも納得するハッピーエンドってやつさ」
 「ホホホ、それでは金銀財宝とか御殿とかを差し上げればよろしいですの? 何ならこの島ごと差し上げましょうか?」

 正直、それでなびきそうだから困る。
 嬢ちゃんは欲の皮が張ってるからなぁ。
 だけど、今回の俺っちの作戦ではそいつは要らねぇんだ。

 「そいつも悪かぁねえが、嬢ちゃんが一番興味があるのが酒と食いもんでな。嬢ちゃんが気に入るような酒をふんだんに使った料理を教えて欲しいのさ。さっきの酒しゃぶみたいなやつだな。俺っちも全国を旅して”これは!”ってのを知ってるんだが、それを超えるような料理が知りたいのさ」

 さっきの酒しゃぶは美味かった。
 嬢ちゃんもきっと気に入ると思うぜ、おごりならな。
 だけど、俺っちの知っている料理より酒をふんだんに使った料理なんてめったにないと思うけどな。

 「ホホホ、よろしいでしょう。早速、さっきの男に作らせましょう。きっと貴方様の知らなくて美味満点の料理をお出ししますわ」
 「そうかい、そりゃ楽しみだぜ」

 ピチョンと徳利の中から最後の一滴をを滴り落としながら俺っちは言った。

◇◇◇◇

 「季節野菜と魚のゼリー寄せです。ゼリーは日本酒を多めに加えて作っていますので、中のメカジキの炙りとパプリカ、茄子とのマリアージュを堪能下さい」
 「おっ、こいつは酒の味のゼリーの中からフレッシュな野菜の酸味とメカジキの旨みがあふれ出て良い味だねぇ。だけども、俺っちの料理ほどじゃないねぇ」
 「ホホホ、これは小手調べ。さ、次をもっておいで」

 三体の女が顎で男に命令する。

 「キュウリと大根の焼酎漬けです」
 「こいつは河童の連中が喜びそうだ。おっ、この大根はひょっとして辛味大根からみだいこんかい? ピリッと強い刺激が粋だねぇ」
 「はい、焼酎の刺激に負けず、それとは違った刺激を野菜からも味わえるようにしました。キュウリの瑞々しさを口休めにお楽しみ下さい」
 「こりゃいかん! 辛味大根の刺激がキュウリの爽やかさで中和され、いくらでも食べれちまう。刺激と癒し、そのふたつを焼酎が取り持って相反しながらも統一感すら感じちまう! 手が止まんねぇぜ!」

 パリッ、ポキッ、パリッ、ポキン

 ひとつを食べたらもうひとつ、もうひとつ食べたらさらに次。
 俺っちの手が次々と焼酎漬けを口に運ぶ。

 「ホホホ、これならいかがでしょう。貴方様の手と口は正直に動いているようにお見受けしますが」
 「いやぁ、こいつはうめぇけど、ボリューム的に料理に劣るね。やっぱ肉か魚がねぇと」
 「ホホホ、左様ですか……、おい! 次はちゃんと作るんだよ」

 女の眼光にあんちゃんが「ひっ」と身体を縮こませる。

 「鯛の裏アクアパッツァです。アクアパッツァはイタリアの小作人が葡萄ぶどうの茎や種、実の搾りかすなどで作った粗末なワインと海水だけで魚を煮た貧民料理でした。ですが、こちらは裏ですので高級白ワインとブイヨンと瀬戸内の天然海塩で作っております」
 「うまいねぇ、こいつは鯛の身を崩した時にあふれ出る旨みの汁が煮汁に広がってやがるじゃないか。こりゃ汁まで飲み干さなきゃもったいないってもんだ」

 俺っちは皿に残った汁の一滴まで飲み干す。

 「ホホホ、いい食べっぷりですこと。これなら満足でしょう?」
 「いやいや、こいつは酒が飲みたくなる料理だが、酒をふんだんに使っているとは言い難いねぇ。この白ワインは魚の旨みを引き出す呼び水として使ってるじゃないか」

 俺っちは首を横に振る。

 ピキッ、ピキッ、ピキッ

 おっ、顔がひきつるタイミングまで同じたぁね、こりゃ怖い。

 「ホホホ……、おいお前! ちったぁ真面目におやり! あいつらがどうなってもいいのかい!?」
 「そ、それだけは……、次は、次こそは……」

 あんちゃんが額を畳にこすり付けて平伏する。
 ちょっと可哀想かねぇ。
 しかしこの兄ちゃんの腕は凄いもんだ。
 何度もダメ出ししちゃあいるが、料理はどれも絶品。
 はっきり言えばお嬢ちゃんより料理の腕は上のようにも思えるね。
 人間の世界は広えなぁ。
 というか、この兄ちゃんはこんな”あやかし”に顎で使われるような男には見えんが、何か弱みでも握られているのかねぇ。

◇◇◇◇

 やべぇ……
 これは決して俺っちがピンチってわけじゃないぜ。
 ヤバイのはこの兄ちゃんの腕だ。
 新宿の寿司職人って話だから魚を捌くのはお手のもんだと思っていたが、それ以上だ。
 迷いの無い、いや刃の方が身に吸い込まれるような包丁使い。
 寸分の狂いもない厚さで生まれてくる刺身。
 そして、塩や酒で臭みを抜く間に流れるような動きで作られる氷菓。
 上なんてもんじゃねぇ、こりゃ嬢ちゃんじゃ逆立ちしたって、この兄ちゃんにお造り対決じゃ勝てねぇぜ。

 「お待たせしました。瀬戸内の魚貝の花盛りです。イシモチとカワハギと天然岩ガキです」

 イシモチとカワハギの刺身はくるりと巻かれ中心に白っぽいかき氷のような物が乗せられている。
 
 「刺身に乗っているのは大吟醸のソルベです。大吟醸にレモンの酸味と酒粕の甘味を加えて凍らせて作りました。イシモチは醤油で、カワハギはカワハギの肝酢でお召し上がり下さい」
 「お、おう……」

 兄ちゃんの真剣な眼差しに俺っちは少々気圧けおされながらも箸を取る。

 ピチョ、シャリッ、キュッ

 うぉぉぉぉー! おっ、おほっほっほっ!
 やっべぇ、口の中に刺身が入ってなかったら思わず叫びだしちまいそうだった。
 刺身に酸味と甘みが合うってのは知っていたが、この大吟醸のソルベはそれを両方兼ね備えた上で刺身の旨さを決して殺さずに味を主張しやがる。
 カワハギの肝酢の方は最初に肝の濃厚な味わいをソルベの冷たさが押さえているが、口の中で温度が上がってく毎に旨みが強まりながら広がっていきやがるぜ。
 
 「さて、この岩ガキですが、生でも美味しいのですが酒をふんだんにというリクエストですので焼きガキにしましょう」

 男は七輪を取り出し炭火を起こすと、その上の網で殻が半分になった岩ガキを焼き始めた。
 ものの数分で岩ガキは旨み満載のスープをクツクツと沸き立たせる。
 そして、この兄ちゃんはあろうことか、大吟醸のソルベをその上に載せやがった!

 「このソルベがみぞれ状になったら頃合いです。熱いので手袋をはめて殻ごとお持ち下さい」

 焼きガキに酒を振りかけるのもアリだろうよ、柑橘を絞るのもいいだろうよ、だけどな、男には避けて通れない道ってのがあるんだ。
 こんな風になっちまった岩ガキを殻の端からチュルンと口に入れないわけにはなんねぇ。
 俺は、俺っちは手袋ごしに感じる熱さを掌で感じながらも、殻の端に口を近づけ、一気に吸う。
 
 ジュ、ジュルン

 旨みの汁が殻で一瞬音を立てたかと思うと、熱さと冷たさを兼ね備えたカキの身がプリッという弾力で唇を喜ばせながら口内に侵入する。

 う、うんめぇー!
 こいつをどう表現すりゃぁいいんだ。
 カキってのは磯の味がするもんだが、磯の旨みだけの味ってのはどういう了見だい。
 それに、みぞれ状になった大吟醸ソルベの甘味と酸味がカキの煮汁と相まって一足お先にと胃に旨みのスープと届けちまってる。
 身の方も身の方だ。
 ソルベとの温度差で上は生ガキの滑るような食感を残しながらも下の方はプリッと縮んだ身の弾力で舌を喜ばせてらぁ。
 そして噛むごとに海の旨みとでも言うべき味が広がっていく。
 すまねぇ嬢ちゃん……、俺っちはもう嬢ちゃんの料理じゃ満足できねぇ身体になっちまいそうだ。

 「真牡蛎まがきとは違い岩ガキの旬は夏です。広島は牡蛎かきの養殖で有名ですが、当然ながら天然の牡蛎の名産地でもあります。そしてまた広島は名水と銘酒でも有名な所、それを堪能できるこの料理ならば、きっと貴方の酒をふんだんに使った料理とやらに勝り、ご満足いただけるのではないでしょうか」

 満足も満足、これほどの料理を俺っちは食ったことねぇ。
 このまま降参しちまっても……
 いやいやいやいや、そいつは駄目だ。
 お前さんのような一流の料理人がここに囚われてちゃいけねぇ。
 最高料理を締めるには、最高の賛辞を口にするのが一番だとわかっちゃいるけど、ここは耐えなきゃなんねぇ。

 「ま、ま、まあまあだな。ひじょーに、ひじょーに、惜しいところまで行ってるが、まだ俺っちの料理には及ばねぇな」

 顔をひきつらせながらも、俺っちは必死に演技する。

 ブチブチブチィ

 おや? なんか嫌な音と気配がするぞ。

 「いい加減にしな! あんたぁ、最初から兄弟たちを説得する気なんてないんだろ! 珠子とかいう娘を口説くためだと言って、ただで上等な飯を食いたいだけなんじゃないのかい!?」

 三体の女の瞳の虹彩が細まり、口が前に突き出るように変形しながら牙をむく。
 おっ、怒りのあまりちっと正体を晒しかけてるな。

 「おいおいおい、俺っちは嘘なんか言わねぇって言ったじゃないか」
 「だったら、その料理ってのは何なのさ」
 「そいつは……うーん、論より証拠ってね。今から買ってきてやるよ。ちょっと待ってな」

 よっこいしょと俺っち腰を上げようとするが、肩をガシッと押さえ込まれちまう。

 「そう言って逃げる気だろ!? そうはいかないよ、買い出しなら実方さねかたにやらせるから店を教えるんだね」
 「わかったよ、まったく」

 紙とペンを取り出し、そこに店の住所と買ってきて欲しい料理の名前を書く。

 「ほいさ、これだ」
 「ふーん、鹿児島の店ねぇ。まあいい、実方」

 女は紙を一瞥すると、手をパンパンと叩きさっきの雀を呼ぶ。
 障子がスゥーと開き、直衣のうし姿の青年が現れた。

 「はい、ここでチュン」
 「お前、鹿児島のこの店に行ってこいつを買ってくるんだよ。とっととね」
 「かしこまりましたでチュン」
 「ちょいと待ちな」

 今にも変化へんげしそうな雀青年を俺っちは止める。

 「なにか?」
 「ほいよ金だ。一万もありゃ足りんだろ。釣りは駄賃さ、何なら寄り道して楽しんで帰ってきてもいいぜ」

 そう言って俺っちは輪ゴムで丸く止めた万札をポイッと投げる。

 「寄り道なんかするんじゃないよ! 買ったらすぐに帰って来るんだからね!」
 「もちろんでチュン」

 雀青年はポンッとその姿を雀に変えると、輪ゴムに足をズボッと差し込み、万札と共に飛び立って行った。

 「さて楽しみだねえ。お前の料理が本当にこいつの作った料理より優れたものでなかった時は……覚悟するんだね」
 「ああいいさ、そん時はお前さんの望みの通り兄弟たちを説得してやらぁ。説得できなかったらそん時は好きにしな。さて、それまではこの兄ちゃんの料理の続きを楽しませてもらうとするよ。次は岩ガキの生がいいねぇ」
 「ふん、そんな暇はありゃしないさ。実方が直ぐにでも帰ってくるからね」
 「そうだといいねぇ」

 そう言いながら、俺っちは兄ちゃんの隣の岩牡蛎に手を伸ばす。
 そして小声でささやいた。
 
 「心配しなさんな。俺っちが助けてやるからよ。お前さんは良い料理を作ることだけに集中しな」
 「えっ、そ、それは……」

 俺っちは兄ちゃんの小声を打ち消すようにバキッっと牡蛎の殻をこじあけ、手酌ならぬ手ディッシャーで大吟醸のソルベをそれに乗せた。
 あ、ディッシャーってのはアイスをすくうカチャカチャいうやつね。
 くうぅー、焼き岩ガキの大吟醸ソルベ乗せも絶品だったが、生ガキのそいつもいけるねぇ。

 久しぶりの交じりっけ無しの酒で勇気も出たことだし、口八丁であとは何とかするとしますか。
 心はライオンだぜ、ガオー。
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