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第五章 遠征する物語とハッピーエンド

珠子と今大江山酒呑童子一味と化物婚礼(その4)※全5部

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◇◇◇◇

 「ちょちょちょ、待たんか若造! それ以上はいかん!」

 俺様の掌の力を見極めたのか、どこからともなく見覚えのある老人が飛び出してきた。
 白澤だ。
 やはりこいつもグルだったか。
 あの神気の結界はこいつの仕業だな。

 「心配いらん。手加減はしておるし、まもなく離す」
 
 俺様が力を緩めるとドサッという音と共に珠子が膝を着く。

 「珠子、まずは質問に答えておこう。どうして俺様がこれがお前の作戦だと見抜いたかだったな」
 「いたたたた。そうです、そこ! どーしてわかったんですか!? 絶対にバレないと思ったのに」

 両手でこめかみをグリグリとマッサージしながら珠子は言う。

 「見事だったぞ、特に頼光の木偶を使った所とかな」
 「ええ、あれを見れば酒呑さんもみなさんも動揺して冷静な判断ができなくなると思ったんですけど。たとえ木偶だったってバレても、かつての好敵手ライバルの姿を愚弄したとばかりに怒りであたしが黒幕って事実にはたどり着けないと思ったんですけど……」
 「うわー、珠子さんってばえげつないわね」
 「でしょでしょ、あたし頑張って考えたんだから」

 決して褒められているわけではないのに、偉そうに薄い胸を張る珠子を見て、俺様は頭を抱える。
 なんでそんなに自慢げなのだ……。
 
 「お前の策は見事だったぞ、白澤を黒幕と誤認させるような伏線をいていたのだからな」
 「でしょ、木偶頼光を倒した時、酒呑さんはこう思ったはずです『この程度の相手に易々と茨木が連れ去られるはずがない。何か術や薬を受けたのか』と」

 確かに俺様はその時そう思った。

 「そうすれば、茨木さんに執着のあって医学に明るい白澤様が頭に浮かぶと思ったんですけどね」
 「お前の言う通り、一瞬は白澤かとも思った。だけどな、お前、をしたな」
 「え? あたしってそんな事しましたっけ?」

 腕を組み、何かを思い出すような仕草で珠子は考えこむ。

 「お前のミスは朱雀門の鬼の落とし穴を指摘した所だ。あれは俺様も危なかったぞ」
 「い、いや、あれは神便鬼毒酒の効力で夜目がバッチリとですね」
 「たわけ、罠というのは視覚の影だけではなく、心理のかげにも仕掛けるものだ。朱雀門の鬼はわかっておったぞ、木偶どもは刀を大きく振りかぶり上方に集中力を引き付ける構えできおったからな」

 大声で意識を顔に向け、大上段の振りかぶりで視線を上に向けるよう傀儡を操る。
 流石は朱雀門の鬼、如才ない。

 「いくら神便鬼毒酒で夜目が効くようになろうとも、戦闘の心理の中に隠された罠には気付かぬ。お前が強者つわものでもない限りな。それに気づいたから、俺様はお前を疑った。そして俺様の疑念は見事的中したのだ」
 「あらま、ダメだわ珠子さん。この人、知略ではあなたより一枚上手だわ」

 そう言ってノラは目の前で降参、降参とばかりに顔の前で手を振る。
 やはりこいつもグルだったか。

 「そして珠子が落とし穴を教えたのは、あそこで俺様が脱落するのがマズかったからであろう。俺様はここにたどり着かせるのが目的だったのであろう」
 「え~、そこまでバレてます」
 
 ここまで来て、バレてないとでも思っていたのか。
 おそらく、薬か術で我を無くした茨木を正気に戻すため、最後は愛の告白か口づけでこの茶番を締めるつもりだったのであろう。
 こいつの考えそうなことだ。

 「さて、そこの大たわけ」

 俺様の声に岩に座ったままの茨木の身体がビクッと震える。
 やはり演技だったか。

 「酒呑……チョット……コワイ……」

 まだ続ける気か。
 まあ、それもよかろう。
 この茶番に最後まで付き合ってやる。
 
 「座ったままでいい、話を聞いてくれ」

 俺はゆっくりと茨木へと歩みを進める。

 「あの時、俺がお前に言った『そのままの君でいいので俺様の側にいてくれ』という言葉……あれは間違いだった」
 「えっ、それってまさか」

 茨木が驚愕の声を上げ、その身体が震える。

 「あの時、俺はお前を失いたくない一心で言葉を取りつくろった。鬼のお前がここに居てもいいと思えるような言い方を必死に考えて。あれは俺の願いでもあり呪いでもあったのだ。『側にいてくれ』なぞ俺がお前を縛ってしまうような言い方ではないか」

 千年を超える時の流れ、その間ずっとその言葉は茨木を縛っていた。
 身体は離れていても、その心を縛っていた。
 茨木に言わせれば『ウチが好きで縛られとるんや』なんて言いそうだが、それは違う。

 「俺は自由が好きだ。だから、俺が好きな自由をお前にも与えたかった。共に並び立つ者として、同じ自由を共有したかった。だが、あの時の言葉は結果としてお前を縛ってしまった。許せ」

 「酒呑、それでも良かったんや、ウチは酒呑の側に居られたら……それで……」

 そう言う茨木の唇を俺は指で止める。
 かすかな震えがその指を揺らす。
 
 「違う、お前は鬼だ。そして俺もお前にふさわしくなろうとして鬼となった。鬼は強く気高く、そして何よりも強欲であらねばならぬ。欲しいものがあれば全力で手に入れる。そんな生き様を人に、あやかしに、神々に見せつけてやる存在だ」

 俺様の中に流れる人の血。
 それが俺様を鬼にした。
 狂おしいほどに鬼に焦がれる心が鬼にした。

 「本当はこう言うべきだった。『俺は……』」
 
 俺様は息を吸いこむと、

 「俺は茨木が好きだ! その姿も涙も、魂の輝きさえも! だから、全力でお前を抱く!」

 この日ノ本に聞こえても構わぬほどの妖力ちからを込めてその言葉をとどろかせた。
 背後から「ストレート過ぎます! 酒呑さん!」という声が聞こえるが、意に介さぬ。
 
 「縛られるのが嫌だったら逃げればよい。それは自由だ。だがな……」

 俺は唇に当てた手を、ゆくりと腕ごとその白い首に回し、抱きしめる。
 震えはもう感じない。
 熱い吐息が俺の耳に触れる。

 「俺はどこまでも追ってお前をこの胸に抱くぞ、今日のこの日のようなにな」

 そして俺はその口を塞いだ。
 吐息はもう聞こえない。
 茨木は逃げなかった。
 とどのつまりはそういうことだ。

◇◇◇◇
 
 「ごーかくっ!」

 スパーンと何かが空間を引き裂いてそこから巫女風の衣装を身に纏った女が現れる。
 
 「やはりあなたも一枚かんでましたか。母様」
 「あら、バレてた?」
 「バレないと思う方が不思議です」

 これほどまでの騒ぎを起こして、この伊吹山の他の神々がおとなしくしている理由はひとつ。
 事前に根回ししているに他ならない。
 珠子ではそれは出来ぬ。
 神使しんしたる母様、玉姫御前でなくては。

 「だーってぇ、あの茨木ちゃんをやーっとお嫁さんにするって聞いたなら、少なくとも言葉での告白のひとつやふたつ確かめちゃいたくなるもんじゃん」

 てへっ、と世間一般で可愛いポーズと呼ばれる仕草で母様が言う。

 「それで、合格ということは俺は母様の眼鏡にかなったということですか」
 「そうね、満点とまではいかないけど、合格点はあげる」

 そう言って母様は指で丸を描く。
 花丸ではない。

 「へー、玉姫様って結構お子さんには手厳しいですね。普通はしゅうとめが嫁の吟味をするのに」
 「あらノラさん、平安基準では普通よ。私は茨木ちゃんの母代わりでもあるし、今は旦那も不在だしね」

 やはり父、八岐大蛇ヤマタノオロチは変わらず不在だったか。
 まあ、居たならばあれほどの強大な力を感じぬはずがない。
 
 「そうか、母様に逢いに来た用件のひとつにがあったのですが……」
 「酒呑さん、その話は後にして、さっそく婚礼のパーティとしゃれこみましょう。準備は出来ていますし、みなさんも間もなく着くはずです」

 今回の黒幕、珠子がそう言いながら俺様と茨木の袖を引く。
 その引く先には設けられた高砂があった。
 やはり、全てこいつらの仕込みだったか。

 「今日の主役のおふたりはあそこで待っていて下さい。設営はすぐに終わりますから」

 珠子がそう言うと、パンと空間が裂ける音がして、その中から熊たちが躍り出た。
 いや、熊だちだけではない、他に隻眼の男がひとり。

 「ボス、お待たせしたクマー」
 「無事だったか」

 聞くまでもない、あの偽頼光四天王ごときに遅れは取るとは思えぬ。

 「あんな偽物に熊たちが負けるはずがないクマよ」
 「そうトラ! よゆうトラ!」
 「楽勝でスター」
 「相手にもならないカナー」
 「そうか、それでこの男は?」
 
 俺様はもうひとりの男を指さして尋ねる。

 「直接会うのは初めてかな。私は泥田坊と申す。今回は珠子殿のお誘いによりこの婚礼に一役からせて頂いた」
 そう言って男は一礼する。
 こいつも珠子の差し金か。
 
 「ボクたちは偽の碓井や坂田、卜部をかるーく倒して、その裏で泥人形を操っていたこのオジサンを問い詰めたんだしー。そしたら、みんなゲロったんだしー」
 「最初からタイミングをみて、ネタバレするつもりじゃったんじゃよ。それで朱雀門の鬼と合流してここに集まったのじゃ」

 先ほどのゲートは朱雀門の鬼の術か。

 「それで朱雀門のやつはどこに居る」
 「ここじゃよ、ここじゃ」

 背後からの声に俺様は振り向く。

 「ぶっ、ぶははっ! なんだなんだ、その顔は!」
 
 そこにあったのは血色の良い朱色の顔ではなく、真っ白な粉にまみれた鬼の顔だった。

 「ただの小麦粉じゃよ。あの落とし穴のゲートの行先に仕掛けておいたんじゃ。お前さんがひっかかったら笑ってやろうとな。じゃが、私の方がかかってしまうとはの」
 「もし、酒呑さんがあそこで脱落していたら、罰として酒呑さんは小麦粉まみれの顔で高砂に座ってもらうつもしでしたー。よかったですね、あの場を切り抜けられて」

 そう言って珠子が意地の悪そうな顔で笑う。
 まったく、とんだ茶番だ。

 「さて、あとは鬼道丸さんだけですけど……」

 鬼道丸か……あの偽渡辺 綱わたなべのつなに遅れを取ることはないと思うが……
 あいつは精神的に未熟な所があるからな。
 
 ザッ

 そんな俺様の心配をよそに森の中から鬼道丸が躍り出る。

 「やりました! 父上! 鬼道丸はやりましたよ! ほら、つなの首です!」

 意気揚々と憎っくき敵の首を掲げて。
 俺様は頭を抱えた。

 「たわけ 手元をよく見ろ」
 「へっ!? あー!? これはマネキンの首!」
 
 傀儡の首を見て驚く鬼道丸を見て、みながハハハと笑った。

◇◇◇◇

 みなが祝う中で俺様と茨木の婚礼の儀が始まった。
 祝いの膳は珠子が事前に用意しておいたらしく、味は非情に良い。
 野菜の細切りで作られた水引や、はまぐりや鯛の刺身、湯葉と海老の煮物など。
 みなが珠子の料理に舌鼓を打ち、会話の端々から笑いがあふれる。
 
 「では、このハッピーエンドをもう一度再現してもらいましょう! さあ! 酒呑さん! 愛の告白の時です!」
 「断る」

 司会席からの珠子の呼びかけを俺様は1秒でつ。

 「えーなんでですかー、もう一度言って下さいよ。さっき茨木さんに言った言葉を」
 「ああいうのは、ここ一番で言うから価値があるのだ。何度も言えば重みがなくなる」

 もっともらしい言い方をしたが、実の所、恥ずかしい。

 「もう一度だけでいいから言いなさい酒呑。じゃないと、茨木ちゃんとの結婚は認めてあげませんよ」
 「ほら! お母さまもそう言ってらっしゃいますし!」

 母様め、余計なことを。

 「「「こーくはく! こーくはく!」」」

 朱雀門の鬼や白澤だけでなく、熊どもも騒ぎ立てる。

 「……酒呑、嫌やったらええんよ。ウチは酒呑が嫌なことを無理強いするのはいやや」

 俺様の隣で袖を引きながら上目遣いに茨木がつぶやく。
 
 「嫌ではない。少し恥ずかしいだけだ」

 俺様はパンと手を叩き、一同の声を静める。
 風も虫も星さえも息をひそめたように辺りが静寂に包まれた。

 「茨木よ、思えば俺はお前を言葉と行動で求めたことはなかったな。最初は母より与えられ、次はお前の意志を誘導し、そして最後はお前に俺を求めさせた」

 出逢いは母様から与えられた娘、俺はただの餓鬼のようにお前を自分のものだと思い込んだ。
 茨木が鬼だと判明した時、俺は茨木が離れぬよう居場所を作って引き止めた。
 俺様が頼光に不覚を取り、幽世かくりよで回復に努めていた時、茨木からの召喚に応じた。
 そこには無かった……俺様からの意志が。

 「だから、この場では言わねばならぬ。母の前で一門の前で客人の前で! 俺が茨木を恋し、愛し、欲し、決して離さぬことを!」

 そして俺様は視線を珠子に向ける。

 「珠子、現代の人の間では人前式じんせんしきというのもあるそうだな」
 「はい、神前や仏前といった特定の宗教に囚われたくない人が行う結婚式の一形態です」
 「そうか、俺様は鬼だからな。それらを全て網羅してやろう」

 俺様は大きく息を吸い込み朗々とうたいあげる。

 「神よ! 仏よ! 人よ! この地に巣食う魑魅魍魎どもよ! 聞こえているだろう! これはお前らへの誓いではない、俺様の宣言である! 俺と茨木は今、ここに結ばれる! それを引き裂くというのならば引き裂いてみるがいい! 出来るものならな!」

 俺は高らかに言い立てる。
 天に地に響き渡るように。

 「ふふふっ、酒呑たら、そないなこというて、本当に神仏が来はったらどないするん?」
 「その時はふたりで打ち砕くさ。初めての共同作業というやつだ」
 「ええね、来れるもんなら来て欲しいわ」

 そして俺と茨木は見つめ合う。
 やるべきことはわかっている、やりたいことも。
 俺はそっと茨木の頬に掌をあて、その蕾のような唇に俺の唇を押し当てた。

 …
 ……
 ………

 パチパチパチと拍手の音だけが聞こえる。
 
 「茨木よ、どうやらここに判明したようだぞ。天地神明、いずれであっても俺とお前を引き裂けぬと」
 「うん、そやね。でも念のため……」

 そう言って、茨木は俺の首に手を回し。
 その柔らかな唇で俺の息を塞いだ。

◇◇◇◇

 「いやー、鬼のふたりに鬼愛おにあいの言葉でした。さて、ここで来賓のみなさんからの祝福がありまーす! テーマは爆発! 爆発というのは幸せなふたりを祝福するという意味の人間の俗語スラングでーす」
 
 パチパチパチパチ
 爆発とは穏やかではない。
 だが、珠子のことだ、きっと良い演出なのであろう。

 「ではまず、儂からいこうかの」

 白澤が中央に躍り出ると、その懐から爆竹を取り出した。

 「さっすが白澤様! 中国式!」
 「ほっほっほっ、中国の結婚式には爆竹はつきものじゃが、最近は中国の条例で禁止されての、その寂しさも込めて鳴らすぞい! 幸せなふたり! 末永く爆発しろ!」

 パパパパパパパッパーン!
 パパパーン!
 パパーン!

 爆竹がけたたましい音を立てて爆発する。

 「次は僭越せんえつならがあたしが」

 そう言って珠子が持ってきたのは大きな中華鍋。
 即席のかまどに薪がくべられ、鍋の中で油が煮えたぎる。

 「あたしがお出しするのは揚げジャガイモです」

 珠子の用意したスライスされたジャガイモが鍋に投入される。

 ポンッ

 油の爆ぜる軽い音と共にその芋が膨れ上がる。
 中の空気が熱で膨張しているのであろう、ポンポンポンと芋は鍋の中で次々と楕円に膨らみ浮かび上がる。

 「はい、みなさんどうぞ」

 皿に盛られた芋が次々と俺様と茨木とみなの手に渡る。

 「これ面白いクマー」
 「口の中でポフポフするカナー」

 手の早い熊たちは配られるそばから口に入れる。
 俺様も頂くとするか。
 
 ポフッ

 口の中でぜたそれは、塩味と揚げた芋の香ばしさを舌に残し、ホロホロと崩れていく。

 「これはパフパフして面白いね、ねっ酒呑」
 「そうだな、口の中で空気が弾ける感じだ」

 軽い食感に芋と油の旨み。
 その味がみなの口を喜びで爆発させる。

 「みなさんお楽しみ頂けたでしょうか。これは”ポムスフレ”、アメリカ発祥の膨らんだジャガイモ料理です。口の中でPomっと爆発するジャガイモ料理! おふたりとも、幸せに爆発しろ!」

 爆発がテーマといったが、今日はこういう趣向か。
 
 「続いては、ノラさんと泥田坊さんです」
 「あたしたちは簡単に」
 「ポップコーンで爆発させるぞ」

 ノラと泥田坊がその手に握っているのは小さい粒。
 モロコシか。

 「おふたりともー!」
 「あふれるほどに爆発しろー!」

 モロコシの粒が煮えた油に投入されると、そのなかで実がポンポンポンと弾け跳んだ。

 「はい、ありがとうございます。ポップコーンは炒る事が多いですが、揚げたものもおいしいですよー!」

 金網で油に浮かんだポップコーンをすくい、珠子がそれをみなに配る。
 サクサクとして美味い。

 「さて、最後は朱雀門の鬼さんでーす! 至上最大の爆発料理を作ってくれるそうでーす!」
 「ふっふっふっ、やっと真打の登場だな」

 そう言って登場した朱雀門の鬼の手に握られていたのは丸の鶏。
 羽根は無く、内臓も抜かれているように見える。
 だが、うっすらと霜が見えるな、冷凍の鶏か。

 「ちょ、ちょ、、ちょっと、朱雀門の鬼さん! 冷凍鶏だなんて、何を持っているんです!? 事前打ち合わせでは砂糖とベーキングパウダーを抜いたドーナツ種のはずだったじゃないですか!? 油の中で軽く爆発して『油が跳ねてアチチ、熱愛的に爆発しろ』みたいな感じの!」

 珠子が何やら焦った様子で叫んでおるが、何か問題なのか?
 あれを油に入れた所で揚げ鶏が出来るだけではないか。

 「さあ! 祝福されたふたり! 豪華な火炎のように天高く爆発しろ!」

 朱雀門の鬼はそう叫ぶと、ゆっくりと冷凍鶏を煮えたぎった鍋の中に入れた。

 ジュワー

 「にげてー! みんなにげてー!」

 珠子の悲鳴が響く、いったい何が起きるというのだ。
 
 ジュワボボボボボ……
 ドウゥゥゥーン! ドヴォバァァァアーン!
 
 俺様は理解した。
 凍った鶏を煮えたぎった油に入れてはならぬ。
 俺様の目の前にあったのは火柱。
 それも天を衝くほどに強大な。

 「ダメなんですよ! 煮えたぎった油に冷凍食品を入れると! 凍った鶏の霜と水分が一気に膨張して水蒸気爆発を起こすんです! ダメ絶対!」

 珠子の視線と言葉が誰に向けられたのかは知らぬ。
 ポカンと口を開けて火柱を見る熊たち。
 「消火! 消火!」と叫ぶノラと珠子。
 「芸術は爆発!」と炎に照らされた顔で自慢げな朱雀門の鬼。
 「これは野外でしかできんのう」と暢気に酒を飲む白澤。
 「うふふ、これは賑やかね」と笑う母様。

 みながみな、あかい顔でいるのは、酒のせいか、喜びのせいか、炎のせいか。
 だが、この婚礼が祝福の火柱に包まれたのだけは確かだった。
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