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第五章 遠征する物語とハッピーエンド

朱雀門の鬼と手ごねパン(その1) ※全4部

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 「おいでやす」

 舞妓さんの声が聞こえる。
 ああ、京都だ……
 いやぁ、ここまで長かった。
 八王子から幽霊列車に迷い込んで、和歌山の山を乗り越え、ついにやってきましたよ京都へ!
 ここから茨木童子いばらぎどうじさんの住む大江山までは電車で約2時間。
 近くじゃないけど、ちゃんと電車も通ってる、迷う事もなければ、惑うこともない。
 あとは、ちょっと京都観光して電車に乗るだけ。
 
 ふふふふふーん

 もう、あたしの旅路を邪魔するような展開にはならないでしょ。
 そんな事を考えながら、あたしは軽快にスキップを踏みながら大通りを進む。

 ビヨヨヨヨーン

 何やら柔らかい物を踏んで跳ね上がったような感覚がして、あたしは木の床の上に立っていた。
 
 「えっ!? なに!? ここどこ!?」
 「おいっ!? どうなってんだ!?」
 「ねぇ、ここどこ?」

 辺りをキョロキョロと見渡すあたし。
 そして同じように首を左右にふっている人たち。
 ざっと20人くらいはいるかしら。
 少年から青年、女性の方や年配の方まで様々。
 床には陰陽っぽい和風の文様、召喚陣ってやつかしら。

 そんなあたしたちの前に、一体の男鬼が現れた。
 赤毛の端正な顔立ちをした欧米系の中々の美青年。
 気配が”あやかし”で頭に角がなければ『あれ? あたしっていつアメリカのセレブに見初められたっけ』っていう都合の良い展開を期待したかも。
 だけど、そんなあたしの期待を裏切るかのように、その青年はこう言ったのです。
 
 「ようこそ私のすみ、”朱雀門すざくもん”へ! さあ、”ですげぇむ”を始めよう!」

 そこに現れたのは”朱雀門の鬼すざくもんのおに”。
 平安時代の絵巻物『長谷雄草紙はせおぞうし』に登場する、紀 長谷雄きのはせおに双六対決を挑んだ鬼でした。

 どうしてこんな展開になるの!?

◇◇◇◇

 「どうやら俺たちは闇のデスゲームに巻き込まれちゃまったみたいだな……」

 あたしの横の青年が何かを理解しているかのようにつぶやく。
 えっ!? なにこの人!?
 闇のゲームってなに? 
 というか、なんでこの人、腕に円盤みたいな盾を装備しているの?
 大型リュックサックの左右に鍋をぶら下げているあたしも大概だけど、この人もおかしくない!?

 「私も聞いた事がある……、京都の朱雀門で鬼とのデスゲームに巻きこまれてしまうって噂を……、そのゲームに参加した人たちは誰ひとり戻ってこなかったって……」

 いやいや、誰も戻って来なかったなら、そもそもそんな噂が流れないでしょ。

 「ふっふっふっ、察しが良い人間も居るようだな……。その通り、私の名は”朱雀門の鬼”。ここに来たお前たちは私と”ですげぇむ”で勝負してもらおう。勝てば褒美と共に元の世界に戻れる、だが負ければ……」
 「負ければ!?」
 「私の気が済むまで”げぇむ”に付き合ってもらう!」

 朱雀門の鬼がそう言うと、板張りの空間が一気にひろがり、数々のゲームが現れた。
 見た目は橙依とーい君と一緒に行ったホビーショップの一室にゲーセンが合体したような感じ。
 ボードゲームからコンピューターゲーム、アーケードゲームまでずらり。
 あっ、ドリンクバーと冷蔵庫と電子レンジとスナック菓子の棚もある。
 ここって、漫画喫茶みたい。

 「なるほど、理解した」

 えっ!? この説明で理解できるの!?

 「ではデュエルだ!!」

 あたしの隣の青年がカードを円盤の盾にセットし、朱雀門の鬼の前に躍り出る。

 「いいだろう……受けて立つぞ……」

 朱雀門の鬼も腕に円盤の盾を装備する。

 「「デュエル!!」」

 ふたりの声が重なり、青年と朱雀門の鬼がカードゲームを始める。
 ええと……あたし、来る世界を間違えたかしら。

◇◇◇◇

 「朱雀門の鬼にダイレクトアタック!!」
 「うぎゃー!」

 勝負はあっさりと着いた。
 青年さんが、手札と置き札、デッキとやらをぐるぐると回して勝った宣言をしたみたいだけど、あたしには何をしていたかわからない。

 「くっ、仕方がない……約束だからな」

 朱雀門の鬼が手をパチンと鳴らすと、青年の前に黒い穴が開いた。
 あっ、穴の中に京都の大通りが見える。

 「それじゃあな! 俺は一足先に戻らせてもらうぜ!」
 
 そう言い残すと、青年は穴をくぐり抜けて行った。

 「ふっ、今回は不覚を取ったが次はそうはいかぬ……、さあ! 次の挑戦者は!?」
 「ならば、儂らが相手しようかの……麻雀でな。ビリのヤツが負けじゃ」

 壮年の男性の3人立ち上がり、手持ちの小さなカバンを開く。
 
 あたしは麻雀のルールを詳しくは知らない。
 緑乱りょくらんおじさんがお店の片隅でやってたのを見たくらい。
 ルールもわからない、だけど……

 「ポン! ポン! チー! ポン! カン! ツモ!」
 「えげねぇな……3人のコンビ打ちだぜ……」

 朱雀門の鬼さんの手番が飛ばされて負けたのにはちょっとかわいそうな気がした。

 「くっ、次!」

 朱雀門の鬼さんが顔を真っ赤にして叫んだ。

◇◇◇◇

 その後も”げぇむ”とやらは続いた。
 ここの朱雀門の”げぇむ喫茶”で。

 朱雀門の鬼は負け続けた。

 「なんじゃ、そのキャラは!?」
 「えっ!? 隠しコマンドで出る暴走いおりんだよ! 知らないの!?」

 ゲーセンの対戦格闘ゲームで負け。

 「28目差であたしの価値ですね」

 スマホの最強囲碁アプリをチラ見しながらプレイする女性に負け。
 ここってWi―Fiがつながってるのよね。

 「次は私の得意な双六で勝負だ!」
 「ほほう……和風のバックギャモンですか……」

 紳士風の外国人の方に負けた……

 うーん、この朱雀門の鬼って、ひょっとしてゲームに弱い?

 「どうしよう、ボクそろそろ帰らないと。でも、ボクあまりゲーム知らないよ」

 あたしの横で夏休みの少年が時計をちらちらと見ている。
 手にはプラモデルのおもちゃ。
 確かに、そろそろ開放してあげないと親御さんが心配しそう。

 「じゃあ、おねえちゃんと一緒にゲームしましょ。ババ抜きはわかる?」
 「うん!」

 よしっ!

 「はーい、次はあたしとこの子がババ抜きで挑戦しまーす」
 「よかろう! 子供とはいえ手加減はせんぞ!」

 こうして、あたしたちの”げぇむ”が始まった。

◇◇◇◇

 「はい、ボクのいちぬけー」

 少年は勝った。
 あたしと朱雀門の鬼はババを巡ってにらみあっている。
 はっきり言おう、あたしはババ抜きに弱い。
 心が顔に出やすいのだ。
 でも、朱雀門の鬼はそれ以上。

 「こっちかな?」 

 朱雀門の鬼の表情がパァァァァと明るくなり、暗くなる。
 あたしの手にババが来る。
 
 「これだ!」 

 ドウウウゥゥゥーンと朱雀門の鬼の表情が暗くなり、あたしの手からババが消える。
 
 あたしたちは、さっきからこれを延々と繰り返している。
 お互いのフェイントに必ず引っかかってるのだ。

 「ねぇ、ボクこれ食べていい?」

 一抜けした少年は安心したのか飽きたのか、棚からポテトチップを取り出して尋ねる。

 「好きにしろ」

 そんな事には興味がないとばかりに朱雀門の鬼が言い捨てる。

 「わーい、いただきまーす! あれっ? かたいなぁ……うーん、よいしょ!」

 バリッ! バリバリバリー!

 勢いが余ったのか、ポテチの袋が破け、中身が飛び散る。
 あっ!? もったいない!
 あたし気が散らばったポテチに取られた。

 「やった! やったぞー! 私の勝ちだ!」

 あっ、しまった。
 朱雀門の鬼の手からカードがなくなり、あたしの手にババが一枚。

 「はっはっー! 勝った勝った」

 朱雀門の鬼が小躍りして喜ぶ。

 「そっか、じゃあ、ボクはもう帰ってもいい?」
 「いいぞいいぞ、おっ、これも持ってけ」

 そう言って朱雀門の鬼は少年の手に大量のお菓子を渡す。

 「ありがと、またねー! バイバーイ!」

 少年はそう言うと、黒い穴を通り抜けていった。

 「私の勝ちだ! さあ! 約束通り”げぇむ”を続けようか! 俺の気が済むまでな!」

 心底嬉しそうな表情で朱雀門の鬼が言う。
 あーあ、まぁ、しょうがないか。

 「うーん、それはいいんですけど、まだお待ちの方もいらっしゃるので、あたしとの”げぇむ”はそれが終わってからにしましょうか」
 「そうかそうか! そうだなそうだな! 待っとれ待っとれ! さあ! ”げぇむ”を続けよう!」

◇◇◇◇

 そんなわけで、朱雀門の鬼は他の方々とゲームの真っ最中。
 今はちょっと大型の箱のボードゲームをやっている。
 げっ!? この箱を見ると1プレイ3~4時間って書いてあるじゃない。
 それを見て、あたしの腹の虫が、ぐるぎゅぎゅぎゅぎゅーと鳴く。
 あたしだけじゃない、ゲームしている方も待っている方もそう。

 「ねえ、朱雀門の鬼さん。ここの材料と調理器具を使って、みなさんに簡単な食事を振舞っていいですか」
 「好きにしろ、私は勝負に忙しい」

 どうやら彼は負けているみたいで、顔を真っ赤にしながら盤面とにらめっこしていている。
 きっと負けるんだろうなぁ。
 あたしはゲームやギャンブルの事は詳しくは知らないけど、ここの集まった人間のみなさんが、その道に詳しそうだという事はわかる。
 その方々は、待っている間に複数人プレイで確実に勝てそうなゲームの選択と戦略を相談していたから。
 今やっている第二次世界大戦をモチーフにしたゲームも、みんなで朱雀門の鬼をフルボッコにしているから。
 麻雀みたいに水面下での談合をやられてちゃそうなるわよね。
 ちょっと、可哀そうかしら。
 そんな事を考えながら、あたしは冷蔵庫の中をチェックする。
 おっ、ちょっと高級そうな牛の赤身肉があるじゃありませんか!!
 ここは最初から目をつけていた一斤丸ごとの食パンと合わせてあれを作っちゃいましょ!

 ギッギッギッ、スッスッスッ

 あたしの手に合わせて食パンがスライスされ、その耳も切られていく。
 ものの数分で一斤まるごとの食パンは真っ白な姿に生まれ変わった。

 「次にこのパンの耳で生パン粉を作りまーす。ちょっと大きな音が出るけど気になさらずにね」

 あたしは、みなさんに注意を促しながら持っていたハンディブレンダでパンの耳を細かく砕いていく。
 よしっ、あとは牛肉をスライスして、小麦粉をはたいて、溶き卵をつけて……

 ジュワー、ジジジジジジジ

 「この牛肉は多めの油のフライパンで揚げ焼きにしまーす。これならIHクッキングヒーターの火力でもカラッと揚がりまーす」

 パン粉がパリパリになった牛カツをフライパンから取り出し粗熱を取っている間に、あたしはソースの作成に入る。

 「さて、次はソースを作りまーす。今日はワサビ醤油のジュレソースを作りましょう! 牛肉との相性バッチリですよ!」

 粉末出汁にお湯を少な目に入れてゼラチンを投入、そこに醤油を加えてソースの入ったボウルを氷水で冷やしながらかき混ぜる。
 少し固まってきたら、このチューブワサビを加えて混ぜれば、ワサビ醤油のジュレソースのかんせーい!
 
 さあ、これからはスピード勝負!
 食パンに軽くバターを塗り、牛カツとワサビ醤油ジュレをのせてパンで挟めば……
 
 「できましたー! 牛カツサンドイッチの完成でーす! さあ、これからがカツ系サンドの醍醐味だいごみ! いや醍醐音だいごねです!」
 
 ザクッ、ザクザクザクッ

 包丁がパンとカツを切る軽快な音、そして断面から漂う焼けた肉の香り、それがみなさんの視線をあたしに釘付けにさせる。
 ふっふっふっ、どんな勝負になっているかわかりませんが、この魅力に逆らえる方なんていませんよ。
 
 「さっ、ゲーム中でもつまめて手も汚れにくいサンドイッチにしてみました! ゲームの合間にどうぞ。お待ちのみなさんもご一緒にどうぞ」

 あたしの呼びかけに「おおお! 早く持ってきてくれ!」とゲーム中のみなさんのリクエストが殺到し、待機中のみなさんの手は既にお皿に殺到中。

 「おおっ! このサンドはザクッと歯がカツを刻む音を立てれば、ジュワッと肉の旨みが口にあふれ出る!」
 「しかも火加減は見事なミディアムレア! 上等な赤身肉の魅力を最上に味わえる状態!」
 
 真っ先に食らいついたゲームに参加している人たちが、ゲームの盤面から牛カツサンドの断面に視線を移して言う。

 「はい、牛肉は中心が少しレアな状態がおいしいです。ですけど、この牛カツサンドにはその状態は本来は向きません」
 「なぜだい? こんなに美味しいじゃないか」
 「それは衛生の関係ですね。朝にこのレアな部分が残った牛カツサンドを作ってお弁当にすると、昼には悪くなっちゃう可能性があります。だから、これは出来立てじゃないとダメなんですよ、ちょっとした冒険作ですね」

 これはあたしがいつか作ってみたいと考えていた一品。
 お弁当には使えないし、すぐに食べるならサンドイッチにする必要がない。
 今みたいに、すぐに誰かが食べてくれるケースじゃないと作れないの。

 「ううむ、最初に誰が考え付いたかは知らぬが、このワサビ醤油と牛肉の組み合わせは最高だな。ピリッとした刺激と肉の味、そして刺激を和らげてくれるカツの衣とパンが見事な調和を奏でている。手が進む、口が進む」

 待機中の方もすっかり観戦モードとばかりに、牛カツサンドを味わっている。

 「はい、赤身肉を美味しく食べる料理といえばローストビーフですが、そこにも西洋ワサビのホースラディッシュのソースが昔から使われていました。ならばと名も無き偉大な先人が和ワサビを考えてみるのも自然な流れ。そして和ワサビと醤油は大の仲良し! その組み合わせは大正解でした!」

 牛カツは重い、どちらかと言えばお腹に溜まる料理。
 だけど、ワサビの刺激は口の中をサッパリとさせ、さらに食欲を増進させてくれる。
 その証拠にほら、みなさんはひとつ目を食べたら、すぐに次のサンドに手を伸ばしてらっしゃいます。
 
 「そして、サンドとは縁起もいい。さあ、! これから私の逆転劇が始まるぞ!」

 どうやら朱雀門の鬼にも好評みたい。
 やっぱ、勝負にはゲン担ぎも必要ですもんね。

 「はい、サンドイッチの語源は諸説ありますがイギリスのジョン・モンタギューという名の4代目サンドウィッチ伯爵がカードゲームの合間に食べるために作らせたと言われています。ゲームにふさわしく語感もいい、このカツサンドはゲームの場に相応しい一品だと思いますよ」

 あたしはそう言ったけど、きっとゲームの趨勢すうせいは変わらないと思います。
 だって、みなさんがサンドを食べてらっしゃるのですから。

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