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第四章 加速する物語とハッピーエンド

件憑き(くだんつき)と牛テールスープ(その3)※全7部

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◇◇4周目◇◇
 
 体に感じるのは浮遊感。
 僕は自分が落下している事に気付く。
 また、僕は時を越えて戻って来た。

 ガターン、ゴロゴロゴロ

 何とか受け身を取りながら、僕は階段から落ちた。

 「見事に転んだな」
 「そこっ! 超受け身からの天地返し!」
 
 屋上への扉からひょこっと天野と佐藤が顔を出す。

 「ふたりとも、言い方がひどいでござるよ。大丈夫でござるか」

 ダッ

 僕は渡雷の言葉を最後まで聞かずに走り出す。
 また失敗した。
 慈道の探知の術にもは引っかからなかった。
 心臓の動悸どうきは前回ほど激しくはないけど、鼓動は早い。
 だけど、そんな物は気にしてられない。
 彼女に会わなくては。

◇◇◇◇

 どこだ? どこにいる?
 1周目の1時間後、僕はここで彼女にった。
 だから、この近くに彼女がいるはず。
 居た、見つけた。
 市街地から川沿いの土手を歩いている。
 僕は走る速度を上げ、彼女の前に躍り出る。

 「見つけた! 君を探していた」
 「だ、だれ? あなた」

 今まで、うつむきがちな暗い表情しかしていなかった彼女だが、初めて僕は彼女の驚きの表情を見た。

 「僕の名は橙依とーい、でも、そんな事はどうでもいい」
 「ひょっとして『酒処 七王子』の関係者? だったら、君に言う事があるわ」
 「『珠子って人が明日の11時に死ぬ』って事だろ。知ってるよ」
 「どうしてそれを!? ううん、それもどうでもいいわ。そうよ、明日の11時に『酒処 七王子』の珠子って人が死ぬわ。それじゃあ」

 そう言って彼女は踵を返す。
 その何度も見た後ろ姿に僕は声をかけた。

 「待てよ、件憑きくだんつき
 「どうしてそれを!?」

 驚きと困惑の表情で、彼女が振り向く。

 「そんな事はどうでもいい、お前の凶事の予言を回避する方法を教えろ。雄のくだんか件憑きはどこに居る?」

 僕がこんな口調を使った事は初めて。
 だけど、どうしても聞き出す必要有り。

 「知らないわ。私は何も知らない。ただ、予言が絶対だって確信があるだけ」
 「嘘」
 「嘘じゃない! 私にはわかるの。絶対なの!」
 「そんなに強く言っても無駄。僕にはわかる、それが嘘か本当か」

 あの時、蒼明そうめい兄さんに覚えるべきだと言われた”嘘感知”の能力。
 それを僕はまだ身に着けてはいない。
 だけどね、僕にはある。
 友達の能力をコピーする能力が。

 僕は妖力ちからを集中。
 今、コピーするのは友達のさとりの能力。
 僕自身の相手の心を読む能力には、相手の同意という制約があるし、僕も同意なしにはしたくない。
 だけど、さとりの能力にはそれがない。
 同意無く心を読むのは本意じゃないけど、今は緊急事態。

---------------------
 なんなの、この橙依とーいって子、私は生まれてからずっとわかっていた。
 自分が件憑きくだんつきだってわかっていた。
 私はいつか予言をして、その結果が待つのは”死”だってわかってた。
 魚が生まれながらに泳ぎ方を知っているように、鳥が飛び方を知っているように、わかるの!
 ”死”の回避方法なんて無いって!
 知らない、わからない!
 雄のくだんとか件憑きって何!?
 私のような人が他にいるの!?
 知らない! 知らない! そんなの全然わからない!
---------------------

 「……ごめん」

 彼女の心は泣いていた。
 彼女の心は人間と同じ、ううん、彼女はきっと人間で、くだんに取り憑かれただけの不幸な女の子。
 そうだよね、誰かの不幸を予言して、それが当たるなんて悲しい。

 「……ごめん」
 「二度も言わなくていい。それじゃあ」

 そう言って、彼女は去って行った。
 僕も走り始める。
 彼女は雄のくだんは知らない。
 だけど、居ないとは思っていなかった。
 もしかしたら、どこかに存在しているかもしれない。
 そんな一縷いちるの望みをかけて、僕は街中を走り回る。
 スマホのSNSでの投稿や拡散も試した。
 だけど……有益な情報は何ひとつ出てこなかった。
 そして、夜が明け、太陽が昇り、予言の時刻を迎えた。

 間に合わなかった……、だけど、今、ここで足を止めるわけにはいかない。
 もう一度、あの日をもう一度ワンモアデイズを使う前に、少しでも何か手掛かりをつかまなくっちゃ意味がない。
 そんな時、僕は見つけた。
 見つけたのは『八王子の西の外れ、山の中で角を持った人間を見た』というSNSの書き込み。

 ブルルッ

 僕が足を速めたのと、電話が鳴ったのは同時だった。
 通知先は蒼明そうめい兄さん。

 「はい」
 「橙依とーい君ですか。落ち着いて聞いて下さい」

 心なしか、いつも冷静な蒼明そうめい兄さんの声が震えている気がした。
 内容は言われなくても想像が出来る。

 「わかってる。珠子姉さんが死んだんだよね」
 「ど、どうしてそれを!? ええ、その通りです」

 やっぱり、間に合わなかった。

 「それと、赤好しゃっこう兄さんも、です」
 「えっ!?」

 おかしい、今までの周回で赤好しゃっこう兄さんが死んだ事なんてなかった。

 「赤好しゃっこう兄さんを殺せるほどの”あやかし”となると……」

 ブチッ、ツーツーツー

 くそっ、携帯が圏外。
 赤好しゃっこう兄さんの事は気になるけど、今はあの目撃情報を確かめる方が先。
 僕はガサガサガサッと森に入り、そして探し始める。
 それは、すぐに見つかった。
 林道からちょっと離れた古木の下のうろ
 そこに角のある人間が横になっていた。

 牛の角に見覚えのあるジャージ。
 僕はそれを……彼女を知っていた。
 僕は彼女に近づき、その体に触れる。
 そこにあったのは、彼女の……命を失った体だけ。
 僕は思い出す、くだんの伝承を。

 くだん、それは人面牛身の”あやかし”。
 凶事を予言し、凶事が成就すると、くだんもまた命を落とす。

 件憑きの彼女もまた、くだん運命さがに逆らえなかった。

 凶事を予言し、それが成就する……。
 その言葉が僕の心に考えてはいけない考えを、闇の思考を浮かび上がらせた。

 『ひょっとして……彼女を殺せば、予言を言う前に殺せば……珠子姉さんを救う事が出来るかもしれない』

 少し、ほんの少しの間、僕の心が迷いの中に落ちた。
 そして、僕はまた、過去へ跳んだ。

==========
 結論から言おう。
 僕はこの時の心の闇を実行に移さなかった。
 いや、移せなかった、という方が正しいかな。

 この時の僕の心の迷いが、結果的に最後のチャンスを逃してしまったのかもしれない。
 だけど僕は後悔はしていない。
 もし、僕が彼女の命を奪い、珠子姉さんを救い、やがて珠子姉さんと結ばれたとしても。
 僕の手には彼女を殺めた感触が永遠に残り続け、心も痛み続けるだろうから。
 珠子姉さんはいずれ、僕の心の痛みに、言えぬ痛みに気付いてしまう。
 そして珠子姉さんの心も、見えぬ痛みにむしばまれてしまうだろう。
 珠子姉さんはそういう人だ。
 それは、決してハッピーエンドではないと思うから。
 きっと……これでよかったんだ。
==========

◇◇5周目◇◇

 「二度も言わなくていい。それじゃあ」

 そう言って彼女は……
 
 「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 待った! 待った!」
 「なによもう」
 「えっと……君はもう予言した?」
 「したわよ『明日の11時に酒処 七王子の珠子って人間が死ぬ』って」

 あちゃー
 あのタイムロスのせいだ。
 スマホの時計は、12時30分を示していた。

 「なによ、そんな頭を抱えて」
 「いや、ちょっと自分の優柔不断さを嘆いているだけ」

 僕のあの日をもう一度ワンモアデイズは前の周の24時間前までしか戻れない。
 前の周で珠子姉さんが死んだのが11時、これは予言通り。
 その後、僕はSNSの情報の真偽を確かめるために奔走。
 その結果、彼女の死体を見つけたわけなんだけど、結局、あの日をもう一度ワンモアデイズを使った時刻は12時30分になっていたって事か。

 彼女が予言を言う前に殺して、予言の実現を阻止しようって僕の作戦は、これでパァ。
 でも、これでよかったのかもしれない。

 「変な事を言う子ね。それじゃあ」

 彼女と別れるのもこれで何度目だろう。
 だけど、何度やり直しても状況は好転しない。
 そう言えば、前周の蒼明そうめい兄さんからの電話で、赤好しゃっこう兄さんも死んだと聞いた。
 心当たりはひとつしかない、、”死”だ。
 でもどうして?
 今まで赤好しゃっこう兄さんが死んだ事なんてなかったのに。
 最初の周の時は、珠子姉さんは死んだけど、赤好しゃっこう兄さんは死んでいない。
 もしかしたら……
 ある可能性を思い浮かべながら、僕の足は自然と家に向かっていた。

◇◇◇◇

 赤好しゃっこう兄さんは自分の部屋に居た。
 僕はそのドアをノックする。
 
 「……赤好しゃっこう兄さん、話がある」
 「いいぜ、入れよ」

 キイィーとドアを開けて僕は兄さんの部屋に入る。
 
 「珍しいな、お前から俺に声をかけてくるなんて。何か用か? エロ本なら自分で買え、もしくは通販するんだな」

 少しおどけたように赤好しゃっこう兄さんが言う。
 まったく、今はそれどこじゃないというのに。

 「……ううん、そんな話じゃない。兄さん、兄さんってひょとして”予知”の能力を持ってない?」
 「……いつから気づいた」

 兄さんの声のトーンが重くなる。
 
 「……それは重要じゃない、その能力で珠子姉さんをて欲しい」

 それを聞いて兄さんは階段を降り、台所を覗き込む。
 兄さんの光彩が細まり、瞳が紅く染まる。

 「表で話そう、ここは良くない」

 そう言って、兄さんは扉を開けた。

◇◇◇◇
 
 「まずは質問に答えるとするか。お前の言う通り、俺の能力は”弱い予知”さ。相手がこのままだと不幸になる事がわかるチンケな能力さ」
 「……それで珠子姉さんはどう?」
 「ありゃダメだ。あの不幸の重さは死んでもおかしくない。しかも、遠くない未来、明日か明後日くらいには不幸が実現しちまう」
 「その予知って変えられるの?」

 変えられるものであって欲しい。
 それはきっと、僕の希望。

 「変えられるさ、いや簡単に変わると言った方がいい。”弱い予知”って言ったろ、不幸の原因と対策さえ分かれば、運命なんて女心のように変わるものさ」

 やっぱり、僕の予想通り。
 前の周で僕は家に帰らなかった、だけど赤好しゃっこう兄さんは珠子姉さんの買い物に付き合い、そして死んだ。
 きっと、それは珠子姉さんの未来を予知したから。
 それを変えようとして、珠子姉さんのそばに居て、そして……。
 1周目で赤好しゃっこう兄さんが生き残ったのは、その時、僕は彼女の予言を聞いていて『車や通り魔に気を付けて』って言ってしまったから。
 赤好しゃっこう兄さんは、車や通り魔が不幸の原因だと思って、珠子姉さんから少し距離を空けていたのだろう。
 状況を俯瞰ふかんして見えるように。

 「で、お前は心当たりはあるんだろ? 崖っぷちの珠子さんの不幸の」
 「……うん」

 僕は話した、これまでの事を。
 件憑きの女の子のこと。
 何度もあの日をもう一度ワンモアデイズを繰り返している事。
 そして……の事を。

 「話はわかった。しかし、ちょっと大変だな、俺やお前が手も足も出ずにやられる相手か」
 「……うん、はきっと”死”の化身のようなもの。触れるだけで死んでしまう、存在そのものが即死攻撃」

 僕はに何も出来なかった。
 ただ【死ね】という声、心と体と魂に響く言葉を聞いただけでおしまいだった。

 「まっ、そんなに心配な顔をすんなよ。こんな時は自称最強を頼るのが賢いってね」

 そう言って、赤好しゃっこう兄さんはスマホをポチポチといじる。

 「その必要はありません」クイッ
 「ういーっく、話は聞かせてもらったぜ」

 ガサリと音を立てて、家の近くの林から姿を現したのは蒼明そうめい兄さんと緑乱りょくらん兄さん。
 どうやら、僕たちの会話を盗聴。

 「まったく水くさいですよ」クイッ
 「他の兄弟たちにも声をかけたからな。間もなく集まると思うぜ」

 いつもは飲んだくれの緑乱りょくらん兄さんだけど、こんな時は頼りになる。
 そして……兄弟みんなが『酒処 七王子』に集まった。
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