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第四章 加速する物語とハッピーエンド
雷獣とポン菓子(その2) ※全4部
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◇◇◇◇
『人類の叡智』という決め台詞の後に、お嬢ちゃんが取り出したのは一本の酒。
「これが、最強の日本酒! 『越後武士』ですっ! なんとアルコール度数が46度!」
デデーンとお嬢ちゃんの指先が示す先は、確かに46度と書いてある。
「いやいやいや、嬢ちゃん、それはないだろう。蒸留なしにそんな度数に行くなんて聞いた事ないぜ」
「……それに、これは日本酒じゃない、リキュール類って書いてある」
「おふたりのおっしゃる事はごもっとも。ですが、この『越後武士』は日本酒と同じ製法で作られているのです! 酒税法の関係でリキュール類と書かざるを得ませんが、酒税法改正前は日本酒と名乗っていたのです!」
にわかには信じがたいが、どうやらお嬢ちゃんの言う事は正しいらしい。
「糖をアルコールに代える酵母は20度以上のアルコールの中では活動を停止してしまうので、40度なんて度数にはならないはずなのです。一説には醸造アルコールを大量に加えているとか、遠心分離機を使っているとか、浸透膜を使ってるとか、中には宇宙から飛来した酵母を使ってるとか、”あやかし”が酒造りをしているとか、色々な噂はありますが、具体的な製法は企業秘密だそうです。あたしにもわかりません」
へぇ、お嬢ちゃんにも謎とは、こいつは珍しい。
「さて、この『越後武士』ですが、やはり高いアルコール度数だけあって、ストレートで飲むのは難しい、ですが!」
トクトクトクとお嬢ちゃんが3つのショットグラスに『越後武士』を注ぐ。
「ここは、最強の日本酒をそのまま味わっていただきましょー! さっ、どうぞ!」
おじさんたちは顔を見合わせる。
いやいや、俺たちはうわばみだよ。
だって、あの八岐大蛇の子だからね、強いお酒は大好きさ。
だけど、ウチの家系は酒は大好きだけど、酒で失敗する家系でもあるのさ。
「よしっ、強くなれるのであれば、ここは拙者が!」
「……待ってました、一番槍」
覚悟を決めたのか雷獣がショットグラスの酒をクイッと飲み干す。
「冷たい! 氷のようだ! そして熱い! 体が燃えるようだ!」
おいおい、矛盾した言い方だねぇ。
「だが、米の甘さが後からスゥ―っと口の中で踊りだして来たでござる。これは旨い酒にござる! もう一杯!」
「かしこまりました」
トクトクとお酒が注がれ、そして雷獣はまたキュっと呑み干す。
「プハァー」
いけねぇ、ちょいとおじさんも呑みたくなっちまた。
ひんやりとするショットグラスを手に、おじさんもクッっとそれを呑む。
初めに感じたのは冷たさ、これはアイスを思わせる温度、それが喉を流れていく。
そして次に来たのは熱さ、喉が焼けるように熱い、だけど酒の旨みは口の中を満たしていく。
「ふぅ、これはウォッカと同じ飲み方だねぇ」
「はい、冷凍庫で冷やしました。これくらいの度数ですとマイナス30℃でも凍りませんよ。でも、やっぱり飲む方によっては刺激が強すぎますよね」
「……うん」
どうやら、橙依くんには強すぎたみたいだねぇ。
ちょいと顔をしかめてる。
トクトクトク、シュワ―
お嬢ちゃんがグラスに泡の立つ透明な液体を注いでいる音だ。
「そんな時にはチェイサーです。このスパークリング日本酒『すず音』をどうぞ。瓶内発酵による発砲を初めて実用化した先駆けのお酒です」
「……お酒のチェイサーにお酒?」
「いいから試してみて」
お嬢ちゃんに勧められるがままに、コクッっと橙依くんが『すず音』を飲む。
「……あっ、これ甘酸っぱくってフルーティで、おいしい! それに燃えるようだった喉と胃が爽やかになる!」
「強いお酒と一緒に飲むチェイサーは、日本では水が一般的だけど、外国では低アルコールのお酒を飲む場合も多いのよ。テキーラにビールとか。このスパークリング日本酒すず音は5%、ビールと同じくらい。はい、おふたりもどうぞ」
そう言って、お嬢ちゃんは雷獣とおじさんの前にもスパークリング日本酒を差し出す。
チリチリチリ
なるほどね、炭酸の音が鈴の音のように聞こえるから”すず音”ってわけかい。
相変わらず、人間ってのは浪漫にあふれているね。
シュワッ
その酒は冷気と熱の刺激にやられた口と喉を爽やかに癒していく。
いいねぇ、素敵な刺激だ。
「なるほど! 刀を鍛えるには赤熱するまで温めた後に、”焼き入れ”という水に入れる工程があると聞いた事があるでござる。この酒の一連の流れも、それと同じでござるな」
「はい。そして、最後の仕上げがこれです」
そう言って、お嬢ちゃんは大きなトレイを持ってくる。
「……これは?」
お嬢ちゃんが並べたのは薄焼きのパン、それにチーズと、あのポップコーンに似た物はトウモロコシのポン菓子かな?
「これは、メキシコの郷土料理、トルティーヤです。トウモロコシの粉で作った薄焼きのパンですね。そして、これにとろけるチーズを載せて、バーナーで炙る!」
トルティーヤの上でチーズが溶け、トルティーヤ自身にも軽い焦げ目が付いていく。
このバーナーはお嬢ちゃんのお気に入りの一品だねぇ。
「トドメはこのジャイアントコーンのパフをかけて、半分に折れば、かんせーい! コーンパフのケサディーヤです」
なるほど、トルティーヤの折りたたみピザ風って所かな。
おじさんは日本を旅した事があって、この薄焼きパンに何かを挟むって料理は数多くみたけど、世界各地にも似た料理はあるみたいだね。
「ほほう、異国の料理であるか、これは美味そうでござるな」
「……ピザは好き」
モムッっとふたりがケサディーヤを食べる。
「これは美味! 小麦粉とは違う硬めの生地に、チーズのコクと塩気が追加され、コーンのパフがサクサクの触感と甘味を追加している!」
「……おいしい。コーンの甘いパフは昔食べた駄菓子にあったけど、チーズとも良く合う」
おじさんも、モムモムとケサディーヤを食べる。
うん、このチーズとトウモロコシのパン生地は良く合う。
強い酒の合間に食べるのに最適だ。
モムモムモムモム
いつしか、俺たちは無言で食べ続ていた。
キュッっと呑む”越後武士”が体を熱くさせ、シュワ―と”すず音”の流れる音を体の内から聞き、そして温かみのあるケサディーヤが体に活力を与えてくれるのを感じる。
なるほど、強くなるには己を見つめ直すのが一番ってわけかい。
やるねぇ、そいつは正しいよ。
「そう、この料理のキモは、パフをかける事! パフ! それ即ち強化! よく橙依君がゲームの時に言ってるわよね『そこ、パフ! 早くパフをかけて!』って、あれって強化って意味でしょ。あたし知ってますから」
「左様でござったか!」
おお! おじさんも聞いた! なんだか攻撃する時に言ってた!
これはお嬢ちゃんお得意の言葉遊び!
橙依くんも感心しているに違いな……あれ?
…
……
………
「……珠子姉さん、それ違う、強化は”パフ”じゃなくて”バフ”、半濁音じゃなく濁音、表記揺れ」
……おおう
◇◇◇◇
カラン
「ただいま戻りました」
俺たちが料理を平らげ、食後の余韻を楽しんでいた時に蒼明が帰ってきた。
「おや、昼間の雷獣ですか。その分だと珠子さんの料理を楽しんだみたいですね。どうでしたか?」
「美味でござった」
「良い返事です。弱きあなたも武力による天下統一など目指さずに、日々の平穏な暮らしを目指すといいでしょう。荒事は私が解決してあげます」クイッ
おおう、言うねぇ。
言葉に棘がなかったり、誰かに守られるのが当たり前のヒロイン気質のヤツだったらイチコロかもしれないねぇ。
だけどね、男ってのは因果な物でね、それが正しくて最も楽な道とわかっていても、従えない時があるんだよ。
わかりやすく言うとね、『意地』ってのがあるのさ。
「ふむ、それはこういう意味でござるかな? 『弱虫のお前では皆の上に立って、誰かを守ることなど無理』だと」
ああ、やっぱり、カチンと来ちまったか。
「おや、最低限の知力はあるようですね。猪突猛進のお馬鹿さんと思っていましたが、少し感心しました」
ガタン
雷獣の顔が渋面から獣面に変わり、椅子から立ち上がる。
おいおい、ちょっと落ち着きなよ。
「……蒼明兄さん、ちょっと言い過ぎ。僕のクラスメイトの侮辱は良くない」
「そうですよ、蒼明さん。ちょっと言葉が過ぎます」
よしっ! ここに居る面子の良心たち! もっと言ってやってくれ!
「そうですね。可愛らしくも勇ましい橙依君の言う通りです。あなたも橙依君を見習って、守られるヒロイン的な立場になった方がいいですよ」
おいおいおいおい、なんて事を言うんだい。
確かに、橙依くんは荒事が苦手で、おじさんが露払いみたいな事をしている。
だけど、それは橙依くんが女々しいからじゃないんだぜ。
「拙者だけじゃなく、友たるの橙依殿まで侮辱するとは、もう許せん!」
「許さないとしたら、どうするのです? いいですよ、私は今からでも昼間の続きをしても」
辺りに漂う一触即発の雰囲気。
いやだねぇ、おじさんはもっと安穏とした環境で酒を飲みたいってのに。
しょうがない、ここは俺が人肌脱ぐとしますか。
ポフッ
あれ?
蒼明の顔にピンクの花模様の手袋がひとつ。
いや、ありゃ手袋じゃないね、キッチンミトンだ。
「珠子さん、これは何の真似ですか?」
「蒼明さん、たとえ兄弟でも、言っていい事と悪い事がありますっ! あたしの恩人の橙依くんにこれ以上の狼藉は許しません、ここからは、あたしが相手ですっ!」
西洋では手袋を顔に投げつける行為は決闘の申し込みにあたる。
そして、それを知らない蒼明じゃない。
あちゃー、またお嬢ちゃんの直情が爆発しちゃったよ。
「いいでしょう、受けて立つとしましょう」
そう言って、蒼明は足元に落ちたキッチンミトンを拾う。
これまた伝統的な決闘を受けた証。
「ですが、戦闘でこの私に敵うとでも……」
「もちろん、決闘は伝統的に代闘士を立てます! おじさん! お願いします!」
おいおい、こっちに振らないでくれ……
でも、まぁ、しょうがないかねぇ。
俺はよっこいしょ、と腰を上げる。
ポフン
あれれ?
「緑乱兄さん、それには及ばない、ここは僕が僕の友達と己の名誉を掛けて戦う!」
もう一方のキッチンミトンと投げつけたのは、いつもと違って凛とした顔の橙依くんだ。
いいぞ、よく言った!
さて、ここは新進気鋭の弟に任せて、おじさんは高見の見物としゃれこもう。
「おやおや、周りは敵ばかりですね。ま、私はたとえこの四名が相手でも遅れは取りませんが。」クイッ
「よくぞ言ってくれました! それでは、決闘は雷獣さんと、橙依くんと、緑乱さんと、あたしの4名 VS 蒼明さんでよろしいですね!」
「かまいませんよ、ちょうどいいハンデです」クイッ
その言葉を待ってましたとばかりにお嬢ちゃんが言う。
だから、おじさんを数に入れないでくれよ……
『人類の叡智』という決め台詞の後に、お嬢ちゃんが取り出したのは一本の酒。
「これが、最強の日本酒! 『越後武士』ですっ! なんとアルコール度数が46度!」
デデーンとお嬢ちゃんの指先が示す先は、確かに46度と書いてある。
「いやいやいや、嬢ちゃん、それはないだろう。蒸留なしにそんな度数に行くなんて聞いた事ないぜ」
「……それに、これは日本酒じゃない、リキュール類って書いてある」
「おふたりのおっしゃる事はごもっとも。ですが、この『越後武士』は日本酒と同じ製法で作られているのです! 酒税法の関係でリキュール類と書かざるを得ませんが、酒税法改正前は日本酒と名乗っていたのです!」
にわかには信じがたいが、どうやらお嬢ちゃんの言う事は正しいらしい。
「糖をアルコールに代える酵母は20度以上のアルコールの中では活動を停止してしまうので、40度なんて度数にはならないはずなのです。一説には醸造アルコールを大量に加えているとか、遠心分離機を使っているとか、浸透膜を使ってるとか、中には宇宙から飛来した酵母を使ってるとか、”あやかし”が酒造りをしているとか、色々な噂はありますが、具体的な製法は企業秘密だそうです。あたしにもわかりません」
へぇ、お嬢ちゃんにも謎とは、こいつは珍しい。
「さて、この『越後武士』ですが、やはり高いアルコール度数だけあって、ストレートで飲むのは難しい、ですが!」
トクトクトクとお嬢ちゃんが3つのショットグラスに『越後武士』を注ぐ。
「ここは、最強の日本酒をそのまま味わっていただきましょー! さっ、どうぞ!」
おじさんたちは顔を見合わせる。
いやいや、俺たちはうわばみだよ。
だって、あの八岐大蛇の子だからね、強いお酒は大好きさ。
だけど、ウチの家系は酒は大好きだけど、酒で失敗する家系でもあるのさ。
「よしっ、強くなれるのであれば、ここは拙者が!」
「……待ってました、一番槍」
覚悟を決めたのか雷獣がショットグラスの酒をクイッと飲み干す。
「冷たい! 氷のようだ! そして熱い! 体が燃えるようだ!」
おいおい、矛盾した言い方だねぇ。
「だが、米の甘さが後からスゥ―っと口の中で踊りだして来たでござる。これは旨い酒にござる! もう一杯!」
「かしこまりました」
トクトクとお酒が注がれ、そして雷獣はまたキュっと呑み干す。
「プハァー」
いけねぇ、ちょいとおじさんも呑みたくなっちまた。
ひんやりとするショットグラスを手に、おじさんもクッっとそれを呑む。
初めに感じたのは冷たさ、これはアイスを思わせる温度、それが喉を流れていく。
そして次に来たのは熱さ、喉が焼けるように熱い、だけど酒の旨みは口の中を満たしていく。
「ふぅ、これはウォッカと同じ飲み方だねぇ」
「はい、冷凍庫で冷やしました。これくらいの度数ですとマイナス30℃でも凍りませんよ。でも、やっぱり飲む方によっては刺激が強すぎますよね」
「……うん」
どうやら、橙依くんには強すぎたみたいだねぇ。
ちょいと顔をしかめてる。
トクトクトク、シュワ―
お嬢ちゃんがグラスに泡の立つ透明な液体を注いでいる音だ。
「そんな時にはチェイサーです。このスパークリング日本酒『すず音』をどうぞ。瓶内発酵による発砲を初めて実用化した先駆けのお酒です」
「……お酒のチェイサーにお酒?」
「いいから試してみて」
お嬢ちゃんに勧められるがままに、コクッっと橙依くんが『すず音』を飲む。
「……あっ、これ甘酸っぱくってフルーティで、おいしい! それに燃えるようだった喉と胃が爽やかになる!」
「強いお酒と一緒に飲むチェイサーは、日本では水が一般的だけど、外国では低アルコールのお酒を飲む場合も多いのよ。テキーラにビールとか。このスパークリング日本酒すず音は5%、ビールと同じくらい。はい、おふたりもどうぞ」
そう言って、お嬢ちゃんは雷獣とおじさんの前にもスパークリング日本酒を差し出す。
チリチリチリ
なるほどね、炭酸の音が鈴の音のように聞こえるから”すず音”ってわけかい。
相変わらず、人間ってのは浪漫にあふれているね。
シュワッ
その酒は冷気と熱の刺激にやられた口と喉を爽やかに癒していく。
いいねぇ、素敵な刺激だ。
「なるほど! 刀を鍛えるには赤熱するまで温めた後に、”焼き入れ”という水に入れる工程があると聞いた事があるでござる。この酒の一連の流れも、それと同じでござるな」
「はい。そして、最後の仕上げがこれです」
そう言って、お嬢ちゃんは大きなトレイを持ってくる。
「……これは?」
お嬢ちゃんが並べたのは薄焼きのパン、それにチーズと、あのポップコーンに似た物はトウモロコシのポン菓子かな?
「これは、メキシコの郷土料理、トルティーヤです。トウモロコシの粉で作った薄焼きのパンですね。そして、これにとろけるチーズを載せて、バーナーで炙る!」
トルティーヤの上でチーズが溶け、トルティーヤ自身にも軽い焦げ目が付いていく。
このバーナーはお嬢ちゃんのお気に入りの一品だねぇ。
「トドメはこのジャイアントコーンのパフをかけて、半分に折れば、かんせーい! コーンパフのケサディーヤです」
なるほど、トルティーヤの折りたたみピザ風って所かな。
おじさんは日本を旅した事があって、この薄焼きパンに何かを挟むって料理は数多くみたけど、世界各地にも似た料理はあるみたいだね。
「ほほう、異国の料理であるか、これは美味そうでござるな」
「……ピザは好き」
モムッっとふたりがケサディーヤを食べる。
「これは美味! 小麦粉とは違う硬めの生地に、チーズのコクと塩気が追加され、コーンのパフがサクサクの触感と甘味を追加している!」
「……おいしい。コーンの甘いパフは昔食べた駄菓子にあったけど、チーズとも良く合う」
おじさんも、モムモムとケサディーヤを食べる。
うん、このチーズとトウモロコシのパン生地は良く合う。
強い酒の合間に食べるのに最適だ。
モムモムモムモム
いつしか、俺たちは無言で食べ続ていた。
キュッっと呑む”越後武士”が体を熱くさせ、シュワ―と”すず音”の流れる音を体の内から聞き、そして温かみのあるケサディーヤが体に活力を与えてくれるのを感じる。
なるほど、強くなるには己を見つめ直すのが一番ってわけかい。
やるねぇ、そいつは正しいよ。
「そう、この料理のキモは、パフをかける事! パフ! それ即ち強化! よく橙依君がゲームの時に言ってるわよね『そこ、パフ! 早くパフをかけて!』って、あれって強化って意味でしょ。あたし知ってますから」
「左様でござったか!」
おお! おじさんも聞いた! なんだか攻撃する時に言ってた!
これはお嬢ちゃんお得意の言葉遊び!
橙依くんも感心しているに違いな……あれ?
…
……
………
「……珠子姉さん、それ違う、強化は”パフ”じゃなくて”バフ”、半濁音じゃなく濁音、表記揺れ」
……おおう
◇◇◇◇
カラン
「ただいま戻りました」
俺たちが料理を平らげ、食後の余韻を楽しんでいた時に蒼明が帰ってきた。
「おや、昼間の雷獣ですか。その分だと珠子さんの料理を楽しんだみたいですね。どうでしたか?」
「美味でござった」
「良い返事です。弱きあなたも武力による天下統一など目指さずに、日々の平穏な暮らしを目指すといいでしょう。荒事は私が解決してあげます」クイッ
おおう、言うねぇ。
言葉に棘がなかったり、誰かに守られるのが当たり前のヒロイン気質のヤツだったらイチコロかもしれないねぇ。
だけどね、男ってのは因果な物でね、それが正しくて最も楽な道とわかっていても、従えない時があるんだよ。
わかりやすく言うとね、『意地』ってのがあるのさ。
「ふむ、それはこういう意味でござるかな? 『弱虫のお前では皆の上に立って、誰かを守ることなど無理』だと」
ああ、やっぱり、カチンと来ちまったか。
「おや、最低限の知力はあるようですね。猪突猛進のお馬鹿さんと思っていましたが、少し感心しました」
ガタン
雷獣の顔が渋面から獣面に変わり、椅子から立ち上がる。
おいおい、ちょっと落ち着きなよ。
「……蒼明兄さん、ちょっと言い過ぎ。僕のクラスメイトの侮辱は良くない」
「そうですよ、蒼明さん。ちょっと言葉が過ぎます」
よしっ! ここに居る面子の良心たち! もっと言ってやってくれ!
「そうですね。可愛らしくも勇ましい橙依君の言う通りです。あなたも橙依君を見習って、守られるヒロイン的な立場になった方がいいですよ」
おいおいおいおい、なんて事を言うんだい。
確かに、橙依くんは荒事が苦手で、おじさんが露払いみたいな事をしている。
だけど、それは橙依くんが女々しいからじゃないんだぜ。
「拙者だけじゃなく、友たるの橙依殿まで侮辱するとは、もう許せん!」
「許さないとしたら、どうするのです? いいですよ、私は今からでも昼間の続きをしても」
辺りに漂う一触即発の雰囲気。
いやだねぇ、おじさんはもっと安穏とした環境で酒を飲みたいってのに。
しょうがない、ここは俺が人肌脱ぐとしますか。
ポフッ
あれ?
蒼明の顔にピンクの花模様の手袋がひとつ。
いや、ありゃ手袋じゃないね、キッチンミトンだ。
「珠子さん、これは何の真似ですか?」
「蒼明さん、たとえ兄弟でも、言っていい事と悪い事がありますっ! あたしの恩人の橙依くんにこれ以上の狼藉は許しません、ここからは、あたしが相手ですっ!」
西洋では手袋を顔に投げつける行為は決闘の申し込みにあたる。
そして、それを知らない蒼明じゃない。
あちゃー、またお嬢ちゃんの直情が爆発しちゃったよ。
「いいでしょう、受けて立つとしましょう」
そう言って、蒼明は足元に落ちたキッチンミトンを拾う。
これまた伝統的な決闘を受けた証。
「ですが、戦闘でこの私に敵うとでも……」
「もちろん、決闘は伝統的に代闘士を立てます! おじさん! お願いします!」
おいおい、こっちに振らないでくれ……
でも、まぁ、しょうがないかねぇ。
俺はよっこいしょ、と腰を上げる。
ポフン
あれれ?
「緑乱兄さん、それには及ばない、ここは僕が僕の友達と己の名誉を掛けて戦う!」
もう一方のキッチンミトンと投げつけたのは、いつもと違って凛とした顔の橙依くんだ。
いいぞ、よく言った!
さて、ここは新進気鋭の弟に任せて、おじさんは高見の見物としゃれこもう。
「おやおや、周りは敵ばかりですね。ま、私はたとえこの四名が相手でも遅れは取りませんが。」クイッ
「よくぞ言ってくれました! それでは、決闘は雷獣さんと、橙依くんと、緑乱さんと、あたしの4名 VS 蒼明さんでよろしいですね!」
「かまいませんよ、ちょうどいいハンデです」クイッ
その言葉を待ってましたとばかりにお嬢ちゃんが言う。
だから、おじさんを数に入れないでくれよ……
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