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第四章 加速する物語とハッピーエンド
燈無蕎麦(あかりなしそば)と月見そば(前編)
しおりを挟む私の名は蒼明。
この西東京の”あやかし”のリーダー。
本来なら王という役割は黄貴兄さんに任せたいのですが、兄弟で一番適正のあるのが私ですからしょうがありません。
強き妖力と正しき心を持つ私が指導者にならねば、か弱き者たちが虐げられてしまいます。
私としては可愛いもの……もとい、か弱きものを愛でて日々を過ごしたいのですが……
リーダーの私としての役割は単なる治安の維持だけではありません。
私に付き従う”あやかし”たちの悩みを聞き、それを解決するのも重要な仕事です。
単純な暴力で解決する問題なら容易い。
正しき私が双方の言い分を聞き、判決を下すのも問題ありません。
ですが……この私でも苦手というか解決出来ない相談事もあるのです。
そんな時、私の助力になりそうなのは、まず兄弟たちなのですが、今回は無理でしょう。
仕方ない、不本意ですが、彼女を頼るとしましょう。
まあ、彼女には借しも多いですし、少しは返して頂きましょうか。クィッ
◇◇◇◇
「珠子さん、一緒にお食事でもどうですか?」
「お断りします。ぜーったい、裏がありますから」
んべー、とはしたなく舌を見せながら珠子さんは拒絶の意を示しました。
「そうですか、折角、私が奢ろうと思ったのですが……」
「へへっ、それを先に言って下さいよ旦那」
もみ手をしながら彼女が私に近づいてきます。
まったく現金なものです。
「それでは参りましょう。お店はこの近くです。この前のタヌキさんが経営している所です」
「へぇー、あの狸さんたちのお店かー、楽しみです」
彼女はウキウキ顔ですが、あの相談を聞けば、それは渋面に代わるでしょう。
あんな相談事を全部解決出来る無理に決まっています、ありえません。
まあ、一部でも解決出来れば御の字でしょうか。
◇◇◇◇
「だまされたー! これって不幸になるやつじゃないですかー!? 燈無蕎麦じゃないですかー!?」
お店の前で頓狂な声を上げる彼女。
ここが夜の薄暗い裏路地でなければ、衆目を集めてしまったでしょう。
「はい、燈無蕎麦です。ご存知でしたか」
燈無蕎麦は本所七不思議に登場する怪談のひとつ。
営業しているのに店先の行燈に火が付いていない蕎麦屋。
その店の行燈に火を点けると不幸になると言われています。
まあ、根も葉もない噂ですが。
「ぽんぽん! そんな事はないポン! あれは人間が勝手に言ってるだけだポン!」
屋台の中から可愛らしい声を出すのはタヌキさんたち。
そうです、この燈無蕎麦の正体はタヌキさんなのです。
この前の狐と狸の化かし合い合戦、それは狸の勝利に終わりました。
私がタヌキさんたち授けた策のおかげです。
今回の相談事の主はこのタヌキたち、その相談内容はとてもとても難解なのです。
「あっ、かわいいー! 『こぐまのクレープ屋さん』みたいー!」
ひょっこりと現れたタヌキさんに笑みを浮かべる珠子さん。
こんなモフモフのフワフワを前にすれば当然ですね。
「珠子さん、ボクたち困ってるんです。何とか助けてくださいポン!」
湯気の立つ蕎麦を屋台のカウンダ―から出してタヌキさんが言います。
「ええ、あたしに出来る事でしたら。お困りごとって何ですか? 料理関係ならどんとこいですよ」
「それはですね……」
タヌキさんが珠子さんにお困りごとを説明しています。
その内容は私も知っています。
一部は料理関係ですが、それに加えて”あやかし”らしい悩みに加え、経済的な問題も含んだ複合課題なのです。
まあ、全部を一気に解決するのは無理でしょうね。
そんな見事な策なんて”ありえません”
「なんだ、そんな事か! 大丈夫! このあたしに任せなさい!」
マジですか!?
◇◇◇◇
「ちょっと珠子さん。貴方はちゃんと理解していますか? このタヌキさんの悩みを」
「はい、理解していますよ。まずは『もっとこのお蕎麦を美味しくしたい』ですね」
ズズズッっと蕎麦をすすり、グビグビと汁を飲みながら珠子さんが言います。
あの蕎麦は悪くはないですが、やはり美味しいという領域に達するには一歩足りないと言わざるを得ません。
「そして次に『商売繁盛』!」
「お金欲しいポン! でも悪い事をすると、こわーい退魔の人が来るから嫌だポン」
「あたしも犯罪行為は嫌ですから、もちろん合法的にですよ」
「あと、人間もビックリさせたいポン! 人を化かすのはタヌキの本分だポン!」
「もちろん燈無蕎麦だから灯りはダメポンよ」
「はい、理解しています。地下街や繁華街のような明るい所もダメですよね」
「長時間労働は嫌だポン!」
「心から同意」
最後の少し低い声が、彼女の暗部をほのめかしています。
「どうです、あたしの理解はあっているでしょ」
「はい、あっていますが。本当に大丈夫なのですか?」
「あたしひとりでは無理ですけど、蒼明さんに協力して頂ければ大丈夫です。蒼明さんの得意領域での協力をお願いします」
自信たっぷりに彼女は言いますが、不安は残ります。
タヌキさんの課題を簡単にまとめますと
1.蕎麦の味の改善
2.お金を儲けたい、合法的に
3.人間を驚かしたい
4.灯りは点けちゃダメ
5.地下街や繁華街のようなライトアップさせる立地もダメ
6.長時間労働は嫌
これを全てまとめて解決する事です。
ん? 私の協力ですか……
「ところで珠子さん。私に協力して欲しい事とは何でしょうか?」
「蒼明さんなら簡単な事ですよ」
私の得意領域とは肉体を使う事や荒事でしょうか。
それなら強者たる私の得意とする所です、好きではありませんが……
そう言えば、この前は沖縄と北海道に買い出しに行かされましたね。
また、買い出しにでも行かされるのでしょうか。
「それで、その簡単な事とは?」
そんな私の問いに、彼女はにこやかな笑顔で答えました。
「ちょっと隣の甲斐の国、山梨県を制圧して下さい」
配下の武将に無茶を押し付ける戦国大名のように、彼女はそう言ったのです。
暴君ですか貴方は!?
◇◇◇◇
「セイ! セイ! セイ! セイィー!!」
私の掛け声と共に輪入道が空の彼方に消えていく。
「とんでっけーポン!」
「円盤投げ新きろくー!」
私の背からのんきな声援を送っているのがタヌキさんたちと珠子さん。
「ハアァァァア……トアァァー!」
気合の声に合わせ、私の拳が天を穿ち、敵のアゴをかち上げる。
私の身体は勢いに乗って宙を舞い、木々の遥かに上に達し……
「セイヤアァー!」
重力の勢いと妖力の加速に乗った私の急降下キックが敵を頭上から貫く。
「見越し入道、みこしたりー!」
ああ、こいつは見越し入道でしたか、まあ、図体が大きいだけでしたが。
「残りは貴方と有象無象だけです」
「降参が今日のオススメメニューですよー」
私の後ろに隠れた虎の威を借りる狐……もとい、最強たる私の威を借りる珠子さんが敵に降伏を勧めます。
「ふざけんあ! この儂! 大入道がいる限ひぃ!」
メキョ
このデカブツは最後まで言葉を続ける事が出来ませんでした。
私の渾身の拳がその顔面をへこませたからです。
「おや、大入道がひとつ目入道になってしまいましたね」
ズズンと音を立てて、大入道の巨体が大地に仰向けに倒れました。
「お、おやぶーん!」
有象無象の入道たちが悲愴な声を上げ……私をじっと見ます。
「さて、親分とやらはこのザマですが、貴方たちはどうします?」クイッ
この戦闘の最中でも私の息は乱れていません、眼鏡が少しずれたくらいでしょうか。
この程度ならば、あと何体控えていようが私の敵ではありません。
ですが、この子たちとは戦いたくありませんね……
ポポン
軽快な音と白い煙をまとって入道たちが、その本性を現しました。
「こ、降参するでち! 俺たちの新しい親分は蒼明おやぶんでち!」
「あー、イタチ入道さんたちだったんだー」
彼らの正体に気付いていなかった珠子さんが驚きの声を上げます。
そう、彼らの正体はフワフワのモコモコのイタチさんたちなんでちよ。
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