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第三章 襲来する物語とハッピーエンド

天狗と鯖(中編)

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 ドルルルッというフードプロセッサー音の次はパチパチという油の音。
 テーブルで待っているふたりが聞いたのはそんな音じゃないかしら。
 だから、あたしがお盆に料理一式を持っていった時、ふたりの顔に安堵の表情が浮かんだのは当然よね。

 「思ったより普通の料理だねぇ」
 「うむ、謎の料理と聞いたから少し身構えておったが、杞憂きゆうのようだな」

 お盆の上にあるのは、白いご飯と、つみれの味噌汁、揚げ物2種と、白子のもみじおろしポン酢。

 「いーえ、これは謎の料理、正確には謎々なぞなぞの料理ですよ」
 
 テーブルに料理を並べながらあたしは説明する。

 「謎々なぞなぞとな?」
 「はい、この中の一品に鯖が含まれています。飯綱三郎さんには、それを当てて頂きます」

 鯖という単語に三郎さんの料理を見る目が変わる。
 どれだ? どれに入っている!? そんな目だ。

 「へぇ、混ぜ物作戦か。好き嫌いのあるお子さ向けにお母さんがよくやるやつだね」
 「そうですよ。まずは鯖を食べる事が重要です。それから少しずつ分量を増やしていきましょう」
 「ううむ、料理番の言い分はもっともである……ならば、覚悟を決めて頂くとしよう!」

 あたちたちの言葉に三郎さんはゆっくりと料理に箸を伸ばす。

 「まずは椀物からいこうか、ほほう、これはつみれの味噌汁であるな。おそらくこの団子の中に鯖が……」

 最初に手を伸ばしたのはつみれ汁。

 「おっ、これはいわしのつみれではないか!? うんうん、これなら安心」

 つみれを口にした三郎さんの顔が明るくなり、ズズズと音を鳴らして味噌汁を飲む。

 「続いては揚げ物か」
 「はい、牛蒡ごぼうと人参と玉ねぎの野菜かき揚げに、レンコンのはさみ揚げです」
 
 三郎さんの視線はレンコンに挟まれている物に注がれている。

 「鯖が含まれているとしたら、この中であろうが……」

 バリリッと音を立ててレンコンのはさみ揚げが口に入る。

 「おお、この衣の食感はよいな。そして……」

 三郎さんの視線は半分になったはさみ揚げの断面に集中した。

 「これは……とりひき肉のレンコン挟み揚げじゃな。うむ、生姜が効いて美味い」

 バリバリバリ

 勢いよく音を立てて、残り半分も食べられていき、続いて、野菜のかき揚げも軽快な音を立てる。

 「うむうむ、ここまでは良し。さて……そうすると」
 
 残っているのはご飯と白子。

 「この湯引きの白子じゃが……」

 もみじおろしの紅と白子の白とポン酢の黒のトリコロールカラーがさじに乗り、ちゅるんと口に吸い込まれている。

 「おお、これはタラの白子にも似た味! もみじおろしが効いていて旨い!」

 そして、少し彼は考え込む。
 おじさんも同じ料理を食べているけど、何か考え込んでいるみたい。
 ひょっとして気づかれているかしら。

 「わかった! この中で鯖料理は!」
 「ちょっと待ってください!」
 
 あたしはその台詞を遮る。

 「その前に料理を最後まで食べてしまいましょう。ちょうど鮒ずしが残っていますから」

 そう言ってあたしは数切れの鮒ずしと急須きゅうすを取り出す。
 あたし用に取っておいた分だ、くすん。

 「おやおや、お嬢ちゃんははないねぇ」

 ええ、これが最後の演出です。
 でも、おじさんがそう言うってことは気づかれているのかな。
 残っているのは白いご飯だけ。
 そこにひょいひょいと数切れの鮒ずしを置き、コポポと急須の中身を注ぐ。

 「やっぱり鮒ずしがあるなら、シメは茶漬けですよね。鮒ずしの出汁茶漬けです」
 「おお! 料理番の言う通りだ! 最後にこれはありがたい!」

 サクサクサララと茶漬けはふたりの腹に収まっていく。

 「うむ、うまかった! 料理番、確認するが、この膳に鯖が入っているというのは本当であるな」
 「もちろんです! 嘘は申しません!」

 あたしは宣言する。
 ごめんなさい、あたし嘘ついています。

 「ふむ、正解は白子であろう! あれは鯖の白子じゃな! もみじおろしの味に紛れておったが、消去法であれしか考えられん。拙者も食べたのは初めてであるからな」
 「正解です! おっしゃる通り、鯖の白子です! ですが、それじゃぁ25点ですね」

 ちっちっちっ、と指を振ってあたしは言う。

 「えっ!? 25点って、まさか!?」
 「そのまさかです! 正解は全部! 全部に入ってまーす! 嘘をついてごめんなさい!」

 あたしの言葉に三郎さんはからに皿とあたしを交互に見つめる。

 「あー、やっぱり」
 「緑乱りょくらん殿は気づいておったのか!?」
 「最後の出汁茶漬けがねぇ。あれって鯖の出汁だろ?」

 やっぱりおじさんには気づかれてた。

 「はい、あれは鯖節さばぶしと昆布の出汁です」

 そう言ったあたしはカウンターから薄く削られた鯖節を取り出す。

 「この料理一式は、この鯖節がメインなのです。つみれの味噌汁の出汁もそうです。そして揚げ物の衣はこの削り鯖節を使いました」

 削り鰹節かつおぶしをパン粉の代わりに衣にした揚げ物はパリパりしていておいしい。
 そして、それを鯖節でやってもおいしいの。
 
 「そ、そうだったのか……いやはや、だまされたのは少し悔しいが、拙者は鯖を食べれたのだな!」
 「はいっ、完食です! おめでとうございます!」

 パチパチパチをあたしは拍手で称える。

 「やったじゃないか、三郎」

 おじさんも手を叩いて祝福する。

 「ううむ、しかしなんでこんな真似を? 例えば、あの白子だけでも良かったのでは?」

 うん、そう疑問に思うのは当然よね。

 「理由はふたつあります」
 
 あたしは指をVの字にして言う。

 「ひとつは、普通の鯖の身を使った料理では、一朝一夕いっちょういっせきには克服できません。出来たとしても、マズイのを我慢して鯖料理を食べる事になります」
 「うむ、そうであろうな」

 鯖の味噌煮を食べた時を思い出したのだろうか、少し渋い顔で彼は言う。

 「料理は楽しみながら食べる物! そんな料理を出すわけには参りません! なので、鯖の身とは違った味の鯖節と白子をご用意しました」
 「なるほど、その通り。鯖の味は今でも嫌いじゃが、この料理なら美味しく頂ける」

 あたしの言葉に彼はうんうんと頷く。

 「ふたつめは、白子だけを豊前坊さんの前で食べたとしても『これだけかよ、身の部分はどうした』と言われてしまうのがオチ。だから謎々なぞなぞ形式に仕立てて『実は全部だったんじゃ!』とすれば!」
 「おお! 豊前坊をやり込めるというわけか!」
 「そうです、食事は楽しむ物でもあり、エンターテインメントでもあるのです!」

 ふふんとあたしは手を広げて主張する。
 食事の喜びはいくつもある、味の喜びもそうだし、知らない事を知る喜びもそう。
 こんな料理があったのか! それを知るのはとってもうれしい事なの。

 「おお! 料理番……」
 「珠子ちゃんだよ」
 「おお! 珠子殿! そちの手腕見事である! また、この料理を作ってくれぬか?」
 「もちろん大歓迎です」

 良かった気に入ってもらえたみたい。

 「うむ、ならばさっそく豊前坊を呼び出すとしよう」

 そう言って、彼はスマホを取り出す。
 天狗なのに神通力で会話とかじゃないんだ……

 「うむ、それでな、鯖を克服する所を見せてやるから東京の……え? 明日!? よいぞよいぞ」

 そんな会話をして彼は通話を切る。

 「急だが、明日の夕方に豊前坊をここに招く事になった。頼めるかな」
 「ええ、大丈夫ですよ」

 白子はまだ余分があるし、何なら明日買いに行ってもいい。
 鯖節はまだいっぱいある。

 「うむ、それではな、珠子殿。明日は頼み申したぞ」

 三郎さんは、そう言うと翼を広げて帰っていった。

 「さすがだねぇ、お嬢ちゃんは」
 「いえいえ、鮒ずしが食べれなかったのが残念ですけど」

 うーん、あたしの今日の晩酌用の鯖の味噌煮も鯖白子も鮒ずしも無くなってしまった。
 あれ? 鮒ずしも……無くなった!?
 これはちょっと良くないかも。

 「緑乱りょくらんおじさん、鮒ずしを買ってきてもらえませんか?」

 多分、都心の高級デパートなら売っていると思う。

 「うーん、それはかまわないよ。だけど、鮒ずしもいいけど、念のためもう一手欲しくないかい?」
   
 その言葉にあたしはちょっと考える。

 「そうですね! もう一品追加しましょう!」

 あたしはスマホの時刻表を開いた。

◇◇◇◇

 あたしは走る。
 駅から『酒処 七王子』に向かって。
 ちょっとギリギリになっちゃった。

 「おかえり、お嬢ちゃん」
 「うむ、待っておったぞ。珠子殿」

 お店の入り口で緑乱りょくらんおじさんと三郎さんが待っている。
 豊前坊さんとの約束の時間まで残り数分。
 本当にギリギリだ。

 「ハァハァ、すみません、遅くなりました」
 「いやよい、まだ豊前坊ぶぜんぼうも来ておらぬしな。しかし珍しいな、普段ならあやつは半刻前には着いておるものなのに」
 
 ヒュウッ
 その時、一陣の風が吹いた。

 「ハァハァ、ふむ、定刻通りっちゃね」

 風が止んだ時、ひとりの少し赤みのある肌で鼻の高い男が立っていた。
 少し息を切らしている。
 これが噂の豊前坊さんなんだろう。
 なんだかキラキラ輝いている。
 
 天狗さんがあたしの顔を見ると、
 「待たせたとね。ほほう、ここが噂の『酒処 七王子』っちゃね。ちょっとしけとんね」
 そう言って翼と長い鼻をしまった。

 この天狗、あたしの城をバカにしたわ。
 ちょっと、ムッっとするわ。
   
 「ほら、手土産たい。本場大分の関サバとよ」

 そう言って豊前坊さんは発泡スチロールの箱をあたしに渡す。
 関サバ! 高い! うまい!
 この天狗、あたしに手土産を渡したわ!
 ちょっと、ウキウキするわ! 

 「いらっしゃいませ。料理はすぐに出来ますから、少々お待ち下さい」

 あたしはウキウキでお店の扉を開く。

 「邪魔するとよ」
 「今日は拙者が鯖を克服する所を見てもらうぞ」
 「さぁさぁ、まずは一杯としゃれこもうじゃないか」

 あたしに案内されて、ふたりとおじさんがお店に入っていく。
 あたしは台所に入り、早速頂いた発泡スチロールの箱を開けると、その中には輝く鯖が何匹も入っていた。

 「うぉうおう」

 思わず変な声が出た。
 鮮度ばっちり、色つやぱっちり、これ最高級の関サバじゃない。
 
 「そいつは数刻前までは海で泳いでおったやつたい。うまかとよ」

 採れたてですか! いやー、腕が鳴るなー。
 ノリノリで包丁を構えるあたしに三郎さんが真剣な目でアピールする。
 そうでした、今日は作戦通り鯖節の膳を作るのでした。
 でも、白子だけはこの関サバを使っちゃおっと。

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