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第二章 流転する物語とハッピーエンド
乙姫様と餃子(後編)
しおりを挟むあれから数時間、最後の方は乙姫ちゃんとお嬢ちゃんとのおしゃべり会になった。
お嬢ちゃんが乙姫ちゃんと俺の大正浪漫の話を聞きたがったからさ。
「へー、そうだったんですか。あの緑乱おじさんがねぇ」
「ええ、あの時の緑乱様はカッコ良かったですわ」
止めてくれ、若い頃のヤンチャ話を聞くと老けた気になる。
それにこっぱずかしい。
そして明け方も近くなった頃、一行は『酒処 七王子』を後にした。
「おいしかったですわ。長居してごめんなさいね」
「見事であった」
「これなら貴重な一日を費やした甲斐があるというもの」
そう言って乙姫ちゃんとお付きのふたりが帰っていったのが5分前。
それからお嬢ちゃんは台所でゴソゴソしている。
「はい、これ」
そう言って、お嬢ちゃんは俺に紐でくくられた黒光りする箱を渡してきた。
数は4つ、ひょっとしておじさんの分も含まれているのかい。
「これって?」
「お土産の玉手箱です。これを渡してきて下さい」
持ってみると、ズシッと重い。
それに、かすかにチャポチャポと水の音がする。
「おじさんも最後くらいは働いて下さい。走って追いかけて、乙姫様に渡すのです!」
背中に圧を感じる。
お嬢ちゃんがおじさんの背中を押してるんだ。
まったく、押しが強いね。
しょうがない、ちょっとは仕事をしようか。
◇◇◇◇
店を出て、町を歩けば乙姫ちゃんはすぐに見つかった。
夜の街を歩く彼女は居るだけで輝く。
たとえ寒空の中で吐く息でさえもキラキラしているものさ。
「やっほー」
「あら、緑乱様、どうかされましたか」
「ちょいと、お土産を渡しにね」
そう言って俺は黒い箱をかざす。
「あらっ? 何かしら?」
「あれは玉手箱!?」
「お気を付けなさいませ! きっと罠ですぞ!」
そんなんじゃないんだけどな。
ちょっとびっくりする仕掛けはあるけどね。
「そうだね。じゃあ、俺が毒見をするよ。ちょっと座って食べようか」
そう言って俺は公園に乙姫ちゃんとふたりを案内する。
街灯の光でも十分に明るい。
特に俺たちのような”あやかし”にとって夜の闇なんて薄明り。
街灯の灯りは眩しいくらいだ。
「よしっ、それじゃあ毒見といきましょうか。まあ見てな」
俺は黒い箱から紐を解く、その太い紐から細い糸が伸びていて、箱の横に繋がっていた。
俺はこれを知っていた。
昔の旅の途中のお楽しみだったやつだ。
まったく、お嬢ちゃんは大した珠だよ。
本当に2X歳なのかね。
俺が細い糸を引くと、プチッっと箱の中から音がして、箱から煙が出始めた。
「うわーっ、これは呪いの煙!」
「姫様、お下がり下さい!」
スケさん、カクさんが乙姫ちゃんを守ろうと立ちふさがる。
「あー、大丈夫だよ、これはただの水蒸気だから」
そう、これはただの水蒸気、それに……
「あらっ!? いい匂い!」
乙姫ちゃんが言う通り、この湯気から良い匂いがする。
餃子の匂いだ。
待つこと10分。
「はい、出来上がり」
蓋を開けると、そこにはホカホカの湯気を上げる緑、黄、紅、白の四色の蒸し餃子餃子が並んでいた。
「まあっ、色とりどりで美味しそう!」
「こりゃ壮観だな。翡翠に琥珀、珊瑚に真珠って所か」
スマホがブルっとなる。
ちらりと見ると、それはお嬢ちゃんからのメールだった。
『緑はほうれん草の翡翠皮、黄色はカボチャの琥珀皮、紅は梅の珊瑚皮、白は普通の小麦で真珠を表現しました。皮を作る時に食材のペーストを練り込んだんですよー。翡翠麺とかと同じ作り方です』
「……とまあ、彼女曰く、お宝をイメージしたそうだ『四海の宝餃子』だってさ」
俺はスマホの画面を見せながら説明する。
「まあぁ、本当に素敵な娘。それじゃあ、一緒に毒見しましょうか」
俺と乙姫ちゃんは箸を『四海の宝餃子』に伸ばす。
「あつっ! こりゃ熱々だぜ!」
「ほっ、ほっ、ホフホフ、これも素晴らしく美味しいですわ! するっと喉に熱々の汁が流れ込んできて。あつつっ!」
プシュ!
俺は缶ビールの蓋を開け乙姫ちゃんに差し出す。
どこから出したかを聞くのは野暮ってものさ。
女のスカートの中に秘密が詰まっているように、男の懐の中にもお宝が詰まっているものさ。
「ほい、冷え冷えだぜ」
ゴキュゴキュ
助かったと言わんばかりに乙姫ちゃんは一気にそれを飲み干す。
プシュっともう一本を開け、俺もグビッと喉を鳴らす。
「ぷはっ、このビールも美味しいですわね。お店で飲んだのとは違う味わいで」
「地ビールってやつさ。この日本でも各県各地でビールの名産があるのさ」
「それに、この熱々の餃子は? こっちの封をしたままのは冷え冷えなのに、封を開けたこっちは熱々ですわ」
そう言いながら乙姫ちゃんは残りの3つの弁当を触る。
「うん、やっぱり冷え冷えですわ」
「ああ、これはスチームジェット式の弁当だからだよ」
「スチームジェット?」
「ああ、シュウマイ弁当が有名かな。生石灰と水を反応させると高熱が発生する。その化学反応を利用して、紐を引くと中の水袋が破けて生石灰と反応し、高温の水蒸気で温める仕組みさ」
昔は電車の旅の途中でよく食ったな。
車窓を眺めながら、熱々の弁当を食べるのは良いもんだ。
『人類の叡智! 反応化学の勝利です!』
そんなお嬢ちゃんの声が聞こえた気がした。
「ほう、これは面白い」
「そんな弁当があるのであれば、道中に購入するとしましょう」
毒見の役割はどこへやら、スケとカクもご相伴にあずかっている。
「あー、残念だったな。このスチームジェット式の弁当は今は一部でしか販売していないんだ」
シュウマイで有名なやつも販売終了した。
他社のスチームジェット式弁当も同じく。
残っているは希少だ。
世知辛いねぇ。
「あら、どうしてですの。こんなに素敵なのに」
「うーん、火傷の事故とか、重量とか、経済的な理由かな」
「そうですか、わたくしが知らない間に始まって、知らない間に終わった弁当なのですね」
「そうだね。人の世は移ろいやすい、変わった物、変わらない物もあるけれど、消えて行った物も多い」
そして俺は、俺がおじさんになるまでを思い出す。
「俺も色々な物を見た、色々な人に出会い、そして別れた。別れはつらいけど、新しい出会いはいいものさ。それに……思い出ならいつも心の中にあるからさ。ひとりぼっちでいるよりはずっといい」
「緑乱様、その事ですが、あなたは100年前にわたくしの誘いを断りましたよね」
ああ、そんな事もあったな。
「そうだそうだ、乙姫様のお誘いを断るなんて罰当たりな!」
「理由はわからんが、不届きなヤツめ!」
100年前と変わらない姿のふたりが俺を非難する。
「その理由を教えて下さらない? わたくしは、あたなが他の兄弟が目覚めるまでの間、ひとりぼっちでいるのが寂しいのではと思ってお誘いしたのに。竜宮城なら、100年なんてちょとしたバカンスの時間にしかならないですから」
そう言えば、3年間、竜宮城で過ごした浦島太郎が戻ってみると、700年の年月が流れていたという話があったな。
「そうか、そうだったのか、それは悪い事をした」
うーん、当時の記憶だと、
『ワタシと竜宮城に来なさい! そしたら! まいにち美味しい物が食べ放題! それと綺麗なワタシがずっと一緒に居てあげるわ』
と誘われたはずなのだが。
彼女も変わったものだ。
すっかりお姫様らしくなって。
「理由は簡単さ。他の兄弟が封印から目覚めた時、そいつがひとりぼっちだと悲しくなるだろうと思ったからさ」
俺は兄弟で一番最初に目覚めた。
状況を理解するのに数年、日本中を旅して、兄弟たち全員の封印を見つけるのには十年以上掛かった。
だから、ひとりぼっちでいる心細さと寂しさは兄弟の中で誰よりも知っている。
「そうだったのですか。あなたは、他の兄弟のために、あなた自身の100年の孤独を選んだのですね」
うーん、改めて言われるとこっぱずかしい。
「ああ、他の兄弟には内緒だぜ。恥ずかしいからな」
弟たちはともかく、兄貴たちは絶対にバカにされる気がする。
「そうでしたか。なら、今度もお誘いしてもよろしいですか?」
「はい?」
「これを」
そう言って、乙姫ちゃんはひとつの印章を取り出す。
「これは?」
「ヒヒイロカネで作られた、決して偽造や複製できない印章です。その効果は……」
伝説の金属ヒヒイロカネとは、これまた希少だね。
なんだか伝説級の効果がありそうだぞ。
「竜宮城! ご家族様ご招待券です!」
急に庶民的な効果になった!
「今度はご家族でいらっしゃいな。なんなら誰かの伴侶としてあの娘も一緒に。今と変わらないあたくしが待っていますわ」
こりゃまた、気に入られたもんだね。
俺も、お嬢ちゃんも。
「それでは、ご機嫌よう。また会う日まで」
「姫様の好意に感謝するのだぞ」
「竜宮の宝、大事にしろよ!」
こうして、朝焼けの光の中に乙姫ちゃんたちは消えていった。
ありがとな、いつかはわからないが、気が向いたらその招待を受けるとするよ。
◇◇◇◇
そして、一週間後……
おじさんが晩酌のつまみを買って帰ってくると、
「やっぱ、地ビールは水が美味しい所が鉄板ですよね! 珠子さん! プハァー」
『酒処 七王子』で缶ビールによる酒盛りが始まっていた。
「そうそう、知ってます乙姫様、熊本は水道水の源泉が地下水なんですよ! だから、水道水から美味しく料理も美味しいんです! 水は全ての基本ですから! グフゥー!」
そんなオヤジ臭いゲップをしながら、ふたりは地方名産のつまみと、地ビールを堪能している。
「あら! それじゃぁ、次の列車の旅は九州にしましょうか! ねっ、スケさん、カクさん」
「それではさっそく下調べですな!」
「地ビールと名産と、あっ駅弁も忘れてはなりませんな!」
お付きのふたりもウキウキ顔で観光ガイドブックのページをめくる。
「あっ、緑乱おじさんだ。おかえりなさーい」
「緑乱様、またお会いしましたね。はいこれお土産」
乙姫ちゃんが取り出したのは東北の地ビールだ。
「あれ? 竜宮城に帰ったんじゃなかったのかい? 確か3日の休暇って言ってなかったっけ?」
「ええ、3日の休暇ですわ。地上の時の進みに換算すると700日くらいかしら」
おおっと、そういう事かい。
竜宮城基準で3日ってわけね。
「これからもちょくちょく寄らせていただきますわ」
「はいっ、最高のおもてなしを用意しておきますっ!」
牛タンジャーキーを半分口から出しながら、元気よくお嬢ちゃんが言う。
「次はどんな変化に富んだ料理が見られるのかしら! 楽しみですわ!」
カーン
満面の笑みで乙姫ちゃんとお嬢ちゃんの缶ビールが打ち合わされる。
『男子、三日会わざれば刮目して見よ』
男の成長を表現した、そんなことわざがあるが、この姫さんの場合はこの三日でどうなる事やら。
でもきっと、素敵な姫のままだと思うぜ。
だって、100年前からずっと素敵だったのだから。
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