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第二章 流転する物語とハッピーエンド
乙姫様と餃子(中編)
しおりを挟む「はい、次は日本で発展した焼き餃子です、しかも!」
「羽根付きよーん! いやーん天使みたい」
次に出て来たのは羽根付き餃子、薄い小麦のパリパリが付いた餃子だ。
「これは!? 初めて見ました!」
「これはけったいな!」
「察するに小麦の膜かのう?」
そうだね、これは知らないだろうねぇ。
なんせ、ここ10年で登場した餃子なんだから。
「ささっ、どうぞ。羽を軽く食べて大口で一気に行くのが美味しいですよ」
「そ、それでは……」
パリッ
小麦の羽根が小気味いい音を立てると。
ガブッ
言われた通りに乙姫ちゃんは一口で羽根付き餃子を食べる。
「あっ、これスゴイ! パリパリの羽根ともちもちの皮と、ジューシーな肉と野菜の味が広がって」
「これには濃厚なエールが合いますぞ!」
「うむ、味わい深いエールは餃子の濃い味にも負けておらん!」
「いいえ! これにはお口をスッキリさせるラガーの方が良いですわ!」
うん、乙姫ちゃんに一票。
こいつには、のど越しの良いラガーが合うねぇ。
「しかし、結構な分量の割には腹に溜まっておらんですな」
「そうじゃな、ここでガツンとくる餃子が食べたいの」
「うん、スケさんとカクさんの言う通りですわね」
「ええ、今までの餃子の具は野菜を多めにしていましたからね。だから軽めなんです」
へえ、そうだったのかい。
確かに、まだまだ入りそうだぞ。
「ここでガツンと! もはやこれは餃子なのか!? いや、餃子と思えば餃子なのだ! そんな哲学的な『手羽先餃子』でーす」
運ばれて来たのは手羽先。
いや、よく見ると手羽中の方が膨らんでいる。
中に詰め物がされているのだ。
「これも餃子なのですか!?」
「はい! ここ数年、人気急上昇! 発祥は埼玉とも宮崎とも言われていますが詳細は不明! 餃子界の新星です! 手づかみでどうぞ!」
「そ、それでは手づかみで」
乙姫ちゃんが手羽先餃子の細い部分を手に取り、膨らんだ部分を口に入れた。
おじさんもそれに続く。
ジュワッ
噛んだ瞬間に中から旨みたっぷりの肉汁が溢れて来た。
鶏の皮はパリっと炙られていて、その下の層の脂が口に広がり、中の具からは野菜と豚ひき肉の旨みがあふれる。
おおっと、おじさんも初めて食べたけど、これは革命だね。
「これっ素敵まくりです! お肉の味が濃厚で、それでいて食感はパリパリギュギュっと!」
「いいねぇ、ビールにとっても合いそうだよ」
それが合図だった。
ゴキュゴキュと乙姫ちゃんの一気にグラスのビールが飲み干される。
だが、足りない、手羽先餃子はまだ何本もあるのだ。
「おかわりっ!」
差し出されるグラス、注がれるビール、いやあれは!?
再びゴキュゴキュと鳴らされる喉、そしてキョトンとした乙姫ちゃんの目。
「これは……ビールなのですか?」
「やはりお気づきになられましたか、これは『発泡酒』です!」
「「「はっ……発泡酒!?」」」
うん、不思議だよね。
この味でビールじゃないなんて。
「この『発泡酒』は麦芽の比率をビールより減らしてあるのです。ラガーよりスッキリ感があります。濃い味の手羽先餃子にはこっちの方が良いのではないのでしょうか」
「え、ええ、そうかもしれませんわ」
うーん、そこは好みが分かれるねー。
おや、お供のふたりが何だ相談しているようだね。
まっ、無駄だと思うけど。
「なあ、カクや」
「なんだい、スケや」
「そろそろ、デザートが欲しくないかの」
「そうじゃな、デザートも欲しいな、もちろん餃子の」
そう言ってふたりは視線をお嬢ちゃんに向ける。
「そう言うと思ってました! やっぱデザート餃子も必要ですよね!」
ほらやっぱり、無駄だった。
ウキウキ顔で台所からお嬢ちゃんが運んで来たのはキツネ色の餃子、揚げ餃子だ。
「はいっ、これが『苺とカスタードクリームの揚げ餃子』です」
おおう、名前だけで味がわかるよ。
女の子にはたまらないだろうねぇ。
「あまーい! 甘酸っぱい苺の酸味と揚がった餃子の皮とカスタードが素敵に無敵!」
「これは見事!」
「ううむ、空いた口に餃子しか入らんぞ」
乙姫ちゃんは甘い物も好きだったね。
「そして、揚げ物にもビールですよね! 第三のビールをどうぞ!」
「第三のビール!? それって普通のビールとは違うの!?」
そうきたか!
「第三のビールは麦芽を使わずに大豆やえんどう豆のタンパク質から作ったビールです!」
「それは……ビールなのですか!?」
「アタシもどうかと思ったわ、人間って不思議な事をするのね」
うん、藍蘭兄の言う通り、おじさんもどうかと思ったよ。
「ビールと思ったらビールなんです! 味はビール、そしてビールより低糖質で低カロリー! これは乙女の脇腹に優しい!」
「なんと! そんな特典がありますの!?」
そう言って乙女な乙姫ちゃんは第三のビールを飲む。
「味も良いですわね。これなら十分に楽しめますわ」
そして、乙姫ちゃんはしばし考え込む。
「あー、もう降参っ! まったく隙がないわね、この娘は」
最後の揚げ餃子を食べ切った時だった。
乙姫ちゃんが大声を上げたのは。
「あなた完全にわかってるみたいね! わたくしの『変わった物が食べたい』の意味が!」
「はい、リクエストは『変わった物』そしてそれはふたつの意味があると思ったのです」
指を二本立て、笑顔でお嬢ちゃんが言う。
「「ふたつとな?」」
「はい『変わった物』それは『風変りな物』と『変化した物』を意味するのですよね」
「正解よ、人の身でよく気づいたわね」
感心したように乙姫ちゃんが言う。
おじさんも『変わった物』のふたつの意味まではわかったんだけどね。
普通『変わった物』と言われたら『風変りな物』を頭に思い浮かべるだろう、人間なら。
だが、悠久の時を生きるあやかしにとって、人間の時の流れは速い。
しかも、竜宮城での数年は地上での何百年の年月に相当する。
乙姫ちゃんが『この100年で変化していった食べ物が食べたい』と望むのは当たり前だよね。
『前の河童の時のように、今度は竜宮城の乙姫様の気持ちになってみたらどうだい』
おじさんの先日に言ったこのヒントだけで、お嬢ちゃんはポンと手を打って気づいた。
しかも、それを表現する料理までは考えつくなんてな。
まったく、お嬢ちゃんは大したもんだよ。
「だから、今日のメニューはこの100年で変化していった餃子と風変りな餃子を出したんですよ。そしてビールもそうです」
「そうですわ! わたくしはさらに意地悪をしようと『風変りな物』が出てきたら『あら、わたくしが望んだのは”変化した物”ですのよ』って言って、『変化した物』が出てきたら『まあ、わたくしが食べたかったのは”風変りな物”ですのに』って言おうと思ってたのに」
おいおい、そんな事を考えてたのかい。
「でも『風変りな物』と『変化した物』の両方を満たす料理が出て来るとはねぇ。さすが緑乱様が見込んだ娘ですわ。ちょっと妬けるちゃうくらい」
「ご安心下さい! あたしはおじさんの事なんて、これっぽっちしか思ってませんから!」
そう言って、お嬢ちゃんは指で小さい輪を作る。
うん、おじさんはちょっと傷ついたよ。
「でもねー、餃子はともかく、ビールには聞くも涙、語るも涙の物語があるのですよ」
お嬢ちゃんは目を手で覆い、さめざめと泣くポーズを取る。
「あら、何ですの?」
「はい、まずはこの発泡酒なんですが……これは1990年代に生まれたビールなんです」
そう言ってお嬢ちゃんは発泡酒の缶を取り出す。
「この時、酒税法では原料の麦芽の比率が67%以上なら”ビール”、未満なら”雑酒”になっていて、雑酒の方が税金が低かったのです」
あー、なんか四半世紀前にそんな話を聞いた覚えがある。
「だけど、麦芽の比率が少ないと味がビールになりません。ですが! 人類の叡智はそれを乗り越え、少ない麦芽でもビールに匹敵する味を作りだす事に成功したのです! それが『発泡酒』!!」
ピカー
そんな効果音を口にして、お嬢ちゃんは右手で『発泡酒』を掲げる。
「だが別名『節税ビール』とも言われた発泡酒を政府が黙って見ているはずがない!! 2000年代初頭に発泡酒の税金が上げられてしまったのです!!」
お嬢ちゃんが長椅子の上で、よよよとしなを作る。
「しかぁーし! 庶民の叡智を甘く見るな! それなら麦芽なしでビールを作ってやろうじゃないか! そして生まれたのが『第三のビール』! 大豆やエンドウ豆などのタンパク質から作られたビール味のお酒ですっ!」
そしてお嬢ちゃんは右手を下げ、左手の第三のビールの缶を高く掲げた。
「はーい、これビールじゃありませーん、ビール”風”のお酒ですからぁー! 税金低いですからぁー! ざんねんでしたーぁ!」
こんな顔も出来るんかい! そんな嗤い顔でお嬢ちゃんが語尾を上げて言った。
「どわがぁ! あの悪辣非道たる権力者どもは2000年代後半に税制を改正して、この『第三のビール』にすら更なる増税を掛けおった!」
へぇー、そんな事もあったんだねぇ。
イタチごっこが続いたんだ。
「そして、ついには! 2018年の税制改革で『ビール』『発泡酒』『第三のビール』の税金を統合する事になったのよ! 今後10年かけて統一されるの! ビールの税金は安くなるけど、発泡酒と第三のビールは値上げよ! あたしたちには安酒を選ぶ権利すらなくなるのよ! オ・ノーレ!」
踊りながらフランス風の語尾を付けてお嬢ちゃんの演説は続いた。
「さらに!」
まだあるのかい。
「ビールは関係ないけど、2018年の税制改革でチューハイ系も今後10年かけて増税されていく事が決まったのです!! うがー! おのれ権力者! くたばれ税金!! やはり人間の敵は人間なのよー!」
見えない何かと戦うように、ひとり喧々諤々を決めるお嬢ちゃんは、少しコミカルでキュートだった。
「ぷっ、ふふふっ、あははははっ!」
「うひゃ、はははっ、ひゃははっ!」
その姿に、乙姫ちゃんとおじさんは思わず笑い出した。
「ああ、緑乱様ありましたね、100年たっても変わらない物が」
「うん、俺も同感だよ」
「ええ、それは100年前から変わってないとあたしも思います」
そして3人は顔を見合わせると、
「「「酒の税金を増やそうとするお上と、それから逃げようとする庶民の知恵!」」」
笑いながら口を合わせて言ったのさ。
お供のふたりも声を上げて笑っている。
乙姫ちゃんが『変わった物』を望んだ裏側には、変わらなかった物も知りたいという側面があったのさ。
それは、移ろいゆく人間の世界の儚さに向けられた乙姫ちゃんの気持ち。
だけど、それをお嬢ちゃんは少し愉快に見せてくれた。
きっと『100年たったけど、あたしたちは変わらず元気です』ってな感じにね。
そんな愉快な感じで乙姫ちゃんへのおもてなしは過ぎていった。
これにて今日もとっぴんぱらりいのぷうだね、お嬢ちゃん。
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