悪役神子は徹底抗戦の構え

MiiKo

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アマデウス侯爵領

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いつもと同じ朝。目に入る暗くて薄ぼんやりとした空気が漂う、家具なんてほとんどない質素な部屋。体の下には少し硬いベッド。
そしていつもと違う背中に当たる温もり。腰に回された2本の腕。

夢じゃなかった。目が覚めてもまだ勲美さんがいる。もう離れ離れじゃないんだとやっと実感が追い付いて、じわじわと胸に昇ってくる喜びが目から零れ落ちる。昨日あれだけ泣いてもう体中の水分全て出し切ったんじゃないかと思ったけど、どうやら一晩寝たら元に戻ったみたいだ。本当に久しぶりの、もうほとんど忘れかけていた、自分をぽかぽかと包み込む腕の中で幸せにぐずぐず泣いた。

「おはよう。また泣いてるの?」

涼貴のしゃくりあげる音につられて、勲美もすぐに目を覚ます。まだまだ泣き止めそうにない自分を困ったように笑いながら、向かい合わせに抱きかかえて背中をポンポンと優しく叩いてくれる。子どもをあやすみたいだ、俺は大人なのにこんなずっと泣いて勲美さんも困ってるよな、早く泣き止まないと。頭の唯一冷静な部分がそう指摘するが、涼貴自身もう自分がどうして泣いているのかが分からない。
勲美さんにまた会えたこと、自分を忘れずにいてくれたこと、安堵、喜び、幸せ。そして今まで泣きたくても我慢して押し殺していた8か月分の涙が堰を切ったように流れているのだ。今まで辛いともほとんど口に出せず、エルヴィス達にも自分の一番底の底は見せずにずっと虚勢を張っていた。それが、勲美さんを前にして常に張っていた緊張の糸がプツンと途切れた。

30分ほどそうして、ようやく涼貴が落ち着くまで何も言わずにずっと抱き締め、頭を背を撫で、涙を拭ってくれていた勲美さんの顔を見ることが出来た。頬を緩めてこちらを見つめ返す目は涼貴のことが愛おしくて仕方がないと雄弁に語っている。

「目が真っ赤になってる。冷やさないとね。」

労わる様に瞼をなぞる指の優しさにまたこみ上げる涙を懸命にこらえ、頑張って口角をあげて笑顔を見せる。

「…っいさみさんだぁ。俺、ずっと、会いたかった!」
「うん、俺もだよ。やっと会えた。」
「ぅ…どうして、こっちに?」
「はは、昨日泣きすぎて聞こえてなかったかな?死の神に頼んで連れて来てもらったんだ。」

勲美さんは日本で俺を探していたこと、奏向さんの協力で死の神と会う方法が出来たこと、俺のためにわざわざ日本からこちらに来ることにしたことをかいつまんで話してくれた。

「ふ…っ、お、おれ、ずっと…っ、ごめんなさい、」
「涼貴が謝ることは何もないだろ?」
「でも、いさ、みさ…日本に、。お仕事は?ご家族も…っ」
「涼貴、俺は涼貴の一番近くにいるって誓ったはずだよ。涼貴が隣にいなければ日本にいたって仕方がないし、無事でさえいてくれれば地獄でも構わないんだよ、俺は。」

俺は涼貴に会いたくて仕方なかったけど、違った?なんて聞かれて俺は急いで首をブンブンと振る。会いに来てくれて嬉しくないわけがない。そこまで大事に思ってもらえて幸せだ。でも、俺のせいで勲美さんは日本での生活を全部捨てたんだ…。俺とは違ってご家族もいるのに、勲美さんがいなくなったら悲しむ人が沢山いる。

「涼貴、申し訳ないなんて思わないで。これは涼貴のせいじゃない。俺がどうしても涼貴の傍にいたかったからしたことなんだよ。」
「ん…」
「俺の宝物を一生かけて大切にしたいんだ。俺をずっと涼貴と一緒にいさせて。」

おでこをこつんとくっつけながら言われる。目の前にある勲美さんの黒い目はすごく真剣で、その瞳に射すくめられて俺は目が逸らせなくなった。告げられた言葉が時差を経て頭に到達し始める。好きな人にここまで言われてときめかない心があるだろうか。
俺だって、勲美さんが一番大切。ずっと1人で心細かった。勲美さんの傍に戻るために頑張った。会いたかった。こうやって抱きしめられるのを夢に見てた。勲美さんとの思い出が俺を生かしてくれていた。またこう出来るのがまだ夢みたい。幸せ過ぎて怖い。もう二度と手を放したくない。
俺が熱に浮かされたみたいに取り留めもなく吐露した言葉はどれほどが音になったのだろう。それでも勲美さんが慈しむ目で俺を見て頷いてくれるから、俺はしゃくりあげてどもりながらも頭の中にあることを全部吐き出した。

「俺を信じていてくれてありがとう。折れないで待っていてくれてありがとう。来るのが遅くなったけど、これからは絶対に二度と離れないから。」

唇が触れ合う距離で囁かれる約束は俺の心のひび割れにじわっと染み渡って、ボロボロだったつぎはぎの心は綺麗な膜に覆われたみたい。そのまま誓いのキスのようにふわりと唇が重なる。それは今までしたどんなキスより軽くて、どんなキスよりも熱かった。



心も体もぽかぽかふわふわとして、現実なんか忘れてこのまま2人で溶け合うまで抱き合っていたいなんて真剣に考えていた俺だけれど、ふと俺の頬をなぞる勲美さんの指に鈍く光る指輪を見て体が固まる。あぁ忘れていた、俺は、俺の指輪は、もうない。俺が壊したと知ったら、勲美さんはどう思うか。ぞわっと体に悪寒が走って思わず吐き気に口を押えた。

「!どうした、涼貴!?」

慌てた勲美さんが手を伸ばすが、俺は罪悪感と失望されるという恐怖から逃げる。無茶苦茶に暴れてベッドの下に転がり落ちて体を丸めたまま、カヒュっと不穏な音を立てるばかりの俺の喉は役目を果たさない。視界もちかちか暗くなってきて体が震え始める。
ごめん、と一言断って抵抗する俺を膝に抱え上げた勲美さんは、俺を毛布で包んでゆったりとしたリズムで揺らす。息を止めて、吸って、吐いて…視界を遮られて聞こえてくる声に従っているうちに段々と俺の呼吸は落ち着き始めた。だが、体の震えは治まらない。

「涼貴、お願いだから何を考えているのか教えてくれ。何がそんなに怖かった?何があった?」

俺を毛布で包んだまま勲美さんは穏やかな声で質問する。答えなきゃ、ちゃんと言わなきゃ、謝ったらまだ許してもらえるだろうか。口を開けては閉じを繰り返す俺をじっと待ってくれている彼の優しさに応えたい。

「あの、ぁ、ゆびわ…」
「うん、シルバーの指輪?」
「はい、おれ…おれ、の」
「涼貴のがどうしたの?」
「……なぃ」
「そうだね、つけてないね。」
「こ、こわ…」
「こわ?」
「こわし、た…おれ」
「壊した…?壊れたんじゃなくて?」

また、ひっと喉を引き攣らせる俺を大丈夫と宥める勲美さんは今、どんな顔をしているのだろう。いつも温かい光を宿しているそれが冷たく自分を刺したら…想像しただけで心が冷える。

「おれ、が、こわしまし、た。ごめんなさい。……許して」

やっとのことで告げた俺の上からため息が降ってきて体が強張る。やっぱり駄目だった。勲美さん怒った。失望された。どうしよう。おれ…

「あぁ、違うんだ、ごめん。怖がらせてごめん。俺、怒ってないよ。こんなになるくらいしんどいことなのに言ってくれてありがとう。」

想像と全然違うやわらかい声が聞こえて戸惑う。

「な、なんで?」
「なんで怒らないかって?指輪、本当に涼貴が壊したくて壊した?」
「ぅうん…ちがう」
「でしょ?涼貴はそんなことしないって知ってるから。きっと何か事情があったんだろ?」
「……あった。」
「苦しかったね。よく耐えたね。」

怒らないの?勲美さんは指輪壊した俺を嫌いにならない?

「しつぼう、してない?」
「するわけない。壊して一番辛かったのは涼貴だし、俺は涼貴が無事にいられるなら指輪の1つや2つ関係ない。この指には、また俺から指輪を贈るから。」

そう言い切って、俺の痣が残った薬指をはむっと甘噛みする。こんなに傷つけちゃって、ここ、俺の跡をつけて綺麗にしような?なんて笑いながら舐められたら、単純な俺はさっきまで不安と恐怖で震えていたのがバカみたいに体が熱くなった。

ほんと、勲美さんはすごい。指輪のことなんてとっくに気付いていただろうに俺が自分から言えるようになるまで待ってくれていた。俺がまだ言えない心の傷もきっとこうやって待ってくれるんだろう。
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