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神殿はインフェルノ
信仰告白
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1か月の謹慎を終えて王都に戻り、再び騎士団長として指揮をとっていた俺の下にそのニュースは転がり込んできた。
「聞きましたか団長!あの邪神の使いの処刑が決まったそうです!5日後に城下の広場で信仰告白したのち、罪をその命をもってあがなうとか。」
「なに?!処刑だと!!!」
処刑!何かの間違いではないか。第一、騎士団長たる私に何の連絡も来ていない。私は外すつもりか。魅了されていたという体なので今更大っぴらに処刑に反対するような真似も出来ないし。これで我が国も安泰ですね、なんていう副官を無視して即座に実家に連絡を取る。
兄が探ってくれた情報では涼貴は教育を受けてはいるが今のところ不当な扱いは受けていないのではなかったのか。なぜ急に処刑などという話になる。しかも城下の広場、つまり民衆に囲まれて邪神の使いとして殺されるのか。そんなことあってはならない。父と兄も寝耳に水だったらしく、慌ただしく王都に向かうと言っていた。私は必ず処刑の現場にいられるように調整をせねば。
運命の日はきた。
父と兄に許しをもらい、万が一刑が執行されそうな場合は私が何としても止めることとなった。それはこの国を、国民を、主神様を裏切ることとなるが、己の信じる道を行けという父の言葉に従おう。
高い柵で囲まれた刑場には既に多くの群衆が集まっている。彼らには邪神の使いを語る男が捉えられ、主神様の威光の下に悔い改めて国を脅かした罪を償うと伝えられており、邪神信仰の男がどんな奴か見ようと必死だ。刑場に作られた壇上には既に教会関係者や各大臣、王の代理として第1王子が揃っている。私は上から群衆の様子を見てため息をつく。例え涼貴を助け出せたとしても全国民が敵である以上どれほど逃げおおせることが出来るだろう。
やがて正午を告げる鐘の音が鳴り響くと同時に涼貴が広場に連れて来られる。壇上の中央、せり出した櫓の上に引っ張り出された彼は手足枷に猿轡と目隠しがつけられている。耳は塞がれていないので群衆が叫ぶ罵りの声は届いているだろう。なんと哀れか。
静々と教皇と2人の司祭が涼貴に歩み寄った。目と口が自由にされた涼貴はぼんやり生気のない目でそちらを見る。
「タチバナスズタカよ。面を上げよ。」
辺りはシンと静まり返り涼貴の一挙手一投足に注目をする。
「そなたは今日ここで主神様の祝福を受け入れ、主神様の下で歩んでいくことを誓う。その前にそなたの口から申すことはあるか。」
「はい、教皇様。私、橘涼貴は主神様へ下り、主神様の授けてくださる祝福の下に生きることを誓いたいです。しかし、私はこれまで邪神を信仰しており、その信仰のために主神様の守護する世界に害をなそうとしておりました。それを主神様が受け入れてくださるかが不安です。」
違う。本心なわけがない。彼の目はおかしい。これは彼が自発的に行っている行動ではないことなど誰の目に見ても明らかなのに、涼貴を消したい人間にとっては些末な問題であるらしい。
「安心せよ。ここにお前が邪神を信仰していた際に使っていたものがある。これを我々の前で壊してみよ。さすれば主神様はお前を受け入れてくださる。」
教皇が取り出したのはあのシルバーの指輪だった。それを壊せと!あの子がどれ程それを大事に思っているかを分かって自らそれを壊させるのか。思わず席を立とうとするが隣の父に腕を掴まれる。今はまだその時ではないということか。私の心中の葛藤をよそに涼貴は淡々とハンマーを手に指輪へと向かう。
ドンッ、ドンッ!
2度ほど振り下ろすと涼貴はハンマーを置いて元の位置に戻っていった。指輪はひしゃげてただの銀の塊になっていた。群衆がその様子をあざ笑い、同時に主神様を崇めるのが聞こえる。涼貴が泣けない分私の目が熱くなる。
「よくやった。では、もう一度問おう。そなたはもう邪神を信仰していないな。」
「はい、しておりません。」
「しかし、邪神信仰は罪だ。そなたは自らの罪についてどう考える。」
「主神様に受け入れられても私の罪が消えるとは思っておりません。」
「ほう、ではどうすればその罪をなくせると考える。」
「はい、罪を償う唯一の方法は、私のいの……」
その時、ふいに涼貴が顔を上げて辺りを見回した。
「どうした、早く続きを述べぬか。」
苛立った教皇が言い募る中、未だにきょろきょろする涼貴は何かを見つけたかのように目を見開く。
「……いさみ、さん…」
ぽつりと涼貴が呟いた瞬間、彼を中心に突風が吹いた。その風は砂を巻き上げ刑場を覆い壇上にいた者たちに容赦なく襲いかかる。
「魔力暴走だ!」
私はそう叫んで周囲を避難させると、自身の周りに魔力の傘を作りゆっくりと涼貴に近づく。危険はないと判断されていたのだろうか、外されていた魔力封じの腕輪をつけ、気絶した彼の体を抱え上げた。私の横にはいつしか父と兄が立っている。
「カミレウス殿下、どうやら先ほどの力はこの者の魔力が引き起こしたもの。恐れながらここまでの力を持つものは王都にあるどの牢獄にも安全に収監することは難しいかと存じます。つきましては我がアマデウス家の領地へとこの身柄預からせてはいただけませんでしょうか。十分な備えがあります故。」
「アマデウス候よ、しかしその者は大罪人であるぞ。匿おうものならそなたらを国賊と見做すことも出来る。」
「めっそうもない!ただ、私はひとえに国の安全のためにご提案申し上げたまで。監視をつけてくださっても構いません。」
ぐぬ、と言葉に詰まる殿下を見据えて父は言う。
「お許しをいただけるのでしたら今すぐにでも御前失礼したく。これ以上この者が暴走しないとも限りませんので。」
悔しそうな殿下はそれでも民衆の手前こちらの条件を呑まざる得なかった。
すぐさま壇上から降りた我々は馬車に飛び乗り領地を目指す。涼貴に身に何が起こったのかは後々知るとして、今はただ彼が生きて自分の腕の中にいることを感謝するしかなかった。
「聞きましたか団長!あの邪神の使いの処刑が決まったそうです!5日後に城下の広場で信仰告白したのち、罪をその命をもってあがなうとか。」
「なに?!処刑だと!!!」
処刑!何かの間違いではないか。第一、騎士団長たる私に何の連絡も来ていない。私は外すつもりか。魅了されていたという体なので今更大っぴらに処刑に反対するような真似も出来ないし。これで我が国も安泰ですね、なんていう副官を無視して即座に実家に連絡を取る。
兄が探ってくれた情報では涼貴は教育を受けてはいるが今のところ不当な扱いは受けていないのではなかったのか。なぜ急に処刑などという話になる。しかも城下の広場、つまり民衆に囲まれて邪神の使いとして殺されるのか。そんなことあってはならない。父と兄も寝耳に水だったらしく、慌ただしく王都に向かうと言っていた。私は必ず処刑の現場にいられるように調整をせねば。
運命の日はきた。
父と兄に許しをもらい、万が一刑が執行されそうな場合は私が何としても止めることとなった。それはこの国を、国民を、主神様を裏切ることとなるが、己の信じる道を行けという父の言葉に従おう。
高い柵で囲まれた刑場には既に多くの群衆が集まっている。彼らには邪神の使いを語る男が捉えられ、主神様の威光の下に悔い改めて国を脅かした罪を償うと伝えられており、邪神信仰の男がどんな奴か見ようと必死だ。刑場に作られた壇上には既に教会関係者や各大臣、王の代理として第1王子が揃っている。私は上から群衆の様子を見てため息をつく。例え涼貴を助け出せたとしても全国民が敵である以上どれほど逃げおおせることが出来るだろう。
やがて正午を告げる鐘の音が鳴り響くと同時に涼貴が広場に連れて来られる。壇上の中央、せり出した櫓の上に引っ張り出された彼は手足枷に猿轡と目隠しがつけられている。耳は塞がれていないので群衆が叫ぶ罵りの声は届いているだろう。なんと哀れか。
静々と教皇と2人の司祭が涼貴に歩み寄った。目と口が自由にされた涼貴はぼんやり生気のない目でそちらを見る。
「タチバナスズタカよ。面を上げよ。」
辺りはシンと静まり返り涼貴の一挙手一投足に注目をする。
「そなたは今日ここで主神様の祝福を受け入れ、主神様の下で歩んでいくことを誓う。その前にそなたの口から申すことはあるか。」
「はい、教皇様。私、橘涼貴は主神様へ下り、主神様の授けてくださる祝福の下に生きることを誓いたいです。しかし、私はこれまで邪神を信仰しており、その信仰のために主神様の守護する世界に害をなそうとしておりました。それを主神様が受け入れてくださるかが不安です。」
違う。本心なわけがない。彼の目はおかしい。これは彼が自発的に行っている行動ではないことなど誰の目に見ても明らかなのに、涼貴を消したい人間にとっては些末な問題であるらしい。
「安心せよ。ここにお前が邪神を信仰していた際に使っていたものがある。これを我々の前で壊してみよ。さすれば主神様はお前を受け入れてくださる。」
教皇が取り出したのはあのシルバーの指輪だった。それを壊せと!あの子がどれ程それを大事に思っているかを分かって自らそれを壊させるのか。思わず席を立とうとするが隣の父に腕を掴まれる。今はまだその時ではないということか。私の心中の葛藤をよそに涼貴は淡々とハンマーを手に指輪へと向かう。
ドンッ、ドンッ!
2度ほど振り下ろすと涼貴はハンマーを置いて元の位置に戻っていった。指輪はひしゃげてただの銀の塊になっていた。群衆がその様子をあざ笑い、同時に主神様を崇めるのが聞こえる。涼貴が泣けない分私の目が熱くなる。
「よくやった。では、もう一度問おう。そなたはもう邪神を信仰していないな。」
「はい、しておりません。」
「しかし、邪神信仰は罪だ。そなたは自らの罪についてどう考える。」
「主神様に受け入れられても私の罪が消えるとは思っておりません。」
「ほう、ではどうすればその罪をなくせると考える。」
「はい、罪を償う唯一の方法は、私のいの……」
その時、ふいに涼貴が顔を上げて辺りを見回した。
「どうした、早く続きを述べぬか。」
苛立った教皇が言い募る中、未だにきょろきょろする涼貴は何かを見つけたかのように目を見開く。
「……いさみ、さん…」
ぽつりと涼貴が呟いた瞬間、彼を中心に突風が吹いた。その風は砂を巻き上げ刑場を覆い壇上にいた者たちに容赦なく襲いかかる。
「魔力暴走だ!」
私はそう叫んで周囲を避難させると、自身の周りに魔力の傘を作りゆっくりと涼貴に近づく。危険はないと判断されていたのだろうか、外されていた魔力封じの腕輪をつけ、気絶した彼の体を抱え上げた。私の横にはいつしか父と兄が立っている。
「カミレウス殿下、どうやら先ほどの力はこの者の魔力が引き起こしたもの。恐れながらここまでの力を持つものは王都にあるどの牢獄にも安全に収監することは難しいかと存じます。つきましては我がアマデウス家の領地へとこの身柄預からせてはいただけませんでしょうか。十分な備えがあります故。」
「アマデウス候よ、しかしその者は大罪人であるぞ。匿おうものならそなたらを国賊と見做すことも出来る。」
「めっそうもない!ただ、私はひとえに国の安全のためにご提案申し上げたまで。監視をつけてくださっても構いません。」
ぐぬ、と言葉に詰まる殿下を見据えて父は言う。
「お許しをいただけるのでしたら今すぐにでも御前失礼したく。これ以上この者が暴走しないとも限りませんので。」
悔しそうな殿下はそれでも民衆の手前こちらの条件を呑まざる得なかった。
すぐさま壇上から降りた我々は馬車に飛び乗り領地を目指す。涼貴に身に何が起こったのかは後々知るとして、今はただ彼が生きて自分の腕の中にいることを感謝するしかなかった。
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