悪役神子は徹底抗戦の構え

MiiKo

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神殿はインフェルノ

第2王子の3年間

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ユスタリア王国の中心に位置する王宮。高い城壁に囲まれた敷地の一角に歴代神子のために春暁宮が構えられている。

その宮2階中心に位置する寝室でニコラウスはようやくあおいを降ろすことが出来た。泣き疲れて眠ってしまった体をゆっくりとベッドに横たえる。泣き腫らした目は冷やしておいた方がいいだろう。控えていたメイドに布と冷たい水の入った桶を持ってくるように伝える。自分もマントを脱いで隣に寝転び青年の髪を撫でてやりながら、ニコラウスは3年前を思い返していた。

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あおいが当代神子としてこの世界に招かれた3年前。ユスタリア王国国王テオドシウスの第二王子として生まれた時から王族としての教育を受けてきたニコラウスは17歳。既に王太子として国政の中心にいる兄の補佐として召喚の場に同席していた。礼拝堂内部は献香の深い香りが充満し周囲を囲む神官の唱詠が反響して響き渡る。やがて堂の中心にそびえ立つ大理石の柱の根本から漏れ出した光が堂全体を覆いつくした時、あおいが上部に姿を現した。彼の体は宙に浮かび、散らばった光が集まるように心臓部分から次第に体が構築されていく。出来上がった体は見えない何かに抱かれ、柱の上へと横たえられる。父の命令ですぐさま神官たちがその身を地面に降ろした。

この頼りない少年が本当に光の神子、瘴気を浄化すると言われる黒髪黒目の救世主なのか。

ニコラウスがあおいに抱いた第一印象はそれであった。目を覚ましてすぐに大人の男に怯え取り乱した少年はメイドたちに囲まれて春暁宮へと移される。それを見送ると父は兄と自分に今夜執務室へ来るようにと言って立ち去った。

さて、その夜、我が子2人を前に王は何でもないかのように告げる。

「神子をニコラウスの婚約者とする。」
「ち、父上。兄上ではなく、ですか?」
「カミレウスには既に優秀な婚約者がおる。神子の血を王族内に留めるためだ。構わんだろう。」
「父上の御心のままに。」

兄が一切の動揺を見せないところを見ると彼には予想出来ていたことなのだろう。政治的な婚約者が出来ることより兄を差し置くことに動揺したが、本人が納得しているのならこちらは受け入れるのみだ。

「時にカミレウスよ。神子をどう見た。」
「はい父上。男を怖がっておりました。また、体は細く見えた手足に痣がありましたので日常的に虐待を受けていたのではないかと。」
「ふむ、そうだな。ではニコラウス、そなたは婚約者として神子にどう接する?」
「え、あ、体と心の傷を癒すために優しく接します。父上。」
「はぁ…まあ間違ってはおらんのだが、そなたの性格は誰に似たのか。よいかニコラウス。神子はこの国、この王家に欠かせぬ存在だ。間違っても他の誰かに懐かれて出て行かれたりしては困るのだ。」
「ニコラウス、父上はつまり確実に神子をものにしろとおっしゃっているんだよ。」
「ですが、神子が私の婚約者である限りどこに行くこともないのでは?」
「神子の願いは何より優先される。神子がお前を拒否すれば婚約は破棄だ。そうなれば神殿を始めとする権力を望む勢力は我先に神子を取り込もうとするぞ。」

なるほど、王家の威信と円滑な統治の為にも神子が自分から離れるのを阻止せねばならないのか。

「承知いたしました。」
「正しく伝わったように思えん。カミレウス、弟に教えてやれ。」
「は。ニコラウスよく聞きなさい。神子に優しくするだけでは足りない。彼の心の隙間に入り込み、彼がお前を頼り、お前がいなければ何も出来なくなるまで徹底的に依存させなさい。不安なら私が手伝ってやろう。」
「依存、ですか…。」
「そうだ。きっと現在神子は人を信じられなくなっておる。そなたが彼が初めに心を開き、彼が一番の安寧を感じる相手となるのだ。」

そこまでしなければならないものなのだろうか。自分が戸惑っているのは父や兄と違って国政を担っていないからなのか。言われた言葉の強さに唖然としているとメイドが神子が目を覚ましたと報告に来た。

「お前の愛しい婚約者が待っているよ。行ってこい。」
「それから、神子の涙は貴重だ。大事にせよ。」
「それは、どういう…」

2人に急かされて退室したニコラウスは頭を悩ませながらも神子の元へ向かう。少なくとも今はまだニコラウスの姿を見ただけで怯えるであろう神子に自分に慣れてもらう段階だろう。今後時間をかけて父上の望みに応えらえるように全力を尽くそう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

あれからもう3年も経ったのか。早いものだとニコラウスは目の前の青年を見つめる。14でこちらに来た少年はニコラウスの心を尽くした献身的な支えによって心を開いた。今ではこの国と人々を愛する純粋で素直な青年だ。

兄の知恵も借りながら進めた3年間。今では国中から理想の相思相愛カップルと愛されるまでになった2人。しかし、政略ではあるが自分はあおいに一途なのだと言葉と態度で示し続け、遂にあおいからも愛を告白された時、あおいが自分の胸で過去を暴露した時、初めて体を繋げた時。ニコラウスの胸に浮かんだのは息子の働きに満足する父の姿と王族としての矜持であった。

可哀そうで可愛らしい子だ。私を心から信じ切って疑うことを知らない。やっと魔力をコントロール出来るようになったこの子はこれから浄化のためにさらに辛い思いをするだろう。今日で乗り越えたと思っていたトラウマが再び蘇ったショックと、同じ国から来た人間が信じられないと絶望に襲われたであろう青年の旋毛にキスを落とす。君はそれでいいんだよ。私を求める限りずっと傍で甘やかしてあげよう。

もぞもぞとして目覚めた神子の目に映していいのは優しい笑みを浮かべた王子様としての私だけだ。
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