終わった恋の始め方

indigo

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再会 2

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 互いに微妙な空気を察しつつ、他に行く場所もないので無理矢理詰めた隙間にちょこんと座る。
 儀礼的に彼の持っているジョッキと自分のおちょこを触れ合わせるだけの乾杯をして、菜月美は一気に日本酒を煽る。
 
 口中に溢れるフルーティーな味わいと、喉を流れる熱さが緊張を幾分和らげてくれたような気がした。


 「……まさかここで会えるとは思わなかったよ」
 
 あっという間に飲み干して、水田宏樹はポツリと零す。
 
 「そう、だね。……何年振り、かな」
 「え……ーと、2……3……うわ、8年?そんなに経つのか」

 (あれからもう8年……か)

 
 菜月美は当時を懐かしく思いながらも、胸の中の今でも抜けない棘がちくりと痛むのを感じる。

 平静を装いつつも、妙な緊張感が2人の間には漂っているはずなのに、酔った面々にはわからないのか、きわどい話題を遠慮なく振ってくる。

 「そーいやさー、なんでお前ら今まで来なかったんだよ、書道部の同窓会!卒業してから何回かあったんだぞ」

 「……色々タイミングが合わなかっただけよ。今日は来たんだから、もういいでしょ」

 誤魔化しつつ、菜月美は残りの冷酒を一気に煽る。

 高校当時は登山部との兼部だったこともあり、全体的に大きくジャージで校内にいると大体教師に間違われていたのに、今はごつくついていた筋肉がそぎ落とされ、とてもすっきりとした印象だ。
 髪型は当時とあまり変わらないが、濃い紫と黒のストライプの薄手のセーターがより彼を大人に見せている。
 彼が動く度、ドリガバのライトブルーの独特な香りが様々な思い出を連れてきて、菜月美はますます困惑させた。
 高校当時から好んで使っていたこの香りは、彼がつけるとどこか甘くなり、菜月美はこの香りがとても好きだった。
 
 (もう昔のこと。昔のことだ)

 勝手に沸き上がってくる思い出に言い聞かせるように、菜月美はピッチを上げて杯を重ねていった。
 思い出は思い出として、仕舞い込むのが一番いいに決まっているのだから、このまま何も言わずやり過ごしていけばいいだけだ。

 そんな菜月美の様子を心配そうに眺めつつ、宏樹は他の同級生達に引っ張られるようにして移動していった。
 とはいえ、宏樹自身も久し振りに会う同級生や後輩達に囲まれて昔話や近況を報告しあった。

 各々が自由に過ごし、感動的な恩師の挨拶も終わり会もお開きに近付いた頃。

 座敷の隅っこには、すっかり出来上がりぐでんぐでんに酔い潰れた菜月美が座敷に転がっていた。

 「ちょっとなつみぃ~!しっかりしなよ!もう出る時間なんだけど~!」
 「んん~……もうのめにゃぁ~い……」

 起こされても軟体動物の様にグニャグニャと崩れ落ちる菜月美に、ほとほと手を焼いている様子を見て宏樹は菜月美の腕を自分の首に乗せ、腰をグッと引き寄せ強引に起こす。

 「とりあえず俺が支えとくから、コートと荷物、頼める?」
 「水田、ありがと。助かったわ。タクシー呼んでおくから、そこに放り込んどいてくれる?住所は……」

 菜月美のコートと鞄を片手で器用に受け取りながら、眠り込んでいる菜月美の顔をちらっと見やる。

 「いや、俺が送るよ。実家は知ってるし」
 「え、でも……」
  
 怪訝そうな顔をして、くてっとしている菜月美と宏樹の顔を見比べる。
 かつて2人が付き合っていたことは、部内でも知れ渡っていたので2人の微妙な雰囲気も感じ取っているのだろう。
 
 「俺は飲んでないし、帰り道のついでだから。あいつも乗せてくしな。おい、斉木、行くぞ!」
 「お~水田ぁ?送っててくれんのかぁ?さんきゅー」
 「このままタクシーに乗せれるかよ。おい、車ん中で吐くなよ」
 「でぇ~じょぶ、でぇ~じょぶ」
 
 ヘラヘラと答える斉木にちょっと呆れつつも、これでいいだろ、という視線を向けると、訝し気にしていた表情が緩みやれやれというように肩を竦めた。

 「……ん~、じゃ、まいっか。正直この状態の菜月美送るの大変だし。じゃあ、後のことよろしくね」
 「あぁ」

 今だむにゃむにゃと夢心地の菜月美に靴を履かせ、そのまま抱き上げると出入口への階段を軽々と登っていった。
 
 外に出ると、冬の冷たい風がお酒に火照った頬に心地よく感じる。
 安心しきった様に眠り込んだ菜月美の体温がやたら熱く感じるのはきっと気のせいだ。
 
 宏樹は足早に駐車場へと向かいつつも、腕の中の温もりを離すのが惜しい気がして、一層強く自分に抱き寄せた。
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