終わった恋の始め方

indigo

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再会

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 地元の寂れた駅から徒歩5分。
 外からだとあばら家にしか見えないその建物に入ると、その外観からは想像できない空間が広がる。
 
 石畳風の狭い階段を手すりに捕まってゆっくりと下りていくと、玉砂利に敷き詰められた床に辿り着く。
 開けた空間には暖色系の灯りがレンガの壁とうまく調和しており、半地下にあるものの天井は高く狭苦しくは感じない。

 地のモノを使った創作和風料理と地酒を出しなおかつ価格帯も優しいため、地元の若者に人気で、ここいらでは予約の取りにくいお店№1だ。

 菜月美は端っこでチビチビと地元特産の冷酒を舐めながら、約8年ぶりに会う面々を眺めていた。
 
 「よぉ~~!片瀬~!お前、ひっさしぶりだなぁ!なんで今まで来なかったんだよ~~~」

 ビール片手に真っ赤な顔で菜月美に声をかけてきたのは、確か同級生の斉木だったはずだ。
 微かに残る当時の面影を一生懸命探りながら、菜月美はひきつった笑顔で答える。

 「久しぶり、斉木。あんた、もうかなりできあがってるでしょ。早くない?始まって1時間も経ってないわよ」

 「こんなもんだって~ それよりさぁ~なんで今まで顔出さなかったんだよ~~
  俺ら、総理大臣賞まで取った仲間じゃんかよぉ~~」

 「……東京からここまで帰ってくんの、大変なのよ。旅費だってバカ高いし」

 「あーー……お前も都会組だったな~~」

 「そうよ。でも今日は特別。なんてたって、一哲先生の個展よ。これは見ないと後悔するでしょ」

 菜月美は、少し離れたテーブルで皆に囲まれ、嬉しそうに笑っている恩師の方を懐かしく眺める。
 
 菜月美が書道部に所属していた頃は、まだ20代の新婚さんだった恩師、一哲先生は教師の割には自由気ままで、とても風変わりな先生だったが生徒達には気さくでとても人気があった。
 書道の世界ではそこそこ名の通った人だったこともあり、落ちぶれていた書道部を総理大臣賞をもらえるまでに導いてくれた恩人だ。

 当然書にはとても厳しく、怒ると九州のお国言葉がでて叱責されるため、非常に柄悪く恐ろしい先生でもあったが、筋が通っていて絶対に無茶なことは言わなかった。
 生徒の悩み相談にものってくれ、家庭環境や友人関係の悩みから救われた生徒は多いんじゃないかと菜月美は思っている。そういう菜月美自身も、よく相談事を持ちかけていたうちの一人だ。
 
 実際書道部に入っていなければ、あの鬱屈した思春期特有の不安定さには耐えられなかっただろう。
 そういった意味でも、一哲先生は菜月美にとっても恩師なのだ。

 その恩師が高校の教師を辞し、地元である九州の国立大学へ書道の教授の任についたのは、菜月美が卒業してすぐだったので実に10年ぶりの再会となる。
 先生にとっても、ここは初めて教師として赴任してきた地ということもあり、自身の初めての個展をここで開くことにしたのだそうだ。
 
 SNSを通じて、個展のお知らせと先生を含めての書道部同窓会開催の連絡をもらった時は悩んだが。

 (先生とお会いできてよかったな。参加して良かった)

 集まったのは総勢で30人ほどだろうか。
 この居酒屋のキャパを考えると、ほぼ貸し切り状態なのは間違いない。
 見渡しても他のお客が来ている様子はないし、何よりこの人数をあのスタッフ数でさばくのすら大変であろう。
 

 気が付けば自然と同じ年代の仲間が同じテーブルに着き、当時の思い出話に花を咲かせ、笑ったり泣いたりしている。
 菜月美のテーブルにも当時一緒に部活動に励んでいた面々が集まっている。
 隣りでくだを巻いている斉木も当時の仲間の一人だ。

 「あの頃はさ~嫌なこともあったけど、楽しかったんだよなぁ~…なぁ、覚えてるか、あの時さ~」
 
 すっかり酔いの回った口調で、斉木は延々と当時の話をし始める。
 菜月美は苦笑しながらも、頷いたり時には記憶の答え合わせをして思い出話に花を咲かせる。

 時たまテーブルに集まった顔ぶれをちらちら見ながら、ある人物がいないことにほっと胸をなでおろした。


 「そういやさーアイツこねーの?」

 「アイツ?」

 「アイツだよ、宏樹。水田宏樹」

 どこからともなく聞こえてきた名前に動揺して、菜月美は持っていたおちょこから日本酒を零した。

 「わっ!ちょっと大丈夫?酔った?」

 「ご、ごめん!大丈夫大丈夫」
  
 とは言ったものの、シフォンのスカートに日本酒の染みが出来ている。

 「ちょっと軽く拭いてくるわ」

 そう言って逃げるようにその場を離れた。
 
 
 トイレでタオルハンカチを軽く濡らし、スカートに飛び散った日本酒を軽く拭う。
 ため息が知らず零れ、そんな自分が可笑しくて独り言ちる。

 名前を聞いただけであんなに動揺するなんて。
 会いたい気持ちと会いたくない気持ちが入り混じって、一気に気分が落ち込む。
 ふ、と鏡に映る自分の顔が目に入った。
 
 高校時代とは違う、それなりの歳を重ねた28歳の自分。
 きちんとメイクを施した顔が、不安そうにこちらを見返してくる。

 (ホントウニ、アワナイママデイイノ?)と、菜月美に問いかけてくるような心の声が聞こえた気がして、濡れたハンカチをぎゅっと握る。
 
 (今更、会ったところで、話すことなんか……ないわよ)

 「いつまでも気にしてバカみたい。あーもう!やめやめ!久しぶりなんだし、楽しも!」

 気分を変えるように軽くメイクも直しトイレから自席に戻ると、そこにはさっきまでいなかったガタイのいい男性が座っていた。

 (え、誰だろ……あーそこに荷物が……でも盛り上がってるしな~悪いかなぁ……
  でもスマホあるし……声かけなきゃ……)


 隣りの斉木と話が盛り上がっているのか、菜月美の存在には気が付いていない。

 
 勇気を振り絞り、菜月美は声をかけた。


 「あのー……すみません、そこに私の鞄があるんですけど……」

 「えっ?あ、すみません!これですか?」

 「あ、あそうです。ありがとうございま……す……?」

 鞄を手にしたまま、菜月美の席を独占していた彼は、まじまじと菜月美を眺める。

 「おま……な、つみ……か?」

 「…………まさか……みず、たく、ん?」

 
 そう、よりにもよって。
 よりにもよって、菜月美がこの世でなるべくなら会いたくない、でもまた会いたいと密かに思っていた相手。

 水田 宏樹 だった。
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