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番外編
星の瞬き 10
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初めて届いた祈りだった。
いつもは神官らの真似事のみの男が、エミリアのために私に祈ったのだ。
エミリアの子の祈り。
『リ・ライオ』
エミリアがつけた子の名。
古代語で様々な意味をなす。再び、来る、再来、希望、光、太陽、灯火。
希望の灯火、朝日を意味する名だ。
親の心は子の名に表れる。
私を拒絶する者からの心からの祈り。
なんとも形容し難い不思議な感覚だった。
私はそれを知っている。
人間から届く祈り。
神の力となる心からの愛だ。
悲痛な心の叫びの中にある温かくも熱くもある柔らかなもの。私はリライオの祈りを聞き僅かに思案する。
このままではエミリアが私の元へ戻ってしまう。イリエストリナに必要なものはまだ揃ってはいない。
手を下すべきではない。そう分かっているのに、まるで人間の様に感情が揺さぶられた気がした。
今から新たに神子を授けるか、出来ない。
人間は一度覚えた豊かさを忘れない。また神子が現れたとなればエミリアを喪っても次があると考えるだろう。
もう欠片を持つものは生まれない。
人間が癒しの神子と呼ぶ者を増やしてはいけない。
そしてエミリアの周囲の者も動いている。私が出来ることは殆どないのだ。
エミリアの友人ジュリアスはエミリアと同じく欠片持ちであったガレスとの約束を果たそうとしている。神子を縛ろうとする権力からの解放、穏やかに生きられる場所を。その為にはあと二人ほどの味方がいる。あらゆる状況がジュリアスにつくことが有利だと言っている中、その二人の中にある疑念はジュリアスが兄である現国王を裏切るという事。敬虔な信徒である二人は神殿の教えの通り親兄弟を大切にする。それが二人を躊躇わせた。
その日の深夜、生き物が深く眠る時間に私は二人に干渉した。
人間に関わってはいけない。だがこのままでは関わったものたちからさらに多くを奪うことに成りかねなかった。
だから今とほんの少し先の未来を見せたのだ。
国からの強引な巡礼の要請、神殿が権力独占と責められぬよう受け入れ、向かう途中で貧しい村に寄る神子の姿を。
豊かな畑、笑顔で収穫する農民、活気ある街並みに様々な珍しい交易。様々な人種が集まる祭り、政務を行う新王の傍らに佇む私の姿を。
明け方目を覚ました二人はそれぞれ動き出す。一方はクレーリュ神殿に向かいここ三ヶ月の恵の神子の活動記録の閲覧申請に、もう一方はジュリアスが行ってきた外交政策と、神殿と神子が行った外遊や慰問の再確認を。
二人は赤くなり青くなり忙しく動いた。
元々神殿と国はあまり仲が良くない。神殿が権力を持つのは神子の存在だけでは無く国のおかげでもある。国がその存在や力を認めたからこそなのだが、その分要望は大きい。
国を富ませる、それはお互いにとって有益な事ではある。国が潤えば王家も力を持つ。神殿は恵を降らせながら民の心を引き付け大きく広がる。
だがそこには絶対的に必要なものがある。
神子の存在はそのどちらにとっても必要なものであったが、ガレスはそれに危機感を持った。そして同じ欠片持ちであったオルグと共に神殿の内部から変えて行った。
次に現れる恵の神子の為に。
僅か数日でエミリアが倒れた事、誰の仕業か神子の過密なスケジュールまでもが民にまで知れ渡り王家は批判を受ける。
同じ頃神殿側は当面の間、恵の神子の巡礼を停止すると声明を出した。
それから一年ほど後、ジュリアスはラグゼルの統治から外れ独立を宣言し、初代統治者をリライオとした。
近隣諸国はこの声明後大いに荒れる事となる。ラグゼルではメルヴィスへ攻め込もうという話が持ち上がり国家間での緊張が高まる。所が僅か二年でアルドゥラやその他の国々が次々とメルヴィスと様々な条約を結び、同盟国として名乗り出したのだ。
私はあれから体調の思わしくないエミリアを見守りながらリライオのそばでその行く末を見守った。
ラグゼルが強硬策に出れば世界から孤立するのは必至。たとえ戦ったとしてもメルヴィスの持つ軍事力は侮れず、メルヴィスに帰属を宣言した貴族の中には非常に熱心な信徒であるマーロ伯爵家もあった。マーロ領の国一番と謳われる騎馬隊、その隊を率いるのは伯爵家のもの達だが、マーロ家は信仰心と義に厚く、神殿と揉めた王家に対して対応を改めろと陳情書を上げていた。王家と神殿の関係が改善される前にメルヴィスが独立を宣言したためマーロに習うように神殿寄りだった貴族らがそれに追随してしまった。
このままでは国が危ういと、ラグゼルの現国王はジュリアスに神殿との関係を取り持つように頼んだ。が、ジュリアスは同盟を持ち出した。
これは元々のエミリアの希望でもあると。
ラグゼルとアルドゥラの期間限定の平和条約はとうにその効力を失っている。新たに結び直そうにも過去の、遺恨は消えず親や子を殺された者たちの心は癒えてはいない。それは貴族も同じ、一度はエミリアの事もあり限定的に結んだが、ラグゼルもアルドゥラも反発が強すぎたのだ。
エミリアの友であるこの男はエミリアのためならば困難をものともしない男だ。
今日もエミリアの好きな菓子と同盟を土産に屋敷を訪れる。
長い間無理を通したエミリアの身体は脆く、以前のように国を跨ぐ事は難しい。
痩せたのは年齢のせいでは無い。
あと十年働かないとと、笑顔を向けるエミリアを二人の男はほんの僅かばかりの笑みで答える。
私に祈れ。
お前が求めれば救うことが出来る。
さらに七年、エミリアは耐えた。周囲の反対を押し切り貧しい村や農村を周り、恵が無くとも生きてゆけるように教え、時に施した。
そして無理に保っていた体はある日限界を迎える。
再び倒れたエミリアは神殿の意向もあり無期限の休養となった。
ジャンは世界の様子を話し安心させ、体調の良い日はパンを持って森を歩き、共に木の実や山菜を採りに行く。そしてパンや菓子を焼き友人や警護する騎士、神官らを招き茶と共に振る舞う。
優しい時間を過ごすエミリアは時折寂しそうに庭を眺め、ジャンはエミリアに寄り添った。
ジャンとジュリアス。全く違う二人の男は、お互いに嫌悪しているにも関わらずそれを表に出すことは無い。
二人に共通するのは特定の異性に対して激しい恋慕の情を抱いていることだ。
人間の心は変わるもの。
その認識は今でも変わらない。
だがその変化は決して悪いものばかりでは無い。そして日々様々な感情により揺れ動いている。
エミリアが恵の神子として活動を始めた事で今もまた、揺れている。
人間の愛の形は変わる。
揺れる二人は今、どうエミリアを留めておくか、それぞれ巡らせている。
行動に出れば、エミリアは裏切りと取るかもしれない。ダルダとイリエストリナのように。
屋敷の近くに新たな宿舎を幾つも建て、エミリアは一線を退いた騎士や、老齢の神官らを住まわせるようになった。
長年勤めたもの達が穏やかに過ごせるように。恵の届く範囲に希望者を住まわせた。
週に2度神殿で祈り、年に二、三度神殿を出る。
新たに神殿と相談し決めた神子の仕事だ。
『自分の出来ることをしたい』
エミリアは事ある毎に呟く。力を過信した思い上がった言動。それでもエミリアには実現することが出来る。
ジュリアスが手に入れた神子の自由、縛られるものが無くなったから自由に動けると、嬉しそうなエミリアを見て何も言えない男の気持ちはいかばかりか。
私にしてみれば一瞬、人間に取っては短くない時間を自身の持つ力で癒して行き、同時に自分がこの世を去った後のことを考え導く。
何度もジャンと意見が分かれ、その度にお願いだと頼み込み、その度に泣きそうな顔でエミリアの我儘を許す。
ジャンという男の全てはエミリアで出来ている。生活全てがエミリアのため。エミリアを渇望し、エミリアを満たす事に喜びを見出す。
哀れな程愛に振り回される男。
そんな男は分かっている。
エミリアが神子としての自分に価値を見出そうとしている一方で、真にエミリア個人を望まれたいと願っている事を。
神子としてのエミリアと、ただの女エミリア。どちらも満たすにはそのどちらも認めなければならない。
騎士として守り、一方で男として寄り添う。
男の中には常にエミリアを失う事への不安と恐怖が渦巻く。
いつものように神殿へ向かう朝、三度みたび倒れたエミリアはそのまま屋敷に閉じ込められることとなった。
療養をする事半年、不調は全身に現れていた。
その原因は老いだけでは無い。長年に渡る疲労の蓄積は内臓にも達し、心臓の動きは特に悪い。
エミリアの部屋にはジャンだけでは無く様々な者が代わる代わる過ごすようになった。
長年仕えた神官や騎士、ジュリアスにリライオ。皆、エミリアの死期が近いことを知っているのだ。
それぞれが複雑な気持ちを抱えながらエミリアのすぐ側で過ごす。
「会えると、思ってた」
揺り椅子に座りながら私を見つめる瞳の先を、周囲の者は必死に目で探る。
すぐにジャンがエミリアの隣に膝をつく。エミリアの視線の先に私を認められないジャンはじっとエミリアの反応を見た。
「向き合うことが出来たか。やり残した事はないか」
私の言葉に瞠目し暫く黙った後、困惑の混じる笑顔を向けてきた。エミリアに残された時間は少ない。眠りに着けばもう朝日を望むことは無いだろう。
「・・・ええ、きっと」
答えながらもその瞳には寂しさが滲んでいた。
全力で生きた。
多くの人間と関わり、見送り、讃えられ、時に責められ、悲しみ、そして喜び。
十分だと言う気持ちの中に僅かに残る後悔。
最後の時をのんびりと過ごしたいと揺り椅子に座った。衰えた身体は首を上げ続ける事も出来ず、言葉を紡ぐにも時間がかかる。エミリア自身、自分に時間が無いことを悟っている。
「私を受け入れろ。まだ時間は残せる」
「・・・・・・リフェリ、ティス」
「まだ何も遂げきれていない」
「・・・・・・・・・」
「お前はまだ自分の為に生きていない。それに、お前はその男を捨てるのか」
エミリアは隣で膝をついたままの男に視線を移し、じっと見つめる。男はエミリアが私と話しているのだと知り僅かに期待を持つ。
「お前が死ねばこの男は後を追うだろう。お前の死をこの男は受け止められない。・・・まだ向き合いきれていないではないか」
とんだ詭弁だ。神である私がこのような事を言うとは。
だがそれは全くの嘘ではない。真に二人はまだ分かり合えていないのだから。
そして私はイリエストリナを理由に、そしてジャンを理由に、エミリアを生かしたかったのだ。
エミリアが私を受け入れなければどうにもならない。だが私は知っている。
「・・・・どれ、くらい?」
エミリアはとうに私を受け入れていると。
「二年だ」
ゆっくりとエミリアの瞳が大きく開かれ、その瞳は涙に濡れた。
「お願い、リフェリ、ティス、助けて」
涙がボロリとこぼれ落ちると同時に額を合わせ力を注ぐ。溢れ出る神力が光の粒子となり輝きを放つ。
エミリアの死期を悟っていた者たちは崩れ落ちる様に膝をつき嗚咽を漏らした。
「あぁ、ありがとう。貴女の恵はこんなにも温かくて、ありがたいのね」
あと一つ、エミリアの人生に足りないものがある。
私は窓の外に広がる庭先に向かい力を放った。
───無理をすれば死期が早まることを忘れるな。
私は皆に聞こえるように言葉を残した。 周囲に侍るものの方が当人よりも気を配るからだ。
二年、ジャンと共に穏やかに過ごした。たった二年、それでも二人は今までの時間を埋めるように、寄り添い過ごした。存分に語り、笑い、時に怒り、涙を流して。庭に咲く、二人にとっての幸福の花を見つめながら。
欠片がなければ出会わなかった二人。
もう随分前からエミリアは私を許し、感謝の気持ちを抱いだいていた。
ただの一度も求めなかったのはエミリアなりの意地の様なものだ。
そんな意地も、気を寄せる男の前には塵に等しい。
あの日ガレスは祈った。
小さな神殿の祭壇に膝をついて、亡くした妹とよく似た少女のようなエミリアが幸せになるようにと。
祭壇に置かれた2人を祝福するための銀の腕輪、婚姻を望む神子の為に神殿が贈る。
決して良い意味のものでは無い。
昔、人間が神の信仰を持ち始めた頃にあった人間の習慣。妻の腕に嵌め、既婚であると知らしめる。不貞を働けば腕輪ごと切り落とす。
今では婚姻を望む神子の為に神殿が贈る。
神子らが祈りを捧げ私が力を奮う『裏切りの腕輪』
ガレスは何度もそれが鳴らぬ様にと祈った。結果を知っていても祈りを止めなかった。
柔らかく笑い心優しいエミリアを過去に亡くした家族と重ねて。
ガレスの最後の願いは叶っただろう。
エミリアの中には喜びが満ち、充足感で溢れている。
ジャンの手を握りながら語り、私の訪れを待っているのだから。
今夜は月が特に美しく輝いている。
静かな夜だ。
今頃二人は次の世での事でも話しているのだろう。
人の心は変わる。だが二人のようにその先を行く者もいる。
純粋な愛だけではなく、様々な心を持って。
エミリアに残された時間はもうないが、私は大地の目覚める朝が好きなのだ。
ほんの数時間、人の寿命に干渉したとて私にとっては瞬き程。
今宵は二人、ゆっくりと過ごし存分に語れ。
朝日と共に、参ろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~後書き~~
『星の瞬き』はリフェリティスに視点を置いて見たものですが、結局の所、神様も完璧ではないと言うことです。
結局リフェリティスもイーダンに関わりエミリアに関わり、何だかんだと世話を焼く。
もしかしたらイリエストリナを自分と重ね、更に欠片を持つイリエストリナによく似たエミリアも自分に重ねたのかもしれません。
今回の『溢れるほどの花を君に』は、キャラの容姿がイリーナ(イリエストリナ)以外あまり出ていないのですが、皆さんはどんな姿を想像したのでしょうか。
最初から最後まで暗いお話、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
いつもは神官らの真似事のみの男が、エミリアのために私に祈ったのだ。
エミリアの子の祈り。
『リ・ライオ』
エミリアがつけた子の名。
古代語で様々な意味をなす。再び、来る、再来、希望、光、太陽、灯火。
希望の灯火、朝日を意味する名だ。
親の心は子の名に表れる。
私を拒絶する者からの心からの祈り。
なんとも形容し難い不思議な感覚だった。
私はそれを知っている。
人間から届く祈り。
神の力となる心からの愛だ。
悲痛な心の叫びの中にある温かくも熱くもある柔らかなもの。私はリライオの祈りを聞き僅かに思案する。
このままではエミリアが私の元へ戻ってしまう。イリエストリナに必要なものはまだ揃ってはいない。
手を下すべきではない。そう分かっているのに、まるで人間の様に感情が揺さぶられた気がした。
今から新たに神子を授けるか、出来ない。
人間は一度覚えた豊かさを忘れない。また神子が現れたとなればエミリアを喪っても次があると考えるだろう。
もう欠片を持つものは生まれない。
人間が癒しの神子と呼ぶ者を増やしてはいけない。
そしてエミリアの周囲の者も動いている。私が出来ることは殆どないのだ。
エミリアの友人ジュリアスはエミリアと同じく欠片持ちであったガレスとの約束を果たそうとしている。神子を縛ろうとする権力からの解放、穏やかに生きられる場所を。その為にはあと二人ほどの味方がいる。あらゆる状況がジュリアスにつくことが有利だと言っている中、その二人の中にある疑念はジュリアスが兄である現国王を裏切るという事。敬虔な信徒である二人は神殿の教えの通り親兄弟を大切にする。それが二人を躊躇わせた。
その日の深夜、生き物が深く眠る時間に私は二人に干渉した。
人間に関わってはいけない。だがこのままでは関わったものたちからさらに多くを奪うことに成りかねなかった。
だから今とほんの少し先の未来を見せたのだ。
国からの強引な巡礼の要請、神殿が権力独占と責められぬよう受け入れ、向かう途中で貧しい村に寄る神子の姿を。
豊かな畑、笑顔で収穫する農民、活気ある街並みに様々な珍しい交易。様々な人種が集まる祭り、政務を行う新王の傍らに佇む私の姿を。
明け方目を覚ました二人はそれぞれ動き出す。一方はクレーリュ神殿に向かいここ三ヶ月の恵の神子の活動記録の閲覧申請に、もう一方はジュリアスが行ってきた外交政策と、神殿と神子が行った外遊や慰問の再確認を。
二人は赤くなり青くなり忙しく動いた。
元々神殿と国はあまり仲が良くない。神殿が権力を持つのは神子の存在だけでは無く国のおかげでもある。国がその存在や力を認めたからこそなのだが、その分要望は大きい。
国を富ませる、それはお互いにとって有益な事ではある。国が潤えば王家も力を持つ。神殿は恵を降らせながら民の心を引き付け大きく広がる。
だがそこには絶対的に必要なものがある。
神子の存在はそのどちらにとっても必要なものであったが、ガレスはそれに危機感を持った。そして同じ欠片持ちであったオルグと共に神殿の内部から変えて行った。
次に現れる恵の神子の為に。
僅か数日でエミリアが倒れた事、誰の仕業か神子の過密なスケジュールまでもが民にまで知れ渡り王家は批判を受ける。
同じ頃神殿側は当面の間、恵の神子の巡礼を停止すると声明を出した。
それから一年ほど後、ジュリアスはラグゼルの統治から外れ独立を宣言し、初代統治者をリライオとした。
近隣諸国はこの声明後大いに荒れる事となる。ラグゼルではメルヴィスへ攻め込もうという話が持ち上がり国家間での緊張が高まる。所が僅か二年でアルドゥラやその他の国々が次々とメルヴィスと様々な条約を結び、同盟国として名乗り出したのだ。
私はあれから体調の思わしくないエミリアを見守りながらリライオのそばでその行く末を見守った。
ラグゼルが強硬策に出れば世界から孤立するのは必至。たとえ戦ったとしてもメルヴィスの持つ軍事力は侮れず、メルヴィスに帰属を宣言した貴族の中には非常に熱心な信徒であるマーロ伯爵家もあった。マーロ領の国一番と謳われる騎馬隊、その隊を率いるのは伯爵家のもの達だが、マーロ家は信仰心と義に厚く、神殿と揉めた王家に対して対応を改めろと陳情書を上げていた。王家と神殿の関係が改善される前にメルヴィスが独立を宣言したためマーロに習うように神殿寄りだった貴族らがそれに追随してしまった。
このままでは国が危ういと、ラグゼルの現国王はジュリアスに神殿との関係を取り持つように頼んだ。が、ジュリアスは同盟を持ち出した。
これは元々のエミリアの希望でもあると。
ラグゼルとアルドゥラの期間限定の平和条約はとうにその効力を失っている。新たに結び直そうにも過去の、遺恨は消えず親や子を殺された者たちの心は癒えてはいない。それは貴族も同じ、一度はエミリアの事もあり限定的に結んだが、ラグゼルもアルドゥラも反発が強すぎたのだ。
エミリアの友であるこの男はエミリアのためならば困難をものともしない男だ。
今日もエミリアの好きな菓子と同盟を土産に屋敷を訪れる。
長い間無理を通したエミリアの身体は脆く、以前のように国を跨ぐ事は難しい。
痩せたのは年齢のせいでは無い。
あと十年働かないとと、笑顔を向けるエミリアを二人の男はほんの僅かばかりの笑みで答える。
私に祈れ。
お前が求めれば救うことが出来る。
さらに七年、エミリアは耐えた。周囲の反対を押し切り貧しい村や農村を周り、恵が無くとも生きてゆけるように教え、時に施した。
そして無理に保っていた体はある日限界を迎える。
再び倒れたエミリアは神殿の意向もあり無期限の休養となった。
ジャンは世界の様子を話し安心させ、体調の良い日はパンを持って森を歩き、共に木の実や山菜を採りに行く。そしてパンや菓子を焼き友人や警護する騎士、神官らを招き茶と共に振る舞う。
優しい時間を過ごすエミリアは時折寂しそうに庭を眺め、ジャンはエミリアに寄り添った。
ジャンとジュリアス。全く違う二人の男は、お互いに嫌悪しているにも関わらずそれを表に出すことは無い。
二人に共通するのは特定の異性に対して激しい恋慕の情を抱いていることだ。
人間の心は変わるもの。
その認識は今でも変わらない。
だがその変化は決して悪いものばかりでは無い。そして日々様々な感情により揺れ動いている。
エミリアが恵の神子として活動を始めた事で今もまた、揺れている。
人間の愛の形は変わる。
揺れる二人は今、どうエミリアを留めておくか、それぞれ巡らせている。
行動に出れば、エミリアは裏切りと取るかもしれない。ダルダとイリエストリナのように。
屋敷の近くに新たな宿舎を幾つも建て、エミリアは一線を退いた騎士や、老齢の神官らを住まわせるようになった。
長年勤めたもの達が穏やかに過ごせるように。恵の届く範囲に希望者を住まわせた。
週に2度神殿で祈り、年に二、三度神殿を出る。
新たに神殿と相談し決めた神子の仕事だ。
『自分の出来ることをしたい』
エミリアは事ある毎に呟く。力を過信した思い上がった言動。それでもエミリアには実現することが出来る。
ジュリアスが手に入れた神子の自由、縛られるものが無くなったから自由に動けると、嬉しそうなエミリアを見て何も言えない男の気持ちはいかばかりか。
私にしてみれば一瞬、人間に取っては短くない時間を自身の持つ力で癒して行き、同時に自分がこの世を去った後のことを考え導く。
何度もジャンと意見が分かれ、その度にお願いだと頼み込み、その度に泣きそうな顔でエミリアの我儘を許す。
ジャンという男の全てはエミリアで出来ている。生活全てがエミリアのため。エミリアを渇望し、エミリアを満たす事に喜びを見出す。
哀れな程愛に振り回される男。
そんな男は分かっている。
エミリアが神子としての自分に価値を見出そうとしている一方で、真にエミリア個人を望まれたいと願っている事を。
神子としてのエミリアと、ただの女エミリア。どちらも満たすにはそのどちらも認めなければならない。
騎士として守り、一方で男として寄り添う。
男の中には常にエミリアを失う事への不安と恐怖が渦巻く。
いつものように神殿へ向かう朝、三度みたび倒れたエミリアはそのまま屋敷に閉じ込められることとなった。
療養をする事半年、不調は全身に現れていた。
その原因は老いだけでは無い。長年に渡る疲労の蓄積は内臓にも達し、心臓の動きは特に悪い。
エミリアの部屋にはジャンだけでは無く様々な者が代わる代わる過ごすようになった。
長年仕えた神官や騎士、ジュリアスにリライオ。皆、エミリアの死期が近いことを知っているのだ。
それぞれが複雑な気持ちを抱えながらエミリアのすぐ側で過ごす。
「会えると、思ってた」
揺り椅子に座りながら私を見つめる瞳の先を、周囲の者は必死に目で探る。
すぐにジャンがエミリアの隣に膝をつく。エミリアの視線の先に私を認められないジャンはじっとエミリアの反応を見た。
「向き合うことが出来たか。やり残した事はないか」
私の言葉に瞠目し暫く黙った後、困惑の混じる笑顔を向けてきた。エミリアに残された時間は少ない。眠りに着けばもう朝日を望むことは無いだろう。
「・・・ええ、きっと」
答えながらもその瞳には寂しさが滲んでいた。
全力で生きた。
多くの人間と関わり、見送り、讃えられ、時に責められ、悲しみ、そして喜び。
十分だと言う気持ちの中に僅かに残る後悔。
最後の時をのんびりと過ごしたいと揺り椅子に座った。衰えた身体は首を上げ続ける事も出来ず、言葉を紡ぐにも時間がかかる。エミリア自身、自分に時間が無いことを悟っている。
「私を受け入れろ。まだ時間は残せる」
「・・・・・・リフェリ、ティス」
「まだ何も遂げきれていない」
「・・・・・・・・・」
「お前はまだ自分の為に生きていない。それに、お前はその男を捨てるのか」
エミリアは隣で膝をついたままの男に視線を移し、じっと見つめる。男はエミリアが私と話しているのだと知り僅かに期待を持つ。
「お前が死ねばこの男は後を追うだろう。お前の死をこの男は受け止められない。・・・まだ向き合いきれていないではないか」
とんだ詭弁だ。神である私がこのような事を言うとは。
だがそれは全くの嘘ではない。真に二人はまだ分かり合えていないのだから。
そして私はイリエストリナを理由に、そしてジャンを理由に、エミリアを生かしたかったのだ。
エミリアが私を受け入れなければどうにもならない。だが私は知っている。
「・・・・どれ、くらい?」
エミリアはとうに私を受け入れていると。
「二年だ」
ゆっくりとエミリアの瞳が大きく開かれ、その瞳は涙に濡れた。
「お願い、リフェリ、ティス、助けて」
涙がボロリとこぼれ落ちると同時に額を合わせ力を注ぐ。溢れ出る神力が光の粒子となり輝きを放つ。
エミリアの死期を悟っていた者たちは崩れ落ちる様に膝をつき嗚咽を漏らした。
「あぁ、ありがとう。貴女の恵はこんなにも温かくて、ありがたいのね」
あと一つ、エミリアの人生に足りないものがある。
私は窓の外に広がる庭先に向かい力を放った。
───無理をすれば死期が早まることを忘れるな。
私は皆に聞こえるように言葉を残した。 周囲に侍るものの方が当人よりも気を配るからだ。
二年、ジャンと共に穏やかに過ごした。たった二年、それでも二人は今までの時間を埋めるように、寄り添い過ごした。存分に語り、笑い、時に怒り、涙を流して。庭に咲く、二人にとっての幸福の花を見つめながら。
欠片がなければ出会わなかった二人。
もう随分前からエミリアは私を許し、感謝の気持ちを抱いだいていた。
ただの一度も求めなかったのはエミリアなりの意地の様なものだ。
そんな意地も、気を寄せる男の前には塵に等しい。
あの日ガレスは祈った。
小さな神殿の祭壇に膝をついて、亡くした妹とよく似た少女のようなエミリアが幸せになるようにと。
祭壇に置かれた2人を祝福するための銀の腕輪、婚姻を望む神子の為に神殿が贈る。
決して良い意味のものでは無い。
昔、人間が神の信仰を持ち始めた頃にあった人間の習慣。妻の腕に嵌め、既婚であると知らしめる。不貞を働けば腕輪ごと切り落とす。
今では婚姻を望む神子の為に神殿が贈る。
神子らが祈りを捧げ私が力を奮う『裏切りの腕輪』
ガレスは何度もそれが鳴らぬ様にと祈った。結果を知っていても祈りを止めなかった。
柔らかく笑い心優しいエミリアを過去に亡くした家族と重ねて。
ガレスの最後の願いは叶っただろう。
エミリアの中には喜びが満ち、充足感で溢れている。
ジャンの手を握りながら語り、私の訪れを待っているのだから。
今夜は月が特に美しく輝いている。
静かな夜だ。
今頃二人は次の世での事でも話しているのだろう。
人の心は変わる。だが二人のようにその先を行く者もいる。
純粋な愛だけではなく、様々な心を持って。
エミリアに残された時間はもうないが、私は大地の目覚める朝が好きなのだ。
ほんの数時間、人の寿命に干渉したとて私にとっては瞬き程。
今宵は二人、ゆっくりと過ごし存分に語れ。
朝日と共に、参ろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~後書き~~
『星の瞬き』はリフェリティスに視点を置いて見たものですが、結局の所、神様も完璧ではないと言うことです。
結局リフェリティスもイーダンに関わりエミリアに関わり、何だかんだと世話を焼く。
もしかしたらイリエストリナを自分と重ね、更に欠片を持つイリエストリナによく似たエミリアも自分に重ねたのかもしれません。
今回の『溢れるほどの花を君に』は、キャラの容姿がイリーナ(イリエストリナ)以外あまり出ていないのですが、皆さんはどんな姿を想像したのでしょうか。
最初から最後まで暗いお話、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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面白かったけど、ジュリアスとくっついてほしかったですねー
なんでジャン??まあ理屈じゃないんだろうけど…
horologium様ありがとうございます。
私もジュリアス以外を考えて見たのですがエミリアはやっぱりジャンが好き。おっしゃる通り、理屈じゃないんでしょう。
もしジャン以外でifを書くならジュリアスか、リヤード。イーダンとイリエストリナの過去があってのお話なのでリヤードの方がしっくりくるかな?
でもやっぱりジャンですね。迂闊すぎたジャンをざまぁしてもエミリアは喜びませんから。
最後までお読みいただきありがとうございました。