溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

星の瞬き 8

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「そんな、まさか」


ラグゼルへの帰路、船でアルドゥラへ渡り馬車の移動を始めて暫く、ジャンはヴァルに呼ばれエミリアの警護から離れていた。

馬車の中ではジャンとヴァルが向かい合う。窓のカーテンを引き、極力小さな声でのやり取り。


「まだ確認はしておりませんのでエミリア様の耳に入らぬようお願いします」

「・・・・・・・でもミリィは薬を」

「言いたい事は分かりますが、グラドール様には先に知らせを走らせています。今はまだその兆しが見られるというだけ、確定ではありません。まさか覚えが無いとでも?」

「・・・・あ、ある」


ヴァルの言葉に同様を隠せないジャンは頻りに視線を泳がせる。


「グラドール様に女医の手配をお願いしています。帰国予定の15日後、クレーリュ神殿にて」

「15日後!?もっと早く、こちらに呼んで・・・」

「静かに、これが最短です。手配した医師は公爵閣下から紹介頂いた皇后様の侍医を務めた事もある方。万が一そのような方を呼び付けたと知れればどのような噂が広がるか分かりません。それとも私が診察を?」

「そ、れは」

「余程のことがあれば私が診ます。そして万が一の事が、他国で起きてはなりません。安全に、かつ迅速にクレーリュに戻る必要があります」

「・・・・ミリィは、この事を?」

「分かりません。気がついているかもしれませんしいないかもしれない。今の精神状態で必要以上に負担をかけるべきではないと判断します」

「でも、何かあったら!」

「静かに。カーラ様に旅の安全を祈っていただいております」

「ミリィは神の恵みを受けない」

「ええ、エミリア様は」


エミリア自身は受けなくとも、胎児は違う。

いち早くエミリアの不調の原因に気が付いたカーラは直ぐにヴァルに相談した。その頃既にヴァルはクレーリュに医師の手配を済ませていた。カーラはエミリアと別れる際、アルドゥラの神殿にて胎児の安全を祈っている。

その際祝福の光が降りたと言う。エミリアの懐妊がその時点でほぼ確実となった。後は医師の診断のみなのだ。

医師の資格をもつヴァルにも知識はあり可能ではあるだろが実際に診た経験がない。それに歳の近いしかも年下の男が、と言うのはエミリアには激しい抵抗があるだろう。







何時もの無表情。だがヴァルのジャンへの眼差しは酷く冷たく、膝で握られた拳は僅かに震えている。

近くに在りながらエミリアの変化の原因にも気が付かない。そんなジャンに口には出さないがヴァルは怒りを覚えていた。二人に関係があるのは明らかで、それでいてそうなると思いつかない事が腹立たしかった。たとえ薬を服用していても恵の神子であるエミリアにそれが本当に効いているのかは分からない。反応から察するに、薬を服用していた事で、それ以外の避妊行動をとって居なかったと察する。

何故ジャンを選んだのか、思いはしても絶対に口には出さない。出せばそれはエミリアを否定することになるからだ。









カーラの祈りが効いているのか、エミリアの体調は悪くなる事無くラグゼルの国境を抜け、クレーリュ神殿に到着した。

ジャンのエスコートで馬車を降りたエミリアは、そのまま直ぐに祭壇の間にて長らく留守にしたメルヴィスのために祈りを捧げた。グラドールへの報告をしたいと言う眠たそうなエミリアに、ヴァルが代わり報告を上げるからと、ひとまず休息を取らせる事にした。


「ミリィ、部屋で休もうか」


「・・・・・ええ」


ジャンと共に自室へ戻りソファに座ると、エミリアはそのまま深く眠ってしまった。


「ミリィ?」


声を掛けても起きる気配はなく、ジャンはエミリアの靴を脱がし清め、衣服のボタンを緩めるとベッドへと運んだ。





目が覚めたエミリアの元へグラドールが1人の女性を連れて来た。五十代半ば程の、目元に優しさを感じるシャレル・マニーと名乗るその人は女医だと告げた。


女医と聞き身体を強ばらせるエミリアを見て、シャレルは完全に人払いをし、ベッドの上で青くなるエミリアの前に跪くと、そっと震える手を握った。


「お身体を、診せて頂けますか?」


優しく問いかけるシャレルに、エミリアに俯きながら小さく頷いた。











「さぞ不安でお辛かった事でしょう」




エミリアは大きく目を見開きシャレルを見つめる。


ご懐妊、おめでとうございます。

そう告げたシャレルは頭を深く下げた。エミリアは小さく、力ない声でありがとうございますと絞り出すエミリアに、今の状況を説明した。そして何処か虚ろなエミリアに、妊娠した事を知っていたのでは無いかと感じたのだ。



「・・・・きちんと飲んでいたんです。なのに、どうして、私、どうしたら」


「体質の問題かもしれませんし、神子様が飲むジヨルの薬草との飲み合わせかもしれません。神子様はとても不安な思いを抱えていらっしゃるのですね?わたくし共は、神子様がどのような決断を下されてもお助け致します」


「違う、違うのっ、要らないんじゃないんですっ、先が見えなくて不安で、考えても暗いことばかりで、、、私、私っ、ごめんなさいっ」



気づけばボロボロと涙を零しながら声を上げて子供のように泣き、シャレルに抱きしめられていた。




温かい手のぬくもり、優しい目元、柔らかな声が、酷く懐かしくエミリアの感情を揺さぶった。























甘い蜂蜜とほんのりと香るオレンジの香り。

鼻腔を擽る香りに目を覚ましたエミリアの目に入ったのはジャンの顔だった。


「おはよう、ミリィ。蜂蜜湯飲む?」


「・・・・・・・・ジャン」


先程までのシャレルとのやり取りを思い出し慌てて体を起こすエミリアに、ジャンは大きなクッションを膝に乗せた。


「ちょうどいい温度だ。どうぞ」


カップをエミリアに渡すと、ジャンはすぐ脇にある椅子に腰かけた。


温かいカップに口をつけると、柔らかな甘みとオレンジの爽やかな香りが身体中に沁みるようだった。



(・・・ジャンに、話さないと)





「ジャン、もしかしたら、シャレル先生から聞いてるかもしれないけれど」

「うん」

「にん、しん、している、の・・・」


(こわい。ジャンの顔を、見れない)


「その、教えてくれてありがとう。ミリィから聞けなかったら、僕は父親と名乗り出ないようにって、言われてたんだ」


「えっ?」


思わず顔を上げジャンを見ると、少し困ったような顔のジャンと目が合った。


(私、困らせてる?)


ジャンの表情に、忘れていた不安がエミリアを襲う。

ジャンから目を逸らし、手元のカップに視線を移す。視界が滲み、これ以上溢れないように唇をかんだ。

ジャンはエミリアの手元から空のカップを取りサイドテーブルに置くとその手をしっかりと握りこんだ。



「ミリィ、産んで、くれないか、な」


(・・・え)


「二人で話し合おうって約束したのに、ごめん」


(・・・・・いいの?)


「気が付かなくてごめん。一人で抱え込ませてごめん。こんな男で、「やめて」」


「ジャンは気が付かないと思ってた。薬だって毎朝しっかり飲んでいたもの。そうでなくても、私はジャンに聞かれないようにしてたし、そういう雰囲気作っておけばジャンは聞けないってわかってたの。意識的に隠したし聞かせなかったのは私。謝ったりしないで」


「ミリィ」


「あなたを、困らせると思っていたの。それだけじゃなくて、立場とか、政治とか、考えるのが怖くて、怖くて、不安で、どうしたらいいのか分からなくて・・・・」


「産んでくれって言っといて今更だけど、ミリィの気持ちを教えて欲しい」


「・・・・・産みたい」


恐る恐る口にしたのは、産むという事。ジャンは不安そうなエミリアに柔らかく微笑んだ。


「ありがとう、ミリィ」


ふわりと包むジャンの温かさに、先程まで必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

気の利いた言葉が帰ってきた訳ではない。それでも、礼を言われただけで、自分と腹の子が認められた気がしてとても嬉しかった。

あの頃思い描いていたものと違い問題は多いが、諦めていた愛の形がすぐそこにあった。









その後、グラドールやヴァルもエミリアの決断を尊重し、エミリアの環境を整えるべく奔走し、エミリアはこの機会にジャンとの関係を周知させてしまおうかとも思っていたが、本人の希望もありジャンが父親だという事は伏せられる事となる。

その方がミリィが安心するから、と明るく言い放ちエミリアは戸惑いながらもそれを了承した。エミリア自身、ジャンが相手である事が知られればジャンにも子にも、危険があると思ったからだ。


表立った二人の関係は変わりなかったが、ひとたび人目の無い場所や二人きりになればジャンは甲斐甲斐しく世話を焼いた。

それは今までの比ではなくエミリアも驚いたが、ジャンの気持ちの大きさに鬱陶しがること無く、寧ろ幸せだと喜びを感じた。








活動的であったエミリアの妊娠を隠し通すことは出来ず、世間に広まり切ったある秋の日の深夜、カーラとアルドゥラの癒しの神子二名が祈り続ける中で、エミリアは大きな産声を上げる男児を出産した。






「ミリィ、ミリィっ!」


「・・・・ジャン、赤ちゃんは」


「っ!無事だよ、安心して」



一時意識を失っていたエミリアはジャンの呼び掛けに薄く目を開けた。


顔をぐじゃぐじゃに濡らしたジャンはエミリアに子供の無事を伝えるとエミリアを抱きしめ声を上げて泣いた。


「ミリィ、ミリィ、よかった、目を、覚まして」

「泣か、ないで、生きてるから」

「うん、うん・・・」







ジャンは恵の神子の騎士として務める一方で、エミリアをよく支えた。

『リライオ』と名ずけられたその子の父親が明かされるのはエミリアとジャン、二人が女神の元へ旅立ってからだった。

エミリアは子を慈しみながらも厳しく接した。恵の神子と言う立場上、常に近くにあることは出来なかったが可能な限り親子の時間を共にすごした。リライオはエミリアの心と立場をよく理解し、決して歪むことなく育つ。エミリアを慕う様々な者に師事を仰ぎ、多くの分野を学び、後にメルヴィス王国の初代国王として名を馳せる事となる。




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