溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

風にそよぐは金の花 2

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イリーナはハンカチに刺繍を刺しながら窓の外に視線を送ると、ダグラスとリリアナが歩いているのが目に入り、自然とため息が出た。

ダグラスがカッチス家に来てからもうすぐ2ヶ月。イリーナの婚姻式も間近に迫っていた。

リリアナが成人して社交界デビューを果たしたのは半年前、予想に反し嫁ぎ先は中々決まらなかった。

庭を歩く二人は親密、とは見えない。リリアナが一方的に話しダグラスは眉根を寄せ難しい顔をしている。

数日に一度こうした二人の姿は見られ、婚約者の居ないリリアナがダグラスと共に居る事で、一部の使用人の間ではダグラスとリリアナが婚姻を結ぶのではないかと噂されていた。

ダグラスの態度はイリーナから見ても紳士的で、誤解させるような言動などは無かったはずだが、噂に上がるのは相手が可憐なリリアナだからだろうと思った。

しかしイリーナのため息の原因はそれではなく、別の噂にあった。


先日参加した茶会で、仲の良いご令嬢からイリーナの婚姻について噂があると聞かされた。

イリーナがディダでは無くダグラスと婚姻し、ディダはイリーナでは無くリリアナと婚姻をするのでは、というものだった。

勿論全く身に覚えのない事なのでその場で否定はしたが、社交界で噂が回っているらしく、令嬢達は皆イリーナを心配した。

自分のせいでディダに迷惑をかけてしまう。その事が心苦しいく申し訳ない。

そもそも式は一月後、招待状も配り終えドレスも殆ど仕上がっている。何故この時期に訳の分からない噂が立つのかわからなかった。






「イリーナ様、ウィルナー様がいらしています」


侍女の声にはっと振り返ると、花を抱えたディダが扉の脇に立っていた。


「ディー、いらっしゃい」

「イリーナ、これを君に」

「素敵、ありがとう。とても嬉しいわ」


花を受け取り香りを楽しむ。色とりどりの花束は薔薇やダリア、マーガレットなど様々な種類で束ねられていた。


「どれも綺麗で選べなかったんだ、全部あげたくて」

「ディー、嬉しい。私の為に」


イリーナは忙しいディダが花屋でどの花を贈るか悩む姿を考えて胸が熱くなった。

侍女に花を頼み、部屋にお茶の準備もしてもらうと、イリーナは用意された茶器を取り手ずからディダの為にお茶を淹れる。そんなイリーナの姿を見つめながらうっとりと目を細めるディダ。今では二人の当たり前の姿に、使用人達も微笑ましく見守っていた。


「イリーナ、何か悩み事が?」

「え?いいえ。大丈夫、なんでもないの」

「・・・・イリーナ」


イリーナは先程まで考えていたことを振り払いディダに笑顔を向けた。ディダはそんなイリーナを寂しそうに見つめる。


「イリーナ、変な噂が回っていますね」

「っ!!」


ディダは商売柄噂話には耳が早い。貴族と同じくらいか、場合によってはそれよりも早く噂の出どころまで探る。

ディダとイリーナの婚姻が間近だと言うのに一部の貴族の間では二人にとって大変不愉快な話しが回っていた。


「ごめんなさい、私が至らないから」

「違う、イリーナは十分頑張っているよ。至らないのは私の方だ。こんな噂を出してしまった」

「ディー、貴方は悪くないわ。私が・・・」


ディダはポロリと涙を零したイリーナの手を握りながら反対の手でその涙を拭った。


「イリーナ、子爵様には許可は貰ってある。明日から私の屋敷においで?」

「まだ婚姻式前よ?」

「私が待ちきれない。勿論寝室は式まで別だよ?」

「あ、当たり前よ!」


悪戯っぽく唇を持ち上げるディダに、イリーナは真っ赤になって声を上げた。


婚姻前に行儀見習いとして婚家に入ることはまあある事だが、それは婚約期間が1年、またはそれ以上と長いためでもある。その期間で婚家の環境に早く馴染め、円滑な婚姻生活を送るための準備期間でもある。そしてそれは庶民の間では殆ど行われず、主に貴族に嫁す場合だ。

ウィルナー家は裕福と言っても貴族では無く庶民、後たったひと月が待てないと、どんな噂が出るか想像に難くない。


「イリーナ、私・が心配なんだ。義理の兄だと言っても他人だ。彼は私より年上で体格もいい。私はイリーナのためなら何でも出来る。でも、君を失うなんて耐えられないよ」

「ディー、私は心変わりなんてしないわ。私、ディーが好きなの。ディーを愛してるの」


イリーナは頬を染めながら潤んだ瞳でディダを見つめ、ディダはイリーナの言葉に驚き口をぽかんと開け、ガタリと立ち上がる。


「ディー?」

「今、言った」

「え?」

「私を愛してるってイリーナが」

「ええ、ディーを愛してるわ」

「ああ、嬉しい!嬉しいよ!イリーナ!!」


ディダはイリーナに駆け寄り、椅子に座るイリーナの手を引き立たせると強く強く抱き締めた。


「ディー、どうしたの!?」

「だって初めてだ!イリーナが私を愛してるって言ったのは!」

「そう、かしら?・・・私の言葉が足りなかったのね。ディー、愛してるわ」

「イリーナ、イリーナ!イリーナ!!ああ、愛してる!イリーナを愛してるよ!!」

「ディー、落ち着いて、ね?」


ディダの力強い抱擁を受けながら、興奮したディダの背中を優しく撫でる。暫くし顔を上げたディダは余程嬉しかったのか目には涙を溜めていた。


「イリーナ、もう我慢なんてしないからね?」

「が、我慢?」

「ねぇ、キスしても?」


イリーナの返事を待つことなく重ねられる唇。

それはいつもディダから与えられる触れるだけのキスよりずっと熱く熱を持っていた。

ディダの唇がイリーナの唇を優しく何度も吸い、熱い舌先が唇を割る。あっと思いイリーナは咄嗟に唇を開いた。

ぬるりと入り込んだディダの舌にイリーナは舌を引いたが追いかけるように絡むディダにぴりぴりとした官能が微弱な電気を纏い頭の先へ抜けていく。


「ん、はぁ」


思わず漏らした吐息があまりにもいやらしく聞こえ、イリーナは酷く恥ずかしい気持ちになった。

ディダの服を必死に掴み、砕けそうな腰が崩れ落ちないように足に力を入れた。

ディダはより一層力強くイリーナを抱きしめ体を密着させた。

イリーナはディダの密着した体の一部が硬くなっている事に気が付きドキリとした。ディダから離れようとしたが、ディダはそれを許さずイリーナの腰をぐっと引き寄せる。


「イリーナ、まだこのままで」

「っん」


耳元で囁かれただけなのにぞわりと来た刺激に、イリーナは小さく頷いた。









そんな二人を、庭から見上げるのはダグラスとリリアナ。


真っ青な顔で見上げるダグラスは一瞬ディダと目が合った気がした。


「何よ、あれ・・ダグラス様がお姉様を落としてくださらないから!」

「二人は想いあっている。無駄だと言っただろう」

「ディダ様がお姉様と婚姻を望むのはカッチス家との繋がりがウィルナー商会に有利だからだわ!だったら私でもいいじゃない!!」

「まだそんな事を、それは違うだろうウィルナー殿は明らかにイリーナを愛してる」

「私の方が上手く社交をこなせるわ!お姉様よりずっとウィルナー家の役に立ってみせる!年齢だって見た目だって私の方が釣り合うじゃない!!・・・・そうよ、ダグラス様がお姉様のお部屋に忍んでいらしたら良いのよ」

「止めないか!」



リリアナは大人しい見た目のイリーナは自分よりも不幸だと思っていた。

可愛いドレスも華やかなアクセサリーもイリーナは好まず、大人しいシンプルな物を好んだ。

それは見た目を気にしての事だと思っていたリリアナは、イリーナが年下のディダと婚約したのが信じられなかった。ウィルナー家から縁談の話が来ていたのは知っていた。相手がディダとわかった時、自分に対する話だと思っていた。

所がそれは違い、ディダは熱心に姉である年上のイリーナを口説き初めた。

父を通して何度か姉が嫌なら自分がと話をしたがウィルナー家からはイリーナ相手に話が来ているのだからと子爵は取り合わなかった。

年頃のイリーナには何度か貴族からの縁談が上がり、いくらウィルナー家といえど、貴族相手では手を引くと思われた。が、相手にイリーナより条件の良い相手が出来たなどでことごとく話が潰れてゆく。


リリアナは成人し社交界デビューの日、子爵にディダにエスコートを頼みたいと話すと酷く叱られた。姉に対してもウィルナー家に対しても侮辱に当たると。


ダグラスがカッチス家に来ることが決まった時も、イリーナがダグラスと婚姻を結び自分がウィルナー家に嫁ぐ、そうすれば丸く収まると思っていた。

そこに自分以外の人間の心の在処など考えもせずに。





翌日は朝から使用人達が慌ただしく動いていた。何があるのか聞きたくとも忙しなく動き誰も捕まらない。仕方なく自室に戻ると、窓の外からウィルナー家の馬車が見えた。

リリアナは使用人達が忙しいなら自分がディダを迎えても咎められることは無いと急いで部屋を出た。


「ディダ様!」


「何だいリリアナ、大きな声を上げて」

「お、お父様」


エントランスには姉イリーナ、カッチス子爵と家令が既にディダを迎えており、階段を駆け下りてきたリリアナは子爵に叱責を受けた。


「皆、忙しそうでしたので、ディダ様に失礼があってはいけないと思ったのです」


上目遣いで子爵とディダに視線を送り、申し訳ありませんと瞼を伏せた。こうすることで大抵の事は許されるとリリアナは知っていた。



「リリアナ、今日からイリーナはウィルナー家へ入るからね」


父の言葉にリリアナは驚いた。顔を上げると優しげな声とは違い 真顔の父の姿。お互いに見つめ合いながら微笑む二人。

優しいディダの笑顔はリリアナに向けられたことの無いものだった。


「お式まではまだ一月もあるのに」


呟いたリリアナに子爵は困った顔をし家令にイリーナとディダがゆっくり過ごせるようにと別室へ通させた。

二人を見送り子爵は後で執務室に来るように伝えリリアナを置いてその場を後にした。







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