溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

風にそよぐは金の花 1

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イリエストリナ編全6話です。


_________________________



この世界の命は女神リフェリティスによって齎され、全ての命には例外なく女神の力が宿る。そして命は王も乞食も分けることなく女神リフェリティスの元に帰る。


その昔、女神は度々地上に使者を遣わせた。

その者は恵の神子と呼ばれ大地に力を与え程よく雨を降らせる。病への苦しみは半減し、完治させることさえあったと言う。

最後の恵の神子は国同士、人同士の争い事に胸を痛め生涯その身を騎士と共に平和の為に捧げた。

神子の活躍は国同士の争いを無くすだけではなく貧困、差別、治水、医療と、多岐にわたり、平和の契りが世界中に広がるのを見届けるとその生涯を閉じた。


最後の神子が女神の元へ帰ってから80年、恵の神子も、その神子を助けると言われた癒しの神子も現れていない。

神子が望んだ平和は世界中に広がり多少の争いはあれど、80年以上もの間大きな争いは起きていない。


ここメルヴィスは建国時の初代国王が恵の神子の子であることでも知られ、平和を愛した最後の恵の神子が生涯を過ごした土地でもある。

神子がこの世を去った今でも女神の庇護を受けているとされているこの土地は、小国であるが豊かな自然と肥沃な大地に恵まれ、両隣を大国に挟まれている事で交易も盛んな非常に豊かな国である。


メルヴィスの首都クレーリュにある神殿は今やどの国の神殿よりも重要視され、各国の神殿から神官らが1度は必ず訪れる、平和を象徴する神殿と言われている。


そして今、クリューレの神殿で一組の若い男女が女神に感謝の祈りを捧げ終えたところだった。



「イリーナ、今日からよろしく」


「ええ、よろしくお願いします。ディー」


今年19歳になったイリーナ・カッチスは子爵家の長女であり、商業を営むウィルナー家の長子、ディダ・ウィルナーとの婚約式を終えたばかりだった。


「でも、本当に良かったの?」

「まだ気にしているの?私は気にしないと言っているのに」

「だって」

「イリーナ、私と婚約してくれてありがとう」


ディダはイリーナの手を取りチュッとリップ音をさせて口づけ、イリーナは恥ずかしそうに頬を染めた。




「式が楽しみだよ」

「急ぎすぎでは無いかしら、ドレスだってギリギリよ?」

「心配なんだ。イリーナを誰かに取られてしまうんじゃないかって」

「私を?必要のない心配だわ」


ふふっと笑うイリーナを見つめるディダは笑顔のままじっとイリーナを見つめる。


ディダはイリーナより一つ下の18歳。ディダがイリーナに求婚したのは2年前だが、それよりも前からイリーナを見守り、イリーナに近づく男を直接では無いが排除してきた。

イリーナはカッチス家と繋がりのある商家の嫡男ディダとは以前から交流があったが、ディダは16で成人し、子爵に求婚の許可を貰うとイリーナに積極的にアプローチをかけた。

自分より年下のディダが可憐で若い妹リリアナではなく自分を好いてくれていることが信じられず、事前にカッチス子爵に話を通してはいても、イリーナから婚姻の了承を得るのに2年もの時間を要した。

そしてイリーナがディダの申し込みを承諾をすると、その日のうちに神殿に神殿の都合が合う最短の日程で婚約式を行いたいと申し入れ、今日婚約式を迎えた。

婚姻式は3ヶ月後に予定されている。


子爵家と商家、2人の婚約は家同士の利益が絡む一見政略的なものに思えるが実は違う。

ディダはイリーナを心の底から愛し、イリーナもディダを好いていた。


「来月にはダグラス殿がカッチス家に来るから、イリーナを取られないようにしないとね」

「考え過ぎよディー、会ったこともないのに?」

「一目惚れって事もあるじゃないか」

「それなら尚更私では無いわ。それとも私がダグラス様に一目惚れするとでも?」

「そんな意地悪を言うの?イリーナは私を困らせたいの?」

「ごめんなさい、意地悪を言ったつもりは無いの」

「なら、私を好き?」

「ええ、ディーが好きよ」


恥ずかしそうにはにかむイリーナの頬をそっと撫で、ディダはゆっくりと顔を近ずける。

触れるだけのキスをし、イリーナを胸に抱くディダは祭壇のリフェリティス像に視線を送る。


「女神様の前で不謹慎だわ」

「私達は女神様の前で結婚の約束をした婚約者だから、少しくらい許してくれるよ」


イリーナはリフェリティス像に挨拶をすると、ぴったりとディダに寄り添われ礼拝堂を後にした。









カッチス子爵は二人の婚約話が出た5年前から両家の交友の場を何度も設けた。

ディダはイリーナの妹、リリアナとの接点が少なく会えばイリーナでは無くリリアナを見初めるのではという思いがあった為でもある。

子爵家としてはイリーナがウィルナー家へ嫁げるのは有難いことだったが、心配であったのはイリーナの自己評価の低さだ。不美人という訳では無いが落ち着いた見た目のイリーナと違いリリアナは物語から抜け出たような可憐な見た目をしていたからだ。


二人の婚約を認めた後でディダがリリアナを気に入ってしまえばイリーナが傷付くだろうと考えての事だったが、子爵の予想に反しディダは可憐なリリアナを見てもイリーナを求める気持ちに変化がなかった。

ディダが成人すると直接イリーナに求婚する事を許し、イリーナが了承すれば婚姻を認めるとした。


そして二年もの期間をかけ先日イリーナはその求婚を受けたのだ。


カッチス家にはイリーナとリリアナの2人しか子が居らず、子爵夫人はリリアナを産んでから体調が優れず数年前儚くなった。そのためイリーナがディダと婚姻を結ぶとリリアナが婿を摂るか養子を迎えるしかない。

リリアナは見目もよく愛嬌もあるが婿を、となると特に権力や財がある訳では無いカッチス家には難しかったが、その見た目からリリアナらならば貴族に嫁ぐことは出来るだろうと子爵は考えた。

そのため子爵の従姉妹の2番目の息子を中継ぎの跡取りとして養子に迎える事になった。それがダグラスだ。

イリーナと年回りの良いダグラスは21歳、イリーナとの婚姻をと話が上がる事もあったが、クレーリュでも有数の商家、ウィルナー家の子息からの求婚をイリーナが受けた事で立ち消えた。


ディダが婚約式を急ぎ婚姻式も急いだのは、このダグラスを警戒しての事だった。






婚約式から一月後、子爵家にダグラスが到着し、イリーナとリリアナに引き合わされることとなった。

この日、朝からイリーナに逢いに来ていたため居合わせたディダは同席を許され、イリーナと共に居間へ。子爵とリリアナは既におり、その前に座る男が1人。


2人の訪れに皆顔を向け、ダグラスはイリーナを見て驚いたように瞠目した。


「・・・・リナ」


ぽそりと呟いた言葉は小さく、誰の耳にも届かない。ディダだけがダグラスの口元をじっと見つめていた。



「二人とも、彼はダグラス・バラド君だ。ダグラス、娘のイリーナにその婚約者ディダ・ウィルナー君だ」

「初めまして、イリーナと申します」

「ディダ・ウィルナーです」

「・・・ダグラス・バラドだ」


イリーナはドレスの裾を持ち淑女の礼を取り、ディダは軽く頭を下げた。

ダグラスはじっとイリーナを見つめ、イリーナは困ったように笑顔を作った。


「ダグラス殿、イリーナは私の婚約者ですからあまり見つめるのは御遠慮頂けませんか?」

「ディー!」


ディダの言葉に慌てたイリーナが静止するも、ディダはニコニコといつもの笑顔でイリーナに微笑みかける。


「あ、いや、そんなつもりは無いんだ」

「そんなつもりがあったら困りますよ。私はイリーナ無しでは居られませんから、取らないでくださいね?」

「もうっ、ディーったらそんなことありえないわ」

「ダグラス君許してやってくれ。ディダ君とイリーナは相思相愛、私でさえ邪魔者扱いなんだ」

「・・・そのようですね。ウィルナー殿、大切な婚約者殿を奪うつもりなどないよ」

「そうですか、安心致しました。これからは義理の兄弟になるのです。どうぞよろしくお願いします」



イリーナは心配そうな瞳でディダを見上げる。ディダは何事もなかったかのようにいつもの笑顔をイリーナに向けた。






婚姻式までのあと一月余り。ディダは毎日のようにイリーナを訪ねた。日によって時間は違うが、朝や昼、時には就寝前のほんの一時。

裕福な商家の子息と言って自由でも暇なわけでもない。イリーナに合うために時間を作り必ずと言っていいほど毎日愛の言葉を贈る。

イリーナもまた、忙しいはずのディダが自分のために時間を作ってくれる事を嬉しく思っていた。






「ウィルナー殿、今お帰りか」

「・・・ええ、愛するイリーナの顔も見れましたので」

「少し、話さないか」


イリーナの部屋を訪れた帰り、ディダはダグラスに引き止められた。

ダグラスは与えられた私室にディダを通し酒を進めたが断られたため使用人に茶の支度を頼んだ。



淹れたての温かい紅茶に口をつけディダはダグラスを伺う。


ダグラスはディダをじっと見つめ口を開いた。


「どこかで、会った事があるだろうか」

「私が、ダグラス殿と?」

「ウィルナー家の嫡男である貴方なら色々な地方へ赴くだろう。どうも貴方とは初めてあった気がしない」

「ダグラス殿はブルグレスの出身でしたか。生憎訪れたことはありません。それ以外でも、お会いした覚えはありません。ダグラス殿とお会いしたのはあの日が初めてですよ」

「・・・そう、か。どうやら勘違いのようだな、貴方に似た者と会った事があたったので」

「・・・それは、どんな人ですか?」


ダグラスはディダの返した言葉に少しだけ驚いた。いつものディダなら笑顔を浮かべ冷たく話を切り上げる。

ダグラスはディダが自分をよく思っていないと肌で感じていた。


「髪と瞳は、貴方のように明るい茶で、人懐っこく明るい、面倒見の良い少年だった。よく考えたら、貴方とは違うか」


見た目は似ていても、ダグラスの記憶の中の少年はディダとは全く違っていた。

ダグラスは少年を思い出しながら昔を思い出していた。

明るく賢くもある、地元の子供たちを纏める、絵を描くのが好きな子を。


「君は、絵を描くか?」

「絵、ですか?職業柄多少は」

「風景や人物は?」

「描けなくもありません」

「何か、書いて貰えないだろうか」

「お断りします。人に見せるような物でもありませんし。そんな暇があったらイリーナに会うために時間を使います」

「大切に、思っているのだな」

「ええ」


ディダはダグラスの探るような視線を気にすることも無く、紅茶を飲み干すと席を立つ。


「では明日も早いので失礼致しますよ」

「ああ、遅い時分に引き止めてすまない」


お茶をご馳走さま、そう伝えディダはダグラスの部屋を後にした。



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