溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

星空の向こう側へ 2

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エミリアの滞在する部屋の中で警備に携われる者はラグゼルから連れて来た騎士のみ。部屋の外ではアルドゥラ王家と神殿の騎士が一名づつが警備に当たっていた。二人はじろりとジャンを一瞥した。


ガスグール神殿の騎士は特に見目が良い。実に様々な種類の美丈夫が揃っていた。

顔に大きな傷があるジャンが神子の騎士だと知り、見目の良い騎士を宛がったのだろう。

ただ、予想に反しエミリアは興味を示さず、彼らはジャンを敵視する様な視線をよこす。


場を離れる事を伝え、リヤードに付いて神殿を歩く。

ラーダム神殿は比較的大きな神殿だが、その殆どは増築され繋がれた施設だ。ジャンが連れて来られたのは比較的古い、木造の建物。入口は神殿の騎士に守られ、騎士達はリヤードの顔を見ると礼を取り道を開ける。扉の先にあるものにジャンは驚いた。建物の中にさらに古い木造の建物があったのだ。恐らく中の建物を潮風から守るために外側に覆いを作ったのだろうとジャンは推測した。鍵のかかっていない入り口の扉を開くと礼拝堂のような場所。リフェリティスの像は無いが、あったであろう場所の足元には地下へ通じる扉があった。見るからに重そうなその扉を、リヤードは鍵を差し込むと一気に引き上げた。


地下への階段を降りると、建物とは違いかなりしっかりとした造りになっていた。

薄暗い通路を見回しながらリヤードに付いて幾つかの扉を潜る。


「ここは400年ほど前神官長を務めたイーダン・アッカー、当時の神官長が遺した部屋で、代々この神殿の神官長に就任すると鍵を受け継ぎます」

「イーダン・アッカー・・・・・リヤード神官長、貴方の?」

「彼に子がいた記録は有りませんのでご兄弟辺りの子孫でしょうね。彼には年の離れた弟が居たはずですから」


残念ながら神殿の神官の記録はあってもアッカー家の記録は無いんです。とリヤードは服の中からジャラリと鎖に通された鍵を取り出し、扉に刺しカチャリ、カチャリと何度か回した。リヤードの体で手元は見えないが彼が離れ見えた鍵穴は見たことの無い丸い形状をしていた。



「ジャン殿、貴方はご自分の事を何処までご存じですか?何処まで知らされていますか?」


扉の前で振り返りじっとジャンを見つめる。薄暗い室内、リヤードの表情は読みにくいが真剣である事は空気が教えてくれた。



「・・・・あまり。ただ、神子を守る咎人、恵の無い恵の神子を守る存在だとだけ」

「そうですか、では知りたくありませんか?」

「・・・・・・・・・・」

「恵の神子には対となる存在があります。それが貴方だ。ラグゼルでは神子の騎士、ではその起源は?」



ジャンはリヤードの言わんとしてることが分かった。この先の部屋に答えがあるのだと。

鍵を開けた事を考えると、リヤードは伝えたいのだろうと。


「知って、良いのだろうか」

「いいのでは無いですか?恐らく恵の神子も神子の騎士も貴方とエミリア様で最後でしょうから、最後くらいは」

「!、え」


驚き顔を上げるジャン、ジャンはガレスから何も聞いていなかった。隠した訳ではなく拗れた二人がこれ以上拗れ思い詰めないよう話さなかったのだ。


「知らないのは無理もありません。こう言った話をエミリア様とする時は人払いをし、バルナ殿しかそばに置きませんでしたから。エミリア様も、ラグゼルで知った情報は少なかった。で、どうされますか?」


「・・・・・・知りたい」


「でしょうね」



真っ直ぐな目で見つめられ、リヤードはふっと笑を零し扉を開けた。










真っ暗な室内。


リヤードが天井から伸びる紐を引く。一本、二本、また一本と。

シュルシュルと絹の擦れる音が鳴る度に、室内には光が差し込んでくる。


「これは」


地下だと言うのに室内は陽の光が溢れ、壁に掛けられ、たくさんのカーテンが姿を表す。


天井部分には大きなレンズの様なガラスがはめられ、そこから光が溢れている。


「直に光を取っている訳ではありませんよ。鏡を使った反射を利用しています」


なるほど、それならば地下でも光が取れるのか、そう思いながら部屋を見渡すと、リヤードが壁に掛かったカーテンを一つ引いた。


「ミリィ?」


壁に近寄り描かれた絵、そこに描かれた

女性を凝視する。


全く別の女性、なのに一瞬ジャンにはエミリアと重なって見えた。



「その方は初代恵の神子、イリエストリナ様です」




「イリ、リナ?」


その名を聞くと、何故か心臓が跳ねた。

なんだ?と思い胸に手を当てるも、跳ねたように感じた心臓は何事も無かったように治まっていた。


「この絵は全てイーダン・アッカー神官長が当時描いたものです。そしてこの方は女神リフェリティスから生まれたと伝えられております。ある日ある男に恋をし、人として生きる事を選んだ」


リヤードはジャンにまるで物語を読むように当時のイリエストリナと男の話をしながら一つ、また一つと徐々に顔色が悪くなるジャンに、カーテンを引き様々なイリエストリナを見せた。









「女神リフェリティスは、イリエストリナ様と男の魂を11に分け、人々の中に眠らせました。イリエストリナ様の魂の欠片を持つ者、それが恵の神子様です」


「・・・・・では、私は」


「・・・尊い方を裏切った男の魂の欠片を持つ者」


リヤードの言葉に、ジャンは吐き気を催した。

口元に手を当て、堪える。

自分に対しても、その男に対しても腹が立ち不快な気持ちになった。

神の子を裏切り、エミリアを裏切った。







『裏切り者の魂の成れの果て』


不意に、レアンドルの言葉が蘇る。


震えるような、囁く声が。




『あなたはどんな罪を犯したのですか?』





あの日の毒が、じわりと染み出す。




部屋中に溢れるたくさんのイリエストリナはどれも優しげな笑顔を浮かべている。

炭で描かれているそれは、白と黒しかない世界にもかかわらず光に溢れ優しさに満ちていた。

実際のイリエストリナがどんな女性かはジャンは知らないが、絵を書いた者の気持ちは痛いほどに伝わってきた。


イリエストリナからも、描いたイーダン・アッカー神官長からも責められているように感じてしまう。




「僕は・・・・」




ジャンは敬虔な信者ではない。

女神を信仰はしていると言っても、それは生活の一部であって生まれながらに身近なものであるからだ。

祈ると言っても神子のように女神からの反応がある訳でもないのでどちらかというと遠い存在だった。エミリアが神子になってからは礼拝に訪れても女神リフェリティスに感謝の言葉は浮かばなくなった。

ジャンにとって女神リフェリティスは信仰の対象ではなく、奪う者になったからだ。

ガレスに助けられてからもそれは変わらず、寧ろ生活の中から女神の存在は消えた。

習慣であった礼拝も止め、エミリアの傍で見守ることに徹した。

ガレスもまた、ジャンに必要以上の事は教えず、ジャンも与えられる事以上聞こうとしなかった。



エミリアを傷つけた自分が何を祈るのか。




情けなさに涙が滲んだ。


過去のその男は自分ではないが、レアンドルの言葉が何度も蘇った。




リヤードは壁に手を付き口元を押える顔色の悪いジャンを見て薄く笑った。



「と、言われてはいますが、事実は分かりません」


「・・・・・・・・・?」


「当時のイーダン神官長はこう記しています。『女神の娘イリエストリナ様は、地上のどの命よりも尊く清い魂をお持ちであった。その声は春の陽射しの様に聴く者の心を温め、澄んだ瞳はどこまでも続く青空のように心を引き付け、優しいその手は子を慈しむ母のように柔らかく、その笑顔は夢のように儚い』」


「・・・・・・・・・・」


「イーダン神官長は、イリエストリナ様に心を寄せていたのでしょう。ですから、偏った見解なのではないかと思っています。ここで出てくる男、イリエストリナ様の夫は、ダルダと言いますが、彼側の事情は殆ど残っていません。そして彼の情報は極わずかな者しか知らされていないのです。ダルダの一部を持つものを守るために」


「守るために?」


「過去アルドゥラで男の一部を持つものを冷遇した神殿がありました。神子に恵を与えるためだけに神殿に置き、神子に合わせることなく地下につなぎました。当時のその神殿の神官長はその男の事を罪の神子と呼んでいたそうです。彼は神殿に来て3年後、25歳という若さで衰弱死したとあります。そして当時の恵の神子は徐々に弱り、僅か一年で同じように衰弱死致しました。それ以降、罪の神子と呼ぶことを禁じ、救済の神子と呼ばれるようになったのです」


今では神子の騎士ですが、と付け加えるリヤード、ジャンは頭の中で必死に理解しようとした。つまり、レアンドルはその事情を知る者か、それに近しいものだったということ。恐らくは教会関係者だと。


「なぜ、それを私に?」


今までジャンには知らされてこなかった話。ガレスも、ウォーロフも、オズロも。


「イーダン神官長はイリエストリナ様を女神としました。当然他の神殿から批判を受け、彼の残した言葉はその殆どが認められませんでした。ですから元々あまり詳しくは他の神殿に記録が残っていないのです。エミリア様のいたラグゼルの中央神殿も同じでしょう。ですが過去に男の魂を持つ者を亡くし恵の神子が命を落としたのは事実。同じ過ちを犯さないようにと、神子の騎士という役目を与え恵の神子と共に保護をした」


ジャン殿は知るべきだ。そう言ってリヤードはジャンの肩をぽんと叩いた。ジャンは黙っていたが、僅かに視線を彷徨わせた。




「罪を犯した男の魂を持つ者とだけ伝えたら、あなたとエミリア様の溝は深くなるでしょう。あなたはあの方から距離を置き、あの方はそれを黙って受け入れる。いずれ世界の恵の神子がエミリア様だけになった後、ラーダムにお迎えしても良かった」


リヤードは棚から革張りの箱を取り出し開ける。

中には三冊の古い本が入っていた。その一冊を手に取り、表装を優しく撫でてからそっと開いた。


古代語で書かれたそれをリヤードは指差すが、ジャンは古代語を学んでおらず読むことは出来なかった。





「『いつの日か、魂がまたひとつに戻る時、もう一度あの方の心からの笑顔に出会いたい』。イーダン神官長はそう書記し、その後追記されることはありませんでした。私も、同じなのです。敬愛するエミリア様には笑顔でいて頂きたいのです。ですが残念な事に、私とでは無理ですから」



リヤードは真剣な顔で告げ、ふっと笑んだ。



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