溢れるほどの花を君に

ゆか

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ベッドに押し込まれたエミリアは、オズロとグラドール神官長の看護に、神殿を抜け出すことを諦めた。

ただ、アルドゥラの使者との面会は諦めきれず、グラドールに相談しジュリアスにではなく、ロイに手紙を書いた。

ロイからは最速で返事が届いた。直ぐにお伺いしますと。

これは先触れだろうか?立場のある者がこのような一言で済ませて良いのか?普通はもっと体調を気遣う文言が、等と考えているうちにロイが到着。急な訪問にジャンやヴァルが難色を示し、揉めに揉め、リズがエミリアに話を通しやっとロイの面会は叶った。


通常であれば神子の体調を考え護衛騎士であるリズはロイの訪れをエミリアに知らせるべきではなかったが、リズはエミリアの心情を汲んだ。ロイに頼まれて頷いた使者との面会、無理に会う必要はないが、オズロとのやり取りでエミリア自身が使者に会いたがっているように見えたのだ。

アルドゥラの立場のある者が国境を越える事など、そうそう出来る事ではない。この期を逃せば次はいつ会えるか分からない。会おうと思って会えるものではない。


リズは昔のエミリアを知らないが、今のエミリアをよく見ていた。

自分から強くは望まない。自分が強く望めば周囲はエミリアの願いを叶えようとする。それを知っているからこそだろう。

宿屋での滞在にしてもだ。直ぐに出発をしたいと言うエミリアをジュリアスが説得した時にあっさりと引いたのも、それをエミリアが我が儘と思っているからだ。

オズロから聞かされた至極真っ当な理由でも引かなかったエミリアを見て、もしかしたらエミリア自身が使者に会いたいのではと思った。

グラドールに泣き付かれ一度は諦めたエミリアに、グラドールではなくエミリアがロ・イ・に断りの手紙を書いてはと進言し、門前払いされそうなロイに気が付き、揉めている様ですと一言だけ告げた。

そこでリズの意図に気が付き、エミリアは小さくありがとうと伝えた。



通されたロイはエミリアを気遣い、それでも立ち会いを諦めきれないと口に出した。

いつの間にか当たり前のようにエミリアの側にいるジャンには監視のためかヴァルがピッタリと付いている。

なにも言わないが二人の表情が苛だたしげにピクリと動いた。

そんな二人に気が付くも、エミリアはこのチャンスを逃すつもりはなく、グラドールとオズロを説得にかかった。


結果、折れたのはグラドールだった。


恵みの神子の特性を知ってはいても、恵みの神子との交流が無かったグラドールは本当の意味でその危険を知らなかった。孫ほども年の離れたエミリアに手を取られ、泣きそうなほど瞳を潤まされたグラドールは、言葉を失い陥落した。自分がエミリアにした泣き落としで同じ様に落とされてしまったのだ。


クレーリュ神殿の騎士のトップに立つのは中央神殿から異動してきたバルナと言う騎士だ。移民の血が混じるバルナは中央においてはその血が嫌われたが、その精神の高さからガレスの信頼は厚く、エミリアが中央を出る際に一番にクレーリュへの異動を打診した男だ。今もまた、扉の外で急な来客にその成り行きを見守っていた。


バルナはその場で決まった話を元に、すぐにロイに警備について協議し、場を後にした。






午後に予定されていた使者との会談はメルヴィス邸で行われる事になっていたが、不調によりエミリアはメルヴィス邸へ足を運ぶことができないため急遽神殿の一室にて行われることになった。


ジュリアスは神殿入りし、すぐにエミリアの部屋を訪ねる。今回体調が悪いにも関わらず断らなかった事と、自分ではなくロイを通したことに嫌悪感を露にした。


「言ったら止めたでしょ?」

「当たり前だ!」

「ごめんなさい。私が面倒を言ったから、騎士達の仕事が増えたわね」

「それが仕事だ、謝る必要はない。だが次からはまず私に相談してくれないか?流石に私も心配、なんだ」

「そうね、ごめんなさい。次からはもう少し考えるわ」


苛立たしげに眉間に皺を寄せながらも視線を外し心配するジュリアスにエミリアは少しだけ頬を緩めた。


「ねえ、アルドゥラの使者は王子だけではないのでしょ?」

「ああ、違う。神官と護衛を一人づつ連れてくる。アッカー派と大神官派、あちらでは神殿に派閥があるが、どちらが来るのかは聞いていない」


「アッカー派と、大神官派・・・・新教と旧教、私達の国と同じなのは旧教、だった?」


「そうだが大神官派は旧教の貴族派、ガッチリとくっついている。アッカー派は我が国とほぼ同じ、違いは始まりの神子を女神リフェリティスのように女神としているかしていないかだ。」


「・・・・イリエストリナ」


「そうだ。我が国では始まりの神子、アルドゥラのアッカー派には女神イリエストリナだ。知っていたのか?」



ガレスから見せられた半分ほどが古代語で書かれた黒い装丁の本を思い出した。




(イリエストリナは女神リフェリティスの娘。)




同じ女神を信仰していても規模は大神官派の方が勝っている。王都に神殿を構え、恵みの神子が遣わされる前と同じ教えを貫く伝統ある宗派。貴族との繋がりが厚く資金も潤っている。

アッカー派は海辺の地方に神殿を構える。始まりの神子が遣わされてから一部の教えを改訂し、始まりの神子イリエストリナを女神であるともしている。

ラグゼルの女神信仰は大神官派と元は同じ、イリエストリナを女神とはしていない。


(アッカー派と大神官派、どちらが正しいかは重要じゃない。王子が私に同席を求めるのだから政治が絡んでくる)


ジュリアスから聞かされる隣国アルドゥラの話を聞きながら、エミリアは考え込んだ。

アルドゥラの使者がエミリアを指名したと聞いた時に頭に浮かんだのは自分を連れ出したいのだろうと言うこと。恐らくそのための餌になるものも持ってくる筈だと考えた。

ラグゼルに無い神子の記録、女神の資料、または地位。この国の王のように見目の良い男を宛がおうとするかもしれない。


どちらにせよ会ってみたいと思った。












神殿のとある一室。

エミリアに扮したカーラとグラドールの後にジャン、リズ、ヴァルが続き侍女に扮するエミリアがその更に後ろから入室する。

万が一、エミリアに対して害意があった場合にと、カーラが身代わりを買って出てくれた。

室内に入るとメルヴィスの騎士とロイが出迎え、すでに席についていたアルドゥラの王子らしき人物がカーラを見て席を立ち近くに寄る。それを遮るのはジャン。

アルドゥラの王子は一瞬顔をしかめてからジュリアスに目をやる。


「そちらからの希望は神子の同席、神子、座ってくれ。」


同席させるが紹介する気は無いと言う失礼な態度に一瞬眉を上げた。そして同時に入室した者達をゆっくりと見回すとカーラに対して軽く礼を取る。

ジュリアスの言葉にカーラが席につくと、それを見てエミリアも壁際に用意された椅子にヴァルと共に座り待機する。



室内には随分な人数がいた。

席に着くのはジュリアス、カーラ、グラドール。向かい側にはアルドゥラの王子が座り、その後ろには護衛らしき人物と神官だろう人物が立つ。ロイと護衛を務めるメルヴィスの騎士が二人、神殿の騎士が二人に、カーラの後ろにはジャンとリズ。

これだけの人数がいる中でどんな話があるのか。



「同席、つまり神子様は居るだけ、と言うことでしょうか」

「この席で神子はあくまでも立ち会い。直接の交渉は控えていただく。」


アルドゥラの王子は後ろに立つ神官と顔を見合わせる。神官が頷くと僅かに口の端を上げた。


「残念です。折角連れて来ましたのに、この場で交渉が出来ないとは。」

「ではザガリード殿下、私は席を外しましょう。折角ラグゼルに来たのです、礼拝堂を見学させて頂いても?」


アルドゥラの神官らしき人物はグラドールに話しかけ、少し考えグラドールはバルナに案内するように頼んだ。

バルナが前に出ると、神官はふっと笑み、壁際に控えるエミリアに視線を移し、歩み寄った。


「折角なら可愛らしい女性に案内していただきたい。」


隣に座るヴァルが咄嗟に反応するがエミリアは手を少しだけ振りそれを制した。

アルドゥラの神官はエミリアの前で膝をつきその手を取った。


「侍女殿、いかがですか?」


こちら側の人間全てに緊張が走る。

エミリアは探るように神官を観察した。


「・・・・・・ご案内致します」


すっと立ち上がるエミリアの手をヴァルが咄嗟に掴む。エミリアはそっとそれを外すと、カーラの後に控えるジャンの体が揺れた。


「バルナ様を伴って参ります。これ以上の騎士様の同伴は不用ですよ」


ジャンはジュリアスに視線を向けるとジュリアスは軽く首を振った。それを確認しエミリアはバルナを伴いアルドゥラの神官に手を取られ部屋を出た。






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