溢れるほどの花を君に

ゆか

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『ルックルックの卵』でも物価の上昇は深刻だ。商品の値段は2倍に跳ね上がり、菓子類は殆ど無い。店内には客は少なく、何時も明るく大きな声で話すエルマーの顔には疲れが見え、申し訳なさそうに微笑んだ。


「嬢ちゃんごめんね、今日は何時ものは無いんだ」

「・・・・小麦が、上がってるんでしょ?まだ手に入るの?」

「伝手を幾つも使って少しでも安いところを探してる。手に入るけど高くてね、降臨祭までは体面を保ちたいんだけど、うちみたいな小さな店にはキツいね」


わしゃわしゃとエミリアの頭を撫で困ったように笑う。


「今は神子様の御披露目があるってんで皆お祭り騒ぎ、多少高くても経済はよく回ってる。またそのうちに元に戻るさ」

「・・・ええ」


エミリアは棚からビスケットの包みを一つ取りエルマーに代金を支払う。


「エルマーさん、疲れてるのね」

「ごめんね嬢ちゃん」


困ったように笑うエルマーを、エミリアはじっと見つめた。


(戦は何時も民を捲き込む。国同士の勝手な都合で飢え苦しむ。物価の上昇は国や貴族、富裕層の買い占めが始まっているから起こる。王都でこれなら離れた町や村はもっと深刻なはず。)


「元気の出るおまじないしてあげる」

「おまじないかい?いいね、お願いしようかな」


またわしゃわしゃと撫でるエルマーは今度は楽しそうに笑った。


「目を閉じてぎゅっとして?」

「ありがとう。気遣ってくれているんだね」


エルマーはエミリアをきつく抱えるように抱きしめる。


「エルマー、貴女に女神の加護を」


エルマーの体がふわりと優しく輝くも、エルマーは気が付かずエミリアを抱きしめた。



特定の誰かのためだけに祈るのは良くない。分かってはいてもエミリアにとって彼らの前では只のエミリアでいられた。

もう会えないかもしれない彼らに少しの恵みを、祈らずにはいられなかった。



エルマーと別れ町を歩く。降臨祭まで日がないからか、夜の帳が下りても道行く人の数は減るどころか増えて行く。

表通りに面した店や、その周囲の店は変わらず営業をしている。華やかな装飾に彩られ、派手な服装の者達が笑い合う。豊かできらびやか。

少し裏通りを歩けば活気の無い店が幾つもある。都に店を構えるからとお金があるわけではない。庶民向けの店は物価の上昇の影響を受け、だからと言って値上げをすれば売れると言う訳ではない。








「久しぶりね。遅れてごめんなさい」

「いや、来てくれて嬉しいよ。リアも元気そうで良かった」


ある料理屋の一室、エミリアは一月ぶりにジュリアスと向かい合っていた。

個室の外ではジュリアスの連れてきた騎士とジャンが守り、室内はリフィルとヴィル、ジュリアスの護衛が二名が待機している。ジャンを部屋から出すのに、ジャンは不満を口にしたがエミリアは譲らなかった。

テーブルの上には、ケーキやスコーン、軽食が並び、ヴィルが先程と同じように給仕してくれた。


「・・・・随分と街が荒れてるわ。向こうはどうだった?」


「兵も民も開戦の噂にピリピリしている。長いこと大きな争いが無かったからね。随分と神経質になってる。ギリギリ保たれていた平和が崩れる。何時かは始まるとわかっていても、間近に迫り、冷静さを欠くものもいる。国境の向こうにも動きがある。かなり強気な数兵を集めている」


本来なら降臨祭後立つ筈のジュリアスは降臨祭を目前に、正式に継承権を放棄し公爵として前線の農地へ、メルヴィス公爵として側近のロイ・サルディアス子爵を伴い立った。


降臨祭を2日後に控え、ロイを置いてジュリアスは戻ってきた。


「メルヴィス領でも値上がりが?」

「ああ。今期の収穫はまだだが恐らく殆ど備蓄に回る。父は降臨祭後、7日で開戦を宣言する」

「止まらないのね」

「私の力不足だ。すまない」

「ジュリアスのせいではないわ」

「いや、民の上に立つ王家の責任だ」


する必要のない継承権の放棄、エミリアは何故かとジュリアスに尋ねた。だがジュリアスは何も言わずエミリアに笑顔を向けた。


長く続く隣国との争いは、元を正せば神子の取り合いから発展している。元々広大な一つの国であったが、西と東で恵みの神子を取り合った。今はもうそんな理由だけではないが、二国間の確執は深く根強い。


「リア、ガレスの体調はどう?」

「大丈夫よ。体力は少し落ちているみたいだけど元気」

「そうか。・・・・ちゃんと踊れるかい?」

「ダメなら私がガレスに手を添えて回ればいいのよ」

「ではガレスの後なら誘っても?」

「どうかしら。それより」

「わかってる・・・・・・君が、欲しがった物だ」


ジュリアスは簡素な封筒を差し出す。差し出された手に、渡すことを躊躇うも、ジュリアスはそっと指を離す。エミリアは受けとると中身を確認した。


「本当は渡したくない」

「ええ、でも気にしないで。私が知りたがったの。ガレスも、神官長も教えてはくれないから私がジュリアスに無理に頼んだのよ」




エミリアは封筒から入っていた書類を取りだし目を通すと、ジュリアスは心配そうにエミリアを見つめた。

考え込むように、何度も最初から読み返す。時折ため息をつきカップに口をつける。


「ガレスの祈りが届いているのか、備えのお陰か不作だが何とか回っている。大きな病や水害も起きていない。葉物は何とか取れているがいも類などの根菜は減少してる」

「不作の原因は降水量の減少だけ?」

「いや、土地が急激に痩せている。現子爵が水路を作り森で腐葉土を作っている。家畜は、まだ平気だ。街のものはリアが来る前に戻っただけだと思っているようだが」

「今年の種麦は、足りている?」

「・・・・・我が領含め、他の領から融通する」

「国からの支援は」

「領からの要請は上がっていない。ギリギリまで隠すつもりだ。表立った事になれば領民は不安になる。恵みの神子とのトラブルが明るみに出れば住み慣れた故郷を捨てるものも少なくない人数出るだろう。領民が減れば領は荒れる」



(神子と婚約者が街を去り領主が代わる。マーガレットは離れた地で療養、何もなかったと思うには無理がある。皆、考えたくない)


「・・・・・・調べてくれてありがとう」

「リア、君のせいじゃない」

「無関係じゃないのよ」

「彼は、知ってるのか?」

「どうかしらね。話したこと無いから、、、」


自分からは伝えるつもりはない。そう言ってエミリアは書類をジュリアスに戻した。


「リア、君は優しい」

「どうかしら」

「彼の耳に入らないように部屋から出したのだろ?」

「たまたまよ」


「君には、王都に居て欲しい。」

「無理ね。ここに居たら王家の傀儡にされる」

「だが」

「一つ頂くわ」

「あ、ああ、食べて?君のために用意したんだ」

「頼みすぎよ、こんなには食べられない。」

「じゃあ好きなものを教えてくれないか?無駄を無くすためにも。」


ニヤリと悪戯っぽく笑うジュリアスに、じと目でため息をついてからヴィルに頼み皿に取り分けてもらう。


「スコーンにつけるのは、気分にもよるけど、ジャムではなくだいたいメイプルシロップ。ケーキはシンプルなのが好き。チョコレートとかキャラメルとか、ねっとりと甘すぎるものは苦手。さっぱりとしたフルーツ系が好きね。サンドイッチはチキンと野菜のサンド。肉より野菜、魚も、まあ好きね。スープはトロトロのポタージュが好き。嫌いなものは、、臭いや味が強いもの、酢の効きすぎた酢漬けとか、魚の漬物、臓物系ね。」


ジュリアスは驚き大きく目を見開き口まで半開きの状態。


「・・・・・・・・・・・・・・・リア」


「何?」


「もう一度」


「嫌」


顔を赤くしながら口元を押さえ、エミリアを見つめる。

初めて自分のことを話してくれたことに不意を打たれ動揺した。何時ものように返ってこないと思っていた。


「・・・・・・・話を、反らしたね?」

「これ、美味しい」


半分に割ったスコーンに、メイプルシロップをかけて、たっぷりと染み込んだスコーンを手ではなく器用にフォークで口に運ぶ。

何度も一緒に茶の席に着いているが、エミリアが美味しいと言ったのはこれが初めてだった。



「それは良かった。残りは持ち帰ってくれ」




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