溢れるほどの花を君に

ゆか

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ガレスと共に王都イブンスに入ったエミリアは神官長に面会をすると、そのまま中央神殿に滞在するのではなく、ガレスと共に過ごすことを望んだ。神殿側はそれを了承し、数日後エミリアは神殿の奥にある神子の為の屋敷で暮らし始めた。

ガレスはエミリアに神子として祈ることを強制はせず、エミリアの心の回復を優先させるように伝えた。恵みの神子は本来祈らずとも恵みをもたらすからだ。神官長は王家にだけ伝え、恵みの神子が中央にいることを民には公表はしなかった。先ずはこちらの生活に慣れることが優先された。


気がつけば王都に移り三年、エミリアはガレスの代わりに毎月二度、神殿に渡っている。





「リア!」


神殿での祈りを終え、屋敷に戻る途中、エミリアはこの国の第二王子ジュリアスに呼び止められた。


「......こんにちは、ジュリアス殿下」

「これから戻るところか?ならば一緒に行こう。ガレスの好きな菓子を持ってきた」


ジュリアスは月に二、三度ガレスのもとを訪れる。神殿と王家は権力を二分しているが敵対しているわけではなく、ジュリアスは自分と年が近いこともあり監視としてここに顔を出しているのだろうとエミリアは考えていた。もしかしたら王家に取り込もうとしているかもしれない。エミリアはそう考え警戒している。


「リア、少し遠回りして花を見ていかないか?」

「いえ、私は結構です。殿下お一人でどうぞ」


ジュリアスの好意を示す言葉や態度にも常に冷たく接した。

只の庶民であれば不敬罪になるところだが、エミリアは恵みの神子。王家とは違った意味で国の頂点に立つ存在。中央に来て一番最初に教えられたのは権力に取り込まれないこと。


エミリアが王都に移ってすぐに高位貴族が訪ねてきた。公表はしていなくとも耳の早い者はエミリアを知っていた。エミリアは権力が恐ろしいものだと嫌と言うほど理解している。幸いにも、神殿側はエミリアを駒としては扱わず尊重し、盾となってくれた。


ジュリアスに構うこと無く歩みを進め、屋敷に戻ると、すぐ護衛の者に任せ自室に戻る。

エミリアは大きなため息をつきベッドに飛び込んだ。



三年前、ガレスと王都に来たエミリアはガレスの正式な養子に迎えられた。


エミリアは半年後の降臨祭での披露目が決まり憂鬱で仕方なかった。


次代の恵みの神子が現れたと知れば、国中が歓喜に包まれる事は確かだ。国中が喜びに溢れ、賑わうことは間違いない。

エミリアは考える。今も存在して恵みを振り撒いているのだから、わざわざ皆の前に晒す必要はないのではないか。



恵みの神子だからと言って、誰からも好かれる訳ではない。


ジャンとマーガレットの事を思いだし、自分が恵みの神子でなければと、何度も思った。

中央に移り暫くした頃

ガレスからあの日の事を聞いた。

マーガレットはエミリアを厭うていた。

だからこそジャンを寝取ったと。


分かっている。マーガレットがジャンに薬を盛ったことを。ジャンばかりが悪いわけではないのだと。

それでも許せないのは、マーガレットが近づくのをジャンが許したから。エミリアとジャンが一緒に居るときも、マーガレットはジャンを見つめた。不安を抱きつつも何も言わなかったのはジャンを信じていたから。

マーガレットは領主の一人娘、一人で出歩くことは殆ど無かった。エミリアが居ない時もジャンとマーガレットが二人になることはなかった。

なのにあの日、マーガレットとジャンは二人だけだった。ジャンはマーガレットの淹れたお茶を飲んだのだ。つまりはジャンはマーガレットとの二人きりの時間を受け入れたということだ。

どんな理由があってもジャンはマーガレットを遠ざけようとしてくれると信じてた。

そしてそれは呆気なく裏切られたのだ。



苦し気に呻くジャンの上で腰を揺らすマーガレット。

押し退ける事も出来なかったのか?思い出す度に怒りと悲しみが押し寄せる。不思議と、元凶であるマーガレットよりもジャンに対する負の感情の方が強く感じた。


今でも夢に見るあの日の光景は、エミリアの心に影を落とし続け、気が付けばエミリアの心は暗い沼の底に囚われたかの様に動かなくなっていた。



エミリアは瞼の裏に過る、まだ祖母が生きていた時の暖かな生活を思い出した。



──お祖母ちゃん、イブンスよりも静かで過ごしやすそうな街だね!


──そうね、ここならきっと穏やかに暮らせるわね。


──ねぇ、もうイブンスには帰らない?


──エミリアは帰りたいの?


──まさか!ディン叔父さんもカミラ叔母さんも嫌い!お父さんとお母さんの物を全部取っていったわ!・・・・・棺で眠る二人の指輪まで。


──エミリア、いつかエミリアにもお父さんとお母さんの様に大切にし合える相手が現れるわ。泣いては駄目、幸せが遠くなってしまうのよ?


──うん、うん。








優しい祖母の言葉を思い出し、エミリアは枕を濡らした。



(お祖母ちゃん、ごめんなさい)


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