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私はアリエーラ・結城 8
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私は祖父の葬儀に孫として参列した。
雨が降り、酷く蒸し暑い日だった。
ベッドへ横たわる祖父の姿を見ても涙は出なかった。
枯れ枝の様に変わり果てた姿を見下ろしながら、これが生き物の最後なのかと思った。
命には終わり後あり、それを覆すことは出来ない。
衰退期に入ると魔力の回復量が減る。
器は満たされず肉体は衰え始め見た目に急激な変化をきたす。
最後は魔力が空になり枯れてゆく。
身内が死んだのだから悲しいはずなのに、私には何も無い。
ただ少しだけ、もっと話をすれば良かったと後悔した。
葬儀は凛子様の暮らすフェラルディ邸で行われ、敷地の中に墓所を作り埋葬された。
凛子様は夫の死に取り乱し、まるで悲鳴の様な嗚咽を漏らしていた。
「アリエーラ、少しいいか」
父に呼ばれた私はその後に続いて歩いた。
みんなから少し離れた場所。雨の音もあり話し声は届かないだろう。
「私も衰退期に入っているんだ」
「…………っ!」
「なかなか言い出せなかった。……また君を一人にしてしまう」
「あと、どれくらい」
「もって十日」
「そう、ですか。……私は、平気です。いまはまだ、ですが。突然で実感が湧きません」
父親も祖父も私に優しかった。
そこに家族の愛を見いだせなかった事は、とても申し訳なく思う。
「思い出を頂きました。たくさんの知識も。私もいつか、そちらへ行くのです。お父様とお爺様がいらっしゃるなら、怖くはありません」
いつか、凛子様の衰退が始まれば言おうと思っていた言葉。父はボロボロ泣き出しありがとうと言った。
そして十日後、父も静かに息を引き取った。
凛子様は私を抱きしめ眠ってくれた。
甘く香る優しい匂い。温かな人の体温に涙が出た。
「アリエーラの匂いはいい匂いね」
「私の、匂い?」
「温かいお日様みたいな匂いね」
獣人でもないのに私の匂いをいい匂いだと言ってくれる。
私にとって凛子様は私の世界の全てだ。触れる指先はいつだって大切な物に触れるかのように柔らかく優しかった。私に紡がれる言葉も、何時だって優しく耳に届く。
「凛子様も、とても良い香りです。温かくて、とても安心します」
「あのね、アリエーラ。アリエーラを慰める振りをして、私が寂しかったの」
「私も、凛子様がを慰める振りをして慰められたかったのです。もう子供ではありませんが、どうか温めて下さい。私も凛子様を温めさせていただきますから、どうか」
私たちはお互いを抱きしめながらふたりとの思い出を話し、それは明け方凛子様が疲れて眠るまで続いた。
私を抱きしめる凛子様は、何度か祖父の名で私を呼んだ。
そして翌朝凛子様が目を覚ます前に屋敷を後にする。
以前私の事を祖父の若い頃にそっくりだと話していた。私がいつまでもここにいてはきっと悲しみに囚われたままになってしまうから。
ただのアリエーラは、葬儀の後からアリエーラ・結城として扱われるようになった。
次期公爵レジオンと親しく、ルシェールのそばに上がっていたことから随分と妬まれもした。そんな輩が、凛子様の孫と知ると掌返してゴマをする。
同じ獣人騎士からは夜の誘いがかかるようになった。
あからさますぎて鼻で笑ってしまった。
祖父が死に父親が死に、私は何だか疲れたような変な気分の日が続いた。髪の色を変えてふらりと街へ出る。
一日何もせずぼんやりと歩いた。
「そこの綺麗なお姉さん。ちょっと遊んでかない?」
ふと顔を上げると、やけに肌の白い薄紫色の髪の垂れ耳
獣人の男が二階の窓から顔を出していた。
「ふーん。大変だったね」
私はベッドの上で寝転がりながら何故かその男に話をしていた。
「普通ならお姉さんを抱きしめてあげなきゃいけないんだろうけどさ、ごめんね?僕は共感できないからさ」
「……共感が欲しい訳では無い。ただ、私が薄情な人である事を誰かに話したかった」
「う~ん、薄情ねぇ」
「薄情だろう。誰の死にも涙を流さない」
男は男娼だった。来るはずだった客が来ず暇を持て余していた所に私を見つけ声を掛けたという。
初めて会う男なのに、私は何故か幼い頃閉じ込められていた事まで話してしまった。
「お姉さんはさ、まだその日おばあちゃんの所にいた方が良かったんだよ」
「それはあの人の負担になる。私は死んだ祖父に似すぎている」
「それでもさあ、二人でいればお互いの心は温まる」
「…………そういうものか」
「身体だけならあっためてあげるよ?」
「そんな気にはならない」
「じゃあそんな気になったらおいでよ」
「今まで一度もないのにか?」
「……えっ!? ないの!? 一度も!? お姉さん、もしかして僕より年下?変化したばっかなの?」
「もう何年も経つが?」
「う、う~ん。そういう事もあるのかなぁ。」
獣人は成獣人へと変わると定期的に繁殖欲求が高まる発情が起こるが、私はそれを感じたことが一度もない。
「帰る」
「え、駄目。お客様を話だけで返したら怒られるよ。シなくてもいいからもちっと居てくれない?」
「……なら少し眠る」
「いいよ。おやすみ」
私はあの人に会えない虚しい時間、男娼セオルの元に通った。
何もせず、話をして眠る。
客と男娼と言う割り切った関係が楽で月に二度ほど通った。
「ねぇアリエル。発情、始まった?」
「いいや。まだ」
「まだかぁ、そっかぁ」
「何だ」
「アリエルはさ、多分番が居るんだよ」
「番? そんな馬鹿な」
「番がいると番以外の相手には発情しなくなる。こう、ムラッとしたことないの?」
「むら?」
「お股の当たりが、こう、モジモジっと?」
「…………無いことは無いが」
「それは誰といた時?」
「祖母だ」
長い沈黙が続き、セオルは私に眠るように言った。
そしてジンが死に、翌年凛子様が最後を迎えたと知らせを受けた。
雨が降り、酷く蒸し暑い日だった。
ベッドへ横たわる祖父の姿を見ても涙は出なかった。
枯れ枝の様に変わり果てた姿を見下ろしながら、これが生き物の最後なのかと思った。
命には終わり後あり、それを覆すことは出来ない。
衰退期に入ると魔力の回復量が減る。
器は満たされず肉体は衰え始め見た目に急激な変化をきたす。
最後は魔力が空になり枯れてゆく。
身内が死んだのだから悲しいはずなのに、私には何も無い。
ただ少しだけ、もっと話をすれば良かったと後悔した。
葬儀は凛子様の暮らすフェラルディ邸で行われ、敷地の中に墓所を作り埋葬された。
凛子様は夫の死に取り乱し、まるで悲鳴の様な嗚咽を漏らしていた。
「アリエーラ、少しいいか」
父に呼ばれた私はその後に続いて歩いた。
みんなから少し離れた場所。雨の音もあり話し声は届かないだろう。
「私も衰退期に入っているんだ」
「…………っ!」
「なかなか言い出せなかった。……また君を一人にしてしまう」
「あと、どれくらい」
「もって十日」
「そう、ですか。……私は、平気です。いまはまだ、ですが。突然で実感が湧きません」
父親も祖父も私に優しかった。
そこに家族の愛を見いだせなかった事は、とても申し訳なく思う。
「思い出を頂きました。たくさんの知識も。私もいつか、そちらへ行くのです。お父様とお爺様がいらっしゃるなら、怖くはありません」
いつか、凛子様の衰退が始まれば言おうと思っていた言葉。父はボロボロ泣き出しありがとうと言った。
そして十日後、父も静かに息を引き取った。
凛子様は私を抱きしめ眠ってくれた。
甘く香る優しい匂い。温かな人の体温に涙が出た。
「アリエーラの匂いはいい匂いね」
「私の、匂い?」
「温かいお日様みたいな匂いね」
獣人でもないのに私の匂いをいい匂いだと言ってくれる。
私にとって凛子様は私の世界の全てだ。触れる指先はいつだって大切な物に触れるかのように柔らかく優しかった。私に紡がれる言葉も、何時だって優しく耳に届く。
「凛子様も、とても良い香りです。温かくて、とても安心します」
「あのね、アリエーラ。アリエーラを慰める振りをして、私が寂しかったの」
「私も、凛子様がを慰める振りをして慰められたかったのです。もう子供ではありませんが、どうか温めて下さい。私も凛子様を温めさせていただきますから、どうか」
私たちはお互いを抱きしめながらふたりとの思い出を話し、それは明け方凛子様が疲れて眠るまで続いた。
私を抱きしめる凛子様は、何度か祖父の名で私を呼んだ。
そして翌朝凛子様が目を覚ます前に屋敷を後にする。
以前私の事を祖父の若い頃にそっくりだと話していた。私がいつまでもここにいてはきっと悲しみに囚われたままになってしまうから。
ただのアリエーラは、葬儀の後からアリエーラ・結城として扱われるようになった。
次期公爵レジオンと親しく、ルシェールのそばに上がっていたことから随分と妬まれもした。そんな輩が、凛子様の孫と知ると掌返してゴマをする。
同じ獣人騎士からは夜の誘いがかかるようになった。
あからさますぎて鼻で笑ってしまった。
祖父が死に父親が死に、私は何だか疲れたような変な気分の日が続いた。髪の色を変えてふらりと街へ出る。
一日何もせずぼんやりと歩いた。
「そこの綺麗なお姉さん。ちょっと遊んでかない?」
ふと顔を上げると、やけに肌の白い薄紫色の髪の垂れ耳
獣人の男が二階の窓から顔を出していた。
「ふーん。大変だったね」
私はベッドの上で寝転がりながら何故かその男に話をしていた。
「普通ならお姉さんを抱きしめてあげなきゃいけないんだろうけどさ、ごめんね?僕は共感できないからさ」
「……共感が欲しい訳では無い。ただ、私が薄情な人である事を誰かに話したかった」
「う~ん、薄情ねぇ」
「薄情だろう。誰の死にも涙を流さない」
男は男娼だった。来るはずだった客が来ず暇を持て余していた所に私を見つけ声を掛けたという。
初めて会う男なのに、私は何故か幼い頃閉じ込められていた事まで話してしまった。
「お姉さんはさ、まだその日おばあちゃんの所にいた方が良かったんだよ」
「それはあの人の負担になる。私は死んだ祖父に似すぎている」
「それでもさあ、二人でいればお互いの心は温まる」
「…………そういうものか」
「身体だけならあっためてあげるよ?」
「そんな気にはならない」
「じゃあそんな気になったらおいでよ」
「今まで一度もないのにか?」
「……えっ!? ないの!? 一度も!? お姉さん、もしかして僕より年下?変化したばっかなの?」
「もう何年も経つが?」
「う、う~ん。そういう事もあるのかなぁ。」
獣人は成獣人へと変わると定期的に繁殖欲求が高まる発情が起こるが、私はそれを感じたことが一度もない。
「帰る」
「え、駄目。お客様を話だけで返したら怒られるよ。シなくてもいいからもちっと居てくれない?」
「……なら少し眠る」
「いいよ。おやすみ」
私はあの人に会えない虚しい時間、男娼セオルの元に通った。
何もせず、話をして眠る。
客と男娼と言う割り切った関係が楽で月に二度ほど通った。
「ねぇアリエル。発情、始まった?」
「いいや。まだ」
「まだかぁ、そっかぁ」
「何だ」
「アリエルはさ、多分番が居るんだよ」
「番? そんな馬鹿な」
「番がいると番以外の相手には発情しなくなる。こう、ムラッとしたことないの?」
「むら?」
「お股の当たりが、こう、モジモジっと?」
「…………無いことは無いが」
「それは誰といた時?」
「祖母だ」
長い沈黙が続き、セオルは私に眠るように言った。
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