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私はアリエーラ・結城 7

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かけてあった幻術を解かれ、無機質な石造りの部屋に重い木と鉄の扉。小さな窓には太い格子がかかっていた。
格子窓を見ても、あの時のように取り乱したりはしない。
父親や祖父の様にスラリとした肢体、栗毛色だった髪は二人と同じく暗灰色へと変わった。
体から溢れる魔力を、漲る力を感じる。まだ細い腕は十分に筋肉がついているが、必要ならこれから筋肉を増やせばいい。
もう誰も私を閉じ込め傷付けない。


これが、変化。


迎えに来たのは父でも祖父でもなくカイルだった。
理由はあの二人が私に甘いからだろう。特に父親は私に対しての負い目から注意するのも躊躇うほどだ。変化の期間中、二人ではなくカイルが来たのは、私が暴走すれば二人では押さえられないからだろう。

そして今も居ないのは……

「ゆっくり考えたかい?」

「……ええ。私は祖母を守る騎士になりたい」

私がどの道に行くのか、この男が聞きたいから。

「ふふ、分かったよ」



身だしなみを整えてから直ぐに凛子様の居室へ。

凛子様は私の成獣人化した姿を見て、とても喜び、何故か手足の指が全部あるのかと確認された。
父親も祖父も喜び、この日は久しぶりに凛子様と一緒のベッドで休んだ。

寂しかった不安だったと言えば、自分よりも大きく育った私を、以前と変わらずその旨に抱きしめてくれた。
温かく、柔らかな感触に香り。どこか甘く感じるその香りをいっぱいに吸い込み、幸せと安らぎに浸った。





「えっ! そんなっ」

今後どうするかはカイルと決めた。父親や祖父は私が屋敷を出ることを良しとしなかったから。
私は国に仕える騎士ではなく、凛子様個人に仕えたい。その為に、あと数日で凛子様の孫が治めるルージュア公爵家へ行く。。そこで騎士として生計を立て、いずれ凛子様へ忠誠を違う。


父親と祖父はは驚き、凛子様は顔色が悪い。
何も騎士でなくともと納得しない父親と祖父に、公爵家に預けるなら安心だとカイル。ジンはやりたいようにやらせてやれと援護してくれた。

お屋敷を立つまでの数日、のんびりとはいかなかった。公爵家から迎えが来るまでに必要な知識を詰め込んだ。
そして屋敷を立つ当日。父親と祖父から立派な剣が贈られた。

凛子様の目は赤く、既に涙がこぼれそうだった。


公爵家からの迎えは次期公爵のレジオン。凛子様の曾孫に当たる。

「……アリエーラ、どうか怪我には気をつけて」

「それは何とも言えません。騎士とは命を懸けるもの」

「そんな、アリエーラぁ」

めそめそと泣き出す凛子様を抱き寄せ、そっと囁く。

「私を心配してくださるのですね。では、私に何があっても死ぬなと命じてください。私はどんな苦境に立たされても必ず生きて帰ります」
「命じる?」
「何があっても死ぬなと」
「……アリエーラ、死んでは駄目。何があっても生きて」
「わかりました。順序が逆になりましたが改めて誓います」

そっと片膝をついて小さなその手を取り、私の額をつけた。

「私アリエーラ・結城は、何時いかなる時も主の命に従い、必ず生きて戻ることを誓います」

「本当ね?本当よ?」

「はい」

「……アリエーラ、会いに行ってもいい?」

「嬉しいです。少し、心細かったので」


凛子様、気がついていないようですが、あなたはたった今私の主になったのですよ?ほら皆の顔、特にカイル。勝手な事をしたと怒っている。
でも私が今後も凛子様と関わるには必要なことなのです。
これで私は一時的に公爵家に預けられる凛子様の騎士となりました。
私が求めるのは今だけではなくもう少し後の、凛子様の二度目の生。
どこに生まれるか分からない。同じような関係を築けるかも。なら、今から繋いでおけばいい。そうでしょう?

表向き凛子様は公爵家との関わりを絶っている。それは今の王家を信用していないから。そうする事で横暴な権力者から私も含め、身分の低い子孫を守ろうとしている。
でも主を持ち誓いを立てた私に誰も何も強要出来ない。




公爵家の騎士団に身を置き、男たちに混じり剣の腕を磨いた。私が誓いを立てた相手と出自は伏せられ、ただのアリエーラとだけ名乗った。ほとんどの騎士が公爵家に迎えられたのに既に主を持つことに私を不義理者と言った。
まあ、私としてはなんだって構わなかった。むしろ万が一にも命の危険があれば遠慮なく盾にすることが出来る。

凛子様は1ヶ月に一度公爵邸を訪れ、髪や瞳の色を変えて離れで過ごす、その時は私だけではなく曾孫の次期公爵レジオンとも過ごしたが、凛子様はまだ歳若い私を以前のように特に甘やかせてくれた。


そうして公爵家に移り三年ほど経った頃、公爵家から離れて母親と暮らしていた公爵家の姫ルシェールが公爵邸へ迎えられる事になった。
同性である私はその護衛の一人となる。
私は公爵に頼み同じ凛子様の血筋である事は伏せてもらった。
そう。私はこのルシェールが気に入らない。
貴族の娘はこんなものだとは聞いてはいたが、我儘が過ぎる。
ドレスのデザインが気に入らない。侍女の顔や態度が気に入らない。料理に豆が入っていたから料理人を解雇しろとやりたい放題だ。
ルシェールの母親は侯爵家の姫で、凛子様の様に複数夫を持っている。夫の筆頭は現ルージュア公爵で、主に公爵家が出資し建てた専用の宮で共に暮らしていたが、そろそろ公爵家で面倒を見ろと追い出された。
まあ、ここまで問題があればそうなるだろうと思う。




「アリエーラ、来週の休暇日に凛子様が来るね?」

私は公爵家嫡男、レジオンの執務室へと呼ばれた。この男は私を事ある事に呼び出す。同じ凛子様の血筋とありお互いに砕けた話をすることもある。
が、あまりにも親しげに話しかけてくるせいで、私がこのレジオンの情人だと言う侍女侍従ご一定数いる。

こいつの立派な外面しか知らない奴に教えてやりたい。曾祖母に懸想するあまりほかの女がゴミに見えてしまう呪いがか掛かっていると。



「私的な事への質問にはお答え致しかねます」

見た目だけならば肖像画の亡くなられた凛子様の夫によく似た風貌。燃えるような赤い髪に瞳の人間の男。

「その日に少し凛子様との時間を貰えないだろうか」
「私の貴重な時間を減らせと?」
「申し訳ない。だがアリエーラに損な話ではないんだよ? ルシェールの事を相談したくてね」
「……あまり言いたくはありませんが、ルシェール様は凛子様の前に出したい令嬢ではありません。もしあの方に何か物でも投げようものならいくら公爵令嬢であろうと打ちます」
「うん、分かっている。君はそういう人だね。でも申し訳ないがもう手紙を出してしまったんだ」

どうしたってそうするつもりなら最初から聞かなければいいものを。
いい歳した腐れ童貞が。


「わかりました。では凛子様がいらっしゃる間は凛子様の護衛をさせて下さい」
「勿論だ。君は凛子様の騎士だからね」




分かってはいたが凛子様はルシェールを見捨てることが出来なかった。しばらくの間泊まり込みルシェールのそばについた。
私はその間凛子様につき、癇癪を起こしたルシェールの腕を三度ほどひねり揚げた。

毎日ではないが二日、三日に一度と頻繁に訪れる凛子様に、癇癪娘は捨て猫が懐くように変化していく。
捨て猫癇癪娘はいつの間にか驚く程にマトモな生き物へ変わった。








そして数年後、その日は突然やって来た。








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