26 / 68
私はアリエーラ・結城 5
しおりを挟む
ただ扉を叩いて渡すだけなのに、いざ扉の前に立つと叩くだけの事が出来ない。
扉が開いたらどうすればいいか。お見舞いだと渡すだけでいいのか、不格好な花を受け取ってくれるだろうか。いや、今更なんだと突き返されるかもしれない。
「入らないのかい?」
「っ!!」
扉の前でじっとしていると背後から声をかけられ、驚き距離を取った。
一瞬で爆発した心臓を服の上から掴み相手を見る。
長い銀髪を肩から流す人間の男。ありえない、なんの気配もしなかった。
「カイル、様」
何時だってこの人は何か得体の知れないものに見えた。
あの格子窓の部屋にいた時も、外に出てからも。ジンのように強いのだろうが、この瞳ので見つめられると見透かされているような感覚。人間の男なのにまるで違う生き物のように感じる。
要は、私はこの男が怖い。
コンコン。
彼がノックすると直ぐに扉が開く。
祖父が顔を出し私とカイル様を認めると扉を開き中へ導いた。カイル様は真っ直ぐに部屋にあるもうひとつの扉を潜り声をかけた。
「ふふふ、今日は少し顔色がいいね」
「カイル、お帰りなさい。今日は何時もよりずっと体調がいいの。だからもう平気よ?」
「それは困ったね。私は疲れているからリンとゆっくりしたかったのだけど」
「もう! そう言ってまた私を部屋から出さないつもりね?」
祖母の部屋はとてもいい香りがした。これは最初の日に嗅いだ彼女の匂い。なんて言うか、お腹が空いている時に美味しいものを目の前に置かれた時のような感じのする匂い。
私の位置からは見えないが、続き扉の向こうは寝室なんだろう。あちら側から特に強く香ってくる。
「さあ、おいで」
祖父に導かれ部屋の奥へと進む。寝室へ入ると大きなベッドに、小さい体がひとつ。すぐ脇ではにカイル様が椅子に腰掛け祖母の手を握っていた。
「リンコ、小さなお客様だよ」
祖父の言葉に祖母が顔を向ける。私は緊張で持っていた花束をギュッと握りしめた。
祖母は私を見て目を大きく開きふんわりと笑顔になった。
「いらっしゃい」
「……これを」
祖父に背中を押された私は恐る恐る花束を差し出した。摘んでから時間が経って項垂れた花もある。強く握りしめたせいで潰れた茎からは緑色の汁が。
そんなものを貰っても嬉しくはないだろうと、何だかとても惨めな気持ちになった。
「可愛いお花をありがとう。とてもいい香り」
「…………」
「少し体調を崩していて、お散歩に出れなかったの。とても嬉しいわ」
「…………」
「これは新しく入ったハリが世話をしてるガーベラね?これは西側にあるマリーゴールドにディアまで。お庭を回ってくれたのね。私は中々行けないからすごく嬉しいわ」
何だか喉や胸が詰まるような気がして、どう言ったらいいのか分からなかった。ただ、祖母の笑顔は嘘ではなく本物だと、そう感じた。
カイル様が花瓶に生けると花束を祖母から受け取り部屋を出る。気がつけば祖父も部屋から出ていて、部屋には祖母と二人だけになっていた。
「あの時は、不用意に近づいてごめんなさい」
「い、え……私こそ、失礼な態度を取りました」
「名前を、呼んでもいいかしら」
急な謝罪に戸惑った。謝るべきは自分である筈だし、名前を呼ぶ事に許可はいらないと思った。それでも小さく頷くと、祖母はホッとしたように小さく息を吐いた。
「アリエーラ。仲直り、してくれる?」
「なかなおり……?」
「私を許してくれる?」
許すも何も無い。許しを乞うべきは私の方で、祖母には私を罰する権利がある。
分からない。何故こうなっているのか。
「…………では、わ、私も許して貰えますか?」
「勿論よ。こちらへ来てくれるかしら?」
祖母はベッドから足を下ろしその縁に座ると、すぐ隣をポンポンと優しく叩く。
そこに座れと言うことだろうか。
おずおずと近づき、少し間隔をあけて腰掛けると、祖母は私の手を取った。
「ハグしていい?」
ハグ。ハグとはなんだろう?よく分からないがこの様子では痛いことじゃない。だから「はい」と答えた。
「……っ!!」
祖母が私を抱き、咄嗟にまた突き放そうとしてしまった。すんでのところでどどまり、身を固くした。
叩かれたり引っ張られたり、少しの接触はあっても、誰かにこんな風に抱かれたのは初めてだった。
どうしたらいいのか、どう終わらせるのか分からない。私は酷く混乱していたが、背中や髪を撫でる祖母の手が微かに震えているのに気がついた。その胸の音も早く力強い。
私と同じく祖母も緊張しているのだ。
私と祖母はしばらくの間そうしていた。そうして改めて初日の行動を謝罪すると、祖母はまた私を抱きしめた。
それから私は朝一番に部屋を尋ねるようになった。私が来ることが分かっているから厨房へは行かなくなった。そして毎食とお茶の席も一緒に過ごした。誰の味付けでも残さず食べれば祖母は安心したように笑顔になる。
無理に厨房へ立たなくなった祖母は体調も良くなり好きな散歩を再開できるようになった。ただ、長く外にいるのは体力的にも難しく、私はあの日ウィリアムに案内されたのと同じ程の距離で様々な花の元へ案内した。
祖母は私と風呂に入り一緒にベッドで休むことも多い。そして一日の終わりに額にキスをくれるのだ。夫がいるのだから独占は出来ないけれど、私は胸が温かくなるような心地良さに、これが幸せなのかもしれないと思うようになる。
そんな日々が続き、いつもの様にベッドの中で私を抱き寄せる祖母に聞いた。「何とお呼びしたら良いですか」と。
「孫だからおばあちゃん?」
そう答えた祖母に、上手くは言えないけれど、そういうのが分からないといえば「私は結城凛子です。どうぞ宜しく」と言った。
「私は、アリエーラ……結城、です」
初めて自分から口にした名前。不思議な感覚で、なんだかふわふわした。
好きに呼んでいいのよと言われ、では私の事もと返すと「アリエーラ」と、何度も呼びながら優しく髪を撫でてくれた。
「凛子、様……私は、獣人なのに?」
「命に種族は無いし、孫だから、だけじゃないの。きっと血の繋がりなんかなくたって大事に思ってた。あなたは私の大切なアリエーラよ。」
金蔓でも孫でもない。
目の前のこの人は私を、ただのアリエーラとして大切に思ってくれている。
そしてこの時から私の中で祖母は祖母ではなく凛子様になった。
扉が開いたらどうすればいいか。お見舞いだと渡すだけでいいのか、不格好な花を受け取ってくれるだろうか。いや、今更なんだと突き返されるかもしれない。
「入らないのかい?」
「っ!!」
扉の前でじっとしていると背後から声をかけられ、驚き距離を取った。
一瞬で爆発した心臓を服の上から掴み相手を見る。
長い銀髪を肩から流す人間の男。ありえない、なんの気配もしなかった。
「カイル、様」
何時だってこの人は何か得体の知れないものに見えた。
あの格子窓の部屋にいた時も、外に出てからも。ジンのように強いのだろうが、この瞳ので見つめられると見透かされているような感覚。人間の男なのにまるで違う生き物のように感じる。
要は、私はこの男が怖い。
コンコン。
彼がノックすると直ぐに扉が開く。
祖父が顔を出し私とカイル様を認めると扉を開き中へ導いた。カイル様は真っ直ぐに部屋にあるもうひとつの扉を潜り声をかけた。
「ふふふ、今日は少し顔色がいいね」
「カイル、お帰りなさい。今日は何時もよりずっと体調がいいの。だからもう平気よ?」
「それは困ったね。私は疲れているからリンとゆっくりしたかったのだけど」
「もう! そう言ってまた私を部屋から出さないつもりね?」
祖母の部屋はとてもいい香りがした。これは最初の日に嗅いだ彼女の匂い。なんて言うか、お腹が空いている時に美味しいものを目の前に置かれた時のような感じのする匂い。
私の位置からは見えないが、続き扉の向こうは寝室なんだろう。あちら側から特に強く香ってくる。
「さあ、おいで」
祖父に導かれ部屋の奥へと進む。寝室へ入ると大きなベッドに、小さい体がひとつ。すぐ脇ではにカイル様が椅子に腰掛け祖母の手を握っていた。
「リンコ、小さなお客様だよ」
祖父の言葉に祖母が顔を向ける。私は緊張で持っていた花束をギュッと握りしめた。
祖母は私を見て目を大きく開きふんわりと笑顔になった。
「いらっしゃい」
「……これを」
祖父に背中を押された私は恐る恐る花束を差し出した。摘んでから時間が経って項垂れた花もある。強く握りしめたせいで潰れた茎からは緑色の汁が。
そんなものを貰っても嬉しくはないだろうと、何だかとても惨めな気持ちになった。
「可愛いお花をありがとう。とてもいい香り」
「…………」
「少し体調を崩していて、お散歩に出れなかったの。とても嬉しいわ」
「…………」
「これは新しく入ったハリが世話をしてるガーベラね?これは西側にあるマリーゴールドにディアまで。お庭を回ってくれたのね。私は中々行けないからすごく嬉しいわ」
何だか喉や胸が詰まるような気がして、どう言ったらいいのか分からなかった。ただ、祖母の笑顔は嘘ではなく本物だと、そう感じた。
カイル様が花瓶に生けると花束を祖母から受け取り部屋を出る。気がつけば祖父も部屋から出ていて、部屋には祖母と二人だけになっていた。
「あの時は、不用意に近づいてごめんなさい」
「い、え……私こそ、失礼な態度を取りました」
「名前を、呼んでもいいかしら」
急な謝罪に戸惑った。謝るべきは自分である筈だし、名前を呼ぶ事に許可はいらないと思った。それでも小さく頷くと、祖母はホッとしたように小さく息を吐いた。
「アリエーラ。仲直り、してくれる?」
「なかなおり……?」
「私を許してくれる?」
許すも何も無い。許しを乞うべきは私の方で、祖母には私を罰する権利がある。
分からない。何故こうなっているのか。
「…………では、わ、私も許して貰えますか?」
「勿論よ。こちらへ来てくれるかしら?」
祖母はベッドから足を下ろしその縁に座ると、すぐ隣をポンポンと優しく叩く。
そこに座れと言うことだろうか。
おずおずと近づき、少し間隔をあけて腰掛けると、祖母は私の手を取った。
「ハグしていい?」
ハグ。ハグとはなんだろう?よく分からないがこの様子では痛いことじゃない。だから「はい」と答えた。
「……っ!!」
祖母が私を抱き、咄嗟にまた突き放そうとしてしまった。すんでのところでどどまり、身を固くした。
叩かれたり引っ張られたり、少しの接触はあっても、誰かにこんな風に抱かれたのは初めてだった。
どうしたらいいのか、どう終わらせるのか分からない。私は酷く混乱していたが、背中や髪を撫でる祖母の手が微かに震えているのに気がついた。その胸の音も早く力強い。
私と同じく祖母も緊張しているのだ。
私と祖母はしばらくの間そうしていた。そうして改めて初日の行動を謝罪すると、祖母はまた私を抱きしめた。
それから私は朝一番に部屋を尋ねるようになった。私が来ることが分かっているから厨房へは行かなくなった。そして毎食とお茶の席も一緒に過ごした。誰の味付けでも残さず食べれば祖母は安心したように笑顔になる。
無理に厨房へ立たなくなった祖母は体調も良くなり好きな散歩を再開できるようになった。ただ、長く外にいるのは体力的にも難しく、私はあの日ウィリアムに案内されたのと同じ程の距離で様々な花の元へ案内した。
祖母は私と風呂に入り一緒にベッドで休むことも多い。そして一日の終わりに額にキスをくれるのだ。夫がいるのだから独占は出来ないけれど、私は胸が温かくなるような心地良さに、これが幸せなのかもしれないと思うようになる。
そんな日々が続き、いつもの様にベッドの中で私を抱き寄せる祖母に聞いた。「何とお呼びしたら良いですか」と。
「孫だからおばあちゃん?」
そう答えた祖母に、上手くは言えないけれど、そういうのが分からないといえば「私は結城凛子です。どうぞ宜しく」と言った。
「私は、アリエーラ……結城、です」
初めて自分から口にした名前。不思議な感覚で、なんだかふわふわした。
好きに呼んでいいのよと言われ、では私の事もと返すと「アリエーラ」と、何度も呼びながら優しく髪を撫でてくれた。
「凛子、様……私は、獣人なのに?」
「命に種族は無いし、孫だから、だけじゃないの。きっと血の繋がりなんかなくたって大事に思ってた。あなたは私の大切なアリエーラよ。」
金蔓でも孫でもない。
目の前のこの人は私を、ただのアリエーラとして大切に思ってくれている。
そしてこの時から私の中で祖母は祖母ではなく凛子様になった。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
執着系狼獣人が子犬のような伴侶をみつけると
真木
恋愛
獣人の里で他の男の狼獣人に怯えていた、子犬のような狼獣人、ロシェ。彼女は海の向こうの狼獣人、ジェイドに奪われるように伴侶にされるが、彼は穏やかそうに見えて殊更執着の強い獣人で……。
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる