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私はアリエーラ・結城 1

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私の人生で一番古い記憶は格子のついた窓だろう。その頃の自分が幾つだったのかも分からない。
たまに世話をしに高齢の獣人の女が部屋を訪ね、食事を置いていく。排泄や最低限の会話は出来ていたが、何時、誰が教えたのかは覚えていない。おそらくその老婆が教えたのだろう。
高い位置にある格子窓は、あの当時当たり前の物で、食事も三日に一度、硬いパンと薄いスープだった。
忘れた頃に母親だという獣人の女が死んでない事を確認しに来て老婆と少しだけ話をしていく。
私が死ぬとお金が入らなくなるのだと、断片的に聞こえた言葉で何となく意味を察した。
稀に母親は本を置いていった。父親からだと聞いたが、私はそれが誰なのかわからなかった。
本があっても字が読めない。所々にある挿絵を見るだけだった。

そして遂に老婆さえ来なくなった。
喉がカラカラに乾き上手く喋ることも出来なかった。喋っても誰もいなかったが、体から力が抜ける。
もう随分食べてなかった。
死ぬかとがどんなことかは分からなかったが、ああ、死ぬんだと何故かそう思った。
格子窓を見上げ時たま見える鳥の姿に、あの向こうがどうなっているのか、死んだらどうなるのかとぼんやりと考えた。

私は死ななかった。
死なない程度の頻度で母親が硬いパンと水のようなスープを持ってきたのだ。そしてあの老婆は死んだのだと言う。
食べたくなかったが、私の体は生きることを選んだ。
乱暴に置かれた皿からこぼれるスープを這いつくばって啜り、硬いパンに齧り付いた。
その様子を母親は嫌な笑いを浮かべながら見下ろしていた。
またいつもと同じ日々が始まったが、それは何時もより過酷だった。母親が食事を持ってくる間隔がバラバラで、少しでも反抗すれば鞭で打たれ私は常に飢えと痛みに苦しんだ。

ある日の夜、格子窓から覗く知らない赤い目があった。私はその目を相変わらずぼんやりと見上げていた。

「お前、名は」

「…………な?」

「名前だ」

「な、まえ?」

何を言っているのか分からなかった。

「……なんて呼ばれてる」

ああ、そうか、それがなまえか。

「かねづる」

母親はそう言っていた。
だけど赤い目は私の答えに満足はしてくれなかった。ゆらりと空気が揺れ、息が止まるほどの重さを感じた。

「あ……かはっ」

「っ!すまない」

「ゲホッ、ゴホッゴホッ」

体を丸めて咳き込むと、そっと髪を撫でられた。

格子窓の外にいた赤い目は、格子窓のこちら側にいた。


「俺はジンだ。お前の父親に頼まれてここに来た」

「父、親……」

「あいつも来たがったがまずは俺が見に来た。アイツは転移が出来ねぇから」

「てんい」

「向こう側からこっち側へ入るための術だ」

「私も、したい」

格子窓の向こうへ行くことが出来るのなら行ってみたい。

「転移は無理だろうが俺の魔力を強く感じるみたいだから魔術師の才能はあるだろう」

「まじつし」

「……このまま連れて行ってやりたいがそうもいかない。明日から交代で来るからな」

「こうたい?」

「そうだ。もう一人こっち側に入れる奴がいるから」

「なんで」

「お前、最後に食事を取ったのは何時だ」

「……夜が、さんかい」

「……そうか。」

赤い目が細められ、暫くの間黙ってしまった。
次の日から毎日赤い目のジンと夜空の目のカイルが交互に会いに来て食事をくれた。何日も同じ日が続き、二人は私に知識をくれた。言葉や文字を教えてくれ、私の事情も教えてくれた。

私の父親は私が産まれた事で母親に毎月かなりの額のお金を生活費として渡している。何度も私に合わせるように言うが母親が会わせることは無かった。
二人が持ってくる食事のおかげで飢えに苦しむことは無くなったけれど、以前よりも動く私を見て母親は更に来る頻度が減った。
食事が取れないと体内の魔力を生命力に変えて体を維持する。今までの間隔は、私の魔力を計算に入れた死なないギリギリだったのだろうと聞いた。


「流石に気づかれる頃だ。覚悟は決めたか?」

「ここから出たい」


明日朝、私はここを自分の足で出る。

ジンが言ったように私は魔術の才能が多少はあったようで、教えられた事をどんどん吸収していった。

翌朝、朝日が登って暫く、そろそろだと立ち上がり格子窓に手をかけた。
ところが勢いよく扉が開き母親が入ってくる。いつもなら来ない時間、鼻息を荒くしその手には黒い鞭を持っていた。
母親はなぜ私が元気なのかとムチを振り上げ何度も叩いた。
その鞭が空を切る音を何度も聞きながら、それが終わるのを待った。

やがて母親は打ち疲れたのか部屋の格子窓を確認するといつもの様に部屋へ鍵をかけて出て行った。
激しく打たれ、頭を庇っていた腕は皮膚が裂け血だらけで、酷く熱く痺れるような痛みを覚えた。

早くここから出たい。その一心で風魔法を使い格子を切った。痛み引き攣れる腕でよじ登り転がるように飛び出すと、初めて目にする外の景色に息を飲んだ。
そこには全く想像したことも無いような広い世界があったのだ。
打たれたからか、初めての世界に出たからか。今まで感じたことも無いほどに心臓が存在を主張する。
私は打ち合わせの通りに植えられた一輪の赤い花を探し、見つけると次は二輪の赤い花を探しその方向へ走った。
そしてその花のそばにいる黒い服に剣を腰に差した人を見つけ声をかけた。

「『助けて下さい。母に殺されてしまいます』」と。


声をかけたのはこの国の第二騎士団員。市中巡回している二人が手を回してくれた騎士だった。








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