〖完結〗「お前は俺の最高の番(つがい)だ」「番(つがい)?私の番は別にいる」

ゆか

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アリエーラの番候補を絞ってゆく

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船旅もかれこれ十日。俺とリミオは久しぶりに黒姫からお茶の招待を受け、黒姫の滞在する一等客室へと足を向けた。



「いらっしゃい。グレンさん、リミオくん」

笑顔で出迎える黒姫に、リミオは鼻の下が伸び切り、若干ヤバい顔になっている。軽く肘で脇腹を小突けば、ぱっと我に返り平静を装った。室内には黒姫とアレクシス王と夫の幻獣人騎士二人、アリエーラに件の幻獣人ルーイがいた。

三人掛けのソファに黒姫を真ん中に幻獣人が挟み、アレクシス王は一人掛けのソファに座る。俺とリミオは黒姫の正面に座り、ルーイが暖かいカップを目の前に置いた。

こうして見ると黒姫もかなり可愛らしい。リミオだけじゃなく獣人達が騒ぐのも無理はない。
人間の女ってのは獣人を蔑むもんだ。利用する為に近くに置いても笑顔を向けたり、ましてや茶の席に招待するなんて事がありえない。人間の女はいい匂いがする。獣人とも幻獣人とも魔人とも違う、人間の女特有のなんとも言えないいい匂いだ。しかもどの種族よりも肌の質が柔らかいときた。
俺も、アリエーラって言う番がいなきゃ、やられてたかもしれねぇな。

今回も給仕するのは例のチビ幻獣人だった。茶の度にコイツが淹れる所を見ると、どれだけ信頼を得ているのかが分かる。



「リミオくんはもう慣れたみたいね」

「は、はい! その節は、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「気にしないで? こうして守ってくれる人が居て、とても心強いわ。ありがとう」

そう言うとリミオだけじゃなく俺やアリエーラ、ルーイや夫達の顔を見て柔らかく微笑む。
アリエーラは珍しく表情を崩し少し照れたように目元を赤くし、ルーイも同じように照れていた。

なんだこれ。
ルーイの顔を見てアリエーラが頬を染めた?それとも単純に主からの感謝の言葉が嬉しかったのか?

クソッ、何なんだよ。

「凛子様、本日はナッツをたっぷり入れましたブラウニーです」
「ルーイくんが?」
「はい。凛子様はナッツをたっぷり入れた物がお好みですので厨房を少しお借りして作りました」
「ありがとうルーイくん」

なーんてやり取りを聞くに、チビは主の好みを把握し、更に口に合うように作るって事だ。
主の口に入るものを作り、しかも毒味無しときた。コイツの立ち位置はただの侍従じゃない。相当な信頼を得た黒姫の執事だ。
しかもこいつの淹れる茶と作った菓子の美味いこと。
あー、ムカつく。

黒姫の茶会ではアリエーラは一緒には飲み食いしない。ただ、どことなく柔らかい表情でいる事が多い。
つまり、やっぱりいつもいるあのチビが番なのか?
あのチビは間違いなく主第一主義、主しか見てねぇ。
あームカつくな。こんなにいい女に想われて何が不満なんだ。いや、いいんだ。その方がいい。だけど異常にムカつく。


「グレンは面白い事考えるね」
「は?」
「ん?」
「…………」

声を掛けてきたのはアレクシス王だった。顔をあげれば全員が全員、俺を見ていた。
チビのことばかり考えていて意識していなかったが、レーンの王が同席している。
番の事になると周りが見えなくなってしまったが、今は黒姫だけではなくアレクシス王もいる。

「も、申し訳……」
「あ、そう言うの要らないから。怒ってないし」

うっかり意識を飛ばしすぎちまった。って、何だって?今確かに「面白い事考えるね」と言わなかったか?

「あ、読心術みたいな?」

「……読心術ですか」

レーンの王には特殊な力があるとは聞いた事があるが、これがそうか。
……アレクシス王も黒姫を番と公言している。身分的にも、立場的にも手が届かない相手。アレクシス王のために黒姫に仕えた、という事も、ありえ……

「ない。ないない、ないからね? 私じゃないから」

「……読心術」

「そう、読心術」

「…………」

いやいやいや、その域を超えてるだろ!とは口が裂けても言えないが、もはやこれは読心術というより心を読んでいないか?


「あ~ グレン、リミオ。明日港に到着するけど、そっからは徒歩だから準備はしっかりね。まあ、凛子以外は鍛えられてるから大丈夫だと思うけど、湿地帯を通るから」
「大丈夫です。準備は整っています」
「はい!僕も大丈夫です。ですが湿地帯には危険な生き物も居ますが、姫様は大丈夫でしょうか」

「え? 私?」

確かにリミオの言う通りだ。護衛達は幻獣人や獣人だが、黒姫自身はなんの訓練もしていない人間。しかも女だ。
体力も無けりゃ筋力も持久力も戦闘力も無い。
一日でかなりの距離を移動する事になるが足場も悪く吸血性のヒルも出る。

「えっと、詳しく聞いていないけど半日位の移動でって聞いてる」

「……ああ、なるほど。だからウィリアム様とイクス様がいらっしゃるんですね」
「そ、当たり」

俺達臨時の護衛には細かい所まで知らされていない。完全に信用はされていないって事だが、アレクシス王はそうじゃないみたいだ。

「私はこれでも人を見る目はある方なんだ」

ニコニコと多少胡散臭い美丈夫は身分を感じさせない話し方だ。周囲の者に配慮してか、その身に滲む魔力も随分と抑えられているように感じる。だが野生の勘がこの男は恐ろしく、逆らうなと教えてくれる。

この男が、アリエーラの番ではないと言うのは本当だろうか。
いや、アレクシス王が嘘を言う必要も無い。違うのだろう。ならばやはりこのチビか。

黒姫の夫達はある程度観察はした。今ここにいるウィリアムにイクスは違う。イクスはたまにアリエーラが冷めた目で見ている。ウィリアムにしてもアリエーラが目を合わせてもその目に熱は無い。
アリエーラの目に動きがあるのはジン、アレクシス王、そして会頭のカイルに対してだ。

……チビに対してははっきりとは分からない。正直、チビに対してなのかが分からないチビは黒姫と一緒にいるからアリエーラは黒姫に対して顔をほころばせているのかもしれない。
だが確かにあの時アリエーラは俺に殺意を持って斬りかかってきた。

「分からん。違うとも言いきれない」

こうして見ればこのチビは中々女ウケしそうな顔をしてる。男らしくもなく、かと言って女っぽい訳でもなく。幻獣人として見るんじゃなけりゃ、可愛い部類の少年か。


「私の顔に何か?」

「……いや、何でもない」

怪訝そうな顔のチビは、俺から目をそらすことは無い。俺が何を考えているか測っているのだろうが、さすがにこいつまで読心術とやらを会得はしていないと思いたい。


コイツなら殺れるかもしれない。そんな物騒な事が頭を掠めるがそれを必死に振り払った。








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