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「このように遅い時間に尋ねてきたと思ったら、随分と興奮しているようだな。息子よ」
「これが怒らずにいられると!? レイに何を言った!」
「尋ねてくるなり何を言い出すかと思えば、ただ結婚祝いを持って行っただけだが?」
レイが屋敷の何処にも見当たらないと知らせが来たのは日も暮れようと傾き出したころだった。ブルック教授の元へレイが居ないか確認を取り屋敷に戻る。
報告を聞くと、正面玄関からは誰も出た記録はないため、屋敷内の何処かに居るものと考えていたと言う。屋敷の者にはレイを一人にしないように言ってある。何故そうなったのか、それは昼間に父が尋ねてきたからだと言う。一時間程の面会だったようだが、その後レイは考え込んだ風で、一人にしてくれと言われ離れたと言う。
「そうだな。ああ、例の薬について話した。素晴らしい成果だ。まさか知らなかったのか? 本人から記憶はほぼ戻ったと聞いたのだが」
ニヤリと口の端を持ち上げる父の姿に、ギリリと拳を握りしめた。
「記憶が無いからと何も知らせていなかったのか? それはお前のミスだろう、私のせいじゃない。……まさか弟の事も黙っていたのではないだろうな?」
「っ! それはっ」
「彼女の記憶は極一部については綺麗に消えていた。お前はこれ幸いと黙っていた。違うか?」
父の問に答えることが出来ない。
レイがレニオスの事も、研究に携わっていた事も忘れていたのには気が付いていた。
黙っていたのは思い出せばアイツに傷付けられた事も思い出してしまうと思ったからだ。
「行先は知っているし、万が一に備えて部下を貼り付けている。少し話す時間はあるだろう? 」
そう言って座るように促され、渋々ソファに腰掛けた。
「レイニー・ブラウン。アリハラで農業を営む夫婦の間に生まれた今年二十六歳。十四の頃ビズマー病で両親を亡くしその後奨学金制度を使い大学まで出ている。生活は苦しかったろう。入学してからも複数の場所で深夜まで働いていた。そしてビズマーの研究を始め、ヨハン・ブルック氏とも知り合っている。大学で随分と世話になったようだ。交友関係は、控えよう。特に後暗いことは無さそうだ。……私は医者ではないが彼女は精神的にも一杯だったのでは無いか? その原因の一旦は、申し訳なくも私のもう1人の息子にもあるようだが」
「……どこまで知っているのです」
「あの馬鹿が彼女の研究データを盗んだのではと気付いてすぐだ。レニオスと彼女は同じ時期に入学している。最初にアレがやらかした時は学校から報告を貰っていた。まあ、彼女を悪く言うものだったがな。これでも年間かなりの額、寄付しているからね」
勿論独自に調べ直したが、と言葉を続けた。
「アレは昔から小狡い所があったがそれはお前が相手だからだと思っていた」
「レニアスは、私に対して劣等感を持っているようでした」
「妾腹だとしても変わらずに接したつもりだったが」
「……私よりも上位に立ちたい。勉強も仕事も。データを盗んだのは、それが自分の功績になると思ったのでしょう」
「……アレの処分は決めてある。アレの母親とも別れた」
父の言葉に少なからず驚いた。
私の母が亡くなり三年、そろそろ後妻に迎える頃かと思っていたから。
「いいのですか」
「お前の母ラティーシャは何も言わずに外の女を認めてくれた。たが、その場所はラティーシャのものだ。外に女を囲った私が言うことでは無いかもしれないが、それとこれとは別と考えていた。勿論、お互い理解した上での割り切った関係だ。それでもレニアレが息子であることには変わりない」
「……」
「五年、それまでに事業をお前に引き継ぐ。遺産の配分も決めた。遺言書も書き換え顧問弁護士に預けている。」
アンダーソンの名を名乗る事は絶対にない。そう言ってどこか遠い目をした。
「ラニアス、言葉は大事だ。伝えることも伝えられることも。小さなすれ違いは大きくなりやがて溝になる。私とラティーシャの様に。迎えに行った時、あの生真面目な義娘に恋人などできていないといいねぇ」
「 レイに限ってありえないっ! 」
レイと話した父は、その時の様子からもしかしたら突発的に飛び出す可能性もあると、屋敷から街へ降りる道に人を張り付かせていた。
予想通りレイは着の身着のまま、小さなバッグひとつ持って走って行ったという。その後鉄道に乗りこんだと。
「……鉄道? 一体何処へ」
「部下の報告ではティンバーまで買っている。念の為に後を追わせてはいるが」
「……ティンバー」
「汽車へ乗った時間、乗り継ぎを考えると到着は明日の夕刻頃だろう」
父にレイの行き先を聞き、直ぐにブルック氏の元へ向かった。遅い時間のためか既に研究室の明かりは落ちていた。
ブルック氏に会うことを諦めきれず、警備室へ回り彼がまだ校内にいるかどうかを確認した、幸いにもまだ彼は帰宅しておらず、その場で彼を待つことにした。
「これが怒らずにいられると!? レイに何を言った!」
「尋ねてくるなり何を言い出すかと思えば、ただ結婚祝いを持って行っただけだが?」
レイが屋敷の何処にも見当たらないと知らせが来たのは日も暮れようと傾き出したころだった。ブルック教授の元へレイが居ないか確認を取り屋敷に戻る。
報告を聞くと、正面玄関からは誰も出た記録はないため、屋敷内の何処かに居るものと考えていたと言う。屋敷の者にはレイを一人にしないように言ってある。何故そうなったのか、それは昼間に父が尋ねてきたからだと言う。一時間程の面会だったようだが、その後レイは考え込んだ風で、一人にしてくれと言われ離れたと言う。
「そうだな。ああ、例の薬について話した。素晴らしい成果だ。まさか知らなかったのか? 本人から記憶はほぼ戻ったと聞いたのだが」
ニヤリと口の端を持ち上げる父の姿に、ギリリと拳を握りしめた。
「記憶が無いからと何も知らせていなかったのか? それはお前のミスだろう、私のせいじゃない。……まさか弟の事も黙っていたのではないだろうな?」
「っ! それはっ」
「彼女の記憶は極一部については綺麗に消えていた。お前はこれ幸いと黙っていた。違うか?」
父の問に答えることが出来ない。
レイがレニオスの事も、研究に携わっていた事も忘れていたのには気が付いていた。
黙っていたのは思い出せばアイツに傷付けられた事も思い出してしまうと思ったからだ。
「行先は知っているし、万が一に備えて部下を貼り付けている。少し話す時間はあるだろう? 」
そう言って座るように促され、渋々ソファに腰掛けた。
「レイニー・ブラウン。アリハラで農業を営む夫婦の間に生まれた今年二十六歳。十四の頃ビズマー病で両親を亡くしその後奨学金制度を使い大学まで出ている。生活は苦しかったろう。入学してからも複数の場所で深夜まで働いていた。そしてビズマーの研究を始め、ヨハン・ブルック氏とも知り合っている。大学で随分と世話になったようだ。交友関係は、控えよう。特に後暗いことは無さそうだ。……私は医者ではないが彼女は精神的にも一杯だったのでは無いか? その原因の一旦は、申し訳なくも私のもう1人の息子にもあるようだが」
「……どこまで知っているのです」
「あの馬鹿が彼女の研究データを盗んだのではと気付いてすぐだ。レニオスと彼女は同じ時期に入学している。最初にアレがやらかした時は学校から報告を貰っていた。まあ、彼女を悪く言うものだったがな。これでも年間かなりの額、寄付しているからね」
勿論独自に調べ直したが、と言葉を続けた。
「アレは昔から小狡い所があったがそれはお前が相手だからだと思っていた」
「レニアスは、私に対して劣等感を持っているようでした」
「妾腹だとしても変わらずに接したつもりだったが」
「……私よりも上位に立ちたい。勉強も仕事も。データを盗んだのは、それが自分の功績になると思ったのでしょう」
「……アレの処分は決めてある。アレの母親とも別れた」
父の言葉に少なからず驚いた。
私の母が亡くなり三年、そろそろ後妻に迎える頃かと思っていたから。
「いいのですか」
「お前の母ラティーシャは何も言わずに外の女を認めてくれた。たが、その場所はラティーシャのものだ。外に女を囲った私が言うことでは無いかもしれないが、それとこれとは別と考えていた。勿論、お互い理解した上での割り切った関係だ。それでもレニアレが息子であることには変わりない」
「……」
「五年、それまでに事業をお前に引き継ぐ。遺産の配分も決めた。遺言書も書き換え顧問弁護士に預けている。」
アンダーソンの名を名乗る事は絶対にない。そう言ってどこか遠い目をした。
「ラニアス、言葉は大事だ。伝えることも伝えられることも。小さなすれ違いは大きくなりやがて溝になる。私とラティーシャの様に。迎えに行った時、あの生真面目な義娘に恋人などできていないといいねぇ」
「 レイに限ってありえないっ! 」
レイと話した父は、その時の様子からもしかしたら突発的に飛び出す可能性もあると、屋敷から街へ降りる道に人を張り付かせていた。
予想通りレイは着の身着のまま、小さなバッグひとつ持って走って行ったという。その後鉄道に乗りこんだと。
「……鉄道? 一体何処へ」
「部下の報告ではティンバーまで買っている。念の為に後を追わせてはいるが」
「……ティンバー」
「汽車へ乗った時間、乗り継ぎを考えると到着は明日の夕刻頃だろう」
父にレイの行き先を聞き、直ぐにブルック氏の元へ向かった。遅い時間のためか既に研究室の明かりは落ちていた。
ブルック氏に会うことを諦めきれず、警備室へ回り彼がまだ校内にいるかどうかを確認した、幸いにもまだ彼は帰宅しておらず、その場で彼を待つことにした。
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