皇子様、もう一度あなたを好きになっても良いですか?~ループを繰り返す嫌われ皇太子妃の二度目の初恋~

せい

文字の大きさ
上 下
20 / 24
第二章

後悔と謎

しおりを挟む
イヴェットが倒れてから二週間が経っていた。


「殿下。まだ日記は見つからないそうです。」


エトワール卿が執務室に座るアドリアンへ向けて報告をする。

アドリアンは手を止めて、エトワール卿を見た。
今回の日記の捜索は彼の指揮の元、行っていた。
もう何日も探しているからか、エトワール卿の目に疲れが溜まっているのがわかる。

これだけ探しているのに無いのはおかしな話だ。
やはり直接イヴェットに聞くしか方法は無いのだろうかとアドリアンは思っていた。

しかし…。

アドリアンは席を立ってある方向を見つめた。
執務室からも様子が見えるその先はイヴェットの部屋がある場所だ。


「妃殿下は今日も目覚められないのですね…。」


いきなり黙った主君の視線の先に気づいたエトワール卿は悩まし気に呟く。


実の所、日記が見つからない事よりもアドリアンはイヴェットが目覚めない事の方が気になっていた。
怪我はもう治療してある。
これ以上、容体が悪くなる事も無い筈なのに。

イヴェットは目覚めなかった。
まるで起きるのを拒否してるかのように彼女は眠り続けている。


「はあ。」


アドリアンはここ最近の騒動で疲れていた。
元はと言えば自分が悪いので、自業自得ではあるのだが。

貴族達からどうなっているのかと事実を明らかにしろと抗議されている。
今回の皇族の行いは彼らも看過出来ないと判断しているようだ。

だが、アドリアンは誰に何を思われようがどうでも良かった。
帝国の英雄なんて呼ばれているが、それは勝手に周りが持ち上げただけのお飾りの呼び名だ。

実際の自分はちっぽけで、一人の女性すらも守れない軟弱もの。
寧ろ罵ってくれた方がせいせいする。

ただ、貴族達と顔を合わせる度に聞かれると流石に疲れてくるものがある。

頭を悩ませる原因は他にもあると言うのに…。


「殿下、タシェ嬢の件ですがいかがなさいますか。」

「…。」


エトワール卿はアドリアンの思考を読んだかのように、彼の悩みの種の一つであるカレンの話を持ち出した。

騒動の中心の一人であるカレン・タシェ。
彼女もまた今回の件で相当な痛手を負っている。

優秀な人物として補佐官にまで上り詰めた実績のある彼女。
その功績を称えられ、実家であるタシェ子爵家の事業も上手くいっていたらしいが今回の件でイメージダウンして、今や軒並み貴族達から契約を破棄されているらしい。
財政難にまで陥っていると言う噂が流れていた。

元々子爵自身も事業の才能が無かったので、時間の問題でもあったのだが。
今回の件がトリガーになったのは事実だろう。


「引き続き、監視を付け謹慎と言う形に。その間に子爵家が今回どこまで関与していたのか調べてください。」

「承知いたしました。」


こんな時でさえ、まだどこかで幼馴染を信じていたい気持ちがあるのをアドリアンは誤魔化せなかった。
母親を失くして一番近くで支えてくれた大事な親友。

誰かを気遣う優しさも、穏やかに笑うその姿も。
風に靡く綺麗な黒髪でさえ母親を彷彿とさせる彼女。

アドリアンにとって、カレンはそんな簡単に割り切れるような相手ではない。

なぜこんな事をしたのか。
イヴェットを虐めたのは事実か。

アドリアンは理由を聞いて真実を明らかにしたい。
そしてそれが事実ならば、カレンを罰しなければいけない。

それが皇族としての務めだとアドリアンは思う。


(それを放置していた私も同罪ですがね…。)


アドリアンは自分の不甲斐なさを悔いていた。
イヴェットの事を思って、接しない様にしていたのに結果こんな事態を招いてしまうとは。

イヴェットは毎日日記を付けていたと言っていた。
子爵家のメイドの嫌がらせも恐らくそこに記されているだろう。
アドリアンはそう踏んでいた。

日記に書いてある事が全て事実なら。
自分も責任を取るべきだとアドリアンは考える。


「そろそろ時間ですから行きましょうか。」


やる事はまだ山積みだ。
これからの事はまた後で考えよう。

アドリアンはそう自分に言い聞かせ、次の予定へ向かう為、席を立ったのだった。


――


「お待たせいたしました。リック・コルベール卿。」


応接室へ着き、アドリアンを待ち構えていたのはコルベール家の長男。
リック・コルベールだった。

イヴェットとは4つ年が離れており、今年24歳になる。
アドリアンの一つ年上だ。


「いえ、お久しぶりです殿下。」


背筋をピンと伸ばし、にこりとも笑わない。
相変わらず愛想が無く、真面目な男だなとアドリアンは思った。

白金色の髪に瞳は父親譲りのスカイブルー。
よく見るとイヴェットと似てなくもないが、性格が違いすぎて兄妹とは思えない。


「本日はどういった御用で?」


普段は家の経営をしていて、コルベール領から出ることが滅多にない。
そんな彼が今日アドリアンに会えないかと手紙を送って来た。
実に珍しい事である。


「父から妹の事情は聞きました。」


リックは真っ直ぐにアドリアンを見て告げる。
その瞳が怒りで揺れている様に見えた。

アドリアンはその言葉を聞いて、やはりなと思った。
リック・コルベールは一見冷たそうに見えるが、妹を溺愛している。
皇家との結婚にも最後まで反対していたと聞いたことがあったので、彼が今回の件を黙っている筈がない。


「その件については申し訳なく…。」


思っております。
そう続けようとしたアドリアンだったが、リックは謝罪を途中で止めさせた。

てっきり怒っていると思ったのだが違うのだろうか。
そう思い、下げていた顔を上げるとリックは寂しそうな後悔している様な顔をしていた。


「確かに妹が傷ついたのは許せません。ですが、私も妹の異変に気づけなかった。手紙がいきなり途絶えたのをわかっていたのに。」


リックは結婚して暫くは手紙のやり取りをしていた事をアドリアンへ話した。
仲の良いコルベール兄妹ならおかしくない話だったので納得だ。

しかし、数か月後にいきなり連絡が途絶えたのだと言う。
忙しいから返せないのだろうか、結婚をした妹に構いすぎるのもどうなのかと特に気にしないようしていたが、本当はこの時にイヴェットの事をもっと気にしてあげれば良かったとリックは後悔していた。

アドリアンはリックの後悔が痛いほどわかる。
自分も気づけなかった人間の一人だからリックを責める気持ちにはなれない。

だが、リックの本題はそこではないようだった。


「パーティーの3日前。一通の手紙がコルベール家へ届きました。」

「手紙ですか?」

「ええ。宛名は違いますが、イヴェットからです。昔よく二人で内緒の手紙を書く時に使っていた偽名で手紙を私に送って来たようです。」


リックが机に出した手紙は簡素なピンクの封筒だった。
言われなければイヴェットが書いたものだとはわからない。

一体どういう手段で皇宮からコルベール家へ送ったのか謎である。


「内容はある三人のメイドに注意しろと言った内容でした。」

「メイド…。まさか子爵家出身のメイドだったんですか。」


イヴェットは自分の周りのメイドはほとんど子爵家のメイドであると言っていた。
その事から、まさか、実家であるコルベール家にもメイド達が侵入していたのかとアドリアンは危惧する。


「いえ。寧ろ妹と昔から仲の良いメイドです。長く仕えているので姉妹のように育ってきた者達です。」

「?ならばなぜ…。」

「私もそこが引っ掛かりました。妹は結婚をする直前まで彼女達との別れを惜しんでいました。あれが演技とは到底思えない。あんなに仲の良かった彼女達を疑う理由は何なのだろうと思いました。」

「確かに不思議ですね。皇宮にずっといたのでその者達と接する機会はなかった筈。」


イヴェットがなぜそんな手紙を寄越したのか。
アドリアンとリックは考えたが、答えを導き出せそうにはなかった。


「殿下。私は妹が何かを隠している様に思えます。果たして今回の件は日記を見つけ出すだけで終わるでしょうか。」

「確かに、本人に聞くのが一番早いですね。しかし…。」


イヴェットは未だに目覚めない。
リックもその事を知っているからか、言葉に詰まる。


霧が晴れず、モヤモヤと不快な感情が渦巻いていた。
その時の事だ。


「殿下!イヴェット様が目覚められました!」
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

〈完結〉「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

処理中です...