皇子様、もう一度あなたを好きになっても良いですか?~ループを繰り返す嫌われ皇太子妃の二度目の初恋~

せい

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第一章

パーティーの前日

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――

殿下と話した日の午後の事。


「イヴェット様!お久しぶりでございます!」


燃えるような赤い瞳と縦ロールの髪の華やかなご令嬢が私を訪ねて来た。


「キャリー様。お待たせしてしまい申し訳ございません。」


彼女はブルーノ伯爵家のキャリー様。
一月前に開かれた楽器の演奏会で出会ってからというもの、こうして週に1回お茶会をしている。


「とんでもない事でございます。イヴェット様の時間を独り占めできるだけで私には勿体ないですわ。」


華やかに笑う彼女の背景に薔薇が咲いているような錯覚がした。
それほどまでに彼女は平凡な私とは対照的な女性である。

キャリー様には劣るが、私も負けじと彼女に笑顔を返す。


「まあ、嬉しいです。私もキャリー様と会える日はいつもワクワクして前日中々寝付けないんですよ。」

「あら。イヴェット様たら。」


ウフフ、オホホとキャリー様と私は微笑みあった。
その様子は端から見れば親友のように見えるだろう。
会ってからまだ一月しか経っていないというのに、彼女とは初めて会った気がしない。


二人で世間話をしていると、不意にキャリー様が「ところで…。」と話を切り出してきた。


「イヴェット様は明日開かれる殿下の戦勝パーティーではどんなドレスをお召しになるのですか?」


戦勝パーティーと聞き、思わず体が硬直してしまう。
思い出したくない記憶が呼び覚まされそうであまりその事について語りたくはなかったが、キャリー様は楽しみにしているのか瞳を輝かせていた。


「…ええと、それは。」

「やはり殿下の瞳と同じ色のお召し物を?」

「そう、ですわね。」

「因みに今回はどこのブティックにしましたか?やはり宝石も殿下がお選びになったりするんでしょうね。羨まし…。」

「そんな事より、キャリー様。」


これ以上、パーティーについて話したくなかった私は無理やり彼女の言葉を遮った。
止められたキャリー様はと言うと、少し不満そうに口を尖らせている。


「この間話した香水事業の話の続きでもしませんか?」

「ああ、そうですわね!嫌だわ私ったらつい気になってしまって。」


良かった。
なんとか話が逸らせたので、ほっと息を吐く。

そもそも今日キャリー様と会った本来の目的がこれである。

彼女の家のブルーノ伯爵家は元々は商人だ。
類稀な商才と知恵で膨大な富を築き上げ貴族の仲間入りを果たし、伯爵の位を授かった家系。

だからかその家の娘でもあるキャリー様も事業の話になると目の色を変える。
私はそんな彼女に香水事業を立ち上げるのはどうかと提案した。

皇后の好きな花の香りを使った香水を作り、それを気に入ってもらう事ができたなら。
その香水は皇后のお気に入りとして、飛ぶように売れるようになるだろうと、そう助言したのだ。


「でも、知りませんでしたわ。まさか皇后様が西部にしか咲かない花がお好きだとは。」

「確かに他の方には知られていない情報でしょう。私も偶々庭園で皇后様にお聞きしたのです。皇族の間では有名なお話みたいですね。」

「そうなのですね。ですが、なぜそんな貴重なお話を私にしてくださったのですか?」


(なぜこの話をしたかって?そんなの決まってるじゃない。)


「私お友達があまりいなくて…。キャリー様は私の初めてのお友達ですから何か手助けをしたかったのです。」

「イヴェット様…。」

「これを機にもっと仲良くなれたら…なんて、少しずるいやり方だったでしょうか。」

「そんな事ございませんわ!イヴェット様、嬉しいです。ありがとうございます。」


キャリー様の顔が照れたように赤く染まる。
どうやら私の言った事が嬉しかったようで口元に小さい笑みが浮かんでいる。


「はい。なのでパーティーの日には絶対その香水をつけてご参加くださいね。皇后様もきっと気に入るでしょう。」


キャリー様は気合の入った声で「はい!」と言った。
これで彼女は明日のパーティーで例の香水を付けてくるだろう。


――


キャリー様が帰った後。
私は暫く庭園を歩いていた。

花に囲まれたここはいつ来ても良い匂いに囲まれて、リラックスした気分になれる。


今日は色々と忙しくて疲れてしまった。
偶にはこうして落ち着くのも悪くはないだろう。


…ただし、それが一人ならばもっと良かったのに。


「妃殿下、大丈夫ですか?お疲れなら私が部屋までお運びしますが。」


私の後ろを付いて来る一人の騎士。

茶色のふわふわとした髪にくりっとした瞳の可愛らしい外見。
代々騎士を輩出しているダン伯爵家の三男であるダン・ポワシー、その人がなぜか私の後をピッタリとマークしていた。


「…ポワシー卿、なぜ私に付いて来るのですか。」

「ダンで構いません、妃殿下。お一人で歩いていると危険かと思い、勝手ながら護衛させていただいております!」


人懐っこい明るい笑顔でダンは笑う。
その優しさと彼の笑顔を見ていると懐かしさが込み上げてくる。

そう、ダンは前世で私の護衛騎士をしていた男だ。

皇宮内で私が愚かだの冷酷だのと言われているが、気にせず私の傍にいてくれたダン。
可愛らしい外見とは裏腹に中身は誰よりも男前で一緒にいるだけで明るい気持ちになれた。

しかし、ダンは私の護衛騎士をしたが為に命を落としてしまった。
他の人生ではダンが命を落とす未来が無かったので、恐らく原因は私だろう。

犯人も結局誰だかわからないままなので、その状態で私といるのは危険だ。
ダンと関わらないよう、なるべく距離を置こうと思って今まで避けていたのだが。
なぜか今世ではダンが私に付きまとってくる。


こんな事今までなかったのになぜなのか。


「…はあ。」


考えても出ない答えに頭が痛くなってくる。
そもそもダンはなぜここにいるのか。
私に付いている騎士はどうしたのか。


「妃殿下!やはり体調が悪いのでは…私がおぶりますので、さあ背中に!」

「結構です。」


相変わらず騒がしいダン。
今まではその明るさに助けられてきたが、今回は鬱陶しくてしょうがない。

しかし、優しい彼に冷たくするのも心苦しい。
少しきつい言い方をしてしまったことが気になった私は咄嗟に話題を変えた。

気になっていた事でもあるので丁度良いだろう。


「そう言えばもう一人のあなたと仲の良い騎士は最近どうですか?」

「?誰のことでしょうか。」


私が出した話題は前世で私を殺し、今世では弱みを握っているあの騎士の男だ。
ダンとは仲が良くて、いつも一緒にいたはず。


「あの、緑の髪の背の高い騎士です。ええと、名前は…。」

「ああ、ケビンのことですか?」

「そうでした。ケビンでしたね。で、どうです?」

「さあ。いつも通りだと思いますが…。」


てっきり仲が良いと思っていたのだがそうではないのか。
何となくダンがそっけない感じがして気になった。


「仲が良いのではないですか?」

「とんでもない。あっちが勝手にくっついてくるだけですよ。」


ダンにしては珍しく苛立っている様だった。
初めて見るその姿に少し驚く。


「あ、でも最近は少し大人しくなったので助かってます。」


それは十中八九私が原因でしょうね。
とは言えず、私は口を噤んだ。


大人しくしてくれているなら問題ない。
逆恨みされて私の計画の邪魔になるのだけは止めてほしかったので、ダンから話を聞いてほっとする。


(準備が整ってきたわね。とりあえず今問題視するのはなさそう。)


戦勝パーティーはいよいよ明日。
着々と私の計画は進んでいた。
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