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第一章

変わらない運命

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マーサは平民の生まれだ。

家が貧しく、兄弟の多い家で生まれ育ったマーサは食事を十分に食べられることができなかったそうだ。
父は出て行き、母親は病気で毎日寝込んでいる。
長女であるマーサはそんな家族のために必死に働き、養っていた。

毎日遅くまで働き、疲れていたマーサはある時盗みを働いてしまう。
しかし、それも直ぐにばれてしまい、男たちの怒りに触れたマーサは襲われそうになる。

そんな時に助けてくれたのがタシェ様だった。

タシェ様はマーサを助け、話を聞いた。
同い年で苦労しているマーサを気の毒に思ったタシェ様は、子爵家のメイドとして仕事を与えたそうだ。

基本的な礼儀作法や、言葉遣いは全てタシェ様が教えたもの。

既にその時からアドリアン様の補佐官候補として名前が挙がっていたタシェ様は、近い未来自分は皇宮に務めるだろうと思っていた。
子爵家で身の回りのお世話をしてくれてたマーサを連れて行きたいと考えていたタシェ様が自らマーサの教育係をしたのはその為だそう。

マーサの働きぶりは目を見張るものだった。
タシェ様の期待ははるかに上回る仕事ぶりでマーサはメイドとしての地位を着実に上げて行く。
その結果、今まではタシェ様のお世話係だったマーサは皇太子妃である私の担当となった。


当時、その話をタシェ様とお茶をしている時に聞いた私は心苦しくなった。

二人の仲を切り裂いてしまったんじゃないか。
マーサは本当はタシェ様の仕えたいのではないだろうか。

私はタシェ様に聞いた。
だが、彼女は何てこともない様に「問題ない。」と言って笑った。

この決定はアドリアン様が下したものであり、自分が意見することはできない。
元々、メイドを連れてくるのはご法度なのでタシェ家のメイドではなく、皇宮のメイドとして働いている。

そんな事を言っていた。

それにマーサは誰が主人であろうと、私情を挟むことなく仕事をするのだと。
タシェ様が言う。

今までのマーサを見た私もそれには納得した。
彼女は確かに真面目で勤勉な性格のようだ。
他のメイド達と違い、私語はしないし、私の命令にも忠実に従う。

何の問題もない様に見えていた。

だが、マーサは思っていた以上にタシェ様のことを慕っていたようだ。


私が亡くなったあのお茶会当日―。

死ぬ間際に見えたマーサの顔を未だに忘れない。

憎悪のこもった眼で私を睨みつけ、視線を外さない。
何かを言っているような気がして、口元の動きを見ると彼女は確かにこう言っていた。


―カレン様の為に。


そう言っていると理解した瞬間、私は毒を盛った犯人がわかった。

私はマーサ以外のメイドから淹れてもらったお茶は飲まない。

それは以前、メイドにお茶を頼んだら渋めの冷えた紅茶だったり、変な薬のような匂いのするお茶を渡された事があったからだ。
もっとひどい時は泥水のようなお茶も出されたことがある程。

暫くは警戒してお茶を飲むのを躊躇っていたが、マーサのだけはいつも無事だった。
だから私はお茶を飲むときは必ずマーサに入れてもらうようにしていた。

マーサの本当の狙いはこれだったのだろう。
二年という年月をかけ、私を油断させる為に従順なふりをする。
自分だけは問題ないと、無表情の仮面を被りながら。



「全然、気づかなかったわね…。」


過去の自分を振り返り、呆れる。
マーサがタシェ様の事を「カレン様。」と親しみを込めて呼んでいた時から気づいていれば良かったものを。

一人ソファーに項垂れる。


(でも、今回はマーサの目論見も知っているわけだから。)


私はこの状況を打破する為の策を考えていた。


――


「公式的な場以外での交流は今後一切避けましょう。」


あの時と同じ表情、同じ声でアドリアン様は言う。
二回目だったのでダメージは少ないかと思われたが、やはり変わらないようだ。
いつ聞いても彼から放たれる突き放すような言葉は悲しくなる。

でもごねると余計に嫌われることが分かっていた私は彼に募ろうとはしなかった。
お願いしたいこともあったので、なるべく彼の言葉には素直に従って少しでも好印象を狙う。


「承知いたしました、殿下。」


思いのほか声が硬くなってしまったが、気にされないだろう。


(アドリアン様は私になんて興味ないもの。この時なんかは特に。)


「…!」


だが、私の予想とは反してアドリアン様は驚いた顔をした。
少し傷ついている様に見えるのは私の妄想だろうか。


「まさかそんな素直に承諾されるとは思いませんでした…。」

「そうなのですか?」


てっきり私の反応には無関心だと思ったが。
意外だった。


「…何か狙いでも?」


しかし、そこは流石のアドリアン様だ。
言わずとも、こちらの考えている事などお見通しという事だろうか。


「意図しておりませんでしたが、お願いがあるのは事実です。」

「やはりそうでしたか。叶えられるかどうかは保証できませんが、言ってください。」


前回は混乱して何も言えなかったが、案外冷静でいると話は聞いてくれるようだ。
そこも彼の誠実さが伝わって来て、嫌いになるのは難しそうだと半ば切なくなる。


「私の担当メイドの事なのですが、コルベール家から呼んでも良いでしょうか?」

「メイド…ですか?既に皇宮で用意しております。先ほど準備で来た3人がそうですが何か不満でも?」


来たばかりの私が早速使用人にケチをつけたとでも思っているのだろう。
アドリアン様の綺麗な顔が歪む。


「いえ、そういう訳ではありません。実は皇宮に来てばかりで私も不安なのです。せめて慣れ親しんだメイドがいればと思い聞いたのですが。」

「…ふむ。」

「あ、ちゃんと皇太子妃として社交は完璧にこなします!それに使用人だって、仕事ができる子たちなので…。」

「コルベール家ですからメイドの質は気にしておりません。ですが、今いるメイド達だって時が経てば親しくなれるでしょう。」


アドリアン様の言っていることは尤もだ。
ましてや皇宮のメイド。
本来であれば高い教育を受けている彼女たちに不満なんてあるはずはない。


「ですが、メイドに一人マーサと言う子がいるでしょう?彼女は元は子爵家のメイドなのでタシェ様のお傍に居たいかと…。」


こうなったら情に訴える作戦に変更しよう。
私はすぐさま目を伏し目がちに、あくまでも彼女たちが可哀想だというスタンスで訴えかける。

タシェ様の事を大切に思っているアドリアン様なら効果抜群だろう。


「…は?子爵家のメイド?マーサがですか?」

「?え、ええ。」

「その話はどこから?」

「ええと…。昔カシス伯爵家のお茶会の時に二人でいる所を見かけたのです。カレン・タシェ様は優秀なお方と噂でしたので一方的に私が覚えていただけです。残念ながら入違ってしまい、挨拶はできませんでしたけど。」


嘘だ。
カシス伯爵家のお茶会に呼ばれたのは事実だが、二人がいる所なんか見たことない。
しかも私は今この時までタシェ様の存在を知らなかった。

だが、前回の人生の時にタシェ様はカシス伯爵令嬢と仲が良いことを言っていた。
頻繁にお茶に誘われているとも。
タシェ様は爵位は低いが実力で殿下の補佐官になったとして一部の下級貴族の間では有名らしいので、私が知っていてもおかしくはない。

事実を少し混ぜながら、嘘だとバレないよう慎重に話す。


「なるほど、そういうことでしたか。まさかマーサが子爵家のメイドだったとは…。」


アドリアン様は知らなかったのだろうか。

平民であるマーサが皇宮のメイドの試験に受かるのは難しい。
なので私はてっきり、タシェ様がアドリアン様に話して口添えしてもらったのかと思っていた。

この様子を見ると、そうではなさそうだ。


「…わかりました。それが事実か子爵家に確認を取ります。メイドもあなたの好きにしてください。」

「!本当ですか、ありがとうございます。」


意外とすんなり了承してもらえた。
交渉成立したことに飛び跳ねそうな勢いだったが、あくまでも心の中だけに留めて置く。



後日、私はコルベール家へと手紙を送り、父にメイドを手配してもらうことに成功した。
前世では味方がほぼいない状況だったが、メイドが変わっただけでも大分過ごしやすくなり私は安心していた。

これで命を落とすことは無くなったのだと。
そう思っていたのだが。


私はまたしてもアドリアン様との二年目の結婚記念日に死んでしまうのだった。
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