皇子様、もう一度あなたを好きになっても良いですか?~ループを繰り返す嫌われ皇太子妃の二度目の初恋~

せい

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第一章

思いもよらない初夜

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式を終えた私たちは城へと帰って来ていた。

既に体は緊張と疲れでへとへとなのだがそうも言っていられない。
なぜなら今日は初夜なのだから。

憧れのアドリアン様と結婚できただけでも気絶しそうになるくらい幸せだと言うのに、夜を共にするなんて。
想像しただけで顔が茹蛸のように真っ赤になってしまう。


「~~~~!」


思わず部屋のベッドへとダイブし、頭を埋めて足をバタつかせる。
こんな所をお母様に見られたら絶対叱られるだろうが今日だけは許してほしい。


(これからアドリアン様がこの部屋に…。)


―コンコン

思いに耽っている私をよそに不意にドアがノックされる。
私はその音で一気に現実へと戻ってきた。


「イヴェット様、入ってもよろしいでしょうか。」


続けて聞こえる声。
恐らくメイド達が着替えの準備をしに来たのだろう。


(ここはもうコルベール家ではないんだった。)


ベッドから光の速さで、ソファーへと移動する。

危うく醜態を晒してしまう所だった。
私も今日からは皇族の一員となったのだから気を付けねば。

更に髪は手櫛で整え、姿勢を正した。
勿論、淑女の仮面を被る事も忘れてはならない。


「どうぞ。」


さも何事もなかったかのように私は返事を返す。

入ってきたメイドの人数は3人。
さすが城のメイドだけあって皆品がある。


「失礼いたします。湯浴みの準備をしに参りました。」

「ええ、よろしく。」


私は彼女らに緊張を悟られないよう毅然とした態度を取った。
だが、メイドの一人が持っていたあるものが私の視界を捉える。


「そ、それは一体…。」


私が震える手で『それ』を指さすと、真ん中にいたメイドが冷静に答える。


「本日の寝巻でございます。」

「…。」


叫ばなかった自分をほめてあげたい。
メイドの持ってきた寝巻なるものは私の想像をはるかに超えてスケスケだった。
あんなものを着てアドリアン様を待つだなんて。
果たして私にできるのだろうか。

あの寝間着を着た自分を想像する。


(スケスケの寝巻着を着た私。アドリアン様は最初驚きつつも照れながら優しく脱がしていき…それから…)


頭の中は妄想炸裂だ。
ただでさえ初恋を拗らせて異性とお付き合いをしたことなかったのだから余計だろう。

しかしこれ以上はいけない。
この先まで想像してしまうとアドリアン様に会う前に私が鼻血を出して倒れてしまいそうだ。


「こほん。もっと、落ち着いたデザインのは無いのかしら。」


一旦冷静になって見る。
そもそも私のような幼児体系では似合わないデザインだ。

そう思いメイド達へ他のデザインを提案するも首を横に振られてしまう。
どうやら無いらしい。


「そうなの…。困ったわね。」

「何か問題でも?」

「だって、この寝巻は薄すぎて、その。恥ずかしいじゃない。いくら最終的に脱ぐとはいえ…。」


羞恥で頭が回っていないのか余計なことまで喋ってしまっている気がする。
メイド達の間ではこれが普通なのだろうか。
全員冷静な態度だ。


「…イヴェット様が想像しているようなことにはならないと思いますが。」

「え?今なんて…。」

「いえ、何でもございません。殿下がいらっしゃる前に急いで準備しましょう。」


メイドの一人が何か呟いたような気がするが私の耳には届かなかった。


――


「それでは殿下が来られるまでお待ちくださいませ。」

準備を手伝ってくれたメイド達は颯爽と部屋を去っていった。
一人残された私はと言うと、手持ち無沙汰になってしまい部屋の真ん中で佇んでいる。
無論、あの寝間着を着た姿で。


(ああ、やっぱりこの姿で待っているのは緊張するわ。いかにも待ってましたって言ってるようなものじゃない。)


部屋をうろちょろし、そわそわ落ち着かない。
アドリアン様にはしたない女だと思われないか心配だが大丈夫だろうかとそればかり考えていた。


しかし、そんな私の心配は無駄に終わる。


「…遅くない?」


時計の針をちらりと見る。
メイド達が準備を終えてから既に2時間は経過していた。


(どうされたのかしら。何か緊急で仕事でも?それとも他に何か起きたのかしら。)


別の意味で心配になった。
彼の身に何かあったのではないかと胸騒ぎがしてくる。

居ても立っても居られなくなった私は羽織を持ち、肩にかけた。
外の護衛にアドリアン様が今どうされているか聞こうとしたからだ。

準備をしてドアに触れる、その直前。
まだ扉に触れていないというのにひとりでに扉が開いた。

ほぼ同時のタイミングだっただろうか。
そこには私が待ち望んでいた彼の姿があった。


「アドリアン様!」


お互いにドアの前で呆けた顔をしている。
どうやらアドリアン様も私がドアの前に立っていたなどとは思わなかったみたいだ。


(良かったわ。とりあえず何事もないみたい。)


アドリアン様の安否を確認し、安心した私は立ちっぱなしにさせてしまうのもあれなので、アドリアン様を部屋の中へ入るよう促すことにした。


「お待ちしておりましたわ。外はまだ冷えますし、早く中へお入りください。」

「…。」


アドリアン様は静かに頷くだけだ。
顔が強張っている気がするのは気のせいだろうか。

気にはなったが、私の方からそれを指摘するのも不敬な気がして敢えて触れなかった。
この時から既に私は嫌な予感を感じていたのかもしれないと今では思う。


私たちは一人用のソファーへ向かい合って座る。
ある程度距離が離れていた方が話しやすいと思った結果だ。


「アドリアン様、お酒ありますが飲まれますか?」

「いえ、結構です。」

「では、おつまみは…。」

「必要ありません。」

「あ、今日はとても空がきれいなんです。よろしければ、一緒に…。」

「遠慮します。」


私はアドリアン様へたくさん話しかけた。
表情が硬い理由がもしかしたら私と同じで緊張されているからなのかと思ったからだ。
しかし、アドリアン様は何を言っても表情を崩すことなく淡々としていた。
決して緊張しているような感じではない。

ではどうしたというのだろうか。
普段から穏やかな笑みを絶やさない彼からは想像もできない姿だ。

私は笑顔で話しかけつつもアドリアン様の態度に内心戸惑う。
そろそろ話のネタも付きそうだ。
この重苦しい空気をどう取り払えるか頭の中でフル回転させた。

一人心の中で慌てていると、アドリアン様がこちらをじっと見ていることに気づいた。
何か話したいことでもあるのだろうか。
私は一旦自分の話を止めて、アドリアン様を見つめかえす。


「アドリアン様?ええと…。」

「なぜ、あなたは此処にいるのでしょうか。」

「え…。」


私にはアドリアン様の質問の意図がわからなかった。
なぜいるのかと聞かれても、夫婦になったからですとしか言えない。

でもこれはアドリアン様の求める答えではないような気がした。
果たしてどう返答するのが正解なのか。

悩んでいる私を他所にアドリアン様は続ける。


「この結婚は陛下が決めました。」

「ええ、仰る通りです。」

「筆頭公爵家であるコルベール家は確かに無視できない存在だったでしょうね。ですが、本当に皇族の一員にするなんて思いもしなかったですが。」

「…。」


アドリアン様は何を言いたいのか。
私には想像できないが、彼の言葉から一つだけわかったことがある。


「あなたは本当にこの結婚が上手くいくと、そう思いますか?」


部屋に訪れた時から合わない視線。
そっけない返事や態度。
感情のこもっていない事務的な会話。


「…アドリアン様は、この結婚に反対なのですね。」


認めたくない事実を口に出すのは勇気がいる。
しかしここまではっきりと言われてしまったら、流石の私でも気づく。


「陛下の判断を私には覆すことはできません。ですが、当人の気持ちを無視され決められた結婚です。」


どうしようもなかったのだと、そう言っているように聞こえた。

アドリアン様はそうだとしても、私は嬉しかったのに。
その気持ちすら今は伝えるのに憚られる。


「公式的な場以外での交流は今後一切避けましょう。」

「ですが、アドリアン様…!」

「軽々しく私の名前を呼ばないでいただきたい。」

「!!」


ヒヤリと向けられる視線が恐ろしく冷たい。
騎士なだけあって迫力は並大抵のものではないみたいだ。


「部屋も別々に用意しておりますので。失礼いたします。」

「あ、待って!待ってください、お願いします!」


私が恐怖で固まっている横でアドリアン様は部屋を出て行こうとしていた。
話を強制的に終わらせられ、納得いかない私は引き留めようとしたのだが。

一足遅かったようだ。
アドリアン様は私を無視して部屋を出て行ってしまった。

伸ばした手が空しく宙を彷徨っている。


こうして迎えた私たちの初夜は不穏な空気を残して終えたのだった。
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