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魔物の島
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悲鳴をあげそうになる口を両手で押さえる。
木々に何かがくっついていた。それはミイラ化や白骨化した遺体。よく見れば、木々の一つ一つに、無数の人や動物が絡みついている。正確には、ツタのようなものに絡みつかれて絶命していた。
おそらく、この赤い実をつけた木が人や動物を捕獲して殺したんだ。桃花村で花に食われかけた俺は、それがすんなりと理解できた。そう思うと、甘い香りのする赤い実がとても禍々しいものに思える。食べなくて良かった。手を出していたら多分俺もミイラの仲間入りだ。
吐き気をこらえて果樹園を通り抜ける。俺は非力だから、残酷な景色を見ないようにする事しか出来なかった。何かするには数が多すぎるし、直視すると心が折れそうだ。
だからずっと下を向いて歩いていた。アニキに気づいたのは奇跡というしかない。それとも俺の第六感みたいなものかも。
強い視線を感じて振り向くと、丘の上に座ったままの獣がじっとこちらを見ていた。
いや、見ているのは俺じゃない。俺の前にある一本の木だ。
「……アニキ」
目の前にある巨木に、磔にされたように一人の男が囚われていた。一年以上会ってなかったけど、すぐに分かった。
俺を勝手にペットにして振り回し、最後まで横柄な態度で去っていった盗賊の男。
ずっと探していたアニキだ。癖のある髪色も、日に焼けた肌の色も、機嫌の悪そうな表情もそのままだ。だけど見覚えのある顔は苦悶に満ちたまま瞳は閉じられ、身体は傷だらけで乾いた血と泥で汚れている。
両腕も足も半分以上木のツタに埋もれ、自由に動く事も出来ない。身体中に傷を負って目を閉じた男は、アニキだと分からなければ間違いなく死んでいると思っただろう。だけど……。
(あいつは悪魔と契約しているから、グリモフを殺すまでは不死身じゃ)
骨占いのじいさんの言葉を思い出す。それが本当ならアニキは生きているはずだ。瀕死の状態でも。
「アニキ」
近寄って囁いても、何の反応もない。
ツタが絡みついていない胸の部分に頭をくっつけた。すごくゆっくりだけど、心臓の鼓動が聞こえる。汚れて破れたシャツにぽたぽたとしずくがこぼれて染みこんでいく。自分が泣いている事にようやく気づいた。
『アニキ……迎えにきました。遅くなってごめん』
指輪を擦ってアニキを抱きしめると、ふわりとした青い光が二人を包み、目を閉じたままのアニキが小さく呻いた。
俺は震える手でリュックから黒い小瓶を取り出す。悪魔との契約で手に入れたそれは、中に液体が入っている。その液体を少量口に含むと、気を失っているアニキに口移しで注いだ。
「……」
相変わらずアニキの意識は戻らない。もう一度液体を口にふくみ、同じ事を繰り返す。
今度も意識は戻らなかったけど、アニキが少しだけ液体を飲み込む。
何も飲んでいないからきっと喉が渇いているんだ。小瓶に入った液体を最後の一滴まで口に含み、もう一度アニキに口づける。今度は反応があった。
アニキが水を欲しがるように舌を絡めてきて、体が熱くなった。始めてキスされた時は嫌で嫌でしょうがなかったのに、今は違う。気持ちよくてせつなくて胸が震えた。
唇を離して、アニキの顔を見つめると、不意に心臓がかっと熱くなった。
鼓動が激しい。何か強い力で胸が締め付けられている。
「……ぐ、うっ」
急に襲ってきた身体の変化に混乱する。でも、激しい鼓動が痛みへと変化し、しだいに落ち着いてきた時、左手の指輪が青く光った。
パキン
小さな音と共にそのまま青い残光を残して指輪は粉々に砕け散った。それを見て、俺は悪魔との契約が完了した事を悟った。
大丈夫だ。後悔しない。
それでも、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。
「……ミ、サキ」
はっとして顔を上げると、アニキがうっすらと目を開けて俺を見ていた。
『……迎えにきました』
どうにか笑顔を作ってそう告げる。
アニキも笑ってくれたらいいのに、アニキは苦しそうに表情を歪めた。
「この、馬鹿が……。お前は……何を、支払った……?」
木々に何かがくっついていた。それはミイラ化や白骨化した遺体。よく見れば、木々の一つ一つに、無数の人や動物が絡みついている。正確には、ツタのようなものに絡みつかれて絶命していた。
おそらく、この赤い実をつけた木が人や動物を捕獲して殺したんだ。桃花村で花に食われかけた俺は、それがすんなりと理解できた。そう思うと、甘い香りのする赤い実がとても禍々しいものに思える。食べなくて良かった。手を出していたら多分俺もミイラの仲間入りだ。
吐き気をこらえて果樹園を通り抜ける。俺は非力だから、残酷な景色を見ないようにする事しか出来なかった。何かするには数が多すぎるし、直視すると心が折れそうだ。
だからずっと下を向いて歩いていた。アニキに気づいたのは奇跡というしかない。それとも俺の第六感みたいなものかも。
強い視線を感じて振り向くと、丘の上に座ったままの獣がじっとこちらを見ていた。
いや、見ているのは俺じゃない。俺の前にある一本の木だ。
「……アニキ」
目の前にある巨木に、磔にされたように一人の男が囚われていた。一年以上会ってなかったけど、すぐに分かった。
俺を勝手にペットにして振り回し、最後まで横柄な態度で去っていった盗賊の男。
ずっと探していたアニキだ。癖のある髪色も、日に焼けた肌の色も、機嫌の悪そうな表情もそのままだ。だけど見覚えのある顔は苦悶に満ちたまま瞳は閉じられ、身体は傷だらけで乾いた血と泥で汚れている。
両腕も足も半分以上木のツタに埋もれ、自由に動く事も出来ない。身体中に傷を負って目を閉じた男は、アニキだと分からなければ間違いなく死んでいると思っただろう。だけど……。
(あいつは悪魔と契約しているから、グリモフを殺すまでは不死身じゃ)
骨占いのじいさんの言葉を思い出す。それが本当ならアニキは生きているはずだ。瀕死の状態でも。
「アニキ」
近寄って囁いても、何の反応もない。
ツタが絡みついていない胸の部分に頭をくっつけた。すごくゆっくりだけど、心臓の鼓動が聞こえる。汚れて破れたシャツにぽたぽたとしずくがこぼれて染みこんでいく。自分が泣いている事にようやく気づいた。
『アニキ……迎えにきました。遅くなってごめん』
指輪を擦ってアニキを抱きしめると、ふわりとした青い光が二人を包み、目を閉じたままのアニキが小さく呻いた。
俺は震える手でリュックから黒い小瓶を取り出す。悪魔との契約で手に入れたそれは、中に液体が入っている。その液体を少量口に含むと、気を失っているアニキに口移しで注いだ。
「……」
相変わらずアニキの意識は戻らない。もう一度液体を口にふくみ、同じ事を繰り返す。
今度も意識は戻らなかったけど、アニキが少しだけ液体を飲み込む。
何も飲んでいないからきっと喉が渇いているんだ。小瓶に入った液体を最後の一滴まで口に含み、もう一度アニキに口づける。今度は反応があった。
アニキが水を欲しがるように舌を絡めてきて、体が熱くなった。始めてキスされた時は嫌で嫌でしょうがなかったのに、今は違う。気持ちよくてせつなくて胸が震えた。
唇を離して、アニキの顔を見つめると、不意に心臓がかっと熱くなった。
鼓動が激しい。何か強い力で胸が締め付けられている。
「……ぐ、うっ」
急に襲ってきた身体の変化に混乱する。でも、激しい鼓動が痛みへと変化し、しだいに落ち着いてきた時、左手の指輪が青く光った。
パキン
小さな音と共にそのまま青い残光を残して指輪は粉々に砕け散った。それを見て、俺は悪魔との契約が完了した事を悟った。
大丈夫だ。後悔しない。
それでも、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。
「……ミ、サキ」
はっとして顔を上げると、アニキがうっすらと目を開けて俺を見ていた。
『……迎えにきました』
どうにか笑顔を作ってそう告げる。
アニキも笑ってくれたらいいのに、アニキは苦しそうに表情を歪めた。
「この、馬鹿が……。お前は……何を、支払った……?」
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