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ep.0 目覚め前(アルバート視点)
14 夢
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国境から戻ればその明るさにほっとするナラミテの街も、輝かしい王都から来れば辺境を覆う闇の魔法が影をおとしている。
それでも農村は穏やかで、街の中心地も賑わいがあり、アルバートの借りた小屋も変わらず彼を待っていてくれた。
だが、今回は家の周りにちょっとした人だかりができていた。低空飛行をすると、みんなが興奮気味でこちらに手を振っているのが見える。それをルーリーの父親がなだめているようだ。
少し離れた敷地に降り立ち、街の人々の前に姿を見せると歓声が上がった。
「何事ですか?」
「聖騎士さま! 聞きましたよ! 神子さまの結婚相手の候補に上がっているというお話を!」
「おめでとう!」
「まだ決まったわけでは……」
「聖騎士さまが近くに住んでいるだけでも心強いのに。とてもおめでたい話だわ」
「神子さまと結婚されたら村をあげてお祝いしよう!」
「ここは第二の聖地だな!」
前回、村に王都から司祭がやってきたことで噂が広がったのだろう。アルバートは目眩がしそうになったが、とにかく神子さまに関わる話だからあまり騒がないでくれとお願いした。だが、それで引き下がる村人たちではなく、すっかり盛り上がっている。
「アルバート君、ここは私がなんとかするから家に入っておくれ」
ルーリーの父親の言葉に甘えて退散することにした。アルバートが姿を見せなくても村人たちが帰る気配はない。聖地巡礼のように敷地の周辺をうろついては勝手に祈りを捧げている。アルバートは少しだけ家の周りの魔法防御を強化した。
陽が沈む時刻になってようやく村人の姿は見えなくなった。あとでルーリーの家族にお詫びをしておかないといけないだろう。この調子では不在の時もきっと迷惑をかけている。
「皆がほどよく無関心で気楽な住処だったのにな、ゼフィー」
戸締りをして、すでにうとうとしているゼフィーに声をかける。ゼフィーは尻尾だけ振ってそれに応えた。長距離移動で疲れたのだろう。今日はアルバートも疲れていた。任務をこなしたわけでもないし、体調はいつもより良いのに、精神的に混乱していた。少しの食事をとっただけで強烈な睡魔に襲われる。
室内着に着替え、枕元に剣を置いた。腕の痛みが全くないことに気づき袖を捲ると、残っていたはずの呪術痕は跡形もなく消え失せていた。神子さまに会ったせいだろうか。その魔力の凄さに驚きながら、アルバートはベッドに横になる。
そして夢を見た。
***
祭りの最終日。
主役の姿が見えないことに大人たちが騒いでいた。
「あの子がいないわ」
「何かあっては大変だ」
「誰かに攫われたんじゃないか?」
「この国の未来がかかっているんだぞ!」
村の巡回をしていた彼も養母に呼び止められた。
「……何をしているの! あなたもはやく探して!」
彼は養母の怒鳴り声を背中に受けながら路地に出た。いたるところに食器や酒瓶が転がっている。三日ほど祝賀祭が続いていて、村中がお祝いムード一色になっている。村の看板には花が飾られ、大きな文字でこう書かれていた。
『神子さま誕生の村』
飲みすぎて路上で倒れている人や、眠っている大人たちを避けて、彼は村のはずれの古い孤児院へ向かった。
孤児院の裏には森があり、樹齢を重ねた大木がいくつも生えている。そのうちの一つには大きなウロがあって、子供たちの秘密の遊び場所になっていた。彼がこの孤児院にいた時もよく利用していた思い出の場所だ。
お祭りに出ていて他の子供たちはいなかったが、秘密の場所には一人だけ子供が残っていた。子供というには少し大きい。孤児院で過ごせるギリギリの年齢だ。ウロの中に座って顔を伏せている。
「やっぱり、ここにいたんだな」
声をかけると、彼はびくっと顔をあげた。普段は美しいと誰もが目を奪われる表情は悲しみを湛えていて、瞳には涙が溢れ、頬にいくつも筋をおとしていた。
「みんな探してる」
優しく声をかけたのに、涙がポロポロと流れた。泣きながらもなんとか喉から言葉を搾り出す。歌えば誰もが癒される美声も、今は悲痛な響きを伴っていた。
「俺、神子なんてなりたくないよ……」
しばらく返答に詰まった。それほど彼が思いつめているとは思わなかった。教会は孤児院とは比べ物にならないほど待遇がいいし、国のために働くことができる。一日の食事が固いパン一つだということもないし、着心地のいい清潔な服をいつでも身につけていられる。
「ここよりずっといい暮らしができるんだぞ」
「教会に行ったら、もうみんなと会えなくなるって」
「誰がそんなことを」
「神殿の奥にいて、ずっと祈っていないとだめなんだって。アルとも今みたいに会えなくなる。そんなの嫌だよ」
そう言うと、再びわっと泣き出した。
それでも農村は穏やかで、街の中心地も賑わいがあり、アルバートの借りた小屋も変わらず彼を待っていてくれた。
だが、今回は家の周りにちょっとした人だかりができていた。低空飛行をすると、みんなが興奮気味でこちらに手を振っているのが見える。それをルーリーの父親がなだめているようだ。
少し離れた敷地に降り立ち、街の人々の前に姿を見せると歓声が上がった。
「何事ですか?」
「聖騎士さま! 聞きましたよ! 神子さまの結婚相手の候補に上がっているというお話を!」
「おめでとう!」
「まだ決まったわけでは……」
「聖騎士さまが近くに住んでいるだけでも心強いのに。とてもおめでたい話だわ」
「神子さまと結婚されたら村をあげてお祝いしよう!」
「ここは第二の聖地だな!」
前回、村に王都から司祭がやってきたことで噂が広がったのだろう。アルバートは目眩がしそうになったが、とにかく神子さまに関わる話だからあまり騒がないでくれとお願いした。だが、それで引き下がる村人たちではなく、すっかり盛り上がっている。
「アルバート君、ここは私がなんとかするから家に入っておくれ」
ルーリーの父親の言葉に甘えて退散することにした。アルバートが姿を見せなくても村人たちが帰る気配はない。聖地巡礼のように敷地の周辺をうろついては勝手に祈りを捧げている。アルバートは少しだけ家の周りの魔法防御を強化した。
陽が沈む時刻になってようやく村人の姿は見えなくなった。あとでルーリーの家族にお詫びをしておかないといけないだろう。この調子では不在の時もきっと迷惑をかけている。
「皆がほどよく無関心で気楽な住処だったのにな、ゼフィー」
戸締りをして、すでにうとうとしているゼフィーに声をかける。ゼフィーは尻尾だけ振ってそれに応えた。長距離移動で疲れたのだろう。今日はアルバートも疲れていた。任務をこなしたわけでもないし、体調はいつもより良いのに、精神的に混乱していた。少しの食事をとっただけで強烈な睡魔に襲われる。
室内着に着替え、枕元に剣を置いた。腕の痛みが全くないことに気づき袖を捲ると、残っていたはずの呪術痕は跡形もなく消え失せていた。神子さまに会ったせいだろうか。その魔力の凄さに驚きながら、アルバートはベッドに横になる。
そして夢を見た。
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祭りの最終日。
主役の姿が見えないことに大人たちが騒いでいた。
「あの子がいないわ」
「何かあっては大変だ」
「誰かに攫われたんじゃないか?」
「この国の未来がかかっているんだぞ!」
村の巡回をしていた彼も養母に呼び止められた。
「……何をしているの! あなたもはやく探して!」
彼は養母の怒鳴り声を背中に受けながら路地に出た。いたるところに食器や酒瓶が転がっている。三日ほど祝賀祭が続いていて、村中がお祝いムード一色になっている。村の看板には花が飾られ、大きな文字でこう書かれていた。
『神子さま誕生の村』
飲みすぎて路上で倒れている人や、眠っている大人たちを避けて、彼は村のはずれの古い孤児院へ向かった。
孤児院の裏には森があり、樹齢を重ねた大木がいくつも生えている。そのうちの一つには大きなウロがあって、子供たちの秘密の遊び場所になっていた。彼がこの孤児院にいた時もよく利用していた思い出の場所だ。
お祭りに出ていて他の子供たちはいなかったが、秘密の場所には一人だけ子供が残っていた。子供というには少し大きい。孤児院で過ごせるギリギリの年齢だ。ウロの中に座って顔を伏せている。
「やっぱり、ここにいたんだな」
声をかけると、彼はびくっと顔をあげた。普段は美しいと誰もが目を奪われる表情は悲しみを湛えていて、瞳には涙が溢れ、頬にいくつも筋をおとしていた。
「みんな探してる」
優しく声をかけたのに、涙がポロポロと流れた。泣きながらもなんとか喉から言葉を搾り出す。歌えば誰もが癒される美声も、今は悲痛な響きを伴っていた。
「俺、神子なんてなりたくないよ……」
しばらく返答に詰まった。それほど彼が思いつめているとは思わなかった。教会は孤児院とは比べ物にならないほど待遇がいいし、国のために働くことができる。一日の食事が固いパン一つだということもないし、着心地のいい清潔な服をいつでも身につけていられる。
「ここよりずっといい暮らしができるんだぞ」
「教会に行ったら、もうみんなと会えなくなるって」
「誰がそんなことを」
「神殿の奥にいて、ずっと祈っていないとだめなんだって。アルとも今みたいに会えなくなる。そんなの嫌だよ」
そう言うと、再びわっと泣き出した。
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