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ending
1 ここから何処に行こう
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***
気がつくと俺は、終電の過ぎた駅の待合室に立ち尽くしていた。
理解するのに数分かかった。いや、理解なんてしたくなかった。
俺がいるのはきらびやかな王宮ではなく、無機質な灰色と白の駅舎の中だ。並べられた固い椅子には、酔っぱらって寝ている中年の男が一人。 他には誰もいない。
いてもたってもいられなくなって、走って改札口まで移動する。
見覚えのある駅名、俺のアパートから一番近くにある駅だ。時刻は夜中の一時過ぎ、終電もなくなって、改札もホームも閑散としている。
「そんな……」
リュックから携帯電話を取りだし、康哉か如月に連絡を取ろうとしたけど、充電が切れていた。
誰か知っている人間がいないかと駅の中を探しまわり、誰もいなくて今度は外を探す。
外に出た瞬間、アスファルトと車の排気ガスの匂いが鼻をついた。ラキ王国で一度も嗅いだ事のない匂いだ。
駅前のロータリーでは携帯電話で話していた十代の女の子が、俺の姿を見て笑っているのが耳に入った。翻訳機がなくても言葉が分かる。
タクシーを待つ疲れた様子のサラリーマン、並べられた自転車、コンビニの灯り。
……戻って来てしまった。
それも一人で。あんなに帰りたかった日本に戻ってこられたのに、何故こんなに胸が苦しいんだろう。
それから俺は待合室に戻り、康哉が遅れて戻って来ないかしばらく待った。
時間だけが無駄に過ぎていき、そのうち、もしかしたら康哉は俺のアパートにいるかもしれないと考えた。駅を出て、タクシーにも乗らずに深夜の街を歩く。
フラフラになりながら真っ暗なアパートにたどり着いた時には午前三時を過ぎていた。
当然だけどアパートには誰もいなかった。どうにか鍵を開けて中に滑り込む。それから携帯電話を充電し、電源を入れた。
康哉から最後の着信があったのは、昨日の午後十時過ぎ、俺が真っ黒オバケと遭遇していた頃だ。その後の如月の着信を最後に、誰からも何の連絡も無かった。
震える手で康哉に電話をかける。
返ってきたのは、電源が入っていないという音声だけ。如月の番号にかけても、全く通じなかった。
俺は鳴らない携帯電話を眺めながら、いつのまにか眠ってしまっていた。
それから俺は熱を出した。
ベッドでオッサンのマントにくるまり、熱が引くまでひたすら眠った。断片的な悪夢を見ながら、無意識に左手の指輪を擦り続けた。
ケビンに顔をべろべろに舐められる夢を見て目を覚ます。携帯電話が鳴っていた。
あわてて電話に出ると、バイト先が同じ友達からだった。
「岬?ああ、やっと通じた。今まで何やってたんだよ!……なにお前、風邪なの?」
掠れた声で返事をしながら、バイトを無断で休んだ事を謝る。
その後電話を切って、ベッドから起き上がった。熱は下がっていた。
仕方がなかったとはいえ、皆に迷惑をかけたから今度バイト先に謝りに行こう。多分クビだろうけど。
そんな事を考えながら、汗でベトベトの服を脱いでシャワーを浴びる。自分の体なのに、自分じゃないみたいだ。
一週間で、少しだけ引き締まって、少しだけ体重が落ちた。明るい電気の下で見ると、知らない場所にいくつも痕があって、何故か涙が出た。きっと康哉だ。それともアニキなんだろうか。
浴室から出ると、着替えて買い物に行く事にした。落ち込んでいても腹は減るらしい。財布がないので、お金だけを無造作にポケットに突っ込んだ。
コンビニで弁当を買ってきて、テレビを見ながら食べる。たった一週間、世の中は何も変わっていなかった。読みたかったマンガの続きも、ゲームもサッカーの試合も好きなだけ見ることが出来る。
でも、何もする気が起きなくて、テレビを消して再び眠った。
気がつくと俺は、終電の過ぎた駅の待合室に立ち尽くしていた。
理解するのに数分かかった。いや、理解なんてしたくなかった。
俺がいるのはきらびやかな王宮ではなく、無機質な灰色と白の駅舎の中だ。並べられた固い椅子には、酔っぱらって寝ている中年の男が一人。 他には誰もいない。
いてもたってもいられなくなって、走って改札口まで移動する。
見覚えのある駅名、俺のアパートから一番近くにある駅だ。時刻は夜中の一時過ぎ、終電もなくなって、改札もホームも閑散としている。
「そんな……」
リュックから携帯電話を取りだし、康哉か如月に連絡を取ろうとしたけど、充電が切れていた。
誰か知っている人間がいないかと駅の中を探しまわり、誰もいなくて今度は外を探す。
外に出た瞬間、アスファルトと車の排気ガスの匂いが鼻をついた。ラキ王国で一度も嗅いだ事のない匂いだ。
駅前のロータリーでは携帯電話で話していた十代の女の子が、俺の姿を見て笑っているのが耳に入った。翻訳機がなくても言葉が分かる。
タクシーを待つ疲れた様子のサラリーマン、並べられた自転車、コンビニの灯り。
……戻って来てしまった。
それも一人で。あんなに帰りたかった日本に戻ってこられたのに、何故こんなに胸が苦しいんだろう。
それから俺は待合室に戻り、康哉が遅れて戻って来ないかしばらく待った。
時間だけが無駄に過ぎていき、そのうち、もしかしたら康哉は俺のアパートにいるかもしれないと考えた。駅を出て、タクシーにも乗らずに深夜の街を歩く。
フラフラになりながら真っ暗なアパートにたどり着いた時には午前三時を過ぎていた。
当然だけどアパートには誰もいなかった。どうにか鍵を開けて中に滑り込む。それから携帯電話を充電し、電源を入れた。
康哉から最後の着信があったのは、昨日の午後十時過ぎ、俺が真っ黒オバケと遭遇していた頃だ。その後の如月の着信を最後に、誰からも何の連絡も無かった。
震える手で康哉に電話をかける。
返ってきたのは、電源が入っていないという音声だけ。如月の番号にかけても、全く通じなかった。
俺は鳴らない携帯電話を眺めながら、いつのまにか眠ってしまっていた。
それから俺は熱を出した。
ベッドでオッサンのマントにくるまり、熱が引くまでひたすら眠った。断片的な悪夢を見ながら、無意識に左手の指輪を擦り続けた。
ケビンに顔をべろべろに舐められる夢を見て目を覚ます。携帯電話が鳴っていた。
あわてて電話に出ると、バイト先が同じ友達からだった。
「岬?ああ、やっと通じた。今まで何やってたんだよ!……なにお前、風邪なの?」
掠れた声で返事をしながら、バイトを無断で休んだ事を謝る。
その後電話を切って、ベッドから起き上がった。熱は下がっていた。
仕方がなかったとはいえ、皆に迷惑をかけたから今度バイト先に謝りに行こう。多分クビだろうけど。
そんな事を考えながら、汗でベトベトの服を脱いでシャワーを浴びる。自分の体なのに、自分じゃないみたいだ。
一週間で、少しだけ引き締まって、少しだけ体重が落ちた。明るい電気の下で見ると、知らない場所にいくつも痕があって、何故か涙が出た。きっと康哉だ。それともアニキなんだろうか。
浴室から出ると、着替えて買い物に行く事にした。落ち込んでいても腹は減るらしい。財布がないので、お金だけを無造作にポケットに突っ込んだ。
コンビニで弁当を買ってきて、テレビを見ながら食べる。たった一週間、世の中は何も変わっていなかった。読みたかったマンガの続きも、ゲームもサッカーの試合も好きなだけ見ることが出来る。
でも、何もする気が起きなくて、テレビを消して再び眠った。
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