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土曜日、午前11時30分(レヴィン編)

13 アニキvsグリモフ

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「アンタまさかレヴィンちゃんを助けに来たんじゃないでしょうね。魔力なしのチビ猿が何かの役に立つとでも思ってるの?愛があれば何でも出来るって訳ね?嫌だわ~!何がキライって、自分以外の恋人同士がイチャイチャしてる姿を見る事よ!近所に恋人同士の聖地みたいなものがあるせいで、ムカつく恋人同士を毎日見なけりゃならないこの恨み、分かる!?」

 グリモフが俺の頭を鷲掴みにして、訳の分からない事を言ってる。金縛り風の魔法で体が動かない。

「第一アンタ、何で生きてんのよ?竜のブレスの直撃を受けたくせに、おかしいじゃない。客たちがキレてショーが台無しよ!」
『それは私には関係ありません』

 掴まれている頭が痛くて涙目になってきた。
 すごい力だ。これがモテない男の恨みのパワーなのか。魔力かもしれないけど。

『アニキが好きなら治療してください。お願いします』

 必死に訴えると、グリモフの表情が変わった。

「よく言ったわ、チビ猿。その気持ちに免じて、先にアンタを殺してあげる」

 逆効果だった!

 グリモフは頭を掴むのを止め、俺の喉に手をかけた。
 うわぁ、あの力で締め付けられたら絶対死ぬ。でも体が動かない。

「体の動きは止められるんだけど、呼吸までは魔力じゃ無理なのよね。せいぜいお喋りを止められるくらい。もう少し魔法の腕を磨いておけば良かったわ」

 グリモフがじわりじわり力を入れる。
 もうすでに苦しい。目の前が暗くなりそうだ。

 ……!?

 狭い視界の中で、何かが動いた。足下で、ゆらりと。まるで黒い獣のように。

「グリモフ様!」

 誰かが叫ぶ。

「何よ?」

 一瞬グリモフの力が弱まった。続いて起こったのは、野太い悲鳴。
 暗くなりかけた視界にも赤い鮮血が飛び散るのが見えた。グリモフが俺から手を放し、頭を押さえてよろめく。
 雨のように血が階段に降り注ぎ、俺は呼吸をするのも忘れ、ショックで呆然と立ち尽くした。

 何が起きたんだ。速すぎて見えなかった。

 悲鳴を上げながら倒れたグリモフとは対照的に、アニキはゆらりと立ち上がった。
 手には血塗れの短剣。身体に残る火傷の傷の下で、黒い獣の入れ墨が、生きているみたいにこちらを睨みつけていた。
 恐怖なのか酸欠になりかけたのかわからないけど、俺は立っていられなくなってその場に座り込む。

 グリモフの部下達が近寄るより早く、アニキはグリモフの上に馬乗りになった。

「貴様!グリモフ様から離れろ!」

 アニキは階段の上から部下たちを見下ろした。

「……魔法なら、俺がこいつを殺してから撃て。いいな?」

 アニキの目に宿る気迫に、部下達は誰も動けなかった。

「グリモフ……お前で最後だ。ようやく望みが叶う」

 アニキは笑みを浮かべてそう呟くと、短剣をグリモフの喉に向けた。

「やめろ!」

 誰かの声。グリモフの悲鳴。苦しすぎて息が出来ない。アニキの腕が降り下ろされる。酸欠で頭がガンガンした。


 アニキがこっちを見た。手を止めて。

「どういうつもりだ」

 震えあがりそうなほどドスの効いた声だ。
 アニキの短剣は、ギリギリの位置で止まっている。アニキの手首を掴み、動きを制止しているのは俺の手だ。さっき叫んだのもどうやら俺らしい。グリモフが殺されると思った瞬間、自分でも予測出来ない行動に出ていた。

 グリモフが悲鳴を上げながら、アニキの下から這い出そうとしてもがいてる。
 とどめをさそうとするアニキ。再び制止する俺。アニキは重傷を負っているはずなのに、全力を出さなければ動きを止められなかった。

「放せミサキ!てめえから殺すぞ」
『殺しては駄目です!』

 入れ墨の黒い獣の唸り声が聞こえるような気がした。負けるわけにはいかない。

「邪魔するな!」
「ぐえっ」

 アニキの肘が俺の腹にクリーンヒットした。腹を押さえてその場にしゃがみかけたけど、それでも何とかアニキの足にしがみつく。

「グリモフ!待て!」
「早く、回復、なさい……!何やってるのよ……!」

 グリモフがアニキの下から這い出す事に成功し、階段下の兵士に助けを求める。その背中にアニキが剣を振るった。

「ぎゃあーっ!痛いいっ!!」
『アニキ!止めてください!』

 アニキにしがみついたまま、ルーシェンの指輪を擦る。少しでいい。頼むから回復してくれ。アニキを止められるように。

 ふわりと体が楽になった。指が温かい。

 グリモフは転がるように階段下に転落し、兵士達に取り囲まれた。
 三人がグリモフに魔法をかけ、残りの二人がこちらを向いた。

「ミサキ……てめえ、覚えてろよ」

 アニキの低い呟きが聞こえた。
 よし。忘れよう。
 アニキにどれだけ恨まれようと、俺は目の前で人が殺される所なんか見たくないんだ。

『アニキ、逃げましょう』

 階段下の兵士が杖を取りだし、こっちに掲げている。
 首長竜のブレスほどじゃないにしろ、何かヤバい力を杖の先に集めようとしているみたいた。
 アニキが舌打ちし、持っていた血塗れの短剣を兵士の一人に向かって投げた。上がる悲鳴と倒れる兵士。ヒィー!アニキ怖い!

「ミサキ、肩をかせ。一旦逃げるぞ」
『了解しました』

 俺はアニキを支えながら、全力で階段を駆け上がった。
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