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カム

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金曜日、午前9時15分(ルーシェン編)

23 腹話術

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『……こんにちは、私の名前はルーシェンです』

 嫌な予感を振り払うように、身代わり人形を腹話術のように動かしてみた。

「もちろん存じておりますわ」
『俺に床で寝ろと言うのか!?』

 身代わり人形でルーシェンのモノマネを披露しても、女の子の表情は変わらない。
 今のは笑うところなんだけど……恐れ多くて無理って事か(俺のモノマネがすべってるだけかも)

「王子様、お疲れのようでしたらあちらに椅子がございます」
『疲れてないので大丈夫です』
「いいえ。遠慮なさらず、どうぞおくつろぎくださいませ」

 女の子はルーシェン人形の手を引いて、玉座の方へ進み始めた。
 人形を持っている俺には目もくれない。まさか、本気で人形を王子だと思っているのだろうか。いや、彼女は俺をからかっているだけ……と信じたい。
 途中ですれ違った中年男が、王子、おめでとうございます、とルーシェン人形に声をかける。
 なんなんだ、これ。いつまでこのコント続けるんだ?

 玉座が目に入った瞬間、俺は立ち止まった。これと似たような景色をどこかで見た覚えがある。どこで見たんだ?

 長いテーブル、座って食事を取る人々、王様と王妃様の椅子。
 左に空席があって、そこだけスポットライトが当たっているかのように明るい。
 ルーシェンの席だ。

「さあ王子様、どうぞあちらのお席に」

 そう言われても一歩も動けないでいると、背後から声をかけられた。

「シュウヘイ」

 振り向くと、ルーシェンが王妃様と一緒にこっちにやって来る所だった。

「ルーシェン、喉は渇いてない?何か飲み物を持ってこさせましょう」

 王妃様はにこやかにルーシェンを見上げている。
 少しだけ母さんに会いたくなった。

「母上、彼は私の命の恩人で……」
『始めまして。私の名前はルーシェンです』

 俺の腹話術自己紹介を聞いて、王妃様もルーシェンも固まった。

「……シュウヘイ、それは楽士の芸の一つか?」

 質問してきたのはルーシェンだけで、王妃様や女の子を含めた周囲のギャラリーは、全員困惑顔で身代わり人形を見つめている。
 俺の存在は、きっと想定外だったんだろう。

『母上、私が本物のルーシェンです。彼は偽物です。偽物を追い出してください!』
「シュウヘイ……」

 驚いた表情のルーシェンをおいて、俺は急いで用意された王子の席の前に走る。

 できれば間違いであってくれ。

 俺はその席に、身代わり人形を座らせた。
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