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カム

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金曜日、午前9時15分(ルーシェン編)

3 城壁の調査

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「まったく……シュウヘイは事態の深刻さがわかっていない」

 呆れ顔のルーシェン王子が生ハムの野菜巻きみたいな料理をナイフとフォークで優雅に切り分け口に運ぶ。
 ここは泊まった家とは別の家だ。テーブルの上には昨夜の夕食とは違う料理が並んでいる。王子いわく毎日ここで朝食をとる事にしているらしい。行儀よくフォークを使ってゆったり食事をする王子からも事態の深刻さは伝わってこない気がするけど。
 ちなみに俺は二日酔いで気持ち悪いので、興味をひかれた食材だけ味見させてもらった後は、フルーツをメインで食べている。フルーツは桃花村でも砦でも食べたけど、けっこう美味いんだよな。くせになりそうだ。

『靴がかっこよかったので』

 店も無人だから勝手に履かせてもらおうと思ったけど、ルーシェンの
「魔法だから解ければ消えるぞ」
という言葉で靴を履くのは断念した。

『魔法解けそうですか?』

 村から出るには、村を創っている呪文を解析して分解する……とかいう工程が必要らしい。
 俺には魔力がないからかルーシェンの説明を聞いても全く理解不能だった。そんな数学(いや物理?それとも国語?)みたいな話になってくると、夢の魔法も魅力半減だ。ついでに解析にも分解にも相当の才能が必要らしい。ルーシェンは一年近くかかって村を構成する呪文を解析しているそうだ。

「難しいな」

 難しいのか……。

『何か手伝います。何でも言ってください』
「ああ。シュウヘイがいて心強いよ」

 ルーシェンはそう言って笑った。

***

 朝食後、ルーシェンは紙とペンを持って城門の前にいた。
 扉を手で触っては紙に何か書いている。入っていけない世界だ。
 俺はする事がないので、村を囲む石の塀の上に登り、透明なガラスのどこかに穴が開いていないか調べる事にした。

 村を囲む石の塀は途中で城の外壁と一緒になっている。昨日は城の部分は調べていなかったので、城壁に進入することにした。

 噴水広場で紙を見ながら何かを考えているルーシェンに手を振った。

『ルーシェン、城に行ってきます』

 ルーシェンが驚いた顔でこっちを向いた。

「シュウヘイ!よせ!危険だ」
『大丈夫です。中には入りません』

 俺だって昨日黒いお化けが城から出てきたのを見たからな。本当は城壁を一周するのも怖いんだけど、外側なら大丈夫だろ。そう思って石の塀の上を進み、城壁をよじ登って回廊に進入した。


 なんか寒いな……。

 外壁の上にある通路に侵入した途端に寒気におそわれる。
 石畳の通路には屋根がなく、人一人が通れるくらいの細さだ。それがぐるりと城を一周していて、そこからは城の小さな中庭が見えた。
 狭い中庭には植物もなく、むき出しの暗い地面が見えているだけの残念な感じだ。
 お城は思っていたより小さかった。魔法建造物にもいろいろ規制があるのかもしれない。

 石畳の道を歩いていく。
 外側の景色はいまだに霧のせいか真っ白だった。石壁の時のように手で見えない壁に穴がないか確認する。
 半周ほどした時、道の先に建物がある事に気づいた。死角にあって気づかなかった。
 見張りに使うような塔が建っていて、石畳の道はそこに通じている。塔に扉はなく、数メートル先で再び反対側の回廊に出るようになっている。問題は、塔が城に接しているという事だ。
中で繋がっているとすると、一瞬でも城の中に入る事になるんだろうか。

「……」

 昨日の黒いのがいたら嫌だな。
 でも、向こう側が見えてるし……。走れば数秒で出られるかな。

 俺は覚悟を決めて通り抜ける事にした。

 走って塔に入る。
 あと数歩で外に出られるという時、無性に城と接している部分が気になった。城の中はどうなってるんだ?
 
 ものすごく見たい。

 立ち止まって城側の壁に目をやった。

 なんだ、何もない。怖がって損した。
 塔の中はがらんとして何もなく、城と接している部分には円形の石壁と左右に降りて行くらせん階段がある。暗くて階段の先はよく見えないけど。

 あれ?よく見ると階段に染みがついてる。黒い染みと何かを引きずったような跡。

 カラーン

「!?」

 突然頭上で音がした。
 びっくりして上を見上げると、塔の上に鐘がついていて、それが左右に揺れている。
 今までこの村にいて、鐘の音なんて一度も聞いたこと無かったぞ。
 ぞくぞくと背筋に悪寒が走った。同時に不気味な唸り声が聞こえてきた。階段の下からだ。

 逃げよう。
 立ち止まった俺が馬鹿だった。立ち止まったら駄目な事くらい知ってたんだ。それなのに好奇心に負けてつい。

 鐘の音はまだ続いている。焦って反対側の通路に走り出た。

「うわぁ!?」

 突然足元が崩れた。俺は石と共にガラガラと音を立てながら落下した。

***

「……痛てて」

 何だか柔らかい物の上に落ちた。
 ここも反対側にあったのと同じ残念な中庭っぽい。
 上を見上げると、外壁と通路が途中から崩れているのが見えた。魔法建造物にも老朽化とかあるのか?

「どっちかと言うとトラップだろうな」

 センスを褒めるんじゃなかった。
 この村を作った奴、かなり嫌な奴だ。根性がねじ曲がってる。
 いろんな所から落ちているからそのうち腰を痛めそうだ。痔に腰痛……俺は異世界に来て一気に老けてしまった。

「あれ?」

 起き上がろうとして、誰か人の上に落ちている事に気づいた。どこかで見た制服。俺と石の下敷きになってる。

『すみません!大丈夫ですか!?』

 急いで下りて石をどかす。
 やっぱりこの制服見た事がある。王都の飛行部隊の制服だ。

『あの、怪我は……』

 倒れている人を揺すると、つんと鼻に抜ける匂いがした。物が腐ったような匂いだ。
 この人、やけに肌の色が緑がかってるな……。灰色というか土気色というか、それにひんやりと冷たく湿っている。
 きっと異世界人だからだ。でもなんだか怖いから、俺はゆっくりと立ち上がった。
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