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木曜日、午後5時(ルーシェン編)
9 魔力はないけど霊感はあるんです
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備え付けのバスタブは水が張られていた。
水浴びはきついと思っていたら、ルーシェン王子が得意げに魔法石の存在を教えてくれた。オッサンがドラム缶風呂に入れていたあれだ。
「庶民はこのようにして入浴していたのだな。ここに来るまで知らなかった」
一つずつ魔法石を入れて温度を調整する俺を見てルーシェンが言う。
ルーシェンは王子だから、王宮では身の回りの事は全て召使いがやってくれていたらしい。
「武術や魔法術、歴史などの教育には厳しい父上のもとに育ったから、自分が甘やかされた生活を送っているとは思わなかった。だが、ここにきて料理一つ作れない自分にショックを受けたんだ」
俺の王子のイメージからすれば、ルーシェンはかなりちゃんとした王子に見えるけど。ストイックだし偉そうな所もない。
日本では料理が作れない友人もけっこういた。そういう俺も、炊飯器がないとご飯も炊けないし、ルーがないとカレーも作れない。
この村に魔法料理システムがなかったら即飢え死にだろうな。一体誰が何のためにこんな村作ったんだろう。
お湯が適温になったので、ルーシェン王子にお風呂を譲って、俺は家の外を探索する事にした。
いつの間にか外は真っ暗だ。
「……」
怖いな。
時間がないから何かしようと思ったけど、俺は暗いのも怖いのも大嫌いだった。
でも誰もいない村なんだから、危険な動物もいないはずだ。そう考えなおし、どうにか噴水広場辺りまで歩いていった。
村の中にある家には、魔法によると思われる灯りがともっている。
誰もいない村って静かで不気味だ。小さな灯りがあるせいで、余計闇が濃く感じる。
噴水の真ん中では女性の像が、ぼんやりとした灯りに照らされて闇の中に浮かびあがっていた。昼に村の探索をした時は、城には入らなかった。俺は何となく城には入りたくなかったし、ルーシェン王子も何も言わなかった。灯りのともった民家や店とは違って、お城は真っ暗だ。
「よし、見回り終了」
本当はお城を見に行こうと思っていたけど、怖すぎるので無理だと判明した。
ギイ
家に戻ろうとした時、背後で物音がした。振り返って確認する。城の扉が開いていた。
何だ?
よく見えないけど、何か出てくる。
真っ黒い人影のような……。でも足の部分に何もない。足がないって、それじゃお化けじゃないかアハハ。
「ギャーーーッ!!」
俺の叫び声は村中に響き渡った。
***
……うすうす感じてたんだ。
俺には霊感があるんじゃないかって。
変な声を聞いた事も、金縛りにあった事もある。出ると有名な場所に行くと、頭痛がしたり熱が出たりした。でも、姿を見たことは一度もなかったのに。
「……っ」
家に向かって全力で走る俺の背中に、ぶわりと生ぬるい風が押し寄せてきた。
怖すぎる。後ろが振り返れない。
家まであと少し、という時、いきなり肩をがしりと掴まれた。
「うわぁ!」
両肩に真っ黒い手が乗ってる。
「は、放せ!」
耳のそばで、風が吹き抜けるような低い声がする。何て言っているのか全く分からない。
でも、例えるならそれは
「捕まえた」に近い気がした。
「うわぁ!放せ!やめろ……!」
そのまま強い力で後ろに引きずられる。こいつ、俺を城に連れていく気だ。それだけは嫌だ。入ったら終わりだ、と思った。
「シュウヘイ!」
家の扉が開いてルーシェン王子が飛び出てきた。
片手に長い剣を持っている。両肩の手が外れた。俺を飛び越えて、足のない黒い影のような生き物がルーシェンに飛びかかるのが見えた。
『ルーシェン!』
俺の心配をよそに、ルーシェン王子は鮮やかにその黒い何かを切り捨てた。真っ二つになった影は夜の闇に完全に消えていく。
「シュウヘイ、早く家に。次が来る」
え?
放心状態の俺の腕を取り、ルーシェンが家に入るように促す。
ようやく冷静になった俺は、家の扉にダッシュした。
家に入る前に振り向くと、新しく現れた黒い影が次々とルーシェンに向かって飛んで来るのが目に入った。
『危ない!』
ルーシェン王子は剣を振るいながら後退し、家に飛び込むと扉を閉めた。
ドン、ドンと家の扉を叩く音がする。
「大丈夫だ。あいつらは家の中には入って来ない」
『……あれは何なのですか?』
まだ扉を叩く音が続いてる。手の震えが止まらない。
「あれはこの村の番人みたいなものだ。夜になると現れて、家の外を飛び回る」
『捕まったらどうなりますか?』
「さあ?捕まった事がないから分からない」
ルーシェンは剣を鞘に納めると、台所から水を汲んできた。
「いい忘れていてすまなかった。水でも飲んで落ち着いてくれ」
水を受け取って飲み干す。ちょっと落ち着いた。そして別の事が気になり出した。
『服』
「服?ああ、入浴中にシュウヘイの声がしたからな」
ツッコむタイミングが分からなかったが、ルーシェン王子は裸だった。しかもすごくいい体してる。よほど鍛えてるみたいだ。確かに剣を振るう時もかなりさまになっていた。裸だったけど。
『早く服着てください』
「そうか、庶民の間では急所を隠すのがマナーだったな。俺とした事が……気がつかなくてすまない」
急に恥ずかしそうに服を探しに行くルーシェン。下着を身に付けて戻ってきた。やはり王子は庶民とは感覚が違うな。
「シュウヘイも入浴するといい」
俺はちらりと家の扉を見た。叩く音はもう止んでいた。だが一人で風呂?無理だ。
『怖いので、お風呂に入る間見ていてください』
俺の言葉にルーシェンは目を丸くした。
水浴びはきついと思っていたら、ルーシェン王子が得意げに魔法石の存在を教えてくれた。オッサンがドラム缶風呂に入れていたあれだ。
「庶民はこのようにして入浴していたのだな。ここに来るまで知らなかった」
一つずつ魔法石を入れて温度を調整する俺を見てルーシェンが言う。
ルーシェンは王子だから、王宮では身の回りの事は全て召使いがやってくれていたらしい。
「武術や魔法術、歴史などの教育には厳しい父上のもとに育ったから、自分が甘やかされた生活を送っているとは思わなかった。だが、ここにきて料理一つ作れない自分にショックを受けたんだ」
俺の王子のイメージからすれば、ルーシェンはかなりちゃんとした王子に見えるけど。ストイックだし偉そうな所もない。
日本では料理が作れない友人もけっこういた。そういう俺も、炊飯器がないとご飯も炊けないし、ルーがないとカレーも作れない。
この村に魔法料理システムがなかったら即飢え死にだろうな。一体誰が何のためにこんな村作ったんだろう。
お湯が適温になったので、ルーシェン王子にお風呂を譲って、俺は家の外を探索する事にした。
いつの間にか外は真っ暗だ。
「……」
怖いな。
時間がないから何かしようと思ったけど、俺は暗いのも怖いのも大嫌いだった。
でも誰もいない村なんだから、危険な動物もいないはずだ。そう考えなおし、どうにか噴水広場辺りまで歩いていった。
村の中にある家には、魔法によると思われる灯りがともっている。
誰もいない村って静かで不気味だ。小さな灯りがあるせいで、余計闇が濃く感じる。
噴水の真ん中では女性の像が、ぼんやりとした灯りに照らされて闇の中に浮かびあがっていた。昼に村の探索をした時は、城には入らなかった。俺は何となく城には入りたくなかったし、ルーシェン王子も何も言わなかった。灯りのともった民家や店とは違って、お城は真っ暗だ。
「よし、見回り終了」
本当はお城を見に行こうと思っていたけど、怖すぎるので無理だと判明した。
ギイ
家に戻ろうとした時、背後で物音がした。振り返って確認する。城の扉が開いていた。
何だ?
よく見えないけど、何か出てくる。
真っ黒い人影のような……。でも足の部分に何もない。足がないって、それじゃお化けじゃないかアハハ。
「ギャーーーッ!!」
俺の叫び声は村中に響き渡った。
***
……うすうす感じてたんだ。
俺には霊感があるんじゃないかって。
変な声を聞いた事も、金縛りにあった事もある。出ると有名な場所に行くと、頭痛がしたり熱が出たりした。でも、姿を見たことは一度もなかったのに。
「……っ」
家に向かって全力で走る俺の背中に、ぶわりと生ぬるい風が押し寄せてきた。
怖すぎる。後ろが振り返れない。
家まであと少し、という時、いきなり肩をがしりと掴まれた。
「うわぁ!」
両肩に真っ黒い手が乗ってる。
「は、放せ!」
耳のそばで、風が吹き抜けるような低い声がする。何て言っているのか全く分からない。
でも、例えるならそれは
「捕まえた」に近い気がした。
「うわぁ!放せ!やめろ……!」
そのまま強い力で後ろに引きずられる。こいつ、俺を城に連れていく気だ。それだけは嫌だ。入ったら終わりだ、と思った。
「シュウヘイ!」
家の扉が開いてルーシェン王子が飛び出てきた。
片手に長い剣を持っている。両肩の手が外れた。俺を飛び越えて、足のない黒い影のような生き物がルーシェンに飛びかかるのが見えた。
『ルーシェン!』
俺の心配をよそに、ルーシェン王子は鮮やかにその黒い何かを切り捨てた。真っ二つになった影は夜の闇に完全に消えていく。
「シュウヘイ、早く家に。次が来る」
え?
放心状態の俺の腕を取り、ルーシェンが家に入るように促す。
ようやく冷静になった俺は、家の扉にダッシュした。
家に入る前に振り向くと、新しく現れた黒い影が次々とルーシェンに向かって飛んで来るのが目に入った。
『危ない!』
ルーシェン王子は剣を振るいながら後退し、家に飛び込むと扉を閉めた。
ドン、ドンと家の扉を叩く音がする。
「大丈夫だ。あいつらは家の中には入って来ない」
『……あれは何なのですか?』
まだ扉を叩く音が続いてる。手の震えが止まらない。
「あれはこの村の番人みたいなものだ。夜になると現れて、家の外を飛び回る」
『捕まったらどうなりますか?』
「さあ?捕まった事がないから分からない」
ルーシェンは剣を鞘に納めると、台所から水を汲んできた。
「いい忘れていてすまなかった。水でも飲んで落ち着いてくれ」
水を受け取って飲み干す。ちょっと落ち着いた。そして別の事が気になり出した。
『服』
「服?ああ、入浴中にシュウヘイの声がしたからな」
ツッコむタイミングが分からなかったが、ルーシェン王子は裸だった。しかもすごくいい体してる。よほど鍛えてるみたいだ。確かに剣を振るう時もかなりさまになっていた。裸だったけど。
『早く服着てください』
「そうか、庶民の間では急所を隠すのがマナーだったな。俺とした事が……気がつかなくてすまない」
急に恥ずかしそうに服を探しに行くルーシェン。下着を身に付けて戻ってきた。やはり王子は庶民とは感覚が違うな。
「シュウヘイも入浴するといい」
俺はちらりと家の扉を見た。叩く音はもう止んでいた。だが一人で風呂?無理だ。
『怖いので、お風呂に入る間見ていてください』
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