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カム

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木曜日、午後5時(ルーシェン編)

8 魔法の料理

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 ルーシェンと一緒にやってきたのは、村の入り口近くにある一軒家だ。

「夕食と宿泊はこの家に決めているんだ」

 ルーシェンはそう言いながら家の中を案内してくれた。
 パンを食べた家とは別の家だけど、内装はよく似ている。外国の田舎の一軒家という雰囲気で、いろいろな物に花柄のカバーがかけてあったりする。

「メルヘンだな」

 ルーシェンの趣味だとしたら意外だ。母さんなら気に入ってたかも。実家のティッシュペーパーの箱に、全部花柄のカバーをかけていたからな。女の人ってすごいと思う理由の一つだ。

 二階建ての一階部分はダイニングルームとキッチン、それに高そうな花柄ソファーのある居間。あとはお風呂とトイレもついている。二階は寝室になってるらしい。

「先に夕食にしよう」

 そう言って通されたダイニングルームのテーブルの上には豪華な料理が並べられていた。
 数人分はありそうな沢山のお皿に盛られた料理は、出来立てらしく湯気が出ている。

 いや待て。
 おかしいだろ。どうなってるんだ?

「好きなだけ食べてくれ。不味くはない」
『ルーシェン!』
「何だ?」
『料理は誰が作っているのですか?』

 この村にはルーシェン王子一人しかいないはずだ。調査している時も誰にも会わなかった。それとも誰かが隠れているのか?

「気にするな。魔法の一部だ」
『魔法?』

 一瞬でこんな料理が作れるのか。魔法すごいな。

『ルーシェンすごいです。魔法が使えるんですね』

 ルーシェンは椅子に腰かけると、優雅に手を拭きながら俺を見た。

「俺は王族だから確かに魔法が使えるが……それは過去の話だ。今は全く使えない」
『では料理を作ったのは誰ですか?』

 俺も椅子に座りながらルーシェンの顔を見る。

「村を創った人間だ」
『え?』
「シュウヘイは誤解している。村があって、その周りに魔法がかけられていると思っているんじゃないか?」
『違うのですか?』

 ルーシェン王子は頷いた。

「この村が魔法で出来ているんだ。家も料理も植物も鉱物も、全て魔法の産物で、本物は一つも存在しない。村の中で本当に生きているものは、俺とシュウヘイだけだ」

 ルーシェンの言葉に、俺はあいた口がふさがらなかった。

 この料理が魔法?
 昼に食べたパンも?あんなに旨かったのに?

 テーブルの上のスープの匂いをかいでみる。本物そっくりだ。恐る恐るスプーンですくって口に入れてみた。
 うまい。
 味もするし、温かいし、魔法で出来た偽物なんて信じられない。隣にある肉も、ソースの甘辛い味が少し癖のある肉の味と調和して、程よいハーモニーを奏でている。欲をいえばもう少し肉を焼いて欲しい。レアはあまり好きじゃないんだ。

「素材の味が生きてるな」

 芋みたいな野菜のオシャレ料理をほおばっていると、ルーシェンの視線を感じた。

『何ですか?』
「……シュウヘイは面白いな。異世界人はみんなそうなのか?」
『大体こんな感じです』

***

『美味しかったです』

 食事が終わったので、とりあえず食器をキッチンに持っていく。
 魔法の料理でも、食べた瞬間に消えるなんてことはないみたいだ。
 キッチンは俺のアパートの狭い台所とは違って、広くてきれいに磨かれていた。でも水道とかガスレンジはついていない。魔法で料理が作れてもやっぱりキッチンは必要なのか。

 視線を感じたので振り向くと、ルーシェン王子がキッチンの入り口に立って俺を見ていた。

『食べても消えないんですね』
「そのまま放っておいても、明日の夜には同じ料理がテーブルに並んでいる。短時間で再生するものもあるが、だいたい半日から長くても一日で復活するな。料理や植物は早く再生する。建物は遅い」

 いまいちよく分からないけど、形状記憶みたいなイメージでとらえていいんだろうか。食器洗わなくていいのは楽だな。

『建物も再生するのですか?』
「ああ。一度火をつけたことがある。翌日にはもとに戻っていた」
『火……』

 ルーシェン王子、意外とアグレッシブだな。
 いや、それだけこの村の魔法が深刻って事だ。俺も今は冷静を保っているけど、一人でずっとこんな所にいたらパニックになるかもしれない。

「一人の時に門や塀の調査は数えきれないほどやった」

 ルーシェン王子はそう言うと、着ていた高価そうなジャケットを脱いで俺に放り投げた。

『これは?』

 受け取ったジャケットの裏地には、びっしりと異世界の文字が書かれていた。

「魔法を解く事が出来ないかと思って、毎日解読してるんだ」

 何で服に……と思ったが、村にあるものは魔法で出来ているから残せないのかもしれない。

『解けそうなのですか?』
「きびしいな」

 王子は弱々しい笑みを浮かべると、居間の花柄ソファーに腰を下ろした。

『私も手伝います』
「異世界人には魔力が無いんだろ?気持ちだけで十分だ。それに……」

 ルーシェン王子は急に口ごもると、視線をそらした。

「シュウヘイが村に来てくれて、一人じゃないと思うだけで、嬉しくてたまらない。シュウヘイには災難でしかないのに……喜んだりしてすまない」

 確かに。
 そっぽを向いたルーシェン王子の口許は緩んでいる。耳も赤い。

 俺はルーシェンに近づくと、持っていたジャケットを頭から被せてやった。そのままぎゅっと首にしがみつく。

「な、何をする!無礼な」
『王子、一緒に頑張りましょう』

 ルーシェン王子は一瞬、すがるような目で俺を見た。今までずっと一人で孤独と戦ってきたんだろうな。

『大丈夫です。私がついています』

 俺に何が出来るか分からないけど……。
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