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木曜日、午後5時(ルーシェン編)

3 携帯を見ながら歩くのは危険です

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 覚悟を決めて目を閉じた時、首と足に巻きついていた何かがするりと離れた。

「……?」

 おそるおそる開いた俺の目に、赤い光が映る。リックにもらった赤い石のお守りだ。首元で淡く光っている。

 俺に巻きついていた生き物が、その赤い光を凝視しているのが何となくわかった。飛竜の目だと勘違いしてとまどっているらしい。攻撃もしてこない代わりに後退もせず、ズルズルと蠢きながら俺の様子を窺っている。

 俺はその隙にゆっくりと、音を立てないように後ずさった。間違いに気づく前に、出来るだけ遠くに逃げなければ。

 ようやく相手の姿が完全に見えなくなると、俺は霧の中を全力で走りだした。


「……ハア、ハア」

 追いかけてくる気配はない。
 少しはあの生き物から遠ざかれたんだろうか。霧が深くて方向がわからない。ケビンを呼びたくても、さっきの生き物に気付かれそうで出来なかった。視界が悪い中、走り続けるのもそろそろ限界だ。

 俺はスピードを落とすと、背負っていたリュックから携帯電話を取り出した。
 朝まであと何時間あるのか知りたかった。朝になれば少しは霧が晴れるはずだ。それまでどうにか生き残らないと。
 朝になったところで森の中にいるのはかわらないのだけど、視界が悪いのとそうでないのとでは気分的な物が全然違ってくる。休憩を取りながら移動して、明るくなったらケビンを探そう。

「うわ!?」

 急にガクンと体が傾いた。
 前に出した足が空を切る。携帯に気をとられて足元を見るのを忘れてた。

 地面がない。

 ……今日は最低の一日だ。

「うわーっ!!」

 
 俺は悲鳴をあげながら、暗闇の中に落ちていった。


***

 ……何だろう?

 すぐ近くで何か音が鳴ってる。すごく聞きなれた音だ。

 そうだ、この聞き覚えのある音は……俺の携帯電話の着信音。

「……電話!?」

 慌てて飛び起きた。すぐ近くに落ちていた携帯を掴んで通話ボタンを押す。電話の向こうから落ちついた声が聞こえてきた。

「あ、岬さんですか?どうも、如月です」
「如月?」

 寝起きの頭では一瞬誰の事だか分からなかった。

「やだなぁ。お忘れですか?日曜日に桃花村でお会いしたでしょう」

 あいつか。
 眼鏡をかけて変なネクタイをしめた偽営業マンみたいな男。

「如月!お前な!」
「お元気そうでなによりです。それから私の事は隼人さん、またはハルちゃんと呼んでくださってかまいませんよ?」
「お元気そうじゃねーよ。お前の変な提案のせいで、俺は大変な目に会ったんだ」

 別に如月のせいじゃないけど、大変だった数日と今の心細さのせいでつい八つ当たりしてしまう。

「え?どうされたのです?今はどちらに?もう王都まで来られましたか?」

「……どこって」

 そう言えば、ここどこだ?
 俺は森の中で何かに追いかけられてたんじゃないか?そして足を踏み外し転落したような。

 周りを見ると、俺が寝転がっていたのは小さな草原で、少し後方に五メートルくらいの高さの崖があった。
 崖の上に鬱蒼とした森の木々が広がってる。あそこから落ちたんだな……。怪我しなくて良かった。俺ってホントに運がいいよな。

 気を失っている間に夜が明けたらしい。明るくなっていたものの、周囲の霧はまだ完全に晴れていなかった。
 ただ、崖とは逆の方向、数十メートル先に石づくりの塀と木の扉のある門が見えた。塀の向こうに建物の屋根が見えてる。

 村だ。
 規模は小さいけど、村がある。ようやく人の気配のする場所にたどり着けた。

「……もしもし?岬さん?」
「ああ、えっと、今は村に着いたばかりだ」
「どこの村ですか?」
「名前は分からないけど……砦を出て王都に向かったから、その辺りにある村だと思う」
「砦?兵士達の砦ですか!近いですね。安心しました。それなら土曜日に間に合いそうですね」
「多分」
「では土曜日にお会いしましょう。上司が呼んでますのでこれで」

「あ、如月……!」

 切れた。

 すぐにかけなおそうとしても圏外で全然つながらない。電話だけじゃなく、少しぐらい魔法で助けてくれてもいいだろ。

 でもまあいいか。
 村が見つかったから、きっとケビンを探すのも楽になるはずだ。

 俺は装備を整えるため村の門に向かった。
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