39 / 204
火曜日、午後3時(ラウル編)
4 いい男は背中で語る
しおりを挟む
***
ケビンの背中に揺られて3時間近くが過ぎた。ラウルとの別れで涙が止まらなかった俺も、さすがに3時間もすると落ち着きを取り戻していた。ただ、背中が寒い。行きはずっとラウルが俺の背中にしがみついていたから、その体温にいつの間にか慣れていた。
かわりに抱えてたリュックを背負ったので、こぼれた涙(とか鼻水)は全部ケビンの長い毛の上に落ち、首のあたりの毛は少しガビガビになってしまった。ケビン、ごめん……。
メアリーとケビンに乗ったオッサンと俺は空気のいい高原を後にすると、再び背の高い木々の生い茂る林の中にやって来ていた。
また花カブトの沼を通るのかと思ったけど、行きとは道が違うみたいだ。それに少し植物の大きさが小さくなっている気がする。単純に南国の植物といった感じだ。
夕日が音もなく沈んでいく。
前日も思ったけど、異世界でも太陽は同じように見えるんだな……。
日本で見るよりは太陽の輝きが強いけど、もとの世界でもきっと沖縄とかハワイなら、こんな夕日が見られる気がする。
スピードが少し落ち、オッサンが横に並んでタバコをふかしはじめた。俺を見るでもなく、昔話を始める。
「半獣と人間はなぁ……七十年くらい前までは、そりゃあ仲が悪かったんだ。人間は半獣を獣扱いしていたし、半獣は半獣で寿命の短い人間を下等動物扱いしていた。体力も容姿も優れているのは半獣の方だが、人間は数が多くて知恵がまわる。罠を仕掛けては半獣を捕え、売りさばいていたのさ。半獣は外見がいいし珍しいから高く売れるんだ」
『……平和な国だと思っていました』
「先代の国王が名君でな、半獣と友好的に暮らせるように法を整備したんだ。だが、人間にとっての七十年と、半獣にとっての七十年は違うからな」
『どういう事ですか?』
「人間の寿命はたかだか百年だが、半獣は二、三百年、長命な種族になると五百年から千年生きる者もいると聞く」
「千年!?」
それは確かに……たかが七十年じゃ仲良くなるのは難しいかもしれない。
ラウルも千年生きるんだろうか。
俺の考えを見透かしたように、オッサンが続けた。
「ラウルの種族は長生きしても三百年と言ったところだな」
それでも人間の三倍か……。
「でもな、兄ちゃんとラウルを見ていると、半獣と人間の未来は明るいような気がしてきたよ。あんなに人間になついた半獣を、俺は初めて見たなぁ~」
そう言ってオッサンは笑った。
その後オッサンと俺は再び無言になった。
オッサンの背中には、何も話さなくても許される空気がある。きっと今の半獣と人間の話だって、俺に何かを求めているわけじゃ全然ない。俺がオッサンを好きなのはそういう所だ。俺もあのくらい背中で語れるようになったら本物だな。
半獣の事を考え、リュックの携帯の中にラウルの画像が入っている事に気づいた。
ここが日本だったら、もし会えなくても、ラウルにメールと画像を送ってやって、連絡をとって、そんな事が出来るのに。
会えなくても、会った気持ちになって、自分をごまかす事ができる。
異世界にはそんなものがないから、体温がなくなっただけで、二度と会えないと思っただけで、涙がでそうになってしまうんだ。
……もうすぐ成人するっていうのに、俺もけっこう子供っぽいよな。
いつまでもこの調子で、成長なんて見た目だけでずっと生きていくのかもしれない。自分に呆れてため息をつき、ふと顔をあげると、林を抜けた先に、人の手で整備された道が見えた。
けもの道から、その整備された道に出たオッサンとメアリーが立ち止まる。遅れて俺とケビンも到着する。
『どっちに行くのですか?』
「兄ちゃんはあっち。俺はこっちだ」
「え?」
「王都に今週の土曜までに行かないといけないんだろう?ここからまっすぐ北上すれば王都に行ける。俺は動物村に帰るが」
何となく、オッサンと一緒に動物村に帰ると思っていた俺は少しうろたえた。
でも、もう火曜日だから確かにあまり時間はない。
『仕事は……』
「兄ちゃんはラウルの面倒を見てくれたからな」
「……」
「ケビンを王都まで貸してやる。知ってると思うが、そいつは頭がいいぞ」
オッサンは荷物の中から厚地のマントを取りだした。
「北は少し寒いからな、これを貸してやる。寝袋代わりにも使えるすぐれものだ」
『お金を』
俺がリュックからこっちの紙幣を取りだそうとすると、オッサンに止められた。
「いらねえよ。どうしてもっていうならケビンの餌代に使ってくれ。ケビンの餌は普通に街で売ってる。水を飲ませるのも忘れるな。それから、ラウルの村の族長にもらった鉱石は、この先の街で換金してもらえ。魔法に使われる石だから高く買い取ってくれるはずだ。王都についたらケビンをここの住所に預けてくれ。知り合いが住んでる」
俺はオッサンから読めない文字の書かれた紙を手渡された。誰かに読んでもらおう。
「理解したか?」
『はい』
「男なら辛気臭い顔するんじゃねえよ。俺は半獣じゃないから別れに涙は禁物だ。何か困った事があれば、動物村を訪ねてくれ。兄ちゃんならいつでも歓迎だ」
そう言って俺の肩をたたいたオッサンに、とてももう会えませんとは言えなかった。
ケビンの背中に揺られて3時間近くが過ぎた。ラウルとの別れで涙が止まらなかった俺も、さすがに3時間もすると落ち着きを取り戻していた。ただ、背中が寒い。行きはずっとラウルが俺の背中にしがみついていたから、その体温にいつの間にか慣れていた。
かわりに抱えてたリュックを背負ったので、こぼれた涙(とか鼻水)は全部ケビンの長い毛の上に落ち、首のあたりの毛は少しガビガビになってしまった。ケビン、ごめん……。
メアリーとケビンに乗ったオッサンと俺は空気のいい高原を後にすると、再び背の高い木々の生い茂る林の中にやって来ていた。
また花カブトの沼を通るのかと思ったけど、行きとは道が違うみたいだ。それに少し植物の大きさが小さくなっている気がする。単純に南国の植物といった感じだ。
夕日が音もなく沈んでいく。
前日も思ったけど、異世界でも太陽は同じように見えるんだな……。
日本で見るよりは太陽の輝きが強いけど、もとの世界でもきっと沖縄とかハワイなら、こんな夕日が見られる気がする。
スピードが少し落ち、オッサンが横に並んでタバコをふかしはじめた。俺を見るでもなく、昔話を始める。
「半獣と人間はなぁ……七十年くらい前までは、そりゃあ仲が悪かったんだ。人間は半獣を獣扱いしていたし、半獣は半獣で寿命の短い人間を下等動物扱いしていた。体力も容姿も優れているのは半獣の方だが、人間は数が多くて知恵がまわる。罠を仕掛けては半獣を捕え、売りさばいていたのさ。半獣は外見がいいし珍しいから高く売れるんだ」
『……平和な国だと思っていました』
「先代の国王が名君でな、半獣と友好的に暮らせるように法を整備したんだ。だが、人間にとっての七十年と、半獣にとっての七十年は違うからな」
『どういう事ですか?』
「人間の寿命はたかだか百年だが、半獣は二、三百年、長命な種族になると五百年から千年生きる者もいると聞く」
「千年!?」
それは確かに……たかが七十年じゃ仲良くなるのは難しいかもしれない。
ラウルも千年生きるんだろうか。
俺の考えを見透かしたように、オッサンが続けた。
「ラウルの種族は長生きしても三百年と言ったところだな」
それでも人間の三倍か……。
「でもな、兄ちゃんとラウルを見ていると、半獣と人間の未来は明るいような気がしてきたよ。あんなに人間になついた半獣を、俺は初めて見たなぁ~」
そう言ってオッサンは笑った。
その後オッサンと俺は再び無言になった。
オッサンの背中には、何も話さなくても許される空気がある。きっと今の半獣と人間の話だって、俺に何かを求めているわけじゃ全然ない。俺がオッサンを好きなのはそういう所だ。俺もあのくらい背中で語れるようになったら本物だな。
半獣の事を考え、リュックの携帯の中にラウルの画像が入っている事に気づいた。
ここが日本だったら、もし会えなくても、ラウルにメールと画像を送ってやって、連絡をとって、そんな事が出来るのに。
会えなくても、会った気持ちになって、自分をごまかす事ができる。
異世界にはそんなものがないから、体温がなくなっただけで、二度と会えないと思っただけで、涙がでそうになってしまうんだ。
……もうすぐ成人するっていうのに、俺もけっこう子供っぽいよな。
いつまでもこの調子で、成長なんて見た目だけでずっと生きていくのかもしれない。自分に呆れてため息をつき、ふと顔をあげると、林を抜けた先に、人の手で整備された道が見えた。
けもの道から、その整備された道に出たオッサンとメアリーが立ち止まる。遅れて俺とケビンも到着する。
『どっちに行くのですか?』
「兄ちゃんはあっち。俺はこっちだ」
「え?」
「王都に今週の土曜までに行かないといけないんだろう?ここからまっすぐ北上すれば王都に行ける。俺は動物村に帰るが」
何となく、オッサンと一緒に動物村に帰ると思っていた俺は少しうろたえた。
でも、もう火曜日だから確かにあまり時間はない。
『仕事は……』
「兄ちゃんはラウルの面倒を見てくれたからな」
「……」
「ケビンを王都まで貸してやる。知ってると思うが、そいつは頭がいいぞ」
オッサンは荷物の中から厚地のマントを取りだした。
「北は少し寒いからな、これを貸してやる。寝袋代わりにも使えるすぐれものだ」
『お金を』
俺がリュックからこっちの紙幣を取りだそうとすると、オッサンに止められた。
「いらねえよ。どうしてもっていうならケビンの餌代に使ってくれ。ケビンの餌は普通に街で売ってる。水を飲ませるのも忘れるな。それから、ラウルの村の族長にもらった鉱石は、この先の街で換金してもらえ。魔法に使われる石だから高く買い取ってくれるはずだ。王都についたらケビンをここの住所に預けてくれ。知り合いが住んでる」
俺はオッサンから読めない文字の書かれた紙を手渡された。誰かに読んでもらおう。
「理解したか?」
『はい』
「男なら辛気臭い顔するんじゃねえよ。俺は半獣じゃないから別れに涙は禁物だ。何か困った事があれば、動物村を訪ねてくれ。兄ちゃんならいつでも歓迎だ」
そう言って俺の肩をたたいたオッサンに、とてももう会えませんとは言えなかった。
20
お気に入りに追加
785
あなたにおすすめの小説
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる