One week

カム

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火曜日、午後3時(ラウル編)

4 いい男は背中で語る

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***

 ケビンの背中に揺られて3時間近くが過ぎた。ラウルとの別れで涙が止まらなかった俺も、さすがに3時間もすると落ち着きを取り戻していた。ただ、背中が寒い。行きはずっとラウルが俺の背中にしがみついていたから、その体温にいつの間にか慣れていた。
 かわりに抱えてたリュックを背負ったので、こぼれた涙(とか鼻水)は全部ケビンの長い毛の上に落ち、首のあたりの毛は少しガビガビになってしまった。ケビン、ごめん……。

 メアリーとケビンに乗ったオッサンと俺は空気のいい高原を後にすると、再び背の高い木々の生い茂る林の中にやって来ていた。
 また花カブトの沼を通るのかと思ったけど、行きとは道が違うみたいだ。それに少し植物の大きさが小さくなっている気がする。単純に南国の植物といった感じだ。

 夕日が音もなく沈んでいく。
 前日も思ったけど、異世界でも太陽は同じように見えるんだな……。
 日本で見るよりは太陽の輝きが強いけど、もとの世界でもきっと沖縄とかハワイなら、こんな夕日が見られる気がする。

  スピードが少し落ち、オッサンが横に並んでタバコをふかしはじめた。俺を見るでもなく、昔話を始める。

「半獣と人間はなぁ……七十年くらい前までは、そりゃあ仲が悪かったんだ。人間は半獣を獣扱いしていたし、半獣は半獣で寿命の短い人間を下等動物扱いしていた。体力も容姿も優れているのは半獣の方だが、人間は数が多くて知恵がまわる。罠を仕掛けては半獣を捕え、売りさばいていたのさ。半獣は外見がいいし珍しいから高く売れるんだ」

『……平和な国だと思っていました』

「先代の国王が名君でな、半獣と友好的に暮らせるように法を整備したんだ。だが、人間にとっての七十年と、半獣にとっての七十年は違うからな」
『どういう事ですか?』
「人間の寿命はたかだか百年だが、半獣は二、三百年、長命な種族になると五百年から千年生きる者もいると聞く」
「千年!?」

 それは確かに……たかが七十年じゃ仲良くなるのは難しいかもしれない。
 ラウルも千年生きるんだろうか。
 俺の考えを見透かしたように、オッサンが続けた。

「ラウルの種族は長生きしても三百年と言ったところだな」

 それでも人間の三倍か……。

「でもな、兄ちゃんとラウルを見ていると、半獣と人間の未来は明るいような気がしてきたよ。あんなに人間になついた半獣を、俺は初めて見たなぁ~」

 そう言ってオッサンは笑った。


 その後オッサンと俺は再び無言になった。
 オッサンの背中には、何も話さなくても許される空気がある。きっと今の半獣と人間の話だって、俺に何かを求めているわけじゃ全然ない。俺がオッサンを好きなのはそういう所だ。俺もあのくらい背中で語れるようになったら本物だな。

 半獣の事を考え、リュックの携帯の中にラウルの画像が入っている事に気づいた。
 ここが日本だったら、もし会えなくても、ラウルにメールと画像を送ってやって、連絡をとって、そんな事が出来るのに。
 会えなくても、会った気持ちになって、自分をごまかす事ができる。
 異世界にはそんなものがないから、体温がなくなっただけで、二度と会えないと思っただけで、涙がでそうになってしまうんだ。

 ……もうすぐ成人するっていうのに、俺もけっこう子供っぽいよな。
 いつまでもこの調子で、成長なんて見た目だけでずっと生きていくのかもしれない。自分に呆れてため息をつき、ふと顔をあげると、林を抜けた先に、人の手で整備された道が見えた。


 けもの道から、その整備された道に出たオッサンとメアリーが立ち止まる。遅れて俺とケビンも到着する。

『どっちに行くのですか?』
「兄ちゃんはあっち。俺はこっちだ」
「え?」
「王都に今週の土曜までに行かないといけないんだろう?ここからまっすぐ北上すれば王都に行ける。俺は動物村に帰るが」

 何となく、オッサンと一緒に動物村に帰ると思っていた俺は少しうろたえた。
 でも、もう火曜日だから確かにあまり時間はない。

『仕事は……』
「兄ちゃんはラウルの面倒を見てくれたからな」
「……」
「ケビンを王都まで貸してやる。知ってると思うが、そいつは頭がいいぞ」

 オッサンは荷物の中から厚地のマントを取りだした。

「北は少し寒いからな、これを貸してやる。寝袋代わりにも使えるすぐれものだ」
『お金を』

 俺がリュックからこっちの紙幣を取りだそうとすると、オッサンに止められた。

「いらねえよ。どうしてもっていうならケビンの餌代に使ってくれ。ケビンの餌は普通に街で売ってる。水を飲ませるのも忘れるな。それから、ラウルの村の族長にもらった鉱石は、この先の街で換金してもらえ。魔法に使われる石だから高く買い取ってくれるはずだ。王都についたらケビンをここの住所に預けてくれ。知り合いが住んでる」

 俺はオッサンから読めない文字の書かれた紙を手渡された。誰かに読んでもらおう。

「理解したか?」
『はい』
「男なら辛気臭い顔するんじゃねえよ。俺は半獣じゃないから別れに涙は禁物だ。何か困った事があれば、動物村を訪ねてくれ。兄ちゃんならいつでも歓迎だ」

 そう言って俺の肩をたたいたオッサンに、とてももう会えませんとは言えなかった。
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